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「でさ、聞いてくれよ」

「聞いてるよ」

 大学の講義中にコソコソと隣で話しかけてくる友人、松野健太の話を聞き流しながらノートを取る。

 松野は同じサークルの奴で、カップルとなった男女の片割れだ。

「でさ、美幸とさ、デートしてさ」

 美幸というのは宮村美幸。これまたサークルメンバーの一人であり、カップルの片割れだ。

「おい、ほんとに聞いているのか?」

「聞いてるって、いつもの惚気話だろ?」

「惚気話つーかさ。近況報告みたいな。他のメンバーに話しても聞いてくれないし、果ては殺気まで向けてくるからさ」

「当たり前だろ・・・・・・」

 宮村は僕から見ても美人だった。それに同学年にも先輩にも皆に愛想が良いこともあってとにかく人気があった。そんな人を恋人にしたら周りからは嫉妬、嫉妬、嫉妬の嵐だろう。

「その点、鈴原は優しいよな。ちゃんと話聞いてくれるし」

「そりゃどうも」

 興味がなくて聞き流しているだけだけど。

「あ、この授業が終わったら暇?」

「特に何もないけど」

 今日は木曜日。

 昼休みを挟んで三コマ目は空きである。その後に四、五コマと授業がある微妙にしんどい日だ。

「俺さ、このコマ終わったら美幸とデートがあって」

「はあ」

「次のコマ、代返してくんね」

「やだよ」

 何が楽しくて他人のカップルのために取ってもいない授業に出なきゃならんのだ。

「一日休んだってまだ出席日数大丈夫だろ」

「頼むよ、今日テストに出る重要なところ話すって言ってたからさ」

「知らないよ、他の受講生から聞いたらいいだろ」

「知り合いいないよ」

「新しい出会いのチャンスだ。これを機に友達を作ってくれ」

「今度昼飯奢るからさ、あ、土産も買ってくるし」

 他人のデートで買ってきた土産をどういう心境で受け取れというのか。というか、今も普通に授業中なのだ。ちゃんとノートを取らせてくれ。落第したらどうするんだ。

「頼むってば! ほんとお願い! お前が困ったときに代返してやるからさ!」

 しつこいくらいの言葉。

「はああぁぁ・・・・・・」

 深々と溜息を零す。

「・・・・・・わかったよ」

「え、いいの? ほんとに?」

「お前が頼んできたんだろ。いいよ、でもバレても知らないからな」

「お、おお、それは大丈夫。広い講義室だし、授業取ってる人も多いし、出席確認は名前だけ記入だから」

「わかった」

 松野の「恩に着る!」と手を合わせる姿をスルーして、カリカリとノートに書きこんでいく。この授業のノートは見せてやるもんか。

 ま、どうせ暇だったのだ。授業に出てやるくらいはいいだろう。

 徳を積んだつもりで昼休みを過ごし、言われていた授業に出席する。

 授業は文化人類学の何か。おじいちゃん先生が聞こえにくい小さな声で授業を進めていき、僕はとりあえずホワイトボードに書き込まれた内容をそのままノートに書き写していく。口頭でテスト範囲の話をされていたら諦めてもらうしかない。そもそも授業の流れすら理解できていないのだから。

「さて、それでは今日はここまで」

 授業は残り三十分と差し掛かったところで、先生はそう言った。

「今日はこれから出張がありますので。皆さん、テスト範囲は覚えておくように」

 そう言い残して先生は教室から出ていった。

 後へ続くように受講していた学生達も出ていって、僕もその後ろを追いかけるように教室を後にする。ラッキーだったといえばラッキーだったのだが、また中途半端に時間が残ってしまった。

「どうしようかな」

 学校内にあるカフェでぼけーっと座っているにしては長いけど、それ以外にすることもない。

(まあ、スマホのゲームもあるし)

 そんなことを考えながらカフェに向かおうとして、

「あ、鈴原君」

 顔見知りである男の教授に声を掛けられた。

「今暇かな」

「え、あ、はい」

「ちょうどよかったよ。この資料、僕の部屋のポストに入れておいてくれない?」

 そう言って資料の入っているであろう大きい封筒を渡される。

「はあ」

 この大学はいくつかの校舎で成り立っており、そのうちの一つに教授用の部屋が用意されているのだ。ほとんどはゼミや授業の相談室として使っているらしい。僕も何回か授業の関係で入ったことがある。

「僕の部屋は分かるよね?」

「あ、はい。大丈夫です」

「すまないね、任せたよ」

 それだけ言って、教授は足早にその場を去っていった。

どうやら随分急いでいたみたいだ。

「・・・・・・まあ、いいか」

 いい暇つぶしが出来たと思おう。

 僕は資料を持ち直し、教授の部屋へ向かった。

「よいせ」

 ドアに付いているポストへ資料を入れる。これにてお使い終了。

 校舎を出たところで、ふと目に入ったのは喫煙所。といってもこれは学生用じゃない。教員用である。

 昨今の喫煙事情は厳しいようで、うちの大学も数年前に学生用の喫煙スペースは全て撤去されてしまった。今では小さなスペースだけが残されて教員用なっているのである。そして、ここも近い将来撤去されるとかされないとか。喫煙者にとっては風当たりの強い世の中のようだ。

 そこに一人の女性が煙草を吸っていた。

 黒いショートボブの髪型だがもみあげは長め。

 服装は黒のパーカーにジーンズパンツ、そして黒色の厚底ブーツ。そんな服装からしても、背負っているグレーのリュックからしても、明らかに教員とは思えない。

だからだろうか? 視線がすぐには離せなかった。

「んー?」

 やがて、女性の方も僕の存在に気が付く。

「何か用かな?」

「え」

 ドキッと、心臓が跳ねた。

 だって、僕はその声を知っていたのだ。

 一度たりとも忘れたことのない声。

 いやでもまさか、本当に? そんなことがありえるのか? 現実を否定しそうになる。

 女性の姿は、僕の知っているあの頃と違いすぎる。髪色、髪型だって、化粧の雰囲気だって、身につけているアクセサリーだって、僕の知っているあの人の姿じゃない。

でも、目の前にいる人を知っていると確信していた。

だって、こんなにも、僕は女性の姿に胸を締め付けられている。

「ねえ、何か用?」

「あ、いえ、その」

 動揺のあまり言葉が上手く出せず、

「こ、ここ、教員用で・・・・・・」

 馬鹿野郎、そんなことを言いたいんじゃない。

「知ってるよ」

「あ、そ、そうですか、そうですよね」

「んで、君は? もしかしてお説教かな」

「い、いや、そんなまさか」

「んじゃ、何の用? じっと見られると不愉快だよ」

「あ、その・・・・・・」

 そりゃその通りだ。

 でも、なんと言えばいいのだろうか。

 あなたのこと知っています。なんて突然言おうものなら不審者のレッテルが貼られること間違いなしだ。声を知っているというだけで、ただ似ている声という可能性だってありえる。しばらく返答に苦しんでいると、女性は煙草を吸い切ってしまい、

「ふうぅぅぅ」

 息を吐きだして、僕から目を離した。

 去っていってしまう。

 僕はあの時と同じで、何も言えないまま立ち尽くして。

「あ、あの!」

 不審者でも何でもいい。

 どう思われてもいい。

 もう後悔はしたくなかった。

「なーに?」

 女性が振り向いて、目が合った。やっぱりあの人だ。

「えっと、その」

 勇気を振り絞って声を発した。

「先輩ですよね!」

「ん?」

「あの、赤坂先輩。赤坂、明乃先輩・・・・・・」

「んん?」

 なんで知ってんの? と、瞳が語ってくるような気がした。

「ぼ、僕です。あの、中学で一緒だった・・・・・・というか、後輩だった。望、鈴原望です」

 名乗っておいて、冷静になる。

 そもそも覚えていてもらえているのか? 僕みたいなモブキャラを。

「んー?」

 女性――明乃先輩は僕の顔をじっと見つめて、

「あ」

 何か思い出したように。

「望くん」

 確認するように僕の名前を口にした。

「望くんか! 中学のサボり仲間だった」

「そ、そうです。そうです!」

 ちゃんと覚えていてもらえた。

 名前を呼ばれて、それだけで嬉しくなる。僕は何度も何度も頷いた。

「あの、えっと、お久しぶりです!」

「うん、久しぶり。この大学だったんだ」

「は、はい。先輩こそ」

「まあね」

「えっと、えっと・・・・・・」

 しかし、だ。

 会話が続かない。姿を見られて、顔を見られて、本当に嬉しいのに。何か話そうとしても言葉が出てこない。

「さて、そろそろ行かないとね。君も授業あるでしょ?」

「あ、は、はい」

 腕時計を見て、今度こそ先輩は去っていく。

 もう見送ることしかできない。

「ああ、そうだ」

 少し離れたところで、先輩は足を止めた。

「望くん」

「え、あ、はい」

「せっかくだからさ、連絡先、教えてよ」

 そう言ってポケットからスマホを出す。

 最初、何を言われたのか理解が出来なかった。

「連絡先。スマホ持ってない?」

「い、いや、持ってますけど」

 いいのか? 僕みたいな奴が連絡先を交換して。

「じゃ、交換しようよ」

「は、はい、はい!」

 僕も慌ててスマホを取り出し、メッセージアプリをタッチした。そうして連絡先を交換して、

「また連絡する。どっかで話そうね」

「はい、はい・・・・・・! もちろん、喜んで!」

「ふふふ、じゃあね」

「あ、はい、また」

 先輩の背中が見えなくなるまで見送って、それから思わずガッツポーズ。

「奇跡かよ!」

 そう、奇跡だ。いったいなんという奇跡だ。

生まれて初めて神様に感謝したいと思ったかもしれない。

 こんなところで、この学校で、偶然たまたま再会することがあるなんて! そんなのアニメかゲームだけの話だと思っていた! しかも会えただけで最高なのに連絡先まで交換してしまうなんて感無量だ!

 嬉しさのあまり顔がにやける。夢じゃないかと疑って頬をつねるがちゃんと痛い。

 よし、よし、よしよしよし!

 声には出さないが、何度も心の中で叫ぶ。

 やがてチャイムが鳴り、僕は足取り軽く授業へと向かう。

 その日の授業は登録された先輩のアカウントを眺めているだけで終わってしまった。


      *


 これは中学一年の夏、僕にとって一番大切な思い出だ。

 ある日、僕は学校の保健室にあるベッドでぼけーっと時間を潰していた。

 教室に馴染めない。進学してから楽しくない。

「はあぁ・・・・・・」

 小学校からの友達は教室が離れ、僕は知らない校区からやってきた知らない人達と囲まれている。面白くもないし、息苦しい。学校に通うのもしんどくなっていたときだった。

「あー」

 女の人の声。

 掛け布団からチラッと視線を向けると、一人の女子生徒がベッドのカーテンを捲って立っていた。

「先生、私のベッドに先客がいるんだけど?」

「赤坂さん。保健室のベッドはあなたのベッドじゃないわよ」

「ちぇー」

 不服そうに言って、僕に視線を向けると、

「君」

「・・・・・・」

「狸寝入りなのは分かってるから」

 ぎくっとする。けど、それでも声は出せない。

「少女? いや、少年? どっちでもいいや。そこは私の特等席なの。それを奪うんだからそれなりの理由があるんだよね」

「・・・・・・」

 理由なんてない。案内されたベッドがこの場所だっただけだ。

「その場所を取るんだからさ、かわりに」

 かわりに?

「話し相手になってよ、私の」

「・・・・・・え?」

 思わず声に出る。思わず頭まで被った布団から顔を半分出す。

「暇なんでしょ、君も」

 確信を持ったように言う声。近くにいるはずの先生は何も言わない。僕は回答を求められている。少しだけ考えて、

「暇じゃ、ないですけど・・・・・・」

「ほら、返事できる。仮病じゃん」

「ええっ?」

「本当は元気なんでしょ」

「いや、別に、元気なんかじゃ」

「分かるよ。教室にいるのが嫌なんでしょ。逃げてきたんでしょ」

 そう言うわけじゃない。逃げてきたわけじゃない。ぼくはただ、ただ、そこにいても意味がないって思っただけで。

「僕は」

「私と話そうよ。少し元気になるかもよ?」

 差し伸べられた手。僕に向けられた微笑み。

 美しいと思った。ドキッとして、何か大切なものを鷲掴みされたみたいで。

「え、と」

 僕はそれにおそるおそる口を開く。

 運命。

 なんて言葉が頭に過った。

 この人と会うために僕は今日保健室に来て、ベッドを借りた。そんなことあり得ないのにそんな気がしてしまう。

 これが僕と先輩との邂逅だった。


      *


 先輩と再会して数日が経った月曜日。

 昼休みに学食で一人、僕はほぼ日課のように先輩のアカウントを眺めながらニヤニヤしていた。今のところは連絡なし。これから先もないかもしれない。何なら僕から連絡すべきなのかも。

 色々考えたけど、とりあえず連絡先が手元にあるという喜びを噛み締めていた。

 そんな僕のところに、

「おーす」

「こんにちは、鈴原くん」

 松野と宮村がやってきた。

「ああ、おす」

 適当に返事をして、スマホに視線を戻す。

「何、ゲーム中? 随分楽しそうな顔してたけど」

 松野がスマホを覗いてこようとして、僕は瞬時に画面を隠す。

「い、いや、そんなんじゃないんだけど」

 流石に他人のアカウントを見てニヤニヤしていたとは言えない。僕はスマホをポケットに入れて、

「で、二人こそ揃ってどうしたの?」

 いや、カップルなんだから揃っていて当たり前か。

「あ、そう。これ、渡しておこうと思って」

 宮村から紙袋を渡される。

「なにこれ?」

「この前、健太くんと出かけたときに買ってきたの。健太くんが助けられたからって。クッキーなんだけど食べられる?」

「ああ、大丈夫だけど」

 まさか本当にデートの土産を貰うことになるとは。

「本当に助かったしさ、受け取ってくれよ」

「ああ、うん。まあ、ありがたく受け取らせてもらうよ。クッキーは好きなんだ」

 言いながら受け取ってバッグに入れる。

「ほんと助かったぜ、さんきゅーな」

「ああ、いや」

 むしろ感謝しないといけないのは僕の方になってしまっている。

 あの授業を代返したおかげで、教授に会い、そして先輩へと再会したのだから。

 ああ、先輩。なんかファンキー?な感じにピアスとかいっぱい開けてたし、清楚で麗しいって感じではなくなっていたけど、ああいう姿も格好良くていいよな。

「へへ」

「なんでにやけてんの」

「え、あ、え、いや・・・・・・」

「お前な、美幸は俺の彼女だからな。いくらお前でも」

「そ、そんなんじゃない、そんなんじゃない」

 いけない。顔に出てしまっていた。

「そ、それより、これ渡しておくよ」

 僕は木曜日に取っておいたノートをバッグから出して松野に差し出す。

「代返した授業のノート」

「お、さんきゅー」

「ホワイトボードに記述されたのは全部取っておいたけど、先生の言葉まではやってないから」

「だいじょぶだいじょぶ。助かったぜ。あのじーちゃん先生、小声だから何言ってるのか正直わからねーんだよな」

「たしかに聞き取りづらかったよ」

 ノートを自分のバッグに入れた松野達とどうでもいい話を交わして、

「それじゃ、クッキーも渡したし俺達いくな」

「ああ。今日はサークル来るの?」

「一応その予定。デートばっかしてると先輩達に怒られそうだし」

「そんなことはないと思うけど」

 怒るというより、嫉妬は向けられそうだが。

「そういう鈴原は?」

「行く予定だよ。暇だから」

「そか、じゃあ、サークルで会おうぜ」

「ああ。宮村もまたサークルで」

「うん。またね、鈴原くん」

「じゃあな」

 二人は手を繋いで去っていく。幸せそうで何よりだ。

 幸せなのはいいことだ。

 僕はスマホを取り出して、先輩のアカウントを見つめる。

「うん、幸せなのはいいことだ」

 そうして残りの昼休みを過ごし、今日の授業を終え、僕はサークルメンバーが確保している空き教室へと向かう。

 アニメ・ゲーム同好会。所謂オタサーだ。

これといった目標もなく、決まった活動はしておらず、教室に備え付けられた機材でゲームをしたり、アニメを観たり、机を合わせてトレーディングカードゲームをするだけの集まり。各々が自由に遊ぶための場と言っても過言じゃない。

僕はそういう適当な雰囲気が好きでサークルに所属している。もちろんアニメやゲームが好きだということもあるけど。

「お疲れ様でーす」

 教室に入ると何人かのメンバーがトレーディングカードゲームで盛り上がっていて、教壇のパソコンではサークル会長の三年生、増田さんが熱心な顔でアニメを観ていた。

「お、鈴原」

「お疲れ様です、増田さん」

「お前、今期の秋アニメ観た?」

「え、土曜から放送開始のやつっすか」

「そうそう」

「まだ観てないっすね。録画はしてあるんすけど」

 土曜日は先輩のアカウントを眺めるのに忙しくてアニメどころではなかったのだ。

「面白かったですか?」

「最高だった、お前も観とけ。今期の覇権になるぞ」

「まじすか。帰ったら観ときます」

 そんな感じにだらだらとアニメ談義をしたり、カードゲームをやっている奴らの観戦をしたりしていると、やがて松野と宮村が教室に入ってくる。

「お疲れさまっす」

「お疲れ様です」

 増田さんは二人に向かって、

「おー来たな。リア充ども。デートはいいのかー?」

 そう茶化してくる。

「へへ、今日は皆と遊ぼうと思いまして」

「今日は、とはなんだ。毎回来いよ!」

 そんなやり取りで教室の皆が笑う。

 松野はバッグからカードゲームのデッキケースを取り出してカードゲーム組の方へと向かっていき、観戦するつもりなのだろう宮村もその後ろを付いていく。

 僕は自前のカードは持ってないけど、ある程度のルールは分かる。たまには誰かのカードを借りてカードゲームの集まりに参加しようかなーと思ったところで、

 ブー、ブー、とスマホが揺れた。

 僕は慌ててポケットから取り出し、誰かから送られてきたのか確認すると、

「あ! っとっと!」

 それは一番メッセージがほしい人からで、驚きと嬉しさのあまり思わずスマホを落としそうになる。

「どうした、鈴原」

「あ、いや、なんでも! なんでもないっす!」

 言いながらスマホに視線を戻す。

『やほ』

『ごめん。連絡遅くなった』

『明日って暇?』

 そんなメッセージだった。

 暇です。暇じゃなくても暇にします。流石にそう言ったら気持ち悪いか。

『空いてますよ』

 無難な返事を送ると、すぐに返信があって。

『明日、五限まで授業あるから』

『それが終わったら会えるかな』

『学校の門前で待ち合わせね』

 ついでに可愛らしいウサギのイラストのスタンプが表示される。

 僕は心の中でガッツポーズをしながら、

『はい、よろしくお願いします!』

 そう返事を返した。

 一呼吸置く。もう一度先輩からのメッセージを読む。二度三度と読み返してようやく脳が内容を受け入れると、

「・・・・・・よしっ!」

 思わずそんな言葉が口から出た。

「いや、ほんとどうした、鈴原」

 周りの視線が集まる。僕はそれに対してへらへら笑いながら、

「あ、いや、ちょっと、へへ」

「どうしたんだよ。あ、なんかゲームのガチャでいい引きでもしたのか?」

「そ、そうっすね」

 それよりもずっと嬉しいことだ。憧れの人とまた話すことが出来るなんて。

「おい、見せてみろよ」

「え、あ、ちょま」

 松野がやってきて僕のスマホを覗き込んでくる。咄嗟のことで僕は隠すこともできず、

「あー! こいつ!」

「どうしたどうした」

「女と連絡取り合ってる!」

 教室の皆に聞こえるような声で言われた。そこはそっとしておいてくれよ。

「かーっ! 今期の一年は色気づいた奴しかいねえのかよ!」

 増田さんが叫ぶように言い、

「健太くん、ダメだよ。そっとしておかないと」

 宮村からはフォローされ。

 他のサークルメンバーからは非難の視線を浴びることとなった。

「彼女なのか、鈴原」

「ま、まさか」

 松野の質問に首を振る。

 僕が先輩の彼氏だなんて烏滸がましい。

「中学の時の先輩なんだ。昔良くしてもらってて。この前の木曜日に偶然再会してさ、それで久しぶりに話すことになったんだよ」

「へー?」

「疑ってる?」

「疑ってる」

 松野はジト目で、

「だって木曜だろ? 俺がお前に代返頼んだ日じゃん。出会いの時間なんてなかったんじゃないの?」

「いや、それは、授業が早く終わったとか」

 色々と奇跡的な事情が重なった再会ではあるのだが。

「運命だね!」

 宮村が話に混ざってくる。

 キラキラした目で見たことのないテンション。

「え、あ、運命?」

「うん!」

「そうかな」

「だって、中学の頃のお世話になった先輩が大学同じだったわけでしょ?」

「まあ、そうだけど」

「それってすごい確率だよ!」

「それは僕もそう思う」

 しかし、何故に宮村は興奮気味なのだろうか。

「わー! まるで漫画の展開みたい!」

「あー、うん、そうだな」

 何を想像しているのか宮村はキラキラとどこか知らない世界へ思いを馳せている。そうだった、ときたま忘れそうになるが、宮村もしっかりとオタクなのだ。特に漫画に精通しているタイプ。おそらくではあるが、こういう展開は大好物らしい。

「すごいなー、憧れちゃうなー」

「み、美幸、俺がいるだろ?」

「健太くんのことはもちろんだけど、やっぱりそういう展開にも憧れちゃうの」

「そ、そんなもんか?」

「そんなもん」

「それじゃあ、しょうがないか」

 あまりにも輝いている宮村に松野も一歩下がる。

「そ。現実はもちろん一番は健太くんだけど」

「そっか、へへへ」

 バカップルなだけだった。

 二人が二人の世界を作りそうになっていたので、僕はそーっと退散する。負の視線も僕からカップルに移っていた。

「おい、鈴原」

「は、はい」

 今度は増田さんに呼び止められる。

「彼女を作るのは良いけど、サークルにはちゃんと顔出してくれよ。話し相手が減るのは嫌だからな」

「も、もちろんです。てか、別に彼女ができるというわけじゃ・・・・・・」

「女の連絡に喜んでいるのに?」

「そりゃ連絡貰えたのはめちゃくちゃ嬉しいんですけど、でも、だって、僕じゃどう考えても不釣り合いですし」

 もちろん好きな相手だ。大好きだ。この世で一番好きな女性と言っても過言じゃない。

当然ながら僕のことも好きになってもらえれば間違いなく幸せだろうけど、そんなことはありえないだろう。彼女は僕のような人間に留まる人じゃない。

 僕はただ憧れていられればそれでいい、ずっとそう思ってる。

「なんすかね。あれですよ。推しというやつです」

「推し、か」

 増田さんは「なるほど」と笑って、

「ちなみにその推しはどんな人なんだ。中学の頃の先輩ってことは三年か二年だろ?」

「そうっすね。二個上だったんで、今は三年生かな」

「俺と同期だな」

「そうなりますね。赤坂先輩って言うんですけど。増田さん知ってます?」

「赤坂?」

 増田さんは少しだけ驚いたように訊き返してきて、

「知り合いですか?」

「あ、ああ、いや。直接は知らんけども」

 何か煮え切らないような言葉で、

「まあ、なんだ。多分俺の気のせいだ。なんでもない」

「そすか?」

 その仕草に疑問を持ったが、増田さんは話を切ってしまう。

「呼び止めて悪かったな」

 そう言って増田さんはアニメの視聴に戻り、手持無沙汰のなった僕。

「・・・・・・ふむ」

 ともすればできることは一つだ。

メッセージアプリのトーク履歴を開き、先輩からきたメッセージを開く。

「へへへ」

 幸せだ。僕はニヤニヤとする時間を過ごすのだった。


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