名を奪われた者
小さなお墓の前で手を合わせる。
そこに私の“家族”だった二人が眠る。
その墓標には何も刻まれていない。
刻むことは許されない。
それでも私は、その名を忘れることはない。
最後にそっとそのお墓を撫で、立ち上がる。
その時、後ろに気配を感じた。
「よう」
赤いキャップをかぶった少女が立っていた。
何も変わらない、いつも通り───。
いや、少し存在が希薄な気がする。
「驚いた、生きていたんですね」
私の言葉に、にっと大きく口を歪める。
「死んでたまるかよ。言っただろう、勝ち逃げは許さねえって」
私と同じように墓の前に立った。
「お前の契約はこれで失効したんだろう? 約束を果たしに来たぜ」
───契約をしましょう。全てが終わったら、あなたと戦う。
かつて、私がレッドキャップと交わした契約の言葉が思い浮かぶ。
「さぁ、武器を取れ、アバズレ! これでフィナーレとしようぜ!」
腰に下げた凶器に触れながら、レッドキャップは嬉しそうに叫ぶ。
それでも、私は構えることはない。
そんな私を見て、レッドキャップの顔が不機嫌に歪む。
「腑抜けたのか? アタシは無抵抗のお前を殺しても嬉しくねぇ!」
「……レッドキャップ、まだ終わってはいない」
レッドキャップの目を見つめ、静かに言葉を紡ぐ。
レッドキャップは気圧されるように、一歩後ろへ下がった。
「なにも、終わってはいない」
レッドキャップへ向けた視線を、名もなき墓標へと移す。
私の言っていることは言葉遊びに過ぎない。
「私を縛るものはありません」
レッドキャップは私を見上げる。
赤いキャップの奥で、眩しそうなものを見るように、目が細められる。
「そう。もう、何ものも私を縛ることはできない」
風が通り過ぎる。
緩やかで、温かい風。
その風に乗って、一羽の鳥が飛び立つ。
透き通るような大空に向かって。
あの鳥はどこまで飛ぶのだろうか。
最後まで飛び続けられるのだろうか。
不安は、恐怖は、ないのだろうか。
それとも、希望と意志を胸にあふれさせているのだろうか。
少女の面影を重ねながら、その鳥が見えなくなるまで見つめる。
「……面白そうなことを考えてるな」
嬉しそうにレッドキャップは言う。
「面白くもなんともない。ただの八つ当たりよ」
呟くように言って、踵を返した。
レッドキャップは当たり前のように私の後をついてくる。
今までのように不快感はなかった。
ハウスキーパー。
家を守り、家人を守る者。
その名前さえ奪われ、守り切れなかった私は、一体何になるのだろうか。
私の家族だった二人の顔が脳裏に浮かぶ。
その灯火を胸に、私は再び歩き出した。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
約半年という長いようで短い時間。
ここまで書ききれたのも、読んでくださる皆様がいたお陰です。
多くを語ることなく物語は終幕いたしました。
喜伊やレッドキャップの出自、そして真や灯の母親の物語。
書いてはいるのですが、灯の物語としては蛇足かなと思い、お蔵入りとなりました。
機会があれば外伝という形で書くことも検討していますが、どうでしょうか。
このまま灯の物語として、綺麗に終わるのがよろしいでしょうか。
もし、ご希望があればコメントくださると幸いです。
長く温めてきた、日の目を見ることが無かった物語を、こうして出す場所に巡り合えて、そしてそれを読んでくださる”あなた”もいて。
こんなに幸せなことはありません。
”完結”のボタンを押してしまうことに、少なからず寂しさを覚えます。
まだ、書き溜めている物語がいくつかあるので、徐々に添削しながら出していこうと思います。
名を奪う者。
読んでくださったあなたの心に、何か残り、感じて頂けましたでしょうか。
今後とも、読んでくれた方の心に響き、そして思い返されるようなものが書けるように努めていきます。
本当にありがとうございました。




