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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
3章 アンタレス、中編 
91/136

決着

 リヒター視点


 それはまさに神懸かりだった。

 

「リヒター俺の後ろに付いてこい」


 ガストロの指示の元、俺達先頭集団は開けた場所に入る。

 新たな課題であるオーガ30体の討伐。

 それをロストは「またこの課題か芸が無い」とぼやいていた。

 合流前のロストとは何か様子が違う事を気にしつつ、ついにダンジョンアタックが終盤に入ったことを意識する。

 最終盤に入るとダンジョンアタックは少し課題の形式が変わる。

 今までは闘技者一人一人に出されていた課題だが最終盤は先頭集団に課せられる。

 先頭集団がクリアし、開かれた通路は後ろからきた闘技者は課題をしなくても通れる。

 これは最終盤に追いつけるチャンスを作る意味とこのダンジョンが生まれるきっかけとなった歴史をたどった結果こういう形式となった。

 その歴史では最後の方は一致団結して最奥にまで進み、そして最後は互いに譲れぬものの為に争う。


 課題を行えば足は一瞬止まる。

 そういう意味ではガストロはボロボロのままであるが銀髪のお坊ちゃんが残した理由はこの最終盤の課題をやらせるためだろう。

 ガストロは確かにヒールであるが、真っ直ぐな男だ。

 この銀髪の坊っちゃんを優勝させないために俺も此処に沈む。

 そんな捻くれた意識ではなく、一直線に優勝を狙うタイプ。 

 

 だが今年は異常な年だった。

 確かに銀髪の坊っちゃんがいた、だがそれが正常ではないが異常だったとは俺は思わない。

 俺が言う異常は終盤の課題それををこなす速度が早すぎる事だ。


「おらぁぁぁぁ」


 ガストロの武器は鉤爪だ。

 声を大きく荒げオーガの横を通り抜ける毎に、オーガの胸元は分断される。

 オーガが正面に現れた横に抜けられない場合は心臓を的確に打ち抜き確実に絶命させる。

 ガストロの技術の高さに舌を巻く。

 正直マスターランク以下でこの男に追従できる人間がいるのかと疑問に思ってしまう。


「おい、リヒターささっとしろ。お前の仕事だ」


 そう言ったのはガストロではない。

 もう一人のこの場の支配者である、ロストだ。

 正面を向くとそこには道があった。

 ただオーガが正面に居ないという意味ではない。

 その逆、オーガ10体が俺の直線上のみにずらりと並んでいる。

 俺は槍使いかつ雷を自らに付与して戦う。

 その能力と武器性質上、直線の突破力が一番武器、それを理解しロストは場を作り出していた。

 ただロストも場を作り出しただけではない。

 俺の直線から外れたオーガは殆ど倒していた。

 その数はおよそ10体。

 素早く、音もなく、場も整えながら、人間味が薄れた化け物がそこにいた。


「ああ」


 そして俺もビビってはいられない。

 体に雷を纏い槍で突撃、直線上にいるオーガを全て轢き倒すと、課題のオーガ30体の撃破が達成され

奥の通路が開き出す。

 俺の事を計算に入れられている、その事に心が喜びながら彼らの後を追従する。

 そしてロストとガストロが一瞬俺の方を見た。

 その時の目はなんというか品定めをされているような、今の俺では不満だという顔をしていた。


「……」

「注意しろ、ここからは罠も多い」


 前を向き直したロストのそっけない声に俺はついつい安堵してしまった。

 それからも俺達は罠を回避する、といってもロストの動きに合わせるだけで殆どの罠を俺は回避することが出来た。

 

 そしてとある課題、今度はコボルトの討伐。

 判断も技術も戦闘能力も一番劣っていた俺は我先にと二人の横を抜け、足手まといにならないように先頭にでて敵を早めに蹴散らそうと思っていた。

 彼ら二人の横を抜け先頭にでようとした時、ガストロとロストの二人が裏拳と剣の鞘を振るい、俺の突進を防ぐ。


「危ないだろ」


 そう二人に問いかけると。


「黙って後ろにいろ、邪魔だ」


 そう恐ろしく冷たい声でロストはそう言った。

 アンタ達の邪魔を俺はする気はない。

 ただここにいる以上最低限足手まといにならないようにしたかっただけなのに。

 無駄な動きをしたせいで僅かにスピードが落ち先頭集団から離される。

 

 ガストロにさっきのセリフを言われた方がまだ落ち込まなかったかもしれない。

 ロストは俺の憧れだ、その憧れにあんな冷たい目でその言葉を言われる。

 正直キツイ。


 何も考えずに雷を軽く体に纏、走る。

 ただ惰性の走りだった。

 それでも気付いたら先頭集団に追いついてしまっていた。


「はぁ、はあ、ずいぶん頑張ったみたいだな」


 横に並ぶ銀髪の坊っちゃんは俺にそう言ってきた。

 正直そんなに頑張ってはいないが、あっさり追いついてしまった。

 課題を先頭のペースを作っているロストとガストロが行なっているから速度が落ちていた?

 いやさっきからあの二人は一切のペースを落とさずに課題をこなしていた。


「もしかしたら」


 その言葉を呑み込む。

 だが聞いていた人物が一人いた。

 ロストは僅かに顔をこちらに向け。


「間違ってないよ」


 そしてその言葉を肯定した。

 俺が呑み込んだ言葉、それは、もしかしてこの中で一番足が早いのは俺か?

 その一言だった。

 

 確かに雷の特性上、動きの速さには俺は定評がある。

 もしかしたら俺が優勝する? そんな心の中で考えないようにしていた熱が吹き出す。

 

 (いや、違うな)


 確かに俺がこの中で一番速い。

 ただし直線距離のみだ。

 この最終番のような集団で課題をこなす形式でなければ、俺がどんなに足が早くても対応力で負け先頭二人に置いていかれていただろう。

 彼らはあらとあらゆる状況に対応しながらこのペースを決めている。

 対応に時間を取られる関係上、自分の最高速度で走っているとは考えにくい。

 だが二人だけの対応力でこのペースを作っているわけではない。

 オーガの討伐の課題が出た時の事を考えると、場を整え、俺の最高速度を活かしつつ先程から動いている。

 俺の事を計算して作られたペース配分。

 彼らにとってそれは俺がいたほうが早く進むことが出来ると考えてくれているのなら。

 いや間違いなく考えている、彼らは優勝するためにダンジョンアタックに参加している。

 彼らは志高い人間だ、優勝だけじゃない。

 この競技の正式名称はダンジョンタイムアタック。

 この競技に参加した者全てが与えられるもう一つの名誉。 

 それはどれだけ早くこのダンジョンを攻略しゴールしたか。

 そう考えると、俺を見捨てないということはこのペースは二人だけの対応力では作れない。

 俺を含めた3人だからこそ作る事ができている物だと。

 

 自惚れだろうか?

 ただそう認識した時の一体感は最高に心地良いものだった。

 それと同時に気付く、ロストとガストロの二人が俺の事を品定めするように見た理由。

 それはダンジョンアタックのゴール前、その最後の直線、最も俺が有利な状況になるその場面を警戒して少しでも俺の事を観察したかったのではないか?

 俺は二人から優勝を狙いあえるライバルだと認識されている。


 そう考えると心がストンと戦闘意識に入った。

 二人のペース配分は最後の直線、その為も計算されているのだろう。

 なら俺も多少この先頭集団から離れても体に力を貯めなければいけない。

 

「見えたぞ」

「ああ」


 ロストとガストロは目の前の最後の課題であるゲートガーディアンを見つめる。

 ゲートカーディアン、3メートルの程の巨大なゴーレムだ。

 体はオリハルコンで出来ておりアイツを倒すには頭部にある真紅の宝石を壊さねばならない。


 だがここで生まれるのが読み合い。

 まずロストとガストロの読み合い。

 どちらが真紅の宝石を壊すのか? 間違いなく壊した方がゴールまでの道のりが遠くなる。

 そして次はあの銀髪坊っちゃんの狙い。

 あの二人がゲートガーディアンと戦っている間に先回りし、二人がゲートガーディアンを倒した瞬間、通路を進み二人よりも早くゴールに向かう。

 そして俺の最後の狙いは。


「はぁっはーーーぁ、ふー」


 先頭集団から少しずつだが距離を離される。

 一歩一歩と確実に。


「一人脱落だな」


 そんな下卑た笑みを俺に向ける銀髪坊っちゃんだが、俺の思考にはもう存在しない。

 ただ体に力をため続ける。


 場はあの銀髪坊っちゃん有利に進む、表面上だが。

 勝利に徹してからあの二人の考える事が手に取る様にわかる。

 きっとあの二人も同様、俺の狙いはバレているだろう。

 だが変えようなんで思わない。

 ただ己の最善を出すことに準じるのみだ。


 ロストとガストロがついにゲートガーディアンとの戦いを始める。

 しかし勝負は一瞬でついた。

 二人同時に真紅の宝玉の位置まで飛び上がると、二人合せた同時攻撃。

 ロストは鞘で突きガストロは鉤爪で丁度二人分の攻撃力で宝玉が壊れる調整をして。

 宝玉が破壊された瞬間二人は姿は消えた。

 その場には剣の鞘と、1つ鉤爪が置かれている。

 俺はその瞬間を見ていないが理解できる。

 ロストは宙を蹴り、そしてガストロは風の魔法で一気に着地、普通はありえないと思うが、ほぼ通路を防ぐ扉が消えたと同時に通路に侵入した。

 二人が真紅の宝玉を壊した時武器を捨てていった理由は腕を引く、その僅かな動作に時間を取られたくなかったからだ。

 そして銀髪坊っちゃんは1つの勘違いをしていた。

 最後の混じりっけなしの直線勝負、その開始の宣言をするのは二人だと言う事。

 だから二人は自分のスタートに影響がないレベルの攻撃、丁度2人分の攻撃力で真紅の宝玉を破壊した。


 そして俺はずっと待っていた。

 体が痛む、限界まで雷を体に溜め込んでいるせいか。

 ただここまでしないと俺は有利を取れない。

 二人がゲートガーディアンを倒し、通路を塞ぐ扉が消えるそのタイミングを見計らって。

 体に溜め込んだ雷を一気に開放し、ただひたすら前に走り出す。

 

 スタートは二人の方が若干速い。

 だが距離は詰められる。

 穂先が二人を捕らえ、またジリジリと前に出る。

 顔が二人の後ろ足の位置までさらに前に出る。

 そして体の中心部が二人に並ぶ。

 そこで二人は僅かに速度が上がり先程までの速度の有利が完全に消える。

 だが俺も負けじと最後の力を振り絞る。

 

 何度も何度も、息が続かず苦しいがそれ以上にこの真っ白な世界に入れるその事が誇りだ。

 無限に感じられる時間、いや無限にいたい時間。

 だが何事にも終わりはある。

 最後の一瞬まで俺はあの世界に陶酔し続ける事ができた。

 

 ゴールの口火を切ったのはロストとガストロの二人。

 俺はゴールに到達した途端体から力が抜け敗者としてその場に倒れ込む。

 そして顔だけ僅かに上を向き見届ける、この大会の最後を締めくくる戦いを。



 ガストロ視点 


 最高を走り抜け俺は目の前の男と向かい合う。

 明らかにダンジョンアタック開始前とは存在そのものが別人だ。

 気配の濃密さ、存在感、そしてあまりに濃密過ぎる血の匂い。

 闘技場でコイツが持て囃されている時に興味を持ち調べた。

 迷いの森の元森番という異例の経歴を持つ新人闘技者、だが所詮はそれだけだと思っていた。

 蓋をその底を開けてみれば出てきたのは只の化け物だ。

 最初にあった時と力関係は完全に逆転している。

 俺が挑み、ロストがそれを受ける。

 何の因果が原因か、完全に解き放たれた化け物相手に俺はどう戦う?


「優しいな、待っていてくれるなんて」


 少し落ち着くために周囲を見渡す。

 相変わらず観客がいるのは変わらないが、大闘技場の柱がアリーナ目掛け落ちてくる。

 本来なら逃げる所だが、同時にこれが神事であることにを思い出す。

 そしてこの舞台を象徴するように砂煙こそ大きく巻き上げるが俺達がいる場所には一切柱が落ちてこない。


(OKだ、把握した)


 研ぎ澄まされた意識の中、1秒満たない時間の中で周囲をゆっくり把握し心を落ち着かせたる。

 5秒はゆっくりしようと思ったが、もう俺が待ちきれない。

 距離にしておよそ20メートル、まず小手調べで距離を詰めた後鉤爪のない左腕で小突いてみるつもりだった。

 溜めた足を使い一気に距離を詰める、そして無遠慮にロストの間合いに入ったと同時に吹き飛ばされていた。

 何が当たったかすら気付けなかった、ただ斬られてない所を見ると剣の刃がない部分で叩かれたのだろう。

 ただ情けないことに、その一撃を受け俺は尻餅をついた。

 砂煙が舞い、視界が悪い場所から剣を構えたロストがゆっくりとこちらに歩いてくる。

 前に歩いて来ながら剣を握り直す、それは俺に次は斬ると宣言をしてると感じさせるには十分だった。


(ああ、そうか、もう探りはいらないんだったな)


 もしかしたら俺は安心していたのかも知れない。

 あの恥知らずな銀髪の坊っちゃんがこの最後の舞台に立てなかったその事に。

 だがある意味俺も恥知らずな事をしていたのかもしれない。

 この場はただ自分の最後の力を振り絞るだけでいい。

 それだけでいい筈なのに様子見という不純物を入れた。

 相手が前にいるが、深く深く息を吸う。

 こんな隙だらけの態勢、普通なら攻撃して下さいとアピールしているような物だが、相手は待っていてくれる、その信頼はダンジョンアタック内で積み上げてきた。

 ただ深く息をすう。

 愚かな自分を吐き出すように、新しい自分を受け入れる様に。

 気功術で体を強化し、そして獣人にしか出来ない人と獣その境界をあえて乱す。

 獣化とい技だ。

 何故先程のダンジョンアタックで使わなかったかというと獣化はそもそも長距離走向きの能力じゃない。

 だから長い距離を走る時は使わない、もし長い距離をそして長時間この技を使おうとせれば俺は人間をやめなければいけない。

 ただ今は短くていい場面だ。

 体勢はクラウチングスタート、そして風の魔法を纏、そして真正面から突っ込んだ。

 

 煙で視界は良好とは言えない。

 だからこそスピードが武器な俺が有利だと思っていたが、ロストは俺のそんな全力の突進をスッテプで横に回避したと同時、腹部に蹴りを入れた。

 普通なら獣化中は打撃に強いはずだが、その蹴りは俺の内側で弾けた。

 槍の先端で突かれたような一撃、再度大勢を整えるために砂煙の中に姿を消す。

  

 呼吸をもう一度整える。

 

(アイツの間合いの管理は完璧だ、ならどうするか)


 右手の鉤爪に魔力を、そして気功術をで生み出したオーラを流す。

 そしてレガリアにセットされているスキル、スラッシュを使用する。

 スラッシュはただ斬撃を放つスキル。

 ただそこにオーラと魔力を練り込み強化すれば人一人殺害するには十分な威力になる。

 

 そしてスラッシュのスキルは2回放つ。

 ただし3秒の感覚を開けて。

 初撃のスラッシュは簡単にロストに斬られ消滅。

 ただそれと同時に俺がロストの間合いに接近する。

 迎え撃つとロストは足を止め俺を待つ、それが狙いだった。

 今度は直線上に突っ込まない、直線上に突っ込むぞ、そうフェイントを掛けロストの背後に回り込む。

 もちろんアイツはこんなわかりきったフェインとに掛かってくれる奴じゃない。

 そこで俺は右手で持っていた鈎爪をロストに向けて投げつける。

 獣人の力で投げつけられた鉤爪はまさに砲弾、剣でロストは斬り防ぐ判断をした。

 武器がない、あっても精々爪くらいだ。

 急所を外せば十分カウンターで勝てる、そうした判断なのだろう。


 何か忘れちゃいないか?


 俺はそのままロストに飛びかかる。

 体勢もクソもない、ただロストに触れること第一で突っ込む。

 そこで俺の狙いがわかったのだろう、だがロストの反応は遅れた。

 俺はロストに接近すると同時にその体を何の捻りもなく押した。

 背中を押され宙を舞うロストは体を入れ変え、己が飛んでいる方向からやってくる、俺の鉤爪が生み出した斬撃を剣で備える。


 先程の剣で斬られ消滅した斬撃とは違う。

 今回は大きな爆発音を立て周囲の砂煙を吹き飛ばす。

 

 しかしロストは立っていた。

 足を引きずりながらもそこにいる。

 ただおかしな点としては頭部から本物の血を流していた事だ。

 本来はダンジョン内の結界により偽の物の血が流れる。

 色含めその偽物の血はは完璧、しかし匂いだけは真似出来ないようで、偽物血はどこか酸っぱい匂いがする。

 ただ俺の鼻はロストから流れている血が本物だと伝えていた。

 本来なら結界が切れていると試合を中段するのが普通だが……互いにそんな気はさらさらない。

 何故なら次の一撃でこの試合が終わるからだ。


 正直分は俺の方が悪い。

 ロストは自身は血を流しているが外面的な情報ではそれ以外の負傷は見当たらない。

 本当は足が折れていたりなどの期待をしたいが、根拠のない妄想を軸に攻め方決める、そこまでこの試合、重い物は掛かっていない。

 精々命が賭けのベットに入ったくらいだ。


 反面俺も目立った外傷はないが、武器が既にこの手にはない。

 先程投げてしまった鉤爪は見事に剣で両断され転がっている。

 正直、出せる小細工も少ないなら、最後くらい、そう最後くらい正真正銘全力の真っ向勝負といこう。


(だって、男の子だろ)


 己を鼓舞するように胸に語りかける。

 先程と同じようにクラウチングスタートの体勢を取り力を溜める。

 今度は次、などとは考えない、この一撃に己の全てを掛ける。


 狂っているだろうか?

 闘技場での戦い、その安全を保証してくれる結界が消えている状況で命を賭ける事は。

 結界がない? だがそれでいい、それがいい。

 生涯最高の一撃は命を掛けねば生まれない。

 

 あちらも準備はできているらしい。

 剣は構えていないが、あれが彼本来の相手と戦う時の心構えなのだろう。

 いい感じだ、体に無駄な力が入っていない。

 

 そして今まで落ちてきた闘技場を支える柱、その中でも一際大きい物がアリーナに接触し砂煙を起こす。

 それを合図に互いに前に踏み出した。

 ただ何も考えずに右拳を突き出す。

 

「はは、わかってたさ、だが最高だぜ」


 軽くなった体の右側を少し撫で、俺は倒れた。

 その数秒後、空中からドサと何かが落ちてきた。

 それは俺の右腕、肘より上の部分を斬られ血を流す。

 不思議な事に血は勢いよく流れてはいない、今だそこに腕があると思い込んでいるように。


 勝者は振り返らずアリーナを出る。

 これは敗者への礼儀である共にもう一つ闘技者の中での暗黙のルール。

 勝者がいる場所では治療をしてはいけない。

 最初はこのルールを気に入らないと思っていたが最近はそうは思わない。

 このルールがあるからこそ闘技者の戦いには美しさが生まれる。


 本来なら医療班が来るはずだが、この闘技場の状況を見るとこないか?

 そう考えていると、リヒターが俺の飛ばされた腕を持ちながらこちらにやってくる。

 彼に運ばれる形で俺はアリーナを去り、そして今年のダンジョンアタックは終わりを告げた。



 トリネ著、 ダンジョンアタックの歴史。


 十数年前アンタレス大闘技場は爆破され、全損という最悪な形こそ逃れたが数年間は使用不可と予想される被害を負った。

 だがその翌年そこには闘技者がつどり、例年どおりの賑を見せる。


 ダンジョンの氾濫があった数十年前とは違う理由は恐らく最後に行なわれた試合が理由だろう。

 それは最近薄れていた、アンタレスの闘技場、その誇りを思い出させるような試合だった。

 その年凶獣事件や天の雷事件が起こりアトラディア王国は崩壊の危機が騒がれるほどの苦難が待ち受けているとしてもただそれでも明日に未来はあった。

 それをこの地の人々は胸に刻み生きていくだろう。

 

 アンタレス大闘技場の歴史の中で一際この年のダンジョンアタックは注目度が高い。

 その理由は唯一この年だけダンジョンアタックの表彰式が行なわれなかったからだ。

 何故か? それはこの年のダンジョンアタック中の混乱も確かにあったが、1位と2位、そして3位の選手すら表彰を辞退したからだ。

 運営もこれには表彰式を取りやめるしかなかった。

 ただこの年の経験があったからかリヒター・バイエルンやガストロ・ドルトルは大きな飛躍を見せ、マスターランクの闘技者として将来名を馳せる。 

 ただ後世の歴史から見た中で唯一惜しいことは二度とロスト・シルヴァフォックスという人物はアンタレスの大闘技場に選手として現れる事はなかった。

 彼の闘技者としての成長がどのような物になったか?

 この話題はしばしばと闘技場ファンの中で取り上げられる長年の話のタネとして愛されるのであった。

 

 


拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。


また読みに来てくだされば大変うれしいです。


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