ルシアさんの悪癖
明後日火曜日ですね。タイトルを、痛みを知るから優しくなれる、に変更します。
「はい、今日で退院です。お疲れ様でした」
「ありがとうございます。……で彼女はルシアさんのお姉さん?」
「違いますよ、っていうか私とアストレアの顔って似てますか?」
「共通点は金髪以外ないけど」
王都の事件から1ヶ月そして僕が意識を取り戻して2週間。ようやくポーションを使った治療が行えるレベルまで薬慣れの症状が治まった。そして今日がデメテルから退院の日。ベットの上で休んでいる時はいつもこれからの事をずっと考えていた。
魔眼という出来る事が増えた一方で痙攣という戦闘には致命的なハンデを背負ってしまった。
「でも後悔はしていない。だって僕は歩んだ後だから」
布団の中で手を伸ばし力強く拳を握る。大丈夫、僕にはレグルス師匠もいるし何より今のハンデを持った状態で合ってもシリウスを出た時に比べれば数段前を歩いている。スタートには戻っていない。なら今までと同じようにまた一歩ずつ先に進むだけだ。
これが僕の決意だ。
さて話しを現実に戻そう。今この部屋には3人いる、僕とルシアさん、そしてもう1人見知らぬ金髪の女性がいる。
「まぁ今の姉妹発言は半分おふざけで言ったけど、どちらさま? 初対面じゃない気がするんだけど」
頭を捻らせるが中々思い出せない。どうやら僕は自己紹介をした相手でないと中々記憶に定着しないという欠点があるようだ。
「いいんですよ、ロスト。この女は役立たずだったんですから」
「その言い方はないだろルシア、今までお前の尻拭いを何度行なってきたか」
「その分私はアストレアの命を何度救ったんですかね? うん」
揉めてはいるが、アストレアという女性は呆れ気味、むしろ積極的に絡み難癖を付けているのはルシアさんの方だ。
(ルシアさんは気に入らないは人間を無視するタイプだと勝手に思ってたけど)
「で、ルシアさんはなんでアストレアさんへの当たりがキツイんですか」
「えっとそれは」
ルシアさんは頬を少し赤らめ縮こまる。それを見たアストレアさんは一瞬呆けた顔をしたがすぐに笑みを浮かべる。こんどは先程とは逆、アストレアさんは目を細め、いたずらっ子のような表情でルシアさんを見つめる。
「それはなルシアとの約束を私が守れなかったからなんだ」
「約束?」
「そう、それはな」
「アストレア」
アストレアさんの口を塞ごうとルシアさんは飛びかかる。狭い部屋の中だが二人の攻防は互角、Aランク冒険者のルシアさんとこれだけ互角にやれるとは、アストレアさんの実力その片鱗が伺える。だが互角では口は防げない。
「ルシアとの約束の内容、それは王都に住む冒険者ロスト・シルヴァフォックスを出来る限り守ってやってくれという物だったんだ」
そこまで言われてアストレアさんの正体がわかった。
「ああ、アスタルテさんの同僚か」
「そう、いつもはヘルタお嬢様のお守りをしている」
「そう言えばダリオさんが話してたね。アストレアと俺が勝負して勝ったからここにいるって」
それはアンドレアスが待ち構えていた地下水路の入口での話で出た話題だったはず。
「それにしてもアストレアがお前さんの所の令嬢、そのお守りをやめて立候補したのは予想外だったな」
確かダリオさんはそう言っていた。なるほどこの話の裏にはルシアさんとの約束があったというわけだ。
「なるほどね、ルシアさんも心配掛けてごめんね」
「大丈夫ですよ、心配をしていない時はないので」
「はは、手厳しい、では僕はこれで」
そして逃げるようにデメテルを後にする。あの二人の争いに巻き込まれたらきっと手痛い余波が僕を襲うだろう。ただそれだけが理由ではない。
「後で落ち合いましょう。聞きたい事もあるので」
そうルシアさんにだけは聞こえないようにアストレアさんは僕に言った。聞きたい事、それはルシアさんの事だろう。なら僕に拒否権はない。ルシアさんは紛れもなく僕の恩人なのだから。
*
「正直ここまで連れて来られるとは」
「貴重ですよ、軍の施設その中枢に一般人が来れるなんて」
そして僕が連れて来られてのはガラディーン要塞。王都近くにある要塞だがそれでも馬車で数時間、その距離を口約束のために移動させられるとは思ってもみなかった。正直近くのお店でお茶をしながら話す程度だと考えていたので少々思惑が外れた。
「いや、わかるかそんなもん」
「何かいいましたか?」
「いえ、何も」
ついつい口に出してしまった突っ込みを誤魔化しつつ、アストレアさんに敬礼をする兵士達の横を抜けて着いていく、そして着いたのは大きな執務室。
「ここで話しましょう」
「はい、お邪魔します」
そして進められるままにソファーに座り僕らの会話は始まった。
「で、ルシアはどうですか?」
「えっと、良くしてくれますけど」
「そうじゃなくて、あーー」
言葉がうまく出て来ないからか頭を掻きむしるアストレアさん。だが何を言いたいのかは何となくわかった。
「ああ、ルシアさんが語る強弱の話ですか?」
「そう、それです。正直ルシアが作っている薬を常備している少年がいる、そう話しを聞いた時は大丈夫かと心配になったんですよ」
「はは、ルシアさんの言う軽い副作用は宛にならないからね」
人が話し合う際、行き違いが起こる大きな要因として言葉選びが上げられる。言葉を選ぶ、それは己の価値観から来るものであり、例えば体重200キロを超える大男が言う少しの食事と体重30キロの子供の言う少しの食事、その量は大きな差があるだろう。
そしてルシアさんの価値観にもこの話が当てはまり、彼女の少しは。
「ルシアの言う少しは彼女が声を出さずに耐えられる、それが基準になっているからさ、心配なんだよ」
アストレアさんはよくわかってらっしゃる。僕もその少しの意味がわかっていればマナを初めて体内に入れた際シズカにボコられずに済んだものを。
「心配してくれたんですね」
「ああ、犠牲者は今までも見てきたから」
アストレアさんの遠くを見る表情を眺めふと考えてしまう。今の会話からアストレアさんがルシアさんと長い付き合いなのは理解できる。だが軍の将軍とA級冒険者ならともかく、アストレアさんの物言いだと薬屋のルシアさんと深く関わっている用に思える。薬屋と将軍、直接深く関わる事があるのだろうか?
「えっと、アストレアさん。ルシアさんとの関係を聞いても?」
「ああ、ルシアは元軍属で私の部下だ」
「ルシアさんが……軍属。え、あの人年齢幾つ?」
確かに女性だがルシアさんはエルフだ。外見こそ若いままだが年齢は結構いっている可能性がある。ただ僕の爆弾発言に一番慌てたのはアストレアさんだった。
「ルシアの年齢は18だ。私のせいでルシアの年齢が盛られたとアイツに知られたら命が幾つ合っても足りない」
「それはすいません。一応忘れていただいて結構ですよ」
今だルシアさんが元軍属という事実に頭を傾げる。彼女は確かに素手を得意としていたが、アトラディア王国が軍内で教えている格闘術とルシアさんの無手は全くの別物だ。
「一応ルシアさんが軍に入った事情みたいなものを教えていただければ」
「ちょっと待て」
アストレアさんは立ち上がると本棚から一冊の本を手に取り僕の前に置いた。それを開いて見ると軍服を着ているルシアさんの姿が写真に納めてあった。
「お前には知っておいて欲しいんだ、ルシアの過去を。その少々問題がある精神性を友人として受け止めてやって欲しい」
そしてアストレアさんは話出す。ルシア・アルジェンテという人物がどれだけ問題を起こしてきたのかを。
*
ーアストレア視点ー
「同じ女性だし仲良くしよう。私の名はエルルア・アストレア」
「ちょっと待って」
ルシアとの過去を話そうとしたが眼の前の少年ロストが話の腰を折る。
「え、エルルア? 誰それ」
「私の名前だけど」
何を当たり前の事を言っているのかこの子は。いや、よくよく考えると将軍になってからは皆私の事をアストレアと言う。確かに私の名前をアストレアと勘違いしてもおかしくない環境は出来上がっている。
「話の腰を折ってしまいごめんなさい」
「いや、勘違いする土壌は出来ていたし気にしてない、ではごほん」
一度咳払いをした後に話しを戻す。
「別に私の事は覚えない方が良いですよ。私と馴染の関係になるということはそれだけ負傷が多いというは事なので」
アトラディア王国は陸の孤島。本来なら仮想敵国というのは極端に少ない、だが6年前友好国の救援のために軍を他国に派遣したことがある。その中に私とルシアはいた。
今思い出しても当時の戦場は酷かった。
「なんで物資が届かないんですか!! 敵兵士と戦いながら野生の動物でも狩って現地調達しろと?」
「ルシア、 多分それであっていると思う」
ある時は
「アストレア、なんでこの戦場に今来たこの国の兵士の方が私達よりもボロボロなんですか?」
「決まってるだろう、お前がいないからだルシア」
「オプシディア師匠覚えておけ、何がお前の教育はハードに行くぞだよ。最初からずっとキャパオーバーだよ私は」
そんなルシアだが兵士達の治療を終えると月を見て黄昏れる事が多かった。
「ルシアお疲れ、いつもありがとう……な」
「アストレアですか、なんのようですか」
最初はルシアを労おうとして声を掛けた。彼女にはいつも助けられている、もしここにいるのがルシアではなかったら部下の被害はとてつもなく大きくなっていた。
感謝という言葉では表せない、死んでいなければ命を拾い上げてくれるルシアの腕と才能に私は深い尊敬の念を持っていた。たから気付かなかったルシアの不安を、ルシアが1人で月を眺めている理由は涙を隠すためだった事を。
「すまないルシア」
「いえいえ大丈夫ですって、と言ってもアストレアは納得しないか」
場所を移し私のテント内で話合うことになった。そこでルシアは彼女の抱えている不安を教えてくれた。
「私はまだ命を救える程学んでいないんです?」
「どういう意味だ? ルシアは十分命を救えるいい医者だと思うが」
だがルシアは頭を振りそれをやんわりと否定する。
「私が医療知識を得て3日後に軍に放り込まれました。ちなみに医療知識はオプシディア師匠に直接脳内に埋め込まれたので計4日ですね」
「その師匠無茶苦茶するな……ちなみにその知識って定着するのか?」
「一度では無理ですよ。だから何度も何度も頭に知識を叩き込むんです。文字通り頭に染み込むまで、そして私は知識を得たら実戦と軍に入れられた。怖いんです、あたまでっかちな私が死に瀕した人を治療するその事実だ。そして救えない人がいる度に私に経験があればと後悔する」
「では軍医をやめるのか?」
「やめませんよ。私がやめたら誰がアストレアの部下を治すのですか?」
「ルシア、お前はいい女だな」
この時からだ私がルシアの味方であろうと決めたのは。それからも色々あった。というかルシアに起こされたというのが正確か。
「ちょっとまてルシア、流石にこの食料と水の量でこの先の山の突破は無理だ」
「何言っているんですか、ないなら作る。最悪泥水でも飲めば大丈夫ですよ」
「お前だけはな」
まぁルシアの基準についていける奴がいなかったが。それの最終的に行き着いた先は。
「できればルシアとこれからも付き合ってやって欲しい。これは彼女との友人としてのお願いだ」
「はい、わかりました。って僕が頼まれることでもないんだけどね」
頭をかくロスト君を見守り、そして彼を王都に返すように部下に指示を出した。ロスト君を王都に送り出してから数分して私の部下であるクインが少し心配そうにしていた。
「どうしたんだクイン、そんな心配そうにロスト君を思って」
「いやだって将軍、彼に1つ伝え忘れていた事があったじゃないですか、ルシアの悪癖」
「ルシアの悪癖?」
「ほら、極限状態の戦場だったでしょあそこは、その結果ルシアから抜けなかった癖が」
「ああ、ルシアが昆虫食を好んで食べるという話だな……本当に大丈夫だろうか?」
私達は食料の補給すら満足に行われなかった戦場で最後の手段に出た。それが昆虫食。正確には近場にいる食べれそうな虫を知識なく腹に詰め込んだだけなのだが。餓死で死ぬよりはマシ程度の悪足掻きだったがそれのせいで新たな扉を開いたしまった人物がいた。それがルシアだ。別にルシアは虫好きとかではない。ただ物資の温存という新たな可能性を私達は示してしまった。
「では私達は虫を食べて、この物資は村の人たちに上げましょう」
「いや待てルシア、ここには十分な量の物資がある、私達が食べる分含めてだ」
「でも困っている人に多くを与える、それを実行するには手段は選んではいられません」
彼女のストイックさには頭が下がるが流石にそこまでは。またルシアの風邪も毒も利かない体質とその昆虫食という選択肢はあまりに相性が良すぎた。結果その癖が抜けずルシアは外に治療に行く際にそれを行なっている。本当のルシアの問題点は自己評価の低さから来る、自分が出来るなら他人も出来るという思い込みだ。つまりルシアと一緒にいる時に準備を怠ると食事が全て昆虫食ルートに移行する可能性が秘めている。その事をロスト君に伝え忘れていた。
「ま、大丈夫か」
その数日後、病がとある村で蔓延しその治療に向かうルシアの手伝いとして同行していたロストだったが、見事食事全てが昆虫食ルートになり、帰宅後顔を青くし布団の上で寝込んだのはここだけの話しだ。