13
先輩――明乃さんと付き合うことになって一週間が経った。
といっても、僕達はあまり大きく変わったこともなく日常を過ごしている。
今までと変わらずに講義を受けて、空いた時間は適当にゲームをして過ごして。明乃さんとのやり取りは日中ほどほどにしつつ、夜に多くの時間を取るようになった。
「なあ、鈴原」
空き時間にカフェでゲームをしながらぼけーっとしていると松野が来て、
「おー、なに?」
「今日の昼休みって空いてる? ちょっと話に付き合ってほしくてさ」
「昼かー」
予定はない。誰とも約束はしていない。
「あ、何かある感じ?」
「いや、まあ、いいんだけど」
明乃さんと付き合っているということを、僕はまだ誰にも言っていない。
まだ関係が始まって時間は経ってないし、内心では浮かれまくっていたけど、それを悟られると面倒なのもあって静かに過ごしていたのだ。
「うむ・・・・・・」
ただ昼休みはだいたいタイミングを合わせて一緒に過ごしている。今日もきっと一緒に昼食ということになると思うのだが・・・・・・。
「その話ってさ、明乃さ――じゃなくて、先輩が一緒でもいいかな?」
「先輩さん?」
「うん。確定じゃないんだけど」
「あー、うん、むしろいてくれた方が助かるかもしれねえ」
助かるってなんだ。
「まあ、細かいことは昼にまた話すわ」
「ああ、わかった」
「おう、じゃあまた後でな。これからちょっと寄るとこあるから」
そう言って松野はカフェを後にする。
はて。
何か僕に話したいことで、明乃さんがいると助かるってのは、いったい何なんだろうか。
「まあ十中八九宮村との話だろうけど・・・・・・」
しかし、今更相談することなんて珍しいような。そんなことを思いつつ、勝手にしてしまった約束を明乃さんに伝えようとメッセージを送っておく。
「あー、鈴原くんだ」
「ん?」
呼ばれてその方向に顔を向けると、
そこにいたのは明乃さんのお友達である真美さん。なんかキラキラしているギャルだ。
「ああ、お疲れ様です」
「やほー」
この一週間、明乃さんと空き時間を一緒にいることが増えた結果、こうして明乃さんの友達とも顔を合わせることも多くなった。後輩としてなんだかんだ可愛がってもらっている、と思う。
「明乃は講義だっけ?」
「はい、そうです」
「じゃあ、鈴原くんは一人かー」
「はい」
「じゃあ、せっかくだし話し相手にでもなってもらおうかな」
「まあ、僕でよかったら」
「やったー」
相席して、それから色んな話をしてくる。
流行のファッション、欲しいブランド、最近の彼氏への愚痴。
延々と彼女の話は続いていく。
しかし会話の引き出しの量が違う。僕はほとんど相槌を打つだけだった。そうしていくうちに時間も過ぎ去って授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「あら、もうこんな時間か」
「みたいですね」
「いやー、鈴原くん何でも聞いてくれるから助かっちゃうわ」
「それはどうも」
僕としても聞き流しているわけじゃない。明乃さんにふさわしい男となるため、参考にできる話は参考にさせてもらっている。つもりなのだが、陽キャと陰キャの差が出ているかもしれない。正直話のスピードについていけてないのだ。
「あ、そうだ」
「どうしました?」
「ぶっちゃけ、明乃とはどう?」
「あ、明乃さんと?」
どうと言われると困ってしまう。
「まあ、なんか、清いお付き合いをさせていただいてます・・・・・・」
「そっかー。まあ、でも、鈴原くん草食系っぽいしね」
「まあ、そうですね」
間違いなく肉食系ではない。
「でも、明乃の傍にいるのは君みたいなのがいいよ。鈴原くん優しそうだし」
「そうですかね?」
「うん。明乃の親友としてなんとなくそう思う」
「ですか」
そう言われると認められているようで嬉しい。
そんな話をしていると、
「望くん」
「あ、明乃さん」
今度は後ろから大好きな声に名前を呼ばれた。
「やっほー、明乃」
「真美もいたんだ。珍しい組み合わせだね」
「うん。時間潰しに鈴原くんと話聞いてもらってた」
「そうなんだ」
「いいなー、聞き上手の彼氏。私もほしいー。チラッ?」
「ダメだよ?」
「冗談冗談。こわいって」
本当に仲が良いんだなーって思いつつ、二人の会話を僕はぼけーっと眺める。
「――さてと」
真美さんはカバンを持って、
「暇潰しもできたし、初々しいカップルの邪魔はせず、余所者は退散しますかね」
「はいはい。またね」
「あ、お疲れ様です」
「うん。二人ともじゃあねー」
そう言って真美さんはカフェから去っていき、
「明乃さんも講義お疲れ様です」
「うん。・・・・・・で、どうしたの、真美と一緒だったの」
「いや、なんか話し相手になってました」
「ふーん」
言いながら明乃さんは僕の頬をぐにっと引っ張る。
「浮気はだめだからね」
「しょんやこちょひまへん」
そもそも向こうだって彼氏がいるわけだし。
「じゃあ、いいけど」
「ひゃい」
頬を解放される。伸ばされた頬をさすりつつ、
「そ、そうだ。明乃さん。さっきメッセージ送ったんですけど見ました?」
「メッセージ? ごめん、気が付かなった」
言いながら明乃さんはスマホを出そうとして、
「ああ、大丈夫です。そんな重要でもないというか、今日は松野と一緒にお昼ご飯でもいいですかって内容で」
「松野?」
その名前に首を捻ったが、すぐに思い出したようで、
「あー、望くんのお友達」
「そうです。なんか明乃さんとも話がしたいみたいで」
「話?」
「はい、とはいっても、おそらくアイツの彼女についての話だと思うんですけど。あ、彼女っていうのは宮村のことで」
「宮村」
「はい、一回だけ顔合わせたことありますよね」
「覚えてる。その人も望くんの友達だったよね。へえ、あの二人付き合ってるんだ」
意外そうに言う。
「そうなんです」
僕も意外だと思った。正直今でも思っている。
「んで、大丈夫ですかね?」
「いいよ、別に」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
昼の時間だし松野もすぐ来るだろう。僕達は二人座って待つことにする。
「ね、望くん」
「なんです?」
「へへへ、呼んだだけ」
「なんすかそれ」
二人でにやける。
あー、僕達恋人同士なんだって思う。ちょっと子供っぽいか。
「望くんも呼んでよ、私のこと」
「え、は、はい。えっと、明乃さん」
「うん、あなたの明乃です」
やっぱりにやける。
テーブルの上に出した手が繋がって、にぎにぎとお互いを確かめる。
テーブルがなければ抱きしめられるか、もしかしたらキスまでしちゃうか? 思わずそんなことを考えて――、
「お待たせー」
邪魔者が乱入してきた。
僕達は素早く手を放して何事もなかったかのように繕う。
「ん? どした?」
「いや、なんでもない」
「ね、なんでもないよね」
タイミングの悪い奴め。
内心キレそうになるが、ここは公共の場だ。そもそもイチャイチャしていることに問題があると言えばそうだとも思う。
「まあいいけど、あ、赤坂先輩。今日は時間貰っちゃってすみません」
「ああ、うん。いいよ」
「えーと、どうしよ。まずは昼飯買いますかね」
「そうだね」
とりあえず昼飯を三人分用意することから始まって。
明乃さんはサンドウィッチセット。
松野は大盛カレーライス。
僕は日替わりメニューだったかつ丼。
各々の食事を用意して僕達は席に着いた。
「それで、話ってなんだよ」
カツ丼のカツを食べながら松野に話を振る。
「あー、その、文化祭の話なんだけど」
「文化祭?」
そういえばそろそろだ。
「そのですね! 赤坂先輩、ぜひともベストなデートスポットを教えてください!」
明乃さんに向かって松野は深々と頭を下げる。
それに対して、
「デートスポットかー」
「はい!」
「――無理」
悩むことなくはっきりと明乃さんは告げた。
「ええっ?」
僕もかなり驚きで思わず声が出てしまう。優しい明乃さんのことだから、当然アドバイスの一つでもすると思っていた。
「え、えっと、あの、ど、どうしてでしょう?」
恐る恐るといった風に、松野が訊く。
「単純にアドバイスできないの」
明乃さんは「ごめん」と答えた。
「できない、とは?」
「だって、私、サークルとか部活とか入ってないし」
その言葉で、僕は、おそらく松野も全てを理解した。
そうだった。
文化祭に参加しない人間にとって、文化祭期間はただの四連休なのだ。
「えーっと、つまり、赤坂先輩も文化祭には?」
「うん。一度も参加したことない」
「・・・・・・ちなみに他校の文化祭も?」
「ああいうの参加するのってナンパ目的の男子だけじゃないの?」
それは流石に偏見だと思うけど。
「そうですか・・・・・・」
「ごめんね、参考にならなくて」
「い、いえいえ、こちらこそ突然変な質問しちゃってすみません」
「・・・・・・まあ、これはアドバイスってほどじゃないんだけど」
明乃さんはサンドウィッチを一齧りして、呑み込み。
「好きな人と一緒なら、多分、きっとどこに行っても楽しいよ」
「そう、ですかね」
「私はそう思うよ。もし万が一つまらなくても、それはそれで思い出になるだろうし。重要なのは二人でいること。一緒の時間を共有することだと思いたいな」
僕と松野は揃って「なるほど」と頷く。
「以上。私の言えることはそれだけ」
「あ、ありがとうございます! 参考にします!」
松野はまた頭を下げた。
僕もいい言葉を聞いた。そうか、大事なのは一緒にいることか。
「どうしたの、望くん」
「え、なんでですか」
「なんか感心したような顔してるから」
「いや、いい言葉を聞いたと思いまして」
「そっか、じゃあ望くんもちゃんと実行するように」
「はい、できる限りそうします」
そう言って二人で笑い合う。この瞬間、松野のことはすっかり忘れてしまった。
「・・・・・・なあ、あの、お二人さん?」
「げ」
そして現実に引き戻される。
「な、なんだよ」
「あー、いや、さっきの様子といい、今の二人といい。・・・・・・お前と赤坂先輩って、その、もしかして付き合ってんの?」
「えーっと」
別に隠しているわけじゃない。
黙ってはいたけど、いつかはバレるだろうと思っていたし。僕は明乃さんに一瞥すると、彼女もまた苦笑を浮かべて頷いた。
「まあ、えっと、めちゃくちゃ最近で一週間前からなんだけど」
僕は頬を掻きながら認めた。口にしてみると自分が彼氏なんだと実感がわいてきて少し誇らしい。
「おいおい、まじかよ! おめでとう!」
「あ、ありがとう?」
松野は「いや、やるなぁ」なんて頷いて、
「赤坂先輩聞いてくださいよ。鈴原ったら赤坂先輩との連絡が楽しすぎて、一時期本当に講義まともに受けてなかったんですよ! 今までは真面目にノート取ってた奴だったのに、スマホばっか弄って、ずっと先輩からの連絡待ってたんです」
「お、おい、それは言うなって」
めちゃくちゃ恥ずかしい。
「いいじゃんか。事実だろ」
「ま、まあ、そうだけど・・・・・・」
そうだとしても本人に聞かれるのは恥ずかしい。
「そうなんだ?」
明乃さんは意地悪な笑みを浮かべて、
「今もそわそわしてくれているのかな? 寝る前とか」
「それは・・・・・・」
している。いつも今か今かと連絡を待っている。なんて言えないけど。
「望くんからはしてくれないのになー」
「いやだって」
僕からメッセージを送ると気持ち悪い怪文書になりそうで怖いのだ。
「駄目だろ、鈴原。お前からも連絡しないと」
「そういう松野はしてるのかよ」
「もちろん。だいたい交互に連絡してるかな」
「ぐっ、そうなのか・・・・・・」
たしかにいつも彼女にリードされっぱなしも良くないとは思うけど、そんなスマートにやり取りできたら僕は何年も片思いをしていない。多分。
「望くん?」
しかし、そんなねだられるような目を向けられて、断れる自分もまたいなかった。
「じゃ、じゃあ、今日は僕から連絡しますよ! 明乃さん!」
「ふふふ。うん、待ってる」
「はい! 頑張ります!」
明乃さんは「頑張るほどじゃないけど」なんて笑って、松野からも「力みすぎだろ」と指摘される。誰だって初めては緊張するものなんだよ、どんなことでも。
「でーだ、お二人は付き合ってること隠したい感じ?」
「隠したいってほど考えてもいないけど、まあ、自分達から吹聴して回るほどじゃないかなとは思ってる。ほら、サークルメンバー達に知られたら面倒なの、松野も経験してるだろ?」
「あー、そりゃなー」
松野は苦労を思い出したのか渋い顔をした。
「松野くんは何かあったの?」
サークルの出来事を知るはずもない明乃さんが言う。
「まあ、あれすよ。サークルメンバーの美幸――宮村に告白して付き合うようになったまではよかったんですけど、最初の頃は祝福されるより嫉妬の嵐だったというか」
「あー」
「まあ、そういうことでね。俺も鈴原と赤坂先輩のことは口外しないです! 安心してください!」
「助かるよ」
「おう。・・・・・・あ、でも、美幸には話してもいい?」
「宮村が吹聴しないならね」
「大丈夫。俺からもしっかり言っておくから!」
まあ、二人を信用しておくことにしよう。
それから僕達は取り留めない雑談をして過ごしていく。
サークルでどんなことをしているのか、最近流行りのゲームとか、明乃さんにとっては退屈ではないかと思う話が多かったが、一応笑ってくれていたし大丈夫だろうか。
やがて昼休みがあと少しで終わろうとする時間になる。
「――さて、そろそろ講義行くか」
「ああ、うん」
僕と松野は午後の講義がある。
「明乃さんも講義ですか?」
「ううん。私はもう帰るだけ。・・・・・・また夜かな」
「はい」
「あ、ちゃんと連絡、待ってるから」
「は、はい・・・・・・」
僕達は解散し、授業を受けて学校での時間を過ごす。




