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先輩と再会して数日が経った月曜日。
昼休みに大学の敷地内にあるカフェで一人、僕はほぼ日課のように先輩のアカウントを眺めながらニヤニヤしていた。
もちろん、今のところは連絡なし。
これから先もないかもしれない。何なら僕から連絡すべきなのかもしれない。
色々考えたけど、とりあえず連絡先が手元にあるという喜びを噛み締めていた。それだkで十分幸せな気持ちになれていた。
そんな僕のところに、
「おーす」
「こんにちは、鈴原くん」
松野と宮村がやってきた。
「ああ、おす」
適当に返事をして、すぐスマホに視線を戻す。
「何、ゲーム中? 随分楽しそうな顔してたけど」
松野がスマホを覗いてこようとして、僕は瞬時に画面を隠す。
「い、いや、そんなんじゃないんだけど」
流石に他人のアカウントを見てニヤニヤしていたとは言えない。一人の時ならまだしも他人にバレると不味いくらいの常識は持っているつもりだ。僕は慌ててスマホをポケットに入れて、
「え、えっと、その、で? 二人こそ揃ってどうしたの?」
いや、カップルなんだから揃っていて当たり前か。
「そうそう。これ、渡しておこうと思って」
宮村から紙袋を渡される。
「・・・・・・ん? なにこれ?」
「この前、健太くんと出かけたときに買ってきたの。健太くんが助けられたからって。クッキーなんだけど食べられる?」
「ああ、うん。大丈夫だけど」
まさか本当にデートの土産を貰うことになるとは。
「本当に助かったしさ、受け取ってくれよ。俺と美幸のお気に入りなんだ」
「あ、ああ、まあ、ありがたく受け取らせてもらうよ。僕もクッキーは好きなんだ。ありがとうな」
言いながら受け取ってバッグに入れる。
「俺の方こそほんと助かったぜ、さんきゅーな」
「ああ、いやいや」
むしろ感謝しないといけないのは僕の方になってしまっている。
あの授業を代返したおかげで、教授に会い、そして喫煙所で先輩へと繋がった。運命的な再会をしたのだから。まさに奇跡、運命の繋がりだ。
ああ、先輩。なんか煙草吸ってるし、ピアスとかいっぱい開けてたし、昔の清楚で麗しいって感じではなくなっていた気がするけど、ああいう姿も何か新鮮だし、格好良くていいよな。
「へへへ」
「なんでにやけてんの」
「あ、え、いやその・・・・・・」
「あ、お前な! 美幸は俺の彼女だからな。いくらお前でも」
「そ、そんなんじゃない、そんなんじゃないって!」
「ほんとかぁ?」
「ほんとほんと。いい友達とは思ってるけどね」
いけない。顔に出てしまっていた。
「あ、そ、そうだ。それよりそれより、忘れないうちにこれ渡しておくよ」
僕は木曜日に取っておいたノートをバッグから出して松野に差し出す。金曜は被っている講義がなくて今日になってしまった。
「代返した講義のノート」
「ああ、おお、さんきゅー」
「一応ホワイトボードに記述されたのは全部取っておいたけど、先生の言葉まではやってないからね」
「だいじょぶだいじょぶ。助かったぜ。・・・・・・あのじーちゃん先生、小声だから何言ってるのか正直わからねーんだよな」
「たしかに聞き取りづらかったね。マイクでも使ってくれると助かるんだけど」
ノートを自分のバッグに入れた松野に、宮村が少しむっとした表情で。
「健太くん、鈴原くんに助けられたのって、もしかして代返してもらったの?」
「あ、ああ、まあ、ちょっと、ね?」
「ダメだよ。自分の講義は自分で出ないとー」
「いや、その、おっしゃる通りなんだけどさ、どうしても美幸のこと優先したくて・・・・・・」
「そう思ってくれるのは嬉しいけど、次はダメだからね」
「はい・・・・・・」
そんな感じに宮村は松野を叱ると、
「鈴原くんも優しくしてばっかじゃダメだからね?」
「あ、ああ、うん、僕もこれっきりのつもりだったから」
「それならいいけど」
宮村にそんな説教をされて僕と松野は頭を上げられなくなる。しかし、しょうがない。宮村は真面目な税格なのだ。
「・・・・・・そ、それじゃ、クッキーも渡したし、ノートももらったし、俺達いくな」
気を取り直すように松野が言って、僕も頷く。
「ああ。今日のサークルは来るの?」
「一応その予定。デートばっかしてると先輩達に怒られそうだし」
「そんなことはないと思うけど」
怒るというより、嫉妬は向けられそうだが。
「そういう鈴原は?」
「行く予定だよ。どうせ暇だからね」
「そかそか、じゃあまた、サークルで会おうぜ」
「ああ。宮村もまたサークルで」
「うん。またね、鈴原くん」
「じゃあな」
二人は手を繋いで去っていく。幸せそうで何よりだ。
そうだ。幸せなのはいいことなのだ。
僕はスマホを取り出して、また先輩のアカウントを見つめる。
「うん、幸せなのはいいことだ」
そうして残りの昼休みを過ごし、
今日の講義を滞りなく終え。
――僕はサークルメンバーが確保している空き教室へと向かう。
アニメ・ゲーム同好会。所謂オタサーというやつである。
週に数回、これといった目標も目的もないから決まった活動はしておらず、教室に備え付けられた機材でゲームをしたり、アニメを観たり、机を合わせてトレーディングカードゲームをするだけの集まり。各々が自由に遊ぶための場と言っても過言じゃない。
僕はそういう適当な雰囲気が好きでサークルに所属している。もちろんアニメやゲームが好きだということもあるけど。
「お疲れ様でーす」
教室に入ると何人かのメンバーがトレーディングカードゲームで盛り上がっていて、教壇のパソコンではサークル会長の三年生、増田さんが熱心な顔でアニメを観ていた。
「お、鈴原」
「お疲れ様です、増田さん」
「お前、今期の秋アニメ観た?」
「え、土曜から放送開始のやつっすか」
「そうそう」
「まだ観てないです。録画はしてあるんすけど」
土曜日と日曜日は先輩のアカウントを眺めるのに忙しくてアニメどころではなかったのだ。
「面白かったですか?」
「最高だった。お前も観とけ。今期の覇権になるぞ」
「まじすか。帰ったら観ますね」
そんな感じにだらだらとアニメ談義をしたり、カードゲームをやっている奴らの観戦をしたりしていると、やがて松野と宮村が教室に入ってくる。
「お疲れさまっすー!」
「お疲れ様です」
増田さんは二人に向かって、
「おー来たな。リア充ども。デートはいいのかー?」
そう茶化してくる。
「へへ、今日は皆と遊ぼうと思いまして」
「今日は、とはなんだ。毎回来いよ!」
そんなやり取りで教室の皆が笑う。
松野はバッグからカードゲームのデッキケースを取り出すと、カードゲーム組の方へと向かっていき、観戦するつもりなのだろう宮村もその後ろを付いていく。
僕は自前のカードは持ってないけど、ある程度のルールは分かる。たまには誰かのカードを借りてカードゲームの集まりに参加しようかなーと思ったところで、
ブー、ブー、とスマホが揺れた。
はて、なんだろうか、
僕はポケットからスマホを取り出し、誰かから送られてきたのか確認すると、
「うわぁ! って、っとっと!」
変な声を出して、落としそうになったスマホを握る。
メッセージの差出人は心の何処かで望んでいて、でも、きっと進展はないんだろうなと思っていた人物だった。
「どうした、鈴原」
「あ、いや、なんでも! なんでもないです!」
言いながらスマホに視線を戻す。
『やほ』
『ごめん。連絡遅くなった』
『明日って暇?』
そんなメッセージだった。
暇です。暇じゃなくても暇にします。
・・・・・・流石にそう言ったら気持ち悪いか。
『空いてますよ!』
無難な返事を送ると、すぐに返信があって。
『明日、五限まで授業あるから』
『それが終わったら会えるかな』
『学校の門前で待ち合わせ』
ついでに可愛らしいウサギのイラストのスタンプが表示される。
僕は心の中でガッツポーズをしながら、
『はい、よろしくお願いします!』
そう返事を返した。
一呼吸置く。もう一度メッセージを読む。
二度三度と読み返してようやく脳が内容を受け入れると、
「・・・・・・よしっ!」
そんな言葉が口から出た。
まさか、まさか! まさかまさか先輩からの初メッセージが来るなんて!
しかも明日会うだって? 会えるだって? これはなんだ。夢か? 本当に現実なのか。一応頬をつねってみたらちゃんと痛い。
「いや、ほんとどうした、鈴原」
周りの視線が集まる。僕はそれに対してへらへら笑いながら、
「あ、いや、ちょっと」
「どうしたんだよ。あ、なんかゲームのガチャでいい引きでもしたのか?」
「そ、そうですね」
それよりもずっと嬉しいことだが、しかし、ここで語ってしまうのもよくない気がする。松野と宮村が交際したって発表したときもまあまあすごかったし。
「おい、見せてみろよ」
「え、あ、ちょま」
松野がやってきて、僕のスマホを覗き込んでくる。
咄嗟のことで僕は画面を隠すこともできず、
「あー!」
「どうしたどうした」
「こいつ! 女と連絡取り合ってる!」
教室の皆に聞こえるような声で言われた。そこはそっとしておいてくれよ。
「かーっ! 今期の一年は色気づいた奴しかいねえのかよ!」
増田さんが叫ぶように言い、
「健太くん、ダメだよ。そっとしておかないと」
宮村からはフォローされ。
他のサークルメンバーからは非難の視線を浴びることとなった。
「彼女なのか、鈴原」
「ま、まさか」
松野の質問に首を振る。
僕が先輩の彼氏だなんて烏滸がましい。
「中学の時の先輩なんだよ。昔良くしてもらってて。この前の木曜日に偶然再会してさ、それで久しぶりに話すことになったんだよ」
「へー?」
「疑ってる?」
「疑ってる」
松野はジト目で、
「だって木曜だろ? 俺がお前に代返頼んだ日じゃん。出会いの時間なんてなかったんじゃないの?」
「いや、それは、授業が早く終わったとか」
色々と奇跡的な事情が重なった再会ではあるのだが。
「運命だね!」
宮村が話に混ざってくる。
キラキラした目で見たことのないテンション。
「え、あ、運命?」
僕が思っていた言葉を言われる。
「うん!」
「やっぱり、そうかな」
「だって、中学の頃のお世話になった先輩が大学同じだったわけでしょ?」
「そうだけど」
「それってすごい確率だよ! 天文学的!」
「それは僕もそう思う」
いやだが、しかし、何故に宮村は興奮気味なのだろうか。
「わー! まるで漫画の展開みたい!」
「あー、うん、そうだな」
何を想像しているのか宮村はキラキラとどこか知らない世界へ思いを馳せている。
そうだった。
ときたま忘れそうになるが、宮村もしっかりとオタクなのだ。特に漫画に精通しているタイプ。三度の飯より少女漫画の女性だ。おそらくではあるが、こういう展開は大好物なのだろう。
「すごいなー、憧れちゃうなー」
「み、美幸、俺がいるだろ?」
「健太くんのことはもちろんだけど、やっぱりそういう展開にも憧れちゃうの」
「そ、そんなもんか?」
「そんなもん」
「それじゃあ、しょうがないか」
あまりにも輝いている宮村に松野も一歩下がる。
「そ。現実はもちろん一番は健太くんだけど」
「そっか、へへへ」
バカップルなだけだった。
二人が二人の世界を作りそうになっていたので、僕はそーっと退散する。負の視線も僕からカップルに移っていた。
「おい、鈴原」
「は、はい」
今度は増田さんに呼び止められる。
「彼女を作るのは良いけど、サークルにはちゃんと顔出してくれよ。話し相手が減るのは嫌だからな」
「も、もちろんです。てか、別に彼女ができるというわけじゃ・・・・・・」
「女の連絡に喜んでいるのに?」
「そりゃ連絡貰えたのはめちゃくちゃ嬉しいんですけど、でも、だって、僕じゃどう考えても不釣り合いですし」
もちろん好きな相手だ。大好きだ。この世で一番好きな女性と言っても過言じゃない。
当然ながら先輩が僕のことを好きになってもらえれば間違いなく幸せだろうけど、そんなことはありえないだろう。彼女は僕のような人間に留まる人じゃない。
僕はただ憧れていられればそれでいい。
「なんすかね。あれですよ。推しというやつですよ。たぶん」
「推し、か」
増田さんは「なるほど」と笑って、
「ちなみにその推しはどんな人なんだ。中学の頃の先輩ってことは三年か二年だろ?」
「そうですね。二個上だったんで、今は三年生かな」
「俺と同期だな」
「そうなりますか。赤坂明乃先輩って言うんですけど。増田さん知ってます?」
「赤坂?」
増田さんは少しだけ驚いたように訊き返してきて、
「あ、知り合いでしたか?」
「あ、ああ、いや。直接は知らんけども」
何か煮え切らないような言葉で、
「・・・・・・まあ、なんだ。多分俺の気のせいだ。なんでもない」
「そすか?」
その仕草に疑問を持ったが、増田さんは話を切ってしまう。
「呼び止めて悪かったな」
そう言って増田さんはアニメの視聴に戻り、手持無沙汰のなった僕。
「・・・・・・ふむ」
ともすればできることは一つだ。
メッセージアプリのトーク履歴を開き、先輩からきたメッセージを開く。
「へへへ」
幸せだ。
僕はニヤニヤとする時間を過ごすのだった。




