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 先輩――明乃さんと付き合うことになって数日が経った。

 僕達はあまり大きく変わったこともなく日常を過ごしている。

 今までと変わらずに授業を受けて、空いた時間は適当にゲームをして過ごして。明乃さんとのやり取りは日中ほどほどにしつつ、夜に多く時間を取るようになった。

「なあ、鈴原」

 空き時間にカフェでゲームをしながらぼけーっとしていると松野が来て。

「おー、なに?」

「今日の昼休みって空いてる? ちょっと話付き合ってほしくてさ」

「昼かー」

 予定はない。誰とも約束はしていない。

「あ、何かある感じ?」

「いや、まあ、いいんだけど」

 明乃さんと付き合っているということを僕は誰にも言っていない。

まだ関係が始まって時間は経ってないし、内心では浮かれまくっていたけど、それを悟られると面倒なのもあって静かに過ごしていたのだ。

「うむ・・・・・・」

 ただ昼休みはだいたいタイミングを合わせて一緒に過ごしている。今日もきっと一緒に昼食ということになると思うのだが・・・・・・。

「その話ってさ、明乃さ――じゃなくて、先輩が一緒でもいいかな?」

「先輩さん?」

「うん。確定じゃないんだけど」

「あー、うん、むしろいてくれた方が助かるかもしれねえ」

 助かるってなんだ。

「まあ、詳細は昼に話すわ」

「わかった」

「おう、じゃあまた後でな。これからちょっと寄るとこあるから」

 そう言って松野はカフェを後にする。

 はて。

何か僕に話したいことで、明乃さんがいると助かるってのはいったい何なんだろうか。

「まあ十中八九宮村との話だろうけど・・・・・・」

しかし、今更相談することなんて珍しいような。そんなことを思いつつ、勝手にしてしまった約束を明乃さんに伝えようとメッセージを送っておく。

「あ、鈴原くんだ」

「ん?」

 呼ばれてその方向に顔を向けると、

 そこにいたのは明乃さんのお友達だった。

「ああ、お疲れ様です」

明乃さんとお昼一緒にいることが増えた結果、こうして明乃さんの友達と顔を合わせることも多くなった。後輩としてなんだかんだ可愛がってもらっている、と思う。

「明乃は授業だっけ?」

「はい、そうです」

「じゃあ、鈴原くんは一人かー」

「はい」

「じゃあ、せっかくだし話し相手になってもらおうかな」

「まあ、僕でよかったら」

「やったー」

 相席してそれから色んな話をしてくる。

 流行のファッション、欲しいブランド、最近の彼氏への愚痴。

延々と話は続いていく。会話の引き出しの量が違う。僕はほとんど相槌を打つだけだった。そうしていくうちに時間も過ぎ去って授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

「あ、もうこんな時間か」

「みたいですね」

「いやー、鈴原くん何でも聞いてくれるから助かっちゃうわ」

「どうも」

 僕としても聞き流しているわけじゃない。明乃さんにふさわしい男となるため、参考にできる話は参考にさせてもらっている。つもりなのだが、陽キャと陰キャの差が出ているかもしれない。正直話のスピードについていけてない。

「じゃ、またね」

 ウインクと共に去っていく後姿を見送り、深く息を吐きだす。

「望くん」

「おお!」

 今度は後ろから大好きな声に名前を呼ばれた。けども、いきなりのことで驚いてしまう。

「あ、ああ、明乃さん・・・・・・」

「どうしたの、真美と一緒だったみたいだけど」

 真美というのはさっきのお友達の名前だったはず。

「いや、なんか話し相手になってました」

「ふーん」

 言いながら明乃さんは僕の頬を引っ張る。

「浮気はだめだからね」

「しょんやこちょひまへん」

 そもそも向こうだって彼氏がいるわけだし。僕だって浮気をしたいと思うほど明乃さんへの気持ちは薄れていない。

「じゃあ、いいけど」

「ひゃい」

 頬を解放される。伸ばされた頬をさすりつつ、

「あ、そうだ。明乃さん。さっきメッセージ送ったんですけど見ました?」

「メッセージ? ごめん、気が付かなった」

 言いながら明乃さんはスマホを出そうとして、

「ああ、大丈夫です。そんな重要でもないというか、今日は松野と一緒にお昼ご飯でもいいですかって内容で」

「松野?」

 その名前に首を捻ったが、すぐに思い出したようで、

「あー、望くんのお友達」

「そうです。なんか明乃さんとも話したいみたいで」

「話?」

「はい、とはいってもおそらくアイツの彼女についての話だと思うんですけど。あ、彼女っていうのは宮村のことで」

「宮村」

「はい、一回だけ顔合わせたことありますよね」

「覚えてる。その人も望くんの友達だったよね。へえ、あの二人付き合ってるんだ」

 意外そうに言う。

「そうなんです」

 僕も最初は意外だと思った。

「で、大丈夫ですかね?」

「いいよ、別に」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 昼の時間だし松野もすぐ来るだろう。僕達は二人座って待つことにする。

「ね、望くん」

「なんです?」

「へへへ、呼んだだけ」

「なんすかそれ」

 二人でにやける。

 あー、僕達恋人同士なんだって思う。ちょっと子供っぽいか。

「望くんも呼んでよ、私のこと」

「え、は、はい。えっと、明乃さん」

「うん、あなたの明乃です」

 やっぱりにやける。

テーブルの上に出した手が繋がって、にぎにぎとお互いを確かめる。

 テーブルがなければ抱きしめられるか、もしかしたらキスまでしちゃうか? 思わずそんなことを考えて――、

「お待たせー」

 邪魔者が乱入してきた。

 僕達は素早く手を放して何事もなかったかのように繕う。

「ん? どした?」

「いや、なんでもない」

「ね、なんでもないよね」

 タイミングの悪い奴めと内心キレそうになるが、ここは公共の場だ。そもそもイチャイチャしていることに問題があると言えばそうだ。

「まあいいけど、あ、赤坂先輩。今日は時間貰っちゃってすみません」

「ああ、うん。いいよいいよ」

「えーと、どうしよ。まずは昼飯買いますかね」

「そうだね」

 とりあえず昼飯を三人分用意することから始まって。

 明乃さんはサンドウィッチセット。

 松野はカレーライス。

 僕は日替わりメニューだったかつ丼。

 各々の食事を用意して僕達は席に着いた。

「それで、話ってなんだよ」

 カツ丼のカツを食べながら松野に話を振る。

「あー、その、文化祭の話なんだけど」

「文化祭?」

 そういえばそろそろだ。

「そのですね! 赤坂先輩、ぜひともベストなデートスポットを教えてください!」

 明乃さんに向かって松野は深々と頭を下げる。

 それに対して、

「デートスポットかー」

「はい!」

「ごめん、無理」

 悩むことなくはっきりと明乃さんは告げた。

「ええっ?」

 僕もかなり驚きだった。

 優しい明乃さんのことだからアドバイスの一つでもすると思っていたからだ。

「え、えっと、ど、どうしてでしょう?」

 恐る恐るといった風に、松野が訊く。

「うーん、単純にアドバイスできないんだよね」

 明乃さんは「ごめん」と答えた。

「できない?」

「だって、私、サークルとか部活とか入ってないし。ねえ?」

 その言葉で、僕は、おそらく松野も全てを理解した。

そうだ、文化祭に参加しない人間にとって文化祭期間は四連休なのだ。

「えーっと、つまり、赤坂先輩も文化祭には?」

「うん、一度も参加したことない」

「ちなみに他校の文化祭も?」

「ああいうの参加するのってナンパ目的の男子だけじゃないの」

 それは流石に偏見だと思うけど。

「そうですか・・・・・・」

「ごめん、参考にならなくて」

「い、いえいえ、こちらこそ変な質問しちゃってすみません」

「まあ、これはアドバイスってほどじゃないんだけど」

 明乃さんはサンドウィッチを一齧りして、

「好きな人と一緒なら、多分どこに行っても楽しいよ」

「そう、ですかね」

「私はそう思うな。もしつまらなくても、それはそれで思い出になるだろうし。重要なのは二人でいることじゃない?」

 僕と松野は揃って「なるほど」と頷く。

「以上かな。私の言えることは」

「ありがとうございます! 参考にします!」

 松野はまた頭を下げた。

 僕もいい言葉を聞いた。そうか、大事なのは一緒にいることか。

「どうしたの、望くん」

「え、なんでですか」

「なんか感心したような顔してるから」

「いや、いい言葉を聞いたと思いまして」

「そっか、じゃあ望くんも実行するように」

「は、はい、できる限りそうします・・・・・・」

 そう言って二人で笑い合う。松野のことはすっかり忘れてしまった。

「・・・・・・なあ、お二人さん?」

「げ」

 そして現実に引き戻される。

「な、なんだよ」

「あー、いや、さっきの様子といい、今の二人といい、お前と赤坂先輩って、その、付き合ってんの?」

「えーっと」

 別に隠しているわけじゃないし、いつかはバレるだろう。僕は明乃さんに一瞥すると、彼女も苦笑を浮かべて頷いた。

「まあ、えっと、数日前からなんだけど」

 僕は頬を掻きながら認めた。自分が彼氏なんだと実感がわいてきて少し誇らしい。

「まじかよ! おめでとう!」

「あ、ありがとう?」

 松野は「いや、やるなぁ」なんて頷いて、

「赤坂先輩聞いてくださいよ。鈴原ったら赤坂先輩との連絡が楽しすぎて、一時期本当に授業まともに受けてなかったんですよ。普段は真面目にノート取ってたのにスマホばっか弄って、先輩からの連絡待ってたんです」

「お、おい、それは言うなって」

 めちゃくちゃ恥ずかしい。

「いいじゃんか。事実だろ」

「ま、まあ、そうだけど・・・・・・」

 そうだとしても本人に聞かれるのは恥ずかしい。

「そうなんだ?」

 明乃さんは意地悪な笑みを浮かべて、

「今もそわそわしてくれているのかな? 寝る前とか」

「それは・・・・・・」

 している。いつも今か今かと連絡を待っている。なんて言えないけど。

「望くんからはしてくれないのになー」

「いやだって」

 僕からメッセージを送ると気持ち悪い怪文書になりそうで怖いのだ。

「駄目だろ、鈴原。お前からも連絡しないと」

「そういう松野はしてるのかよ」

「もちろん。だいたい交互に連絡してるかな」

「ぐっ、そうなのか・・・・・・」

 たしかにいつも彼女にリードされっぱなしも良くないとは思うけど、そんなスマートにやり取りできたら僕は何年も片思いをしていない。多分。

「望くん?」

 そんなねだられるような目を向けられて、断れる自分もまたいなかった。

「じゃ、じゃあ、今日は僕から連絡しますよ! 明乃さん!」

「うん、待ってる」

「はい、頑張ります!」

 明乃さんは「頑張るほどじゃないけど」なんて笑って、松野からも力みすぎだと指摘される。誰だって初めては緊張するものなんだよ、どんなことでも。

 それから僕達は取り留めない雑談をして過ごしていく。

 サークルでどんなことをしているのか、最近流行りのゲームとか、明乃さんにとっては退屈ではないかと思う話が多かったが、一応笑ってくれていたし大丈夫だろうか。

 やがて昼休みがあと少しで終わろうとする時間になる。

「さて、授業行くか」

「うん」

 僕と松野は授業がある。

「明乃さんは?」

「私も授業。また夜かな」

「あ、はい」

「連絡、待ってるから」

「はい・・・・・・」

 そうして僕達は解散し、授業を受けて学校での時間を過ごす。

 そして。

 あっという間に夜が訪れた。

「ふう・・・・・・」

 まずは一息。

 何、そこまで考えることはない。いつものようにメッセージを送るだけだ。

 意を決して明乃さんへとメッセージを送る。

『こんばんは』

『まだ起きてますか』

 僕のメッセージにすぐ既読が付いて、

『待ってたよ』

 そして可愛らしいハートをまき散らしたウサギのスタンプ。

 さて、今日はどんな話をしようか、いつも他愛ない話しかしていないけど。

「あ、そうだ」

 一つ誘いたいことがあった。せっかくだし声も聞きたい。『今から電話はできますか?』とメッセージを送ると、すぐにOKのイラストが返ってくる。

「もしもし」

『うん。どうかしたの?』

「あーっと、こ、声を聞きたくなってーとか、どうです?」

『さらりと言えてたら点数高かったな』

「ですか・・・・・・」

 僕にはまだ難易度の高いことだったらしい。

『でも嬉しい。私も望くんの声好きだよ』

「あ、そうですか、嬉しいです」

 普通の声だと思うけど、好きな人に好きって言ってもらえるのは嬉しい。

『ところで本題は? 本当に声を聞きたかっただけ?』

「あ、は、はい。声も聞きたかったんですけど、えっと、昼に話してたことと言いますか、そろそろ文化祭が始まるじゃないですか。うちの大学」

『うん』

「あの、文化祭の日って空いてますか」

『んーと、全日?』

「あ、なんか予定ありました?」

『初日の日は真美達とショッピングにいく約束しちゃってて』

 そうか。文化祭に関係ない人達にとっては休日。分かっていたんだから早々に約束を取り付けないといけなかったのだ。とはいっても明乃さんが友達と遊ぶ制限をしたくもないし、今回は仕方ないか。そう諦めかけたところで、

『二日目以降は空いてるんだけど』

「え」

 てっきり全日埋まっているのかと思った。

『どうかしたの?』

「あ、いや、じゃあ、それで、その二日目以降でいいんで一緒に回りませんか、文化祭」

『ふーん』

「あ、駄目ですかね?」

『駄目じゃないけど、それはデートのお誘いかな、望くん?』

 デート。

 そうか、デートになるのか。

 僕は初めての文化祭だし、明乃さんも行ったことがないという話だった。いい機会だと思っただけで意識はしてなかったけど。

 それならもっと初デートにふさわしい場所があるか。一瞬だけ考えて。

「・・・・・・はい。僕とデートしてくれませんか、明乃さん」

 とはいっても遊園地が近場にあるわけじゃない。水族館も動物園もない。

 都心に近付いてショッピングもいいけど、友達と行ってすぐにまたショッピングというのも明乃さんが退屈だろう。それに、せっかくならお互いに初めての体験という方が楽しめる気がする。

『いいよ、デートしよ?』

 そんな返事に、僕は思わずガッツポーズする。

「楽しみです」

『うん、楽しみ。さてさて、望くんはちゃんと私をリードできるかな?』

「えと、はい、が、頑張ります・・・・・・」

 できます! とはっきり男らしく言えないのが現実だ。

『そこは自信持って言ってよ』

「とは言われましても・・・・・・」

『あーあ、望くんの彼氏レベルが下がったなー』

「彼氏レベルってなんですか」

 もしかして下がりすぎるとフラれるとか? それは嫌だ。

『彼氏レベルが下がると』

「下がると?」

 ごくりと生唾を飲む。

『私が主導権を握ります』

「主導権」

『そう。望くんは尻に敷かれるようになるんです』

「それは・・・・・・」

 そこまで気にするようなことでもないけど。

 でも、僕はこれでも男だ。できることなら腕を引かれるより腕を引く立場でいたい気持ちがあるのもたしか。

「頑張って上げますよ!」

『お、望くんは主導権を握りたい派?』

『腕を引く立場ではありたいと思います! 男の沽券として!』

『そっか、頑張って!』

頑張りますよ! 僕は!

『私も頑張らないとなー』

「え、何をです?」

『真美とのショッピング。初デートの服がそこで決まるからね。ちゃんと可愛いって思われないとじゃん?』

「そんな、明乃さんは何着ても似合うと思いますけど」

『とかいってピンクのフリル着て来たら引くでしょ』

 引きはしないと思うけど驚くとは思う。

『ま、そういうわけだからしっかり考えてくるからね! 望くん、覚悟するよーに!』

「はい」

『あ、下着の好みとか訊いといたほうがいい?』

「え、え、ええっ?」

『冗談』

 心臓に悪い冗談だ。

それでなくとも不意に明乃さんの半裸(ほぼ全裸)のことを思い出してドキドキしているのに。

『望くん』

「は、はい」

『初デート、楽しみにしてるからね』

「頑張ります」

 それからくだらない雑談を挟んで、お互い眠くなったところでお開き。

 眠ってまた日常がやってきて。

 そんなことを少し繰り返していると、やがて学校全体は文化祭の話題一色となってきた。学生全体がどこか浮かれていたし、サークルの中でも何を展示するのか、どう展示をするのか、そういった話題が増えてきた。

 そして。

 あっという間に文化祭当日を迎えた。

「・・・・・・暇だ」

 思わず声を漏らしてしまう。

 一日目のサークルの当番(といっても展示物の監視)は僕だった。松野と宮村が初日にデートをしたがったからだ。僕も翌日に時間を貰ったし、そこは何の文句もないのだが、如何せん暇すぎる。

「まさかこんなに暇だとは」

「まあまあ、そう愚痴るな。俺なんて毎日いるぜ。会長になんかなっちまったから」

 同じ当番の増田さんがスマホでゲームをしつつ、

「ほら、周回イベの消化に丁度いいぞ」

「そうかもですけど」

 とはいっても文句を並べても仕方ない。僕はスマホをポケットから出して、増田に倣ってゲームを付ける。たしかに周回には丁度いい。最近プレイしている暇もなかったし良い機会なのかもしれない。

「なあ、鈴原」

「はい?」

「えーっとだな、その、まだ続いてるのか」

「え、何がです?」

「ほら、あれ、アイツだよ。赤坂明乃と」

「あー」

 そう言えば何も言ってなかった。心配してくれていたんだし、先に一言伝えておくべきだった。

「あのですね、付き合うことになりました」

「は?」

「いや、その、明乃さんと。交際しましょうってなって、今付き合ってます」

「・・・・・・まじ?」

「まじす」

「・・・・・・はぁぁあああ」

 深々と溜息を零して、「ここにもカップルかよ」と吐き出すと、

「てかさ、お前、あんな目に遭って付き合えるのかよ」

「明乃さんがやったわけじゃないですし」

 それに今のところ誰にも絡まれていない。まだ短い日数だし、一人で帰ることを避けているからかもしれないけど。

「そもそも推しがどうとか言ってただろ」

「言いましたけど、まあ、その、付き合えるなら、やっぱり、はい」

 我ながら現金な性格だった。そんな僕に増田さんはもう一度大きく溜息を吐き出して、

「鈴原、お前苦労すんぞ」

「はい、どんとこいです」

 きっと、おそらく、明乃さんと一緒にいられる苦労ならなんてことはない。

「まあいいや、せいぜい幸せにな」

「はい」

「サークルも蔑ろにすんなよ」

「はい」

「あーあ、今年の一年生は色恋に励みすぎだよな、まったく」

 増田さんの愚痴を聞き流しながら、僕は明乃さんのことを思う。今日はお友達とショッピングって言っていたけど楽しめているだろうか。メッセージを送ることも考えたけど、鬱陶しそうな気がしてやめておく。

(明日会えるもんな)

 そう、明日は僕達が大学の文化祭を回る番だ。

「楽しみだなぁ」

「何が?」

「あ、ああ、いや」

 思わず声に出てしまった。

 しかし、実際楽しみなのだ。早く一日が過ぎ去ってほしい。

 そう思う。


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