スヴェンの正体
「待って、私はまだ」
「ルイーズ流石の今回はお前の負けだ」
目の奥を揺らしながらルイーズはドワイトにしがみついて懇願していた。だがドワイトは首を横に振りそれを否定、魂がぬけたようにルイーズは腰を落としその場に座り込む。
「そんな、私は、私は」
目に涙を滲ませるがせめてこの場では耐えようと歯を食いしばっているが、それも数秒後決壊し、冷たい土の上に涙が溢れる。
うなだれる彼女を見てどうしようか考えていると2つの視線が肌を刺す。思わず自分に人差し指を差し、双方の方に首を動かし確認すると、両者深く首を頷かせた。
(まいったな)
頭をかきつつ、少女の眼の前に立つとルイーズは自ずとこちらを見上げた。言葉を吐く前に一度深呼吸をし彼女に背丈を合わせるため足裏は地面から離さず膝を曲げる。
「多分だけどさ、ルイーズの周りには優秀な人が沢山いたんだね。だから必死に努力して自分の居場所をここに作った。でも、クライムに負け僕に負け、自分の居場所がなくなってしまうと臆病になった。これは僕の勝手な考えだけど、命を賭けずとも一緒に戦ってくれるだけでも仲間は心強い。それはきっとドワイトさんも同じだ」
そしてルイーズさんの後方に立っているドワイトさんに顔を向けた。ルイーズもそれに従いドワイトさんは突然話が振られ慌てふためくが、ルイーズさんの背後、ちょうど死角になる位置にいる僕は彼を睨みつけながら大きく頷いた。意味はさっさとお前も肯定の意を示せというものだ。慌てながらもドワイトさんは頭を振り続ける、(一回でいいのに多いよ)と心の中で呟きながらもルイーズがこちらを振り返る前には笑みを浮かべ直す。
「そもそも命を掛ける事を他人が強要、さらには甘いとか、軍隊でもなければ許されない事だと僕は思うけどね。僕の正直な気持ちを言うよ。もっと胸を張りなさい。君は死んで悲しまれる人間になるのと、生きて仲間を笑顔にする人間どちらになりたい? 失敗してもいい、でも自分を蔑ろにしてはいけない。嫉妬に塗れて周りが見えなくなるのも、そしてそんな自分が無価値な人間だと下を向くのも。それに君はそんな顔をする資格がない。昨日だって住民を守れたじゃないか、今日は君に勝てるほどの優秀な人間が仲間に加わった、ルイーズ、君になんのお落ち度がある」
ルイーズは目を瞑り拳を強く握りしめる。
「それに僕はルイーズ君が味方であったなら心強いと思うよ」
そして右手を差し出しすと彼女は目を開け出会った当初のイタズラっ子のような笑みを浮かべ僕の手を取る。すべすべとしながらも握れば押し返す弾力の強い手、男性の手の感触とは違う努力した女性の手の感触だ。
「ま、わかっているだろうけどね」
「当然、少し忘れていただけ。ありがとう」
そして彼女の左手を引っ張り立たせると先程とはまた違う太陽のような活発な笑みを見せてくれた。
「さて、親睦を深めた事だし我らのアジトに行こうーー」
ドワイトさんが手を叩きながらこちらに近づいてくる。そして僕とルイーズの肩を掴み「よかった、よかった、ハハは」と笑っている。僕とルイーズはドワイトさんの腕の中で向き合っており、彼女は目だけを器用に動かした後首を2回鋭くドワイトさんい向ける、そして僕も大きく頷く。
互いにドワイトさんに思うことがあった、例えば先程のルイーズを肯定し立ち直らせようとしていた時彼は首を大げさに振り続けた。あの場面はルイーズさんが呑み込んだだけで騙される人間はそうはいないだろう。横目のアイコンタクトだけでタイミングを通じ合わせドワイトさんの方に向くと左右のスネを僕とルイーゼは同時に蹴り上げた。
「がぁ、ちょっと3人共何処行くの?」
「何処って内のアジト、リーダーがいなくても連れて行くことは出来るし」
「ちょっとリーダーの俺をおいてそれは酷くないか」
「フン」
「すいませんドワイトさん、今回は自業自得という事で」
スネを蹴られ痛みを逃がすため地面に転がるドワイトさんを見下ろした後僕ら3人はルイーゼを先頭に裏路地を出る。去る際に一瞬背後を見てドワイトさんを確認するが僕らに向かって手を伸ばしている、だがあえて無視し二人の後を追った。
*
ードワイト視点ー
「ふふ、頼もしいな」
痛みが治まり立ち上がると腕を腰に付け笑みを浮かべ彼らが向かった方向を見続ける。
「あら置いてかれたの貴方?」
振り返るとそこには茶髪の女性がいた。目元を緩めつつ口元には他人をからかってやろうという魂胆が笑みから感じられる。そんな彼女にドワイトは首を振りつつ呆れた目を向けた。
「やれやれミランダか。所でお前の所のガキ、結構逞しいな」
「当たり前よ、あの子はスヴェン様が残した最後の希望だもの」
先程ルイーズと戦った少年の事を出すとミランダから口角は下がり目こそ開いたがその中に感情は一切感じられない。だが俺も似た顔をしているのだろう、無意識に目元に力が入りミランダを睨みつけている。
「ダメね、私もドワイトも、スヴェン様の名前を出すとスイッチが入ってしまう。私が貴方に会いに来た理由はあの子の事を話すべきだと思ったのよ」
ミランダが手を叩きそれを合図に彼女は大きく息を吐く。俺も眉を右手で揉みほぐし寄ったシワを伸ばす。前を向くとミランダは膝を軽く曲げスカートの端を持ち上げ一礼、貴族の子女が行う動作だが、ドレスのように着飾っていなくてもミランダがするだけで俺に取っては数百倍の価値がある。
「その誘い受けましょう」
ミランダは右手を伸ばし、俺は膝を着きその手を下からそっと重ねる。場所は決まっているミランダが経営する宿屋、そう俺と彼女が幼少の時から馴染みある思い出の場所だ。
*
「ここが私達のアジトの1つ、バー、ローゼン」
案内されたのは建物の裏口、人通りも少なく大通りからも離れているが、夜お酒をおしゃれに楽しみたいならこれくらいの雰囲気は逆に良い演出だ。
「あの未成年の入店は?」
「本来はダメだ、そもそも今の時間は準備中、店は開いていない」
店の入口から現れた長身の男性は店のドアに寄り掛かりながら「よ」っと軽く手を振るう。彼は白いシャツに黒いベスト、そしてスラックスを着ており、いわゆる定番のバーテンダー服を身にまとっているのだ。そして包容力を持つ笑みを浮かべ僕を見つめている。
「ジョエル」
ルイーズは助走をつけ男性に飛び掛かる。そこから連想されるのは先程のドワイトさんに襲いかかった時の風景。だがジョエルはルイーズの手を掴むと、ゴミを投げるかのように手首のスナップを利かせ背後に投げた。妙な回転がルイーズに掛かっており空中で身動きが出来ない筈の彼女は足から綺麗な着地を成功させる。そしてジョエルは何事もなかったかのように僕らの前に立ちそして頭を下げる。
「お待ちしておりましたお二方。ではこちらに」
体を横にずらし手の振りでバーを示す、ただそれだけの事で正面にあるだけの店に自然と足が運ばれるのはこの男性ジョエルの洗練された所作のおかげであろう。
誘導されるまま僕らは前を歩きジョエルは背後からそれに付き従う。店に入りカウンター席のある方に移動しようとしたその時黒髪の少女が眼の前を通り過ぎた。
「こらミザリー、お客様だ。挨拶しなさい」
(ミザリーってまさか)
そのまま通り過ぎようとする少女をジョエルは止める。彼女は手に持った大量のタオルをどうしようかと目を動かしていたが、諦め頭を深く下げる。
「はい、ジョエル様、私の名前はミザリーです。よろしくおねがいします」
「よし、行っていい、手間を掛けたな」
「いえジョエル様、私はこれで」
頭を上げたミザリーはそのままカウンターとは逆の右側に歩いていき、そのまま扉の奥に姿を消す。彼女の服の布が完全に扉に消えるまで僕は目で追っていた。そして彼女の顔を思い出す、口や鼻、顔の位置それを見るたびに一喜一憂してしまう。……そして気付いた、眉の形と耳の形、この2つが知り合いの顔のパーツに酷似していたことに。
「御主人様?」
呼吸が粗く、頭が重い。喉の中を口からひっくり返すような気持ち悪さを腹から登ってきた液体を代わりに吐き出す事で抑える。蹲った僕の背中をフィーネは軽く擦りながら「大丈夫です、大丈夫と」安心させるように声を掛け続けてくれた。だが脳が現実を認識することを拒絶しそのまま意識を失った。
ミザリーそれはハイドの娘。僕の眼の前で自殺した13人の軍人の一人、その彼の愛娘だ。
*
ーフィーネ視点ー
ロストをバーの地下にある寝床に寝かせ私は2階にある事務所の椅子に腰掛ける。ミザリーを見て彼が何故吐いたかわからない、いや知らないのだ。先程下で貰った紅茶で心を落ち着かせようとするが、ティーカップに入った紅茶、その水面の揺れ工合が私の心を表している。「はぁ」と溜息を吐き手に持ったティーカップを机に置く。我ながら気の抜けた事だと思うが、椅子の背もたれに全身を預け腕をだらりと垂らすと頭を仰ぎ目を瞑った。
「ごめん、フィーネだっけ」
「なんのようですか?」
せめてもの品として顔の上にハンカチを乗せていた為、話しかけてきた相手は見えないが気軽な喋り方に活発さと清涼が混じった声、恐らくルイーズだろうが今は話す気分じゃない。
「ねぇ、ジョエルに仕返ししたくない? アイツ多分だけど狙ってやったよ」
「狙って?」
ハンカチを顔から右手で取り体を起こす。焦りながら起き上がった私を見るとルイーズはニヤリと笑みを浮かべた。
「そう、ジョエルはそいう奴なんだ。で聞きたいんだけど、フィーネはあのミザリーを見てロストが倒れた理由を知っている?」
「知りませんよ、彼は私に何も教えてくれませんから。それに付き合いもそれほど長くないので」
目線を落とし膝に置いた両手を握りしめる。昨日までは出会ってから時間が短いから教えてくれないのだと思っていたが。
「嘘でしょ? アンタ達長年の相棒とかじゃなくて」
「はい、私が彼の下で動いて10日、初めて会ったのが2週間前だと思います」
「そっかー」
顔を手で抑え大げさに仰け反るルイーズ。そうかまだ出会って2週間、大切な事を明かすには確かに早い。そう思いながらも両腕を胸の辺りに持っていき握りしめる。
(一日たりとも心が待ってくれないの)
唇を固く結ぶと勝手に目線が下に向かう。次第に視界が歪み、膝に水滴が落ちスカートが濡れ始める。この服は女将さんの借り物だと思い出しハンカチで拭くがすぐに水滴がまたスカートに落ち意味をなさない。
「教えてよ少しでもいいから。よく口にするスヴェンって誰? 私を軍の施設から救ってくれた貴方に恩返しがしたいだけなのに」
胸の中が溢れ出し嗚咽の変わりに思いを吐き出す。そのため多少咳き込みながらの言葉だが、ルイーズは立ち上がり私のそばに近寄るとゆっくり背中を撫でてくれた。
「それにしてもさっきフィーネが呟いたスヴェンだっけ、まさかね?」
「知っているんですか?」
ルイーズに詰め寄る時机の足を蹴ってしまい、置いていたティーカップが倒れ紅茶が床を濡らす。シミにならないように急ぎ床に敷かれたカーペットを拭いているとルイーズは気になる事を言った。
「スヴェン、スヴェン様。まさかね」
紅茶を拭き終わった私はハンカチを机の上に置き再び椅子に座る。
「ルイーズ、先程言っていたスヴェン様って?」
「確かフィーネは他国の人間だったね、なら知らなくても当然だね。スヴェン・ルベリオ、現在の国王ハーヴェスト・ルベリオの父にして先代の国王、通称隻腕の剣王と呼ばれていた人物だよ」
机に右手の人差し指を置き頭にワードが浮かび上がる毎に突き、トンという音を立てる。隻腕、剣、元軍属の反乱軍に元王族御用達の情報屋。まさかロストの言っていたスヴェンというのは、あまりに符合する記号に背筋を伸ばしルイーズに頭を下げる。
「教えて下さい先代国王の事」
「良いよ、ただし私もフィーネがこの国に来た時の事を教えて、絶対それがこの国に起こっている事のなにかに関係するはずだから」
互いに笑みを浮かべ、まず私の過去を話しだした。




