クレアを探して30里
「え、クレアさんが東に行ってから返ってこない?」
王都にあるギルド本部の3階、余所者隊に用意された部屋に僕は呼び出されていた。勿論呼び出したのはブルース・クロフォード、僕らの上司である。
「ああ、クレアが東地方の魔物討伐に行って3週間、目標の魔物を無事討伐したという報告を受けたがその後の消息が掴めない」
「まさか……」
まさか原罪の事がバレ何者かに捕まったか?
(いや、クレアさんには未来視の魔眼があるし、ある程度のトラブルは防げるはず)
と言ってもクレアさんの未来視が何処まで見えているかは本人しかわからないのでなんとも言えないが。
「で、ブルースさんはどう睨んでいるんですか?」
「クレアの事だどうせ人助けをして帰って来れないだけだろう」
「ひとだすけ? どういうこと?」
意味はわかるが人助けで帰ってこられない? ブルースさんとの認識のズレが原因で頭がパニックを起こす。そしてブルースさんは勝ち誇ったかのように笑いながら教えてくれた。
「ロスト、お前もまだまだだな。クレアは人のお願いを断れないんだ」
「いや、僕のお願いはクレアさんばっさり断るけど」
「それは心を許しているからだ。クレアは他人と怯えながら関わっている。嫌われない様に、悪感情を抱かれないように」
「それは知っているけど……ごめんクレアさん、悪口言うよ。面倒臭」
それは彼女の生き方に対しての物で彼女自身を貶めたくて言った訳では無い。クレアさんにとって心を開かず他人と付き合う、聞こえはいいがそのために彼女は基本敵に他人のお願いを断らず無条件にきいてしまう。悪く言えば言いなり、勿論クレアさんの中で曲げられない部分はあるのだろうが。
「なぁロスト、少しはクレアにも周りにいる人間が心配していると気付かせたくないか?」
「正直言うと気付かせたい。というか僕には散々心配させるなとか言うくせに自分のやっている事には目を瞑れると……思い知らせたくなるね」
ブルースさんは僕に近づき肩をポンと叩く。
「てなわけだ。クレアの捜索を頼む」
「え……嵌められた」
「そういう訳だ。頼むぞ新人君」
「新人って」
「悪いな俺の中では新規メンバーが入らない限りはロスト、お前が新人の立場から抜ける事はない」
ブルースさんに背中を押され余所者隊の執務室から追い出される。扉の閉まる音を聞き大きく溜息を吐く。
「全くクレアさんは何処で何をしているんだろう?」
だが入院していた影響で鈍った体、その勘を取り戻すには丁度いい厄介事かもしれない。
*
鉄道で再び東の都ミシェーラに向かう最中ルシアさんから言われた右目の魔眼について考える。一応視力は戻った、そして今の現状はルシアさん曰く。
「ロストの右目は現在魔眼への変化途中ですね」
「変化途中……完全に変化すると右目の視力を失うって事ですか?」
「いえ、普通に見えますけど、ただ今だからこそ面白い事ができますよ。そう他人の魔眼のコピーとか」
「魔眼のコピー?」
ルシアさんは僕の右頬を軽く触りながら、眼球をじっと見つめる。
「そう、今のロストの魔眼は他者の魔眼をコピー出来る。といってもコピー出来てしまった魔眼は後に得られる魔眼とは別種類になるといる研究結果もあるんですけどね」
「つまり魔眼をコピーし続ければ」
「ええ、ロストが後日得ることが出来る魔眼を見つけられるという事です」
正解というように指を鳴らすルシアさん。
「ただ魔眼持ちは珍しいので難しいと思いますよ」
「ですよね」
「ただ楽しみにしていて下さい。ある意味で言えばロスト、貴方が頑張ったご褒美みたいな物ですから」
「うん」
ルシアさんの笑顔に釣られ僕も笑顔を返す。そう暗くなることはない、だって出来ることが又1つ増えた。それは僕に取って何よりも嬉しく、次の一歩を踏み出す力をくれるのだから。
*
「さて、どうやってクレアさんを探そうかな?」
東の都市ミシェーラから集落に向かう馬車、その予定表がある寄合所で地図とにらめっこをしていた。
「一応クレアさんが行ったであろう近場の村、その地図は前もって貰ってきたけど」
前回ミシェーラに来た時は痛い目にあった。同じ轍を踏まぬよう情報収集は王都で済ませてきている。とはいえだ。
「ブルースさんの言い方だと、クレアさんは手当たりしだいみたいだし」
これが大きな村にある冒険者ギルド内の依頼をこなしていると言う意味なら苦労せずにクレアさんを見つけることが出来る。ただこれが村人に直接頼まれるままに動いているとなると。
「小さな集落とか村のネットワークは凄いからな。それに他所の村からのお願いがクレアさんの元に届いていたら」
流石に予測不能。村の場所を記した地図があるとはいえ東地域は無数の村と集落がある地だ、当然地図に乗っていない村もあるわけで。そして問題はもう一つ、この東地区の村の人達は他所から来た人を歓迎していない。そんな彼らから話しを聞いても素直に教えて貰えるか?
「一度ネリネ村に行くのが一番早いかもしれないな」
あそこなら僕を拒絶するこはないだろう。少し遠回りになるが僕はネリネ村まで行く馬車を見つけ出し、それに乗った。
*
ークレア視点ー
「じゃぁ、頼むべクレアさん」
「はい、任せて下さい」
この終わらない頼み事のループ、そのきっかけは何だっただろうか? 確か。
「あの冒険者さん、もし無理じゃなかったら近場に現れた魔物を退治してくれないですかね」
「えっとギルドに依頼を出しているんですか?」
「出しているんだけども、このタイプの依頼はこの周辺じゃ頻繁に起こるもんで順番待ちをしなくちゃいけないんだよ。勿論謝礼は出す、どうだろうお願いできないか?」
そう腰を曲げたお爺さんが私に相談してきたのが始まりだった。話しを聞いた限りそれほど強い魔物でもなかったので受ける事にした。いや受けるしかなかった。私の根源、その怯えと願望が影響して。
「えっと、またですか」
「すまんね」
これでかれこれ100件目、良いように使われているだけだというのは理解しているが、私は他人に嫌われる行為が出来ない。それは可能性の否定だから、だが今回の魔物は今まではとは少々格が違った。
「はぁ、はぁ。クマの魔物。っつ足が」
格が違っても問題なく対処できる範囲だ。だが連日の疲れが影響して戦闘中に足が吊ってしまう。動かない足に眼の前から突撃してくる魔物。いくら未来が見えても体が動かなければ意味はない、だか私はついつい笑みを浮かべてしまった。
(来てくれた)
クマの魔物が私をその巨体で轢き殺そうとするが、その射線から私は脱出することに成功する。その理由は勿論。
「ちょっと、クレアさん無茶し過ぎでしょ」
「信じていたんですよ、そろそろ来ると思って」
「流石に数日という時間はクレアさんの目でも見れないでしょ」
「だから言っているじゃないですか私の死神。貴方が私を殺すんです、なら他の連中に私は殺されませんよ」
「な、なんて都合の良い解釈を、ともかく終わらせるよ」
私をその場に置きロストはクマの魔獣の前に立つ。次の瞬間彼の姿が消え、数秒後魔獣のクビが地面に落ちる。
(全く見えなかった。強くなったんだね)
「うん、前より体が軽い」
血飛沫が全く付いていない剣を鞘に納めロストは私の元に戻ってくる。
「クレアさん大丈夫? 全く無茶はやめてよね」
「大丈夫ですよ。少しすれば足も動くようになるので」
「そうじゃなくて、はぁ、とにかく帰るよ」
「嫌です。私にはやることがあるので」
ロストは少し目を細めながら。
「僕のお願いは聞いてくれないの?」
「はい聞きませんよ。でも貴方は私の事が嫌いになりますか?」
私がロストの願いを他の人と同じように利かないのは、所謂甘えだ。
「ならないけどさ。全く僕もクレアさんも重症だ」
「はい、そうですね。ただ私の問いにふざけずしっかりと答えてくれれば今回は王都に帰りましょう」
「お、ほんと。わかった答える」
クビを縦に振り顔を近づけてくるロストに、ほんの少し私の心臓の鼓動が早くなるが、今はこの質問の方が大事だ。
「もし目の前の人間を殺せば、世界が滅びる可能性を1つ潰せるとしたら貴方はどうしますか?」
何故このような質問を投げかけられたかロストはわからないだろう。でも私に取っては重要な事だ。ロストは右手を唇に持っていき左上を見て考え込んでいる。そして出した答えは。
「助けるよ」
「理想論ですね」
少し意地悪な返しだったとは理解している。だがロストは顔色変えずに続ける。
「そう言われても……僕はこれでも背中をロベルトや子供たちに見せたいと思っている人間だ。手本が理想に手を伸ばさなきゃ彼らの未来は暗くなる。だから俺は抗うよ。たった1人でも。その犠牲となる人の為に」
ロストならこう答える事はわかっていた。でも何故だろう、不思議と彼の答えに失望していた自分がいる。
「借りるよ」
「え」
ロストは私のホルスターから銃を抜き取り森の中へ射撃。数秒後森の中から絶命したような獣の声が聞こえてきた。
「クレアさん、今の解答はあくまでロスト・シルヴァフォックスとしての大人の解答だ。僕の本心はもっと過激、1人を犠牲にしないと生き残れない? そんな世界は滅びればいい。そんな事をする世界に僕は興味がない。だって僕が好きになってしまう人達はそんな状況でも諦めずに抗う人達だからだ」
「ねぇ、ロスト」
「うーー」
思わず彼の唇を塞いでしまった。そんな世界滅んでしまえか。ふふ、思い切った言葉だ。ただその言葉は私にとってどれだけ嬉しいか。
そう魔神の私にとって。
「ちょ、クレアさん」
「ごめん、魔眼をコピーさせようとしてら距離感間違えちゃった」
「そりゃ無理があるでしょ」
私はロストを背にして顔を隠す。流石に真正面から彼の顔を見続ける事はできない。恥ずかし過ぎる。だけど彼が言ってくれた言葉に報いる為にもこれだけは言わなければいけない。
「ねぇ、ロスト。私は何があっても貴方の味方だから。それと私諦めないから」
「ありがとう、で何を諦めないの?」
決まっている魔神と人の共存。その大き過ぎる溝を埋めるために私は。
「ただこれだけ、私は貴方にあえてよかった」
ただクビを傾げるロストを愛おしく思いながらも、温かな心をぎゅっと両手で包み込む。




