VS反乱軍
僕らは東のスラム街に向かっていた。その1つの路地が今回の会合場所。
「反乱軍……女将さんとは又違う組織なんですか?」
歩きながら人差し指を唇に振れさせながらフィーネはそう呟く。そんな彼女を左目に納めながら「ハハ」と軽く吹き出すように笑う。
「フィーネ、女将さんと反乱軍の人は役割が違うっていうのが正確かな」
「役割?」
「そう、反乱軍のトップは元軍人、女将さんは王家お抱えの情報屋」
「なるほど」
こんどは拳を作り下を向き考えるフィーネを目の端で確認し僕は右目を触った。反乱軍と情報屋、これら全てはスヴェンが仮面の王との戦いにの為に用意していた備えだ。上手くいくはずだ、未来への不安を和らげる為に。
「じー」
「あはは」
声に釣られフィーネのいる左側に首を向けると彼女はジト目で僕を見ていた。紛らわすように笑い声を上げたがその目線に耐えられず右を向き溜息を吐きながら頭をかく。僕がスヴェンの事を考える時無意識に右目を触る癖がある。だからスヴェンの事を考える時は出来るだけフィーネがこちらを向いていない時に思いにふける事にしていたのだ。
「そうですか、そうですか、私は除け者ですか」
フィーネは目を細め僅かに唇を突き出し前を向いた。フィーネは普段品のある無表情を常に貼り付けている。感情が表情に出たとしても一瞬、そんな彼女がここまで感情を顔に出しているとは。
「っく」
フィーネの方に振り向き話し掛けようとした時、彼女の姿が他の人物と重なる。太陽の光を纏い綺麗に輝く髪、プロ意識を勘違いしている変なこだわりを持っている所、結びつかなかった記憶と経験が繋がり、思わず右手をフィーネに伸ばしてしまう。
「大丈夫ですかロスト」
「うん、大丈夫だよフィーネ」
今だ目から入るフィーネの姿は重複している、金髪と亜麻色の髪、フィーネは伸ばした右手を両手で掬い上げるように包み、穏やかな笑みで僕が落ち着くのを待っていてくれる。だがその優しい慈愛の込もった笑みがまた彼女ステラを思い出させる。思い出した過去をもう少し見たくて、今まで添えられるだけだったフィーネの手を強く握ってしまう。そこではっとなりフィーネが包む己の手を一歩下がる事で体ごと強引に引き抜く。
フィーネを通して他の人を見る、その罪悪感からを思わず顔を下に向け己の手の平を凝視してしまう。
「別に構いませんのに私から私以外の女の影を見られても。私は所詮給仕係、ボロ雑巾のように捨てていただかないと」
そのあまりの言葉に睨み着けるよう顔を上げるとフィーネは右口角だけを上げたいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。フィーネなりの冗談、してやられた悔しさと慰められた惨めさに僕は背中を丸め縮こませながら彼女を置いて走り出す。それに罪悪感もあるのだ、フィーネにはお世話になりすぎている、そしてそんな彼女に中々スヴェンとの関係も明かせない僕も悪いのだ。
(ただスヴェンの正体は僕の口からだけは明かしたくない)
だからここは盗賊のように逃げるしかないだの。
「ちょ、ロスト待って下さい」
後方で聞こえるフィーネの声を振り切り壁を蹴り屋根を移動する、その際にフィーネのいる裏路地から死角になるように走りそして10を過ぎる路地をすぎた頃には彼女から完全に逃げ切った。右手で顔を抑えながらゆっくりと口から息を吐き腰を建物の壁に押し付けながらその場に座り込む。
「はぁはぁ、ちょっと待って下さいよ」
それから少し経った頃フィーネが息を乱してこちらにやってきた。僕の今座っている裏路地は反乱軍との集合場所に行くには通らなければいけない道だ、時間も無駄にせず一人になって落ち着くにはここしかない。フィーネが両手を膝に置き息を整えるその間、目を瞑り呼吸を深く3回、そして意識のスイッチを入れる。
「フィーネ先に言っておく、今回の会談少し荒れる」
「……どうしてですか?」
目を見開き真剣な眼差しでそう言うが、フィーネは横から目を細め疑うようにこちらを見る。
「火事の時やっちゃった」
立ち上がりフィーネに背を向けると明るい声でそう述べる。だが今回はびく着きはしない。剣を強く握りしめ、反乱軍との待ち合わせである、1つ道を挟んだ場所に顔を上げゆっくりと息を吐き体の固くなった心をほぐす。
「でも必要な事だったんですよね」
「あの時住民を安全に避難させる且つこの国の敵を1人仕留めるにはそれしかなかった」
「なら大丈夫です、苦難くらい一緒に乗り越えますよ」
フィーネは僕の前をそういうと歩き出す。その横顔は穏やかにそして小さく微笑んでおりその姿は視界を狭めていた暗い何かを吹き飛ばす。ふっと顔を下に向け自嘲げに笑うと今度は彼女の真直ぐ伸ばした背筋が目を引く。
「いきましょう御主人様、これで貸し1つですよ」
「だから御主人様呼びはやめろ」
真似たい背中、見せたい背中、確か僕も誰かにフィーネのような背中を見せたかった筈だ。
「ロベルト」
だけど今の僕にはそんな資格あるのだろうか? 再び右手を見るが答えは心の中が知っていたのか自然と顔が上がった。そこには先程の同じ真っ直ぐ伸ばされたフィーネの背中がある。
(そうかロベルト、僕はお前に背中を見せて引っ張ろうとしていたけど間違っていた。僕はお前が迷った時に顔を上げ、また踏ん張れるような背中を見せねばならなかったんだね)
アトラディア王国に帰るためにも、そして今後の為にも今回の作戦は成功させなければいけない。右足に力を入れ僕は反乱軍の待つ場所に向かっていった。
*
目的地に着くとそこには2メートルを超える筋肉隆々の男性が腕を組んで立っていた。彼に近づくとまず腰を深く曲げ頭を下げる。そしてフィーネもそれに習い、こちらは会釈程度だが所作の1つ1つが丁寧だから不快に思われる事はないだろう。
「ロスト・シルヴァフォックスです」
「フィーネと言います」
反乱軍のリーダーであるドワイトさんは元軍属という事をスヴェンから聞かされていた。なら接する場合は特に礼儀に注意を払わねばならない。軍とは上下関係が厳しい組織だ、気心の知れた相手なら階級関係なく気軽い挨拶でもいいのかもしれないが、それに僕らはここルベリオ王国出身の物ではない新参者、古参の者という意味でも深い敬意を払わねばなんの支持も得られない。
頭を上げ姿勢を正すと、眼の前の男性は表情を崩し笑みを浮かべながら左腕をこちらに差し出していた。少し震える拳を開き、ドワイトさんの手を取り握手をする。目線を手の方には向けないが大きくゴツゴツとしたドワイトさんの手に少し重心が後ろに行ってしまう、少し戸惑っていた時だ、彼の表情が一瞬下を向き困ったように目が細くなる。
「そんなに固くならなくても大丈夫だがありがとう。俺の名前はドワイト、君の敬意を気持ちよく受取りたいけど1人そうともいかない人物がいてね」
僕と手を話したドワイトさんは後ろに振り返り、背中から誰かを押し前に連れてくる。
「昨日ぶりね」
「……」
「あの子がさっき言ってたやらかしですね」
昨日の住宅街の大火事、その場でクライムと戦っていた銀髪の少女が笑みを歪めてそこ立っていた。腰に手をあて勝ち誇ったように胸を張っている少女だが、その頭上に突如ゲンコツが落とされる。
「痛い、リーダーなにするんですか!!」
頭を抑えドワイトさんに向く少女だが、彼の目は冷たく少女を見下ろしている。
「何お前は自分が勝者だ、みたいな顔をしている。俺とジョエルは気付いていたからな、お前の篭手が壊れている事に。大方お前の悪い癖が出たのだろう。撤退しなければいけない程追い込まれていたのに意地を張って戦おうとした。その時戦闘を引き継いだのがロスト君で、自分の思い通りにいかなかった仕返しに彼らとの協定に組織内で反対し続けた、そんな所か?」
銀髪の少女は腕を頭の後ろで組みドワイトさんから目を逸らし口笛を吹く。その逃げる態度にドワイトさんは青筋を立て再度拳骨を落とす。
「リーダーはどっちの味方よ」
「俺はお前を正しく育てる義務がある。お前の父とは友人だし、ジョエルに今反乱軍から抜けられては不味いからな。それに虐殺のクライムと戦ったなんて、どれだけの危険を犯せばいいか。もう少し自分の地位を考えて、自分の出来る事に徹しろ」
その言葉を聞いた銀髪の少女は一瞬下を向き、強く拳を握りしめる。だが堪えるように数秒体を震わせ拳から力を抜く。それを見たドワイトさんの顔から険しさが抜け、年長者としての優しさが顔に宿るが銀髪の少女は勢いよく顔を上げるとドワイトさんに飛びかかった。
「いいじゃん、私の味方をしてくれても」
「こら、襲いかかるな」
そんな賑やかな前方の風景と代わりこちらの背後からピリピリとした圧力が肌を通じて感じ取れる。気付けば背中を流れる冷や汗。西の住宅街の入口で置いていった事も加味すると。
「あの銀髪の子、結構腕が良いですよね」
僅かに下がった声色、確かに2メートル近くあるドワイトさんを地面に倒れさせ頭を踏みつけているのだ、確かに実力はある、だがそれもフィーネの怒りを煽る油にしかならない。
「そんな彼女が武器を破壊される程の強敵と戦ったんですか……私をおいて?」
(これは怒ってるな)
背中から肩に手を置かれ、柔らかな筈のフィーネの指がその数秒後万力のような力で僕の肩を掴み締め上げる。前門の虎、後門の魔王とはよく聞く言葉だ。どちらにしてもフィーネは僕に過保護過ぎる。恩返しをしたい彼女からしたら僕が危険地帯にいるという事がすでに許せないのだろうが。
(さて、どうやって機嫌を取ろうか)
青い空を見つめながら忘れた筈の飛行船で感じた風の爽快感が突如体の中を吹き抜ける。そんなバカの事を考えていると。
「ロスト・シルヴァフォックス、反乱軍はあんた達を支援しても良い、ただし私に勝ったらだけど」
いつのまにか目の前に立っていた銀髪の少女は袖をめくり籠手を見せつけ、私は準備が出来ていると構える。僕が剣を構えると銀髪の少女は大きく後方に飛び距離を作る。そして距離を作ったその一瞬僕は背後を見た、フィーナはすでに僕の背中から離れており、遠くから頭を下げ彼女も離れたとの意を返してくれる。
前を向く際に己の中で決めたルールを確認する。この国の人間は殺さない。殺したとしても悪に染まりきり、他人害意を振りまく罪人だけだ。
目を開け鎖が巻かれた剣を軽く上下に揺する、本来ならジャラジャラという音がするものだがフィーナが鞘と柄が離れぬよう丁寧に巻いてくれたのでそんな音はしない。口元を緩め戦闘意識を高めるために銀髪少女に話しかける。
「1ついい、名前は? 仲間になる人間の名前を知っておきたいんだ」
「私の名はルイーズ、あんたを倒す者の名だ」
ルイーズと名乗った銀髪の少女は炎の火球を周囲に生み出しながらこちらに突撃してくる。
僕は戦闘の始めはあえて防御を選択することにしている、それは戦闘始め、体のギアが一気に変わるその時に発作が起きやすいからだ。そして予想通り発作が起き全身が痙攣し体が動かなくなる。痙攣し体が動かない間冷静にルイーズの一歩、その一歩にどれだけ力が込められているかを静かに観察する。
僕の体に起こる発作はある条件の下発生確率が上がる。1つは行動の切替時、今回のような戦闘や何か1つに集中する、その始めに起こる事が多い。2つ目は集中力の沼にハマったタイミング、熱中し普段より深く物事に取り組める、そんな普段より少し特別な集中に入ると発生しやすくなる。後者のタイミングは己のモチベーションの管理に使える為そこそこ有用だったりするが。
全身が痙攣しようと体と表情に出さなければ相手には伝わらない。だがどうしても距離は詰められルイーズは簡単にこちらの懐に入り込める。その時ルイーズと目があった、止まっているような錯覚の中で彼女は拳を腹部目掛けて振るう。剣でそれを受け止めるがルイーズはそのまま打ち合わず懐から離脱、ルイーズの本当の狙いは足を止めさせること、彼女が下がったタイミングで体の周りに停滞させていた魔法が追撃として牙を剥く。足が止まっており代償なしの回避は間に合わない、だが未来視を得た僕にそんなありふれたシナリオでは勝てやしない。
「ウインド」
突如現れた突風が魔法を掻き消す。それと同時に剣と鞘が離れないように厳重に縛っていた鎖の1つが割れ、だらしなく鎖が垂れる。
「風魔法、器用なやつだな」
ルイーズは両手を地面に付け足をずらして体を屈めると呼吸を整え始めた。
そして僕の目は一瞬鎖に向く。さっきの魔法はこの鎖によるものだ。あらかじめ低級の魔法をこの鎖の中に納めておき、属性に適した言葉をいうと鎖が壊れ中にあった魔法が飛び出す。普通の魔法使いなら低級の魔法が出て終わり、だが僕の調整特化の魔力体質なら中級程度の威力に格上げし放つ事は容易い。
「ウインド」
「無駄だ」
青色のオーラを纏い体を屈めたルイーズはこちらを真っ直ぐ見上げ右足で地面を吹き飛ばしながらこちらに走ってくる、前傾姿勢が徐々に起き上がり、その時ルイーズ加速は最大に達した。
オーラは身体強化と対魔法攻撃に対する備えのつもりのようだが、僕の声と共に再び鎖が1つ砕ける。鎖が生み出した風は僕の魔力が加わり破壊力ではなく、こんどは体を吹き飛ばす風力としてルイーズに襲いかかる。体が僅かにだが浮き上がるほどの暴風、その場に留まろうとルイーズはしゃがみ完全に足がとまった。
僕は欠損している左腕を動かすイメージで体を左上から右下に振り抜くよう肩を大きく振るう、すると体の振りに合わせて何かリールが回るような音が聞こえ左袖からムチのような金属製の物が飛び出した。それは弧を描きルイーズの短パン故に無防備な右太ももに直撃する。
「#”#!%!」
叩かれた痛みとは別の予想しない焼かれるような痛み。ルイーズは戦闘中だというのを忘れ、右太ももを抱え、背中を地面に擦り付けながら大声を出しのたうちまわる。ルイーズが叫ぶ中、彼女に向かって歩きながら左腕に魔力を集め装置を起動させる、すると伸びたムチがリール音と共に左の袖の中に戻っていく。そして地面に体の左側半分を付け涙を流して呆けているルイーゼに向かって鞘の先端を突きつける。
「そこまで」
ドワイトさんの号令で戦いは幕を下ろした。




