表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
4章 英雄の卵
122/136

間違えた甘え方

「さてロスト・シルヴァフォックス君、お願いがあるんだ」

「あの本部長、拒否権がないのにお願いとか言わないで貰えますか?」


 退院してから一週間後、僕はギルドの本部長室に呼び出された。この一週間僕はギルドで依頼を受けてすらいない、というか受けさせて貰えなかった。


「もしかして仕事復帰の許可を」

「いや、お前は配分依頼をしなくていいや」

「え」


 ついにクビ宣告か。特殊ランク冒険者でありながら3週間も仕事せずにいたので覚悟はしていた。一人立ち尽くしその場で皮肉げに笑っていると慌てながら本部長が詰め寄ってきた。


「ちょっと待てクビじゃないからな」

「そうなの?」

「ああ、他所の問題を解決するために飛び回って貰うんだ、この程度の優遇はしてもいいだろう。それにロスト、お前の特殊ランク奉仕期間が近々終わるぞ」


 特殊ランク奉仕期間、僕ら甲種乙種ランクの者が普通の冒険者に戻るため、ギルドの依頼を無償で行う罰則期間。僕の甲種3級でも一年はかかる筈なのだが。


「まだ奉仕期間が始まって2ヶ月くらいですけど」

「それだけの功績を詰んだという事だ。話が逸れたな、いや逸らしたな」


 口笛を吹き誤魔化す。僕は本部長室に入ってから部屋の一箇所に目を向けないようにしていた。


「さてロスト、お前は家族に憧れているんだよな。なら丁度いい人材がいるぞ」

「人材って」


 割り振れるから家族になる、そう単純な話ではない筈。つまり本部長の頼み事とは。


「エレボスを引き取ってくれ」


 本部長の今までで一番清々しい笑顔を見て彼に最後の確認をする。


「拒否権は」

「ない」


 そしてエレボスは我ら自宅で住むことになった。



「俺は構わないけど危険はないのか?」

「一応大丈夫そう」


 僕がアンタレスから連れてきた後エレボスはギルド本部で軟禁生活をしていたらしい。軟禁生活の中でエレボスは誰も傷つけることはなく、また要求事態はするもののその要求も、


「本が読みたいから取ってきてくれ」


 この程度の事であり、また唯一の我儘は。


「あのガキに合わせろ」


 僕への面会希望だけだった。


 誰にも止められない存在が近くにいるとギルドの職員、冒険者にストレスが掛かる。一応エレボスが人々に害意を持っていないと判明したので多少の費用は出すから僕の自宅で預かってくれ、これが本部長のお願い、その全容だ。


「ロベルト大丈夫、エレボスの事は理解してるし暴れないよ。元々争いが好きな性格じゃないからさ。それにエレボスを敵にする唯一の行為は思い込み、誤解をすることだから」

「まぁ。お前がそう言うなら」

「じゃ、部屋の準備をしてくるから二人共寛いでて」


 そして僕は居間を出てエレボスの自室を作るために倉庫となっている部屋の片付けを始めた。僕のいなくなった部屋で何やら怪しげな会議が開かれている事を知らないまま。



ーロベルト視点ー


「さてエレボスと言ったな、俺はご主人様の決定には異論はない」

「そうか……俺もここで誓おう、ロストを傷つける事はしないと」

「周囲の人間もを付け加えてほしいんだが」

「それは相手次第だ」

「だよな」


 溜息を吐きつつエレボスを眺める。黒い服に黒い髪、赤い目をしているがその眉は優しげな印象を受ける。話によるとロストは彼の血を引いているらしい。といっても親子というよりは遠いご先祖様に近い関係性らしいが、事前情報のせいだろうか、少し顔立ちが似ている気もする。


「本当にやめてくれ、俺はロストに甘いんだから」

「?」


 そうだ、そんな少しとぼけた顔も。ともかくエレボスに手伝って貰わねばならない事がある。


「頼むエレボス。手伝ってくれ」

「何をだ?」

「それはこの後わかる」

「?」


 頭を傾げるエレボスには何も言わず俺は遠い目をするのであった。


 そして時間は夕食時にまで進む。机の上には俺、エレボス、そしてロストの分の食事が置かれていた。


「なんだあれは?」

「……」


 俺は何も言わない、ただ目で異常だろと意味を込め片眉を上げる。そう眼の前のロストの食事には大量の唐辛子掛けられていた。


「あれ体壊すだろ」

「ああ、だけどなあれだけじゃなかったんだ?」

「どういう意味だ」


 エレボスと俺は二人にしか聞こえない声で話し合う。


「今は辛味だがな、少し前まで甘み、さらには前は酸っぱさを過剰に求めたんだ」

「何か病気では」


 エレボスの顔にも心配の色が見える。ロストの周りにはルシアがいるので病気なら治せるのでそちらの方が幾らか救いがある。そして今回のロストの奇行だがその原因はわかっている。


「甘えてるんだ」

「は?」

「二人共どうしたの?」

「いやダイジョブ」

「ああ」

「そう、ならいいけど」


 エレボスのぽかんとして顔に流石のロストも気付き声を掛けてくる。俺は軽くエレボスの足を踏み、意識を戻させると何事もないようにその場で取り繕った。


「で、何だ甘えてるって?」


 再びエレボスが小さな声で聞いてくる。俺も聞かされた人間側ならそんな反応をするだろう。なんだコイツ普通の人間と同じじゃん。エレボスに親近感を抱きながらも協力者になって貰うため話の続きをする。


「言ったとおりだ、アイツはな怒られたくて悪さをしてるんだ」

「それはまぁ……確かに甘えたいからしてるな」

「すでに2回俺が止めている。俺が怒った時ロストは満面の笑みをしたんだ。それに止めなくてはいけない理由もある。ロストは今食事を早く食べれない体になっている。消化器官をこの前の戦いでやったらしくてな、今はゆっくりと一度の食事に1時間以上時間を掛けている。そんな人間があんな危ない事をしているんだ、だから何とかしてくれ」 

「はぁ、何とかしろって言われてもな」


 悩むエレボスに言い忘れた事を思い出し告げる。


「そうそう、今回も甘えたいのは事実らしいが、辛さにハマった面もあるからな」

「はぁ、じゃぁ尚の事どうすればいいんだ」


 頭を抱えるエレボスを見て、これなら仲良くやれそうだという実感を得られた。                                                                                                                                                                                                                                                      



「さてエレボス用の食器とか色々買わないと」

「いいのか? お前は俺が家に来るのを嫌がっているように見えたぞ」


 一瞬考える振りをする。所謂見栄だ見栄、簡単に答えてしまうとなんか照れくさいし。


「エレボスの事情は理解している、それにエレボスが家に来るのが嫌だった訳じゃない。本当に嫌だったのは本部長が困ったら僕に任せれば大丈夫かという思考になること、そういう意味での抵抗かな?」

「そうか」

「だって僕とエレボスは数少ない同胞でしょ」

「ああ」


 まったくどうしてこんな言葉だけでエレボスは嬉しそうに笑うのか? 迷子の子供みたいでほっとけなくなるじゃん。


 それから貧民街で買い物をしたのだが問題はエレボスの服だった。エレボスは好んで黒いの服を来ているわけではない。ただ彼の力である闇を使うと自然と身につけている衣服が黒く染まってしまうのだ。


「はは、なにそれ」


 白いシャツを着た瞬間服が一瞬で黒く染まったのを見て流石に声を出して笑ってしまった。


「笑うことないだろう」

「ごめん、でもツボに入った」


 数分間笑い転げていると流石のエレボスも不機嫌になったようなので機嫌を取りつつ買い物を終える。そして時刻はお昼過ぎ、帰りに何かを食べようという話になった。


「あそこの屋台でいいんじゃないか?」

「エレボスがそうしたいならそれでいいよ」


 エレボスがふと指差した屋台、そこにはホットドッグの店があった。


「おじさん僕は普通のホットドッグ」

「おう、でそっちのお兄さんは」

「そうだな、トッピング全部乗せ、辛さ増しましで」

「出来るが体に悪いぞ」

「頼む」


 僕がエレボスの非常識な注文を聞き固まっている間にホットドッグは完成してしまう。しまった止める時間がなかったと頭を抱えながら商品を受け取る。


「ありがとうございます」

「おう、また贔屓にしてくれ」


 そして近くのベンチに座り自分のホットドッグに手をつける前にエレボスを見つめた。


「なんだ?」

「本当にそれ食べるの? 僕のと交換しようか?」

「大丈夫だ……それ」

「エレボス!!」


 大丈夫なことを証明する為にエレボスはホットドッグを勢いよく口に入れるが、その数秒後ベンチから倒れて動かなくなる。急ぎ彼の肩を軽く揺するが反応はない。エレボスの体を仰向けにして彼の胸に耳を、そして口を確認するが異常はない。自分ではエレボスの様態がわからない、ルシアさんに診てもらうしかないと考え立ち上がろうとしたその時、今まで動かなかったエレボスが突如僕の腕を掴んだ。


「え?」

「悪い演技だ」


 肩を落としほっとする。よかったという思いが一番最初に来たが次は怒りだ。眉を寄せ、指を立たせるとエレボスに詰め寄る。


「やっていい事と悪いことがあるでしょ」

「ああ、そうだな。だが俺だけじゃない、お前にも同じ事が言えるだろ」

「同じこと……あ」

「そう、普段の食事の事だ。お前は甘えているだけのつもりでもな、周りの人間は心配で気が気でないんだ。甘えるのなら誰にも心配されないように上手くやれ」

「うん」


 確かに最近の僕は少しやり過ぎていたのかもしれない。僕は甘えたかった。でも甘え方がわからなかったんだ。そこで捻り出したのが誰かに心配されるような馬鹿な事をしようという浅はかな考えだ。確かにそれではいけない。


「わかればいいんだ、ほれ、さっさと食えよ、冷めるぞ」

「う、うん」


 急ぎ自分の分のホットドッグを小さくかじりながら口の中に突っ込む。その際エレボスが頭を撫でてきた、子供扱いするなと文句を言おうと思ったが。


「大丈夫さお前なら、いい甘え方ができる」

「……」


 心配されてたから今は何かを言うのはやめた。


 そして食事を終えた後家に帰ると何故かエレボスの名を呼ぶロベルトの声に尊敬が混じっていた、二人が仲良くできるようなら僕も嬉しい。ただ除け者にされているのだけは納得は出来ないが。



エレボスに心音があったのは心音をロストに聞かせる為にわざわざ作り出していたからです。そもそも彼は実体化していますが肉体が滅んでいる人なので心音どころか呼吸音があるかすら怪しいんですけどね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ