ルベリオ王国の内情
ーフィーネ視点ー
「なるほどね、今度は私の番か」
ルイーズは席を立ち、事務所の窓側にあるこの部屋で一番豪盛な机に向かう。おそらくこの事務所のトップの席であり、おそらくジョエルの場所だろう。
「ふふん、確かこのあたりにあるんだよねあれが。スヴェン様を表しつつ皮肉にもこの国の王族が考えている重視している関係性が」
ルイーズは机の下段でも漁っているのか? 腰を深く曲げ体の殆どが机に隠れているから何をしているかはわからない。見えるのはお尻くらいなもので、鼻歌を歌っている筈がお尻は一切ブレないルイーズに育ちの良さを垣間みた。
「あった」
ルイーズは木製の箱を両腕に抱え音を立てないようにゆっくり机に置く。そして額を袖で拭き大きく息を吐き出した。
「そんなに高級なものなのですか?」
「うん、というかオーダーメイドだから壊したらリーダーに殺される」
右腕を伸ばしサムズアップをするルイーズを見ながら、私は思わず唾を呑み込んだ。
「これ私が開けるんですか?」
木箱を締めている留め具が私の方に向けて置かれている、つまり。
「当たり前じゃん、私はもう疲れたからよろしく」
背中を椅子深くに沈め、腕を上げ肩の関節を大きく広げるように腕を伸ばすルイーズを見て右手を頭に被せ大きく溜息を吐いた。
(彼女の話からしてかなり高価なものそうだけど)
そして木箱に目を向けるが、黒く塗られ光沢を放つ木箱、その留め具を触ってみると重厚さに思わず手が震えた。前のめりになりながらも壊さぬように丁寧に木箱の上蓋を開くとそこにはチェスの駒があった。普通の駒とは違う点は1つ、駒の種類ごとに材質の違う鉱石を使って作られていることだ。ポーンはダイヤモンド、ルークは金、ナイトは銀、クイーンは銅、そしてキングは石、これらの鉱石で作られている。
沈み込むような柔らかさと触れれば弾く程よい弾力のクションに囲まれていたナイトの駒を左手の平に乗せ右手で先端を掴み回しながら顔を近づけ観察しているとルイーゼが駒の中腹を掴み取り上げる。気付けばルークの駒が1つとポーンの駒が6つが乱雑に机の上に置かれており、心臓が飛び出しそうになる。
「へぇー、フィーネって凄いね。私ならこんな状況見せられたら椅子から転げ落ちるけどね」
「ええ、所詮物ですから」
早る心臓を笑みで隠しながらも背中から冷や汗が吹き出す。そしてルイーゼは木箱を一度閉じ足元に音を立てずに木箱を置いた。
「さて本題にはいるけど、今机に置かれているナイトが文字通り騎士団、そしてルークが軍、最後にポーンが傭兵だ。」
今度は駒を1つずつ丁寧に机に立てるルイーゼに何故か胸を下ろしホッとしてした。そしてすぐに顔をルイーゼに向け今のを見られていないか私は体を縮こまらせながら見上げるが、ルイーゼの顔は先程と違い固く引き締められている。それを見て私も肩を張り無表情を作り出す。
「なんでポーンが一番多いのに一番材質の良いもので作られているかわかる? スヴェン様の思考は民は国の宝。戦争をするより民を豊かにして国を育てようという考えだったから、だけど私が今の王宮の政治を現すのにポーンを傭兵と言い換えたか、今の国王は民を蔑ろにし後から入ってきた傭兵ばかりを重宝する、まるでそれは」
ルイーズは机の上に置かれた手を固く握り口を塞ぐ。私は椅子から体を少し起き上がらせルイーズの握られた拳に右手を軽く被せる。彼女は私に顔を向け口を開けようとするが、私は首を振りそれを制し、そしてまっすぐルイーズの目を見つめながら。
「この国は戦争の準備をしている。それだけじゃないこの国の貴族や仕組みを排除し王の独裁政治を目指し裏で動いている」
ルイーズは無言で頷き私の目を見る。
それが事実なら反乱軍などは名前だけ、ドワイトさんの所属を考えるとこの反乱軍という組織を運営しているのは軍なのではないのか? という突拍子もない憶測が頭を過るがそれは心に秘めておくべきだ。
ルイーズの拳から手を離し膝の上に置く。元気を取り戻したルイーゼから一瞬下に目線を向け。
(知れば知るほど彼との差を時間する)
膝に乗せていた右手の親指を左手で握りしめる、それをいつもの笑み、口角を上げていいるが目や鼻などは無表情を貫く私にとっても感情を隠す笑み。
「フィーネ聞いてる?」
「はい大丈夫ですよ」
顔を上げルイーズに変わらず笑みを見せると彼女は目を見開くがすぐに笑みを深め。
「やる気があって結構」
そして私と彼女の話し合いは続く、危険から遠ざけるために何も教えてもらえない私達は取り残されないように己の手足で掴みとって行くしかないのだから。
*
ードワイト視点ー
「この服に再び裾を通すのは早かったな」
ミランダを連れ彼女の経営する宿屋に行ったまでは良かったが、そこから彼女の自室に通された直後、クローゼットから軍服を手渡された。
「アンタはあっち」
ミランダに隣の部屋を指さ刺されそちらに入り服を着る。ベルトを通しズボンを履き、腕を通し胸のボタンを1つずつつける。採寸はしていない筈だがなんの違和感もなく着れてしまった。
服を買う際は最低2回、サイズを合わせるために試着し直すのだが、動いても支障がない程完璧に仕上げられた軍服を見て別の意味で溜息を吐いてしまった。
「終わったかしらドワイト」
ノックもせずにミランダがドアを開け俺は振り返りながら呆れた笑みを向ける。ミランダは腕を組み俺を足から頭の先まで確認すると機嫌が良さそうに大きく頷いた。
「我ながらいい仕事じゃない」
「で、どこに行くんだ?」
「ドルトン駐屯所」
「は? なんであそこに」
声を張り上げミランダに詰め寄るが、彼女は自分の口先に人差し指を立て、しぃーと声を上げた。俺も急ぎ己の口を塞ぐが、眉は今だ寄ったままだ。
「なんでそこに行くんだ? 俺達はスヴェン様がハーヴェスト様から王宮を追い出された際に暴走する彼を止めるための抑止力としてここにいいる。決して軍との関係が今も続いているとは感づかれては行けない、だから出来るだけ近づきたくないんだが?」
「あの子が連れてきた男が問題だったのよ。私じゃ流石に面倒見きれなかったし。それにロストの事を説明するには一度あれと顔を合わせるべきだしね」
壁に押し付ける形になってもミランダは冷静だった。頭をかいた後俺の胸を両手で押し下がらせると彼女は部屋の入口まで歩いていき振り返り俺を手振りで呼び寄せる。
「いいから行くわよ」
「ああ」
そして彼女に連れられるまま駐屯地にやってきた。
ドルトン駐屯地は王都内にある軍の施設の内の1つ。
ミランダに連れられて駐屯地の中を歩いているが目線が痛い。潜入作戦で軍から離れている人間が施設に返ってきているとなれば俺の顔を知っているのもは敬礼をしていいのか? と戸惑いつつ、わからないので一時的に目線をずらすのだが、結局振り返り俺の姿が見えなくなるまで目で追い続けている。
「ここよ」
そして駐屯地のさらに奥、軍の関係者でも一部しかしらない地下牢にやってきた。この牢は表に出せない人物を閉じ込めておく場所で、牢というよりは金庫、シェルターという言葉が相応しい。そしてミランダが立った部屋は地下の入口から右に3番目の牢屋だ。
「コイツは?」
「リドリー・ゲシュタルト、私を悪魔を飼いならしている化け物だと思いこんでいる奴ね」
そしてミランダは右手で左胸ポケットから鍵を取り出し鍵穴に差し込み部屋の鍵をゆっくり回す。部屋の鍵が回る事に牢の中からガシャンと大きな音が鳴り続ける。鍵こそ小さいが牢の扉を司る錠はかなり複雑な仕組みをしている。ミランダが鍵を回しておよそ5分後、ようやく錠は完全に解除された。
「代わるよミランダ」
「ありがとうドワイト、お願いするわ」
厚い金属製の扉、本来なら2メートル近い男性が二人揃えてやっと開けられるものだ、女性のミランダでは無理だろう。左腕で右腕を擦る彼女に代わりドアのレバーの前に立つ。俺がドアのレバーを握る際にミランダはすっと後ろに下がり腕を後ろで組む、それがわかるのは俺が彼女の後ろ姿を追っていたからだが。
足の指に始まり、指先から二の腕、太ももに力を入れ最後大きく息を吸い腹に力を貯める。そして息を止めたまま鉄の扉を引き始めた。扉を引きつつゆっくり息を吐く、配分としては扉を開けきった後に息を使い切るイメージだ。額から目に汗が落ち瞼の上下に残った雫を拭き取りたいがそこは耐え、そして扉を開ききった後も体は緩めず残った息をゆっくりと吐ききった。そして息を大きく吸いようやく体の力を抜く。
「お疲れ様ドワイト」
ミランダは少し背伸びをしながら俺を労い肩を叩く。
「つまらない奴だったら承知しないぞ」
汗を裾で拭きながらミランダに振り返ると自慢気な笑みを浮かべこちらを見たミランダは部屋の中に入っていった。そして部屋の中から男の情けない男が聞こえる。
「やめろ、来るな悪魔の飼い主め、今日もあれはいるんだろう。待て心の準備をさせてくれ。命乞いの言葉は考えてきたんだ」
ミランダの右足に抱きつき泣きわめく白髪の男性。普段気安く触られる事を嫌うミランダだがその表情に怒りはない、垂らした右腕に左腕は腰に付けられている。白髪の男をあえて直視せずに目の端で捉ていた彼女だが俺の方を見ると、白髪の男性から完全に目を逸らし自嘲気味に笑みを溢す。そしてそんなミランダを気にもせず白髪の男性は手に持ったノートを彼女に見せようと器用に左手で開く。
「えっと……ミランダいつもこうなのか?」
「ロストがいる時はこうじゃないわ、というか私の足元すぐ隠れるから結局変わらないわね」
ミランダに手を振られ近づくと、膝を曲げてミランダと背を合わせる。彼女は俺の耳元を手で隠しこっそり教えてくれた。
「本題をコイツに言っていいのか?」
「良いわよ、私もコイツの態度に少し腹立って来たし、一度お灸を据える意味でもね」
首を白髪の男に振りやれという指示を目だけ笑っていない狂気的な表情で俺に指示するミランダ。頭をかき、そして俺自身コイツに持っている怒りを吐き出す為、あえて背丈を合わせずに見下ろす形で話しかける。
「すまないがロスト、という少年について教えてくれないか」
「俺は、俺は全部話した、話したどころじゃない、あいつは俺の頭蓋を開けて脳から直接情報を吸った筈だ。何を今さら俺に求めるんだ。それになんで俺がこんな目に……俺はあのガキに対した事はしていない。せいぜい記憶と感情を繋ぐ経験の部分を引き抜いただけだ」
ミランダの足から飛び上がるように離れると白髪の男は部屋の隅に置いてある布団に飛び込み背中を丸め頭を抱える。あまりの白髪の男の怯えようにミランダに向く時に非難を込めて眉を潜めた。
「こいつはねドワイト。元々黒髪だったの。ただロストの尋問を受けてから1日後白髪になった」
「尋問、こいつの正体はなんだミランダ?」
先程まで男の行動を許容していた彼女とは違う、ミランダは目を吊り上げ男に近づいていくと、丸まった背中を足で踏みつける。「ぐへ」と体を伸ばし布団の中で動かなくなる白髪の男性。そしてミランダは俺に向き直ると目を大きく開き怒りの込もった瞳で俺を見る。
「コイツは他人の記憶と過去、経験を抜き出し他人に移植をする、外道な事をしていた屑なんだ。私が優しくしているのはそうしないとコイツが廃人になるから。まだコイツは死なせない、もっと苦しんでもらわないと」
「で、コイツを捕まえたのがロストだと?」
「ええ、その時が縁でフィーネちゃんという優秀な従業員だ私の宿屋に来てくれたしね」
「ふふん」と胸を張り鼻を鳴らすミランダ見ながら俺は腕を組み考えていた。
「それにしても意外だな。あの優しそうな子が下衆とはいえ廃人寸前まで追い込むなんて」
ルイーズの態度に一度も腹を立てなかった子だ。だが俺の言葉を受けミランダは目線を下に向け悲しそうに微笑んだ。
「それは貴方があの日の彼を知らないからよ。私の宿屋に来たあの日の彼を。雨に濡れながらも目を見開き、この国を背負う覚悟を決めたあの子を見ていないから……来なさい、貴方の所のジョエルが撒いた種がそろそろ見えるはずよ」
「ちょっと、待て」
そういいミランダは足音を大きく立てながら部屋を出る。俺も急ぎ部屋の扉を締め後を追うがいつもの彼女ではなかった。からかいながら俺を部屋の外で待っている、それがいつもの彼女の行動だが、今回は先に宿屋に帰っており、着替えて俺を宿屋で出迎えた。その時の顔を俺は忘れない。いつも笑みを絶やさない彼女が眉を寄せ目は据わっている、口は固く結んでおり、体は適度に力を抜きつつ、常に戦闘意識を保っている。
「ドワイト、私はね情けないの。この国で現状を一番憂いているのが他所から来た少年で、その思いを背負うことすら私には出来ない。だからドワイトも知ってほしい。私は彼がスヴェン様から託された最後の希望だというその理由を」




