拾遺 アンナの頼もしい番犬 3
というわけで、エヴァンを襲った「犬になる呪い」事件はあっさりと解決した。
居間の窓ガラスは粉々だし、居間も寝室も荒らされてひどい有様だ。幸い客間は無事なので、アンナは客間のベッドに、エヴァンとラルスは客間の床に雑魚寝となった。
強盗たちと犬は魔力で拘束して裏庭に転がしてある。
隣の家まで距離があることから、この騒動が近所迷惑になることはなかった。
村が騒然となるのは夜が明けてからである。
初夏ゆえに最近は夜明けが早い。
疲れていて寝不足のはずなのに、アンナはほとんど眠れないまま夜明けを迎えた。
夜明けとともにエヴァンが警察に連絡を入れ、人間は「強盗」、犬は「強盗犯のペット(たぶん)」として警察に引き取ってもらった。
本当のことを言えばいいのにと思ったが、「どうせあいつらは末端で、失敗すれば切られるだけですし」とエヴァンは嘯いた。「だからこういう時は恩を売っておいたほうがいいんですよ。あいつらを操る黒幕への警告としてね」
エヴァンは黒幕に心当たりがあるような口ぶりだったが、アンナは追及しないでおいた。
聞いたところで何ができるわけでもない。
巻き込まれた人間なので警察の事情聴取を受けたあと、ラルスは「オレは帰るわ。エヴァンが元の姿に戻ったのなら用なしだし」と、引き上げる警察と一緒に帰っていった。
***
「ソファで飛び跳ねていたのは、人間とは違う感覚がおもしろくて止められなかったからなんです。クッションを破いてしまったのも、犬の本能がこう」
警察が引き上げたあと、割れた窓の外側から板を打ち付けながら、エヴァンが言い訳をする。
アンナとエヴァンの家が強盗に襲われ、窓ガラスを割られたという情報は警察がいるうちに村をかけめぐり、応急処置用の板があちこちからすぐに届けられた。
「それで、あなたはいつその呪いを解析して、解除方法を見つけていたの」
その様子を、工具箱を持ったまま傍らで見守りながらアンナはたずねた。
「アンナと駅に行ったでしょう。ラルスへの電報を打ちに。あの帰りには終わっていました」
「呆れた。だったらさっさと人間に戻りなさいよ」
「全裸の解放感と背徳感が素晴らしくて。真昼間なのに服を着ていないんですよ。しかも、そのままあなたと一緒に歩いているんです。これが興奮せずにいられますか」
「変な性癖に目覚めないで、エヴァン」
「それに、俺にこんな妙な呪いをかけるくらいだから、何か仕掛けてくるんだろうな、と。それなら犬のまま油断させて襲い掛かった時にやり返せばいいかと思いました。夕方、家を飛び出したのはあなたに怒られたからなのですが、そのおかげであいつらがコソコソ嗅ぎまわっていることに気付けたんですよ」
犬にされると魔術が使えなくなる、というのは犯人たちも知っていたようだ。そして昼の時点でエヴァンが犬になっていることも確認していたらしく、警戒することもなく堂々とうろついていたという。
「ラルスの存在にも気付いていませんでしたね。まあラルスが除隊してずいぶんたちますし、除隊後は魔術師としての活動はしていないので、ラルスが元・戦場の魔術師だと知っていても、今は魔力が使えないのだと思っていたのかもしれません」
「それで、あなたがすぐに助けに来てくれたのね」
「そうですよ。まあ、思った以上にラルスが役立たずでちょっと焦りましたけど」
「そんなこと言わないの!」
「あなたが無事でよかった。……そういえば、あいつら、ベッドをめちゃくちゃにしてくれましたね」
割れた窓の外側に板をつけ終えたエヴァンが、トンカチと余った釘を持って近づく。
「そうね……残念だわ。気に入っていたのに」
結婚する時、家具は二人で選んだのに。
「せっかくなので、もっといいものにしましょう。どんなに激しく動いても耐えられるものを」
「何をバカなことを言っているの。……解除といえば、あなたが犬にしたあの魔術師はどうなったの。呪いの解析ができれば自力で解除できるの?」
「解析も何も、あいつは最初から解除方法を知っていますよ。あいつがかけてきた呪いなんだから。実に単純な呪いですが、この国のほかの魔術師なら解除できないでしょうね。呪いの解析のしかたを知らないから。何しろこの国の魔術師は攻撃魔法しか使えないんで」
「で、あの人は元に戻れるの?」
「それは本人次第ですね」
「またそんな意地悪を。解除してあげたほうがいいんじゃないの?」
「だから本人次第なんですって。俺にはどうすることもできません」
アンナの手から工具箱を取り上げてトンカチや釘をしまい込み、エヴァンがアンナの顔を覗き込んだ。
「あの呪いの解呪方法は、愛する人のキスです」
「キス?」
「そう。解除方法を見つけた時、思わず笑って……まあ犬だったので走り回ることしかできませんでしたが……しまいましたね。ずいぶんロマンチックでしょう? だから、あの呪いの解呪は彼次第ですよ」
呪いは単純なものから複雑なものまでいろいろあるが、基本的には正しい解除方法をとらなければ解除できない。そして呪いの効果は半永久的だ。
「……愛する人がいなければ?」
「ずっとあのままでしょうね」
「かわいそうじゃない?」
「いい飼い主に巡り合えるといいですね。俺は、アンナになら飼われてもいいなと思いましたよ。毎日アンナに撫でてもらって、食事を作ってもらって、一緒に散歩に行くんです。楽しそうでしょう?」
「ねえ、それ」
工具箱を持ち納屋に向かって歩き出したエヴァンを追いかける。
「今と何も変わらなくない?」
アンナの言葉にエヴァンが声をあげて笑った。
***
それから数日後、いいベッドの発注のためエヴァンがアンナを連れてラルスの店を訪れた際のこと。
「エヴァン、おまえさんの奥方、何者だ?」
アンナが店内を眺めている隙に、ラルスは小声でエヴァンにたずねた。
「どういうことだ?」
「おまえさんが犬にされた夜、強盗に襲われただろう」
「ああ、外国からやってきた強盗な」
「あの時、おまえさんの奥方、ひっくい声でオレにあれこれ指示出してきたんだけどさ」
「……」
「隊長……そっくりだったんだよな……」
「……」
「いやでも、まさかなぁ」
「……アンナはメーアではないよ」
エヴァンは何か興味を惹かれるものがあったのか、しきりに商品を見比べているアンナに目をやった。
「メーアは死んだ。アンナはメーアじゃない。気のせいだ」
「気のせい、にしては」
「気のせいだ」
やや語気を強めて言い切るエヴァンの迫力に吞まれ、思わず「お、おう」と返事をしてしまう。
「ねえ、エヴァン! どっちがいいと思う?」
アンナが振り返ってエヴァンを呼ぶ。
アンナに呼ばれて近づいていくエヴァンには、かつてのとげとげしさがまったくない。
エヴァンが十五歳も年下の娘と結婚すると言い出した時、メーアのことはもういいのか、と思ったが、十五歳という年齢差にはひっかかるものがある。アンナが十八歳、という年齢であることも。
――まあ、あり得ないよな、そんなことは。
エヴァンの隣でニコニコしているアンナのどこにも、メーアの面影はない。
うん、違う。気のせいだ。
そういうことにしておこう。
説明がつかないし。
アンナがメーアの生まれ変わりかもしれない、なんて。
そんなことがあるわけがない。
本作が書籍化されることになりました。※ただしTL。
詳しくは活動報告にて。
どうぞよろしくお願いいたします。




