表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

6

 遂に、だ。

待ち侘びていた約束の日が訪れた。

とはいっても一日過ごしただけなのだが、これが長くて長くてつらいと思うことがあるとは思いもしなかった。先輩に会える、それだけで僕の心は踊りに踊ってしまう。

 僕は講義の五限が終わる三十分前には待ち合わせの場所に着いていた。

もう浮かれている。浮かれきっている。

何度も時計を確認しつつも、その場で佇む姿はもはや忠犬の如し。

 しばらくして校門から出ていく学生達も現れるようになり、

「やほ」

 そして、先輩が来た。

僕はもう喜びのあまり尻尾をブンブン振る犬である。昔から何も成長していない。

「お、お疲れ様です、先輩」

 深々と頭を下げる。

「うん。待たせちゃったかな」

「いえ、そんなこと!」

「・・・・・・ふふふ」

「え、どうかしました?」

「いーや、望くん。相変わらず私の顔を見たら嬉しそうにするから」

 そんな指摘をされて顔が熱くなる。

「可愛いね、君は」

「ですかね」

「うん」

 頷いた先輩は一歩距離を詰めてきて、少し背伸びをして僕の頭を撫でる。

 ああ。

 あの頃に戻ったみたいだ。当時はまだ先輩のほうが背も少し高くて、でも、あれから月日が経った。僕にも成長期があって、今は僕のほうが背は高いけれどこの心地よさは何も変わらない。

「く、くすぐったいっすよ」

 でも、同時にいい歳となった僕達だ。さすがに恥ずかしい。

「ふふ、ごめんごめん」

 言いながら温もりが離れていく。それは寂しかったけど、いつまでも撫でられているわけにはいかない。

「さて、じゃ、行こうか?」

「あ、はい」

 僕達は並んで大学から歩き出す。

 これといって会話がないなか、僕には一つの言葉が脳内を駆け巡っていた。

 もしかして。

 いや、もしかしなくても。

(これって放課後デートなのでは?)

 まさかそんな、僕と先輩はそれだけの関係で、デートなんてそんな、ねえ? なんてことを思いつつ、

「望くん」

「え、あ、はい!」

「ふふふ、なんかにやけてた」

「え、ま、まじっすか」

「まじまじ。一人だったら不審者だったよ」

 本当に浮かれすぎだ。

少しでも冷静にならないと、簡単にはなれなさそうだけど、どうしよう。素数でも数えておこうか。

「あー、その、それで、今日はどこに向かっているのでしょう?」

 気を取り直して質問する。

思えば何も聞かされていない。授業が終わったら会おうと言われただけだ。

 もちろん一緒に帰れるだけでも十分光栄なのだけど。

「うーん、どうしよっかな」

 少しだけ先輩は悩むそぶりを見せて、

「望くん、お腹空いてる?」

「お腹? ええ、まあ・・・・・・」

 結構いい時間だ。多少の空腹はある。

「じゃ、食べに行こうよ。前から行きたいお店があったんだ」

「は、はい! お供します!」

「お供って、相変わらず面白いね」

 クスクスと先輩が笑い、僕はまた少しだけ恥ずかしくなるけども、僕の言葉がウケたのだと思えばそれも嬉しい。

 しかし、先輩の行きたいお店とはいったいどこだろう。

 なんたってこんなに大人っぽく成長した先輩だ。

もしかしたらとてもお洒落なお店かもしれない。

例えばドレスコードがあるような、そんなお店が大学の徒歩圏内にあるかどうかは分からないし、そもそも先輩の服装だってドレスコードとは少し遠そうなパーカー姿だ。流石にないか。

でも、とりあえず僕みたいなモブが果たして入っていいところだろうかと少しばかり心配になるが――。

それはすぐに杞憂となった。

 連れてこられたのはラーメン屋。

しかも豚骨醤油が売りの所謂家系ラーメン。

「食べてみたかったんだよね、ここのラーメン」

「はあ、そうなんですか?」

「うん。やっぱさ、女一人じゃ入りにくいじゃん。ラーメン屋とか」

「まあ、そうかもですね」

 僕はあんまり気にしたことがなかったけど、言われてみればたしかに女性が一人で入るには敷居が高いかもしれない。

「あ、望くんはここでよかった?」

「もちろん。全然大丈夫です」

 というか、先輩と来られるならどこでもいいのが本音である。

 お店の中に入ると、まだ夕食時としては早かったのか店内は比較的空いている様子だった。僕達はテーブル席に通されて、向かい合って座る形になる。

メニューを開くと思いの外色んな種類のラーメンがあって、

「私これ、この特製味玉ラーメン」

 でも、先輩はあっという間に注文を決めた。

「決めるの早いですね」

「初めてのお店で冒険したくないから。美味しくなかったら嫌だし」

「それはたしかに。じゃあ、僕も同じものにしますかね」

 通りかかった店員を呼び止めてラーメンを注文。

それからお冷を一口飲んで人心地着いたところで、

「でもさ」

「はい?」

「まさかだよね」

 先輩も同じくグラスに口をつけてから僕に顔を向けた。

「こんなところでまた会うなんて思ってもみなかった」

「ですよね。僕も本当にそう思います」

 ばったり偶然に、なんて妄想は何度もしたけど。

「どうしてあの大学に入ったの?」

 そんな質問をされる。

「大学を選んだ理由・・・・・・。そうですね、実家から近かったのが一番かもですけど」

 なんたって電車で二駅だし。

「後はまあ成績的に丁度よかったんで。僕、中学もそうでしたけど、高校もあまりいい成績ではなかったですし。だいたいそんな感じです」

「そか」

「えと、それがどうかしました?」

「ううん。望くんはなんだかんだ真面目だからさ。君ならもっといい大学に、もっと都会とか進めたんじゃないのかなーって思っただけ」

「僕は、僕としては先輩こそ・・・・・・って、思いますけど」

「そう?」

「あの、よければ僕もどうしてか聞いてもいいですか」

 僕の記憶では少なくとも中学の頃はとても成績が良かった人だ。保健室の常連でサボってはいたけど、試験成績はいつも上位。高校もそれなりの学校へ行ったはずだし、僕の勝手な想像ではあるが、大学だってもっと上を目指せたのではないだろうか。

「ま、あれかな。いい子ちゃんでいるのに疲れたからかな」

 左耳に付けられたいくつものピアスが目に入る。

「でも大学くらいは出なさいって、親もまあまあうるさかったし、それで適当に入ったのがあそこってだけ」

「そうですか・・・・・・」

「幻滅した?」

「幻滅?」

 何を幻滅するのだろうか。

「中学の頃に成績がよかった先輩がさ、ここまで落ちぶれて」

「お、落ちぶれてるなんてこれっぽっちも思ってませんよ」

「そう?」

「はい。だってそれに、色々変わっていくじゃないですか。状況によって僕達も。成長とかなんかそういうの重ねていったら嫌になることくらいでてきますよ、たぶん」

 親に言われたレールを歩く人だっている。

自分で決めた道を歩く人もいる。

他にも出会った人、言葉、本、音楽など、そういう考え方に感化されて変わることだって往々にあるものだと僕は思う。

「さっきも思ったけどさ。望くんは、あんまり変わってないね」

「そうなんですよね、たぶん。中学生からの友達にもよく言われます」

「ふふ、そういうところ、いいね」

 図らずしも褒められてしまって嬉しくなる。

ヘラヘラと笑っていると、店員がやってきて、

「お待たせしましたー。特製味玉ラーメン二つですー」

「ありがとうございます」

 注文していたラーメンがテーブルに置かれた。うん、美味しそうなラーメンだ。

「じゃ、食べよっか。伸びないうちに」

「はい」

「「いただきます」」と僕達は麺を啜ることにする。

 初めて入るお店だったし、先輩と一緒ということで味が分かるか少し不安だったが、食べてみるとこれは結構美味い。大学からそう離れていないし、時間が空いた時は昼時に訪れてもいいかもしれないなー、なんて、そんなことを考えて、

「ん、あれ、どうかしました?」

 先輩が僕のことを見て微笑んでいた。

「ううん。食べてる姿も結構可愛いと思って」

「え、そ、そうですか」

「なんか小動物みたい」

「まじすか」

「うん、まじまじ」

 普通の食べ方をしたつもりだったのだが、いや、そもそもラーメンを食べる姿が小動物を彷彿させるというのも今一つ分からないけど。とりあえずもっとワイルドに食べたほうがいいのか、いや、行儀悪いか。

「悪いことじゃないよ。可愛いの」

「そ、そうですか・・・・・・って、先輩も僕なんか見てないで食べてくださいよ、ラーメン伸びちゃいますよ」

「うん、そうする」

 先輩も食事に戻り、今度は僕が箸を止めて先輩へ視線が向かってしまうが、

「あ、私のことはあんまりじっと見ないでね。恥ずかしいから」

「は、はい」

 先手を打たれてしまった。僕も大人しくラーメンを食べることにする。

これといって会話をすることなく、ズルズルと麺を啜って二人でスープまで飲み切ったのはほぼ同じタイミングだった。

「美味しかったー」

「ですねー」

「ラーメン欲求満たされた。ありがと、付き合ってくれて」

「いえ、そんな。僕もまたこうやって先輩と話せて嬉しいですから」

 なんて言いつつ、会話が続かない。

 中学での思い出話、大学での出来事、話題はきっといくらでもあるはずなのに。

「あ、もうこんな時間か」

 腕時計を見て先輩が言う。僕もスマホを見て時間を確認すると十八時を回ったところだった。遅い時間というほどではないけど、

「あ、先輩この後予定ありました?」

「ううん。ただ一人のときはこの時間だとだいたいもう自分の部屋でだらけてるから」

「なるほど」

まずい。

非常にまずい。

これはそろそろ帰りましょうって雰囲気だろうか。僕としてはもっと一緒にいたい、けど。引き留める勇気なんて僕にはないし、理由も思いつかないし、何より先輩に迷惑を掛けたくない。

「そろそろ出ましょうか?」

 僕は内心身を切る思いで、そう言葉を出した。

「うん。私、会計してくるよ」

「いやいや、僕が出します。奢らせてくださいよ」

 財布を取り出したところで、

「いいよ。今日は私が誘ったんだし、私が奢ります」

「でも、せめて自分の分くらい出しますって」

「じゃあ、次の機会には奢ってよ。他にもいきたいところあるんだー」

「え」

 次の機会?

「じゃあ払ってくるから」

「あ、ああ、はい」

 伝票を手に取り、先輩はレジへと歩いて行ってしまう。僕は思わずフリーズして後姿を見送った。次の機会がある、本当にそんなことがあるのだろうか? いやいや社交辞令ということもある。

・・・・・・あるだろうけど、先輩とまた一緒にと思うと期待せずにはいられない。

「どうしたの、固まって」

「い、いえ、なんでも・・・・・・」

 支払いを終えた先輩に怪訝そうな目を向けられて正気に戻った。

「すみません。奢ってもらっちゃって。ありがとうございます、ごちそうさまでした、先輩」

「これくらいはいいよ、後輩くん」

 冗談めかした言い方に二人でくすりと笑う。

「じゃ、行きましょうか」

「うん」

 僕達はお店を出て、とくに行き先を相談することもなく駅の方へと足を向けた。今日はこのまま解散の流れだろう。でも、いいんだ。きっと次の機会があるんだから。

「ラーメン美味しかったね」

 先輩の言葉に頷く。

「はい、とっても」

「学校から遠くないし、また来ようかな」

「あ、僕も同じこと考えてました。昼飯のときとか来てもいいかなって」

「いいね。そのときは誘ってよ」

「え、まじすか」

「だめ?」

「い、いや、まさか。だめなんてことはないですけど」

 僕なんかから誘ってもいいのだろうか。そんなことが頭に過りつつも、そういう考えじゃ駄目だと心の中で自分を叱咤する。

「分かりました。行くときは誘わせていただきます」

「ふふ、うん、よろしく」

 先輩から与えられる機会だけに甘んじてはいけない。

 僕からも先輩に近付いていかないと。心の中でそう決心しているところで、「そいえば」と先輩が声を掛けてきた。

「望くんはこのまま電車で帰るんだっけ」

「そうですよ。実家暮らしなんでここから二駅です」

「じゃあ駅でお別れか」

「あれ、先輩は今どこに住んでるんです?」

「私は駅近くのアパート」

「あ、実家は出た感じですか」

「うん。ま、知っての通り実家からゆーほど離れてないけどね。でも実家にいたって息苦しいだけだったし、両親も生活費とかお金出してくれるって言うから。それから自由気ままの一人暮らし」

「なるほど。でも、一人暮らしなんてしっかりしてますね」

「全然全然。暮らしてる場所が変わっただけだよ。親のすね齧って生活してるわけだし、これといってバイトも今はしてないし」

 なんてことを言うが、それでも僕よりずっと大人だと思う。

 もちろん一人暮らしに憧れるものはある。だが、今実家から出て何もかも一人でやっていく自信はまったくない。

近い将来、例えば就職したときとかそんなことを言っている余裕はないだろうけど、それまではとりあえず家族に甘えていたいのが本心だった。

「そだ。今度遊びにおいでよ。なんもないけど」

「え、ええ、い、いいんですか?」

「いいよ。私の友達なら歓迎」

「あ、ありがとうございます!」

 先輩の聖域であるお部屋へ入っていいどころか、まさか友達にすらカウントしてもらえるなんて光栄の至りだ・・・・・・!

「あ、来てもらったら掃除とか手伝ってもらおうかな。一人だとすぐ手を抜いちゃうんだよね」

「僕はもちろん構わないんですけど、それってむしろいいんですか・・・・・・」

「え、何が?」

「あ、いや、なんでも」

 先輩、ちょっと無防備なところがあるな。いや、僕が意識しすぎているだけか。

 それから僕達は、先輩の一人暮らしのコツや愚痴みたいなものを聞きながら歩く。そうしているとあっという間に駅へ着いてしまった。

「もう着いちゃった」

「ですね・・・・・・」

 もっと一緒にいたいけど、でも、そんなことを言い合える関係でもない。

「それじゃ、今日はありがとう。気を付けて帰ってね。望くん」

 手を振ってくる先輩。

「はい、僕こそありがとうございました。先輩もお気をつけて」

「うん。すぐそこだけどね」

「それでもですよ。・・・・・・それじゃ、その、また」

「またね」

 僕はぺこりと頭を下げて、ここは僕から離れるべきだろうと先輩に背を向けて駅の中へと足を前に出した。後ろ髪を引かれる思いであったが、振り返るのも変な話だし、ここは前を見て歩こう。

「・・・・・・」

 そうして駅に入り、僕は周りに誰もいないことを確認してから、

「・・・・・・うおおおおっ!」

 思わず声を出した。

自分でも少し驚くくらい大きな声が出たが、でも、どうしても我慢が出来なかった。

しかし、それは仕方のないことである。

 そうだ。本当に仕方のないことである。あんな最高の時間を過ごしてしまったのだから誰だって叫んでしまうことだろう。たぶん。

「あー、ほんと、なんだ、めちゃくちゃ幸せだった・・・・・・」

 この先の交流なんて本当にあるかはわからない。

でも、勝手に想像するのは僕の自由だ。

なんたって六年間も片思いをしていたのだから、想像だけで笑顔でいられる。

それに。

次はって、またねって、未来の話はあったんだ。

「ああ、先輩」

 好きです。・・・・・・なんちゃって。

 にやける顔を元に戻せないまま、僕は最寄り駅へと向かう電車を待つのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ