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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
4章 英雄の卵
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盾と矛 しかしその差は歴然で


 生命力を追い地下水路を進んでいく。入り組んだ通路に罠が張り巡らせてあるが種が割れている罠など恐るるに足りない。気になる点は足止めは罠のみ事だ。魔獣などの敵性存在の配置などは一切ないそれが不思議だった。 

 そしてついに着いた、生命力の到着点に。


「こりゃまた、でっかいな」


 過去の増改築が原因で水路の全体図は誰も把握していないため兵士を攻めることは出来ないがそれでも10メートル近い装置が置かれるような空間が作られても気付かないのは管理は甘いと兵士に毒づきたくなる。


「眼の前に二人注意して」

「はい」


 装置の近くには黒いフードを被った存在が二人。一人は見るからに大柄、もう一人は中肉中背、とてもじゃないが戦闘する人間の身体付きではない。敵の存在を目の前にしながらも僕は装置の近くに並べられている試験管、その中にいる人たちに目を向けほんの少し安心してしまった。


「なんだ暇そうだねマックス」

「な、いや捕まった俺達が悪いんだけどなその言い方は酷くない」


 そこにはマックス達がいた。といっても試験管の中に閉じ込められているが。だが会話もできる、それだけである程度は無事であることがわかる。それにしても。


「液体の中にいるみたいだけど大丈夫なのそれ?」

「ああ、ただこの液体に衝撃全てを吸収されるみたいで出られないんだけどな」


 はは、と頭をかきながら笑ういつものマックス、そしてもう1人こちらは先程の意趣返しも兼ねて僕は目を細めながらいやらしい笑みを向けた。


「あれ、ダリオさん随分早い到着で」

「すまないやらかした」


 試験管の中に入れられているのはダリオさん。僕らに先に行けと指示を出した筈なのだが僕らより早くここに着いていた。っとからかうのここまででいいだろう。ダリオさんには一切の傷がない、それにあのフードの男達の中に水路入口で僕らを襲ってきた奴はいないとなるとダリオさんは襲撃者を撃退したまではよかったがその後隙を突かれ罠に嵌められた、こんな所だろう。


 そこまで話してようやく黒いフードの男達はこちらに話し掛けてきたその内容は。


「さて、その中に入るか、ここで殺されるか選べ」

「悪いな若者よ。お前らには勝てない」


 大柄の男性は黒いフードを脱ぎ捨て姿を現す。年齢は40頃そして銀髪。ただ僕が最も重要視したのは男性の筋肉量と肌が感じる緊張感。


(これはちょっと勝てないかも)


 そんな正直すぎる感想だった。恐らく実力的にシズカさんより強い。ただシズカさんの今で考えるならばだ。全盛期は流石にシズカさんの方が強そうだが、全盛期ではない彼女との模擬戦でも初見殺しに場の流れをこちら側に完全に引き寄せた上で僕の勝率は1割を切る。


「いい判断だ」

「っっ」


 大柄の男がフードを外した直後、その眼球目掛けてアスタルテさんが狙撃銃の引き金を引いた。弾丸は狙い通り男の眼球に直撃するが、弾丸は何事も無かったかのように弾かれる。悔しそうな顔を見せるアスタルテさんだが同時にここでの役割は決まったようだ。


「アスタルテさん逃げなよ。貴方にここで出来る事はない」


 武器が通用しないのだここにいてもしょうがない。特に狙撃銃という射程と威力に振ったものが役に立たないのだ彼女の役目はここにない。それに彼女が居ては大柄の男性が油断してくれない。


(頼む気付いてくれ)


 少し不自然気味に僕は目線をしばしば上に向ける。そこでアスタルテさんの目の眼球がほんの僅かに上を向く。そのタイミングで魔法を使う。ここ中心に行われている王都中の人達の生命力を奪い魔獣を作り出している儀式、それを行うために必要な核の場所へと繋ぐ線を可視化する。恐らく四方に置かれた核、それが王都中の人達その生命力を奪う空間を形成している。その核さえ壊せればこの儀式はエネルギーの供給がなくなり失敗する。


「アンドレアス、そのガキを潰せ」

「バレたか、でもアスタルテさん覚えたね」

「……はい」


 彼女の足が一瞬止まる。儀式を行う為の核を壊す、そのためにここから自分が離れるという事の意味を正しく理解していた。そう誰かが眼の前の化け物の足止めをしなくてはいけないこと。それでも彼女の足が動いたのはその化け物が彼女を追ってきたからだ。危機に迫られ感情ではなく論理としての最適解を体が選んでしまった。


 そこがアスタルテさんの優秀な所だ。彼女は危機に迫ると必然的に最善手を取る。これは命のやり取りを長年していた人間が身につける能力。僕にはない能力だ。


 この場から離れようとするアスタルテさんに照準を変え追おうとするアンドレアスと呼ばれる男だがその間に僕が割り込む。剣を振るうがカンという弾かれる音こんな経験は始めてだ。だが攻撃を腕で受け止めるため足は止まった。


「行かせないよてか行っていいの? 絶対に僕と付き合う方が良いと思うけどな」


 そこでアンドレアスという男はアスタルテさんを追うことを諦めた。視線の牽制、後ろにいる今だ黒フードを脱いでいない男に向けた殺気がアンドレアスをこの場所に縛り付ける。


「グレゴリ隠れてろ」


 アンドレアスはそう指示をするがグレゴリと呼ばれた男はその指示を無視する。


「何を言う。私に貼られている防御結界はお前が貼ったものだ破られる筈はない。それに儀式の核にもお前の防御魔法が付与されている。無意味な判断をしたこの馬鹿どもに警戒する必要があるとでも?」

「いいから下がれ、どんな奴でも手負いの獣が一番怖いんだよ」

「手負いの獣?」


 アンドレアスはグレゴリに指示を出す際に僕から離れていた。用心故作った距離なのだろうが僕が何かをしようとした際に安全を保証してくれる距離でもある。だから安心してリスクを上げよう。腰袋からマナの入っている注射器を3本取り出す。僕が遠征に行く際に持っていくマナのドーピング剤の量は3本、ネリネ村で使い消費した筈だが1本数が増えているのはデメテルで補充したからだ。流石にエクスポーションは見つからなかったけどね。そしてマナのドーピング剤が入った注射器を首に3本刺し中身を全てを体に入れる。ルシアさんからは一本ずつしか使ってはいけないと言われている。だがこのレベルの相手に出し惜しみは許されない。リスクを承知しないと戦いにもならない。


「さて、やろうか」


 そして僕が狙ったのはグレゴリと言われた男性の方だ。常軌を逸した早い踏み込みでグレゴリに近づくと貼られた結界を一振りで壊し、2振り目でこの戦いを終わらせる攻撃を仕掛けた。相手に目的があるなら頭脳労働者から狙うべし、これは鉄則だ。だがそう簡単に戦いを終わらせては貰えない。グレゴリの間にはアンドレアスが入り込み、僕の斬撃を腕で受け止める。その際にアンドレアスの腕がほんの少し欠けた。


「行っただろグレゴリ、下がれと」

「ああ」


 そしてグレゴリは装置の後ろに身を隠す。アンドレアスと疑似的な鍔迫り合いの中で僕は己の視界が再び熱を帯び始めた事を理解する。ただギルドで大立ち回りをした時の熱の持ち方じゃない。全身が沸騰するような熱さ、始めてマナを体に入れた時の感触。この時に限って僕の身体能力は上位勢が使うレガリアの身体能力上昇効果に並んだ。だから力勝負で押し負ける事はない、だが押し勝てるわけでもない。それは目の前にいるのが化け物ような強さを持った男だからだ。だから正面から戦ってやんない。


 煙玉を投げアンドレアスの視界を潰す。


「クッソ」


 アンドレアスはすぐさまグレゴリが居たであろう方向に向け走り出す。アンドレアスは自分が強者であることを理解していた。それは奢りではなく純然たる事実、だからこそ自分を無視する選択肢を対面した相手はしばしば選ぶ。そしてそうなった時の狙いはグレゴリだ。だが白煙に包まれ視界が利かぬ場所を悩まず走り出して数歩の所で存在しないはずの壁がアンドレアスの進行を塞ぐ。勢いをつけていたためアンドレアスは壁に激突、ダメージはない、だがほんの数秒足が止まった。そこを狙いロストはアンドレアスの背中に剣を振り下ろす。


 壁の正体、それは従魔であるモグが生み出した土の壁。力を込めれば簡単に打ち破れる程薄い壁だが、視界が利かぬ中で突如壁が目の前に現れれば誰でも足を緩めるだろう。そして再びロストは煙の中に消える。 


 背後からの奇襲はアンドレアスの皮を薄く斬り裂いただけ正直有効だとは言えない。そこでグレゴリは声を上げアンドレアスに指示を出した。


「アンドレアス、さっさとそのガキを殺せ。そいつ今も儀式の核場所を外の連中に伝えてるぞ」

「何!!」


 アンドレアスの驚愕した声。僕は今探知魔法を使っていない。その理由はこの中心部から外へと儀式の核の場所を視覚化しているためである。僕の魔法その欠点の1つは触媒1つに複数の系統を同時に使う事は出来ない。鈴の波に探索用の魔法を乗せていたら音波による攻撃は出来ない。体の信号を強化し体の反応速度を上げている時は相手に電流を流すなどの攻撃は出来ない。だがら今僕が使える情報収集系の魔法はオーラの結界術のみ。


 なぜ煙の中でアンドレアスの動きがわかったか? そこは長年の経験、相手が何を守る事に重視しているかそれを理解出来れば行動を読み相手を手の中へと掬い上げれる。


 それにしても気づかれるのが早かった。複数ある儀式の核、その場所を今も示しているのはこの核へと導く線の意味をアスタルテさんが他の仲間に伝える事が出来れば数を使って効率的に核を破壊することが出来るからだ。


「わかった。甘さは捨てよう」


 そこでアンドレアスの気配が変わる。彼は煙の中を走り始める。視界は当然利かない、だがアンドレアスは我武者羅に白煙の中で僕を探し続ける。アンドレアスの魂胆はわかっている。肉を切って骨を断つ。現在アンドレアスに効果的な一撃を僕は出来ていない。ならばアンドレアスはあえて隙を晒し僕が攻撃するのを待っている。もし攻撃してしまったらアンドレアスは自分の耐久力を使い斬撃を耐えると僕に向けカウンターの一撃を放つ。もし僕がその狙いに気付きアンドレアスを攻撃しなかったとしても時間が経てば煙は消える。そうすれば勝負は彼有利に場面を変える。


「さて逃げるのは終わりだ」


 アンドレアスは距離を詰めると拳での連撃を開始する。右と左のコンビネーション、そして最後に僕の頭部を狙い蹴りを放つ。蹴りの一撃を剣で防ぐがガンというとても人体と打ち合ったとは思えない音がした。  

 アンドレアスは防具をつけない。まるで自らの手足こそが最高の武器であり防具だとでもいうように。


「若いのまだここに来るのは早かったな」

 

 今の一連の攻防の結果僕の持つ剣が欠けた。それを見てのアンドレアスの発言、そして彼に取ってこの戦いの終幕を現す言葉だ。僕とアンドレアスの距離は15メートル程まで再び離れた、だが彼は拳の間合いから遠すぎる距離で構えた。その構えは格闘家かが基礎とする正拳突きの構え、だが少し前傾姿勢であり妙な緊張感を覚え瞬きの回数を意識的に抑える。だがその次の瞬間アンドレアスは懐にいた。油断などはしていないだが動きの予備動作も距離を詰める姿も見えなかった。だが懐に入ってきたタイミングだけは掴んでいた。それが目に頼らないオーラの結界術の効果だ。


 驚きはしたが同時に僕はこの状況を待っていた。自分の攻撃だけではアンドレアスに致命傷は与えられない。なら相手の力を借りるしかあるまい。奥義の1つである不動を使う。タイミングは完璧、剣の角度も己の体勢も……だが純粋に練度が足りなかった。アンドレアスの大岩を軽々打ち破る全力の拳、それを受け止めはしただがその大き過ぎる衝撃を逸らす事は出来なかった。


「がは」


 口から大量の血を吐血しアンドレアスに寄り掛かるように倒れる。彼は優しく僕を受け止め地面にゆっくりと寝かす。そしてアンドレアスはグリゴリ下に戻っていった。もう勝負を終わったと。生きていても立つことはできないのだトドメはささず死ぬ前に最後の時間を与えようとしてくれたのかもしれない。


 だがそれは認められない。


 僕は腰袋からエクスポーションを2つ取り出し立ち上がる。腕が上がらなかったため瓶を口で加え歯で補助し唇の力で強引に喉の奥に流し込んだ。この傷ではポーション慣れの影響でエクスポーション1つでは体の傷は治りきらない。なら飲む量を増やすしかない。


 今はまだ倒れるわけにはいかない。それに僕は我儘なんだ何かを救うなら自分の手で救いたい。ふらつきながらも立ち上がる僕を信じられない物を見る目でアンドレアスは見た。


「どうしてそこまで」

「まだ手足が動くからそれじゃ理由にならないかい? いや違うな。自分が間違っているそれをわかっていながらもその道を進む半端者に負けたくないだけだ。善人でも悪人でも他人を踏みつけ進むならどんな非道でも迷うな。そして迷っている奴には負けるわかには行かないんだ。それが今まで不安の中で積み上げあ歩いてきた僕の意地だ」


 アンドレアスは言葉を返さず先程と同じように拳を構える。そして先程と全く同じように僕の懐に入った。神様がもし見ていたとしたら焼き直しかとクレームを入れるのだろうけど現状はもっと悲惨だ。不動を狙う体勢が出来ていない、オーラの結界術もさっきと一撃で切らしてしまった。だからアンドレアスの攻撃を捉えきれていない。僕に出来る抵抗は剣を前に構え事くらいだ。そしてその行動がさらなる絶望を僕に与える。


 アンドレアスの攻撃その正体は簡単だ。ただひたすら早く踏み込み懐に入ると正拳突きを放つ。基礎を突き詰めただけの必殺の一撃。強固で早いこれほど単純で威力のあるものもそうないだろう。そしてその正拳突きは今回僕に直撃することはなかった。その変わりに僕の持つ剣に直撃し真っ二つ折られる。


 これは鍛冶師でもある僕にとっては完全敗北を喫した場面そのものだ。アンドレアスは僕に取っての恐怖の象徴になり始めた。今まで積み上げたものをその肉体1つで全て破壊していく。ただ昔の僕と違う事が1つある。僕はすでに諦めるという機能が壊れてしまった事だ。


「モグ、壁」


 アンドレアスと距離を離す、だがそれだけでは安心出来ずに相棒のモグに壁を作って貰い障害物をアンドレアスとの間に置く。剣が折られたその衝撃は大きいが今は戦いの最中だ。折れた剣を鞘に戻し腰に固定する。


(ごめん)


 僕の未熟故に剣を折られてしまったその事を剣に謝罪する。だがアンドレアスと戦う為には武器がいる。


「モグ、造形は僕がやる土で剣を作ってくれ」


 不完全な土の塊が目の前に現れる。剣の形はしているがこのまま振ったらただの鈍器だ。まだ硬めていない土魔法に干渉し、造形をする。剣の刃の部分になる所を人指し指と中指の腹で掴みそのままなぞる。


「モグ固めろ」


 そして僕の指示の下相棒は土塊を硬め剣とした。モグが作り出した壁を今作った即席の剣で斬り裂き再びアンドレアスと対峙する。


「さて再開だ」


 アンドレアスに向け剣を向ける。出来る出来ないその考えを捨て今できる最高を作り出す。己の可能性を賭けた戦いが今始める。




次が4章ラストです。その後はまたお休みになるかな? ただ2週間位で再開は出来そうです。

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