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痛みを知るから優しくなれる  作者: 天野マア
4章 英雄の卵
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 理解と報い

「さて何か言いたいことはあるかって……無駄かその状態じゃ」


 僕がそう聞いた相手はルーイではない。戦闘兵器に変えられてしまったクロードへの最後の問答のつもりだ。今のクロードは人間の息遣のそれではない、理性のない獣。だが彼が振るった剣からは屈辱がにじみ出ていた。でも僕が目の前に立つと彼の雰囲気から納得が読み取れた、僕に殺される、それはそれで結末としては悪くないと。


「お、おでを」

(俺を殺してくれ)

「わかった、さよならだ」


 これはは運命なのだろう。クロードから送られてくる魔力言語には彼の今までの思いが綴られていた。子供が憎いと言われれば憎い。だって兄を殺したのはその子供という地位だから。


 俺の兄は英雄だった。国に雇われ魔物や他国からの侵略、それらから国を守るために労力を払った。結果傭兵でありながらも多くの民から慕われていた。そんな兄を俺も慕い誇らしかった。


 子供という地位が兄を殺した。これは別段深い意味はない。ただ人間、子供から手渡された物は警戒せずに受け取ってしまう。その油断が兄を殺したそれだけの話しだ。


 兄は前日助けた子供に毒を盛られて殺された。それが子供を憎んでいる理由であることは間違いないが、でも俺が子供を攻撃できない理由もそこにある。少し複雑な話だが兄は家に帰る事が出来ないほど酷使されていた。きっと国の上の人間は兄が邪魔になったのだろう。だから兄の道は2つに1つ。過労死か毒殺か。そして兄は毒殺を選んだ。最後の最後家族である俺と共に過ごすために。


 兄は青い顔で家に帰ってくると横にもならずに俺と話し始めた。その殆どが他愛もないことで、解毒剤を作ると言っても「もう手遅れだ、最後の時間はお前に使いたい」そう言って聞かなかった。そして3日後兄は死んだ、国に思惑通りに。


 勿論兄を殺した実行犯である子供を殺すため俺は後日そいつの下に向かったがその子供とその両親は胸を深く切り裂かれドブ川に捨てられていた。子供の顔は穏やかな物ではない。何かを訴えるように目元が寄っており強い怒りを死んだ後も顔に残していた。同時に気づいてしまった。兄はきっとこの子供がくれた物に毒が盛ってあったことなど気づいていたのだ。子供の状況は兄に毒入りの物を渡さねければ両親を殺す、そう脅されていたのだろう。兄は俺に会うためにそして子供の両親を守るために死を選んだ。それから俺は子供を憎みながら攻撃が出来なくはなった。何故なら子供は兄が最後に守ったものだったからだ。子供に手を上げてしまえばそれを否定するような気がして、どうしても手を上げることができなかった。


 そこから俺は腐った。国の上層部を皆殺しに、様々な国の英雄に安らかな死を与え続けた。他人の為に頑張っても兄みたいに苦しみ死ぬだけだ。ならせめて俺が安らかに眠らせて上げなくては、そんなイカレタ義務感が俺の胸の内側に宿ったからだ。俺が邪神教にいるのはちょっとした手違いがあったからだ。


 これは俺の我儘で、そしてこれは俺の今たった一つの望み。殺されるならお前がいい。兄みたいに真っ直ぐな俺が殺してきたような、でもまだ未熟な英雄の卵であるお前がいい。


「そうか、それでいいのか」


 魔力言語でクロードが言葉をを紡ぎ終えた次の瞬間、クロードの首その中心部分に刃は到達した。今までと攻め方を変えるためルーイは触手から攻撃するようにクロードに命令をしていた。だがルーイはクロード以上に戦闘には慣れていない。4本同時に放たれた触手、一箇所に集中する触手の攻撃は側面に回り込めさえすれば一撃で触手4本切り落とせる程迂闊なものだった。ここで始めて邪教徒達には修羅を見せる。いや、レグルス師匠以外には始めて見せる全力の奥義を。


 レグルス師匠が修羅に求める性能の最低ラインは相手に3撃を1撃だと誤認させる速さで攻撃をすること。それを実現するのに必要な事は前もって攻撃のラインを決めておく事だ。後は死ぬほど練習あるのみ。笑っちゃうよな。最後は練習、鍛錬。レグルス師匠が言う言葉で何度も聞きたい言葉がある。


「お前の成長が早いのは基礎がしっかりしてるからだ、忘れんなよ」


 シリウスで腐りながらも、必死に足掻いた結果が今に繋がる。それを肯定してくれるのが本当に嬉しい。


「さよならだ、クロード」


 一振り3撃、首を綺麗に切り分けて数秒後、胸と腰に横向きの線が生まれる。それはクロードの態勢が崩れる毎にズレていき、最終的にはクロードの体は4分割となる。


 感傷だろうか? ほんの一瞬だけクロードに意識を向ける。クロードから最後の魔力言語が送られてきた。最後くらい感謝でも送られてくるのか? 期待していないその内容を開けてみると。


 また会おう。


 まだ戦いが終わっていないが少し吹き出しそうになった。


「ああ、またな」


 誰にも聞こえぬような小さな声で口に出すが問題はないだろう。なんせもう死んだ相手に掛ける言葉だ。   

 この手に掛けた相手の筈なのに、なんでか又何処かで会う気がする。ともかく今は最後の相手であるルーイに目を向ける。


「さて、ラスイチ」

「お前調子に乗るなよ」

「それは無理な話しだ、散々好き勝手やられた奴に報復出来るなんて心踊るね」


 言葉でそう言うがが油断する気はない。コイツとの戦いは苦戦必須の物だ。コイツの厄介な点その9割を占めるのがあの自動障壁だ。あれは貯蓄してある複数人の混ぜ合わせた魔力を燃料として使っているから同調では抜けられない。そしてあの自動障壁を自力で破ろうとすればかなりの労力を使う。


「っち」


 修羅を使い一息でルーイとの間合いを潰す。上段から剣をルーイに振るうがその一撃は自動障壁によって完全に防がれる。だがそれはわかっていた事だ。自動障壁に防がれる事は計算内、だから剣が弾かれる想定で自動障壁に剣を振っていた。ルーイに向けて剣を振るうが狙いは自動障壁、刃先が障壁を擦り最低限の接触で剣を振り切れるように調整する。この際難しいのがルーイに当たらない位置に剣を振った所で自動障壁は現れない、その間合いの調整が至難の技だ。


 今剣を振っている目的は自動障壁の情報を集める為だ。障壁の出せる限界量は? 魔法を作り出す核の位置は? 両端を攻撃した場合生み出される障壁にラグは生まれるのか? 僅かな時間で情報は集まったが、ルーイからしたら自分を狙った連撃は恐怖の光景だったらしく、まぁ障壁があるとはいえ斬撃の嵐を浴びさせられれば多少怯えてもしょうがないだろう。


「こい、お前ら」


 そしてルーイは最後の切り札を切った。その呼び声と共に村の外から魔物が現れる。フェンの下に送っていた魔物達だろう。だが如何せんフェンのいる巣とこのネリネ村は距離がある。いきなり目的地が変わり尚且つ指揮官は冷静ではない。魔物自体は集まってくるが(まば)らだ。次に気を付けなければ行けないことは村人達の避難だ。それはウィンディさんがすでに終わらせてくれている。


「っち」

「ざまぁないな」


 ルーイを煽っているが油断はしていない。こういう奴は自分以外の命はなんとも思っていない、つまり非道な事を平然とする。今回のように操っている魔物を特攻させ僕の身動きを封じると味方の魔物もろとも吹き飛ばす高威力の魔法をルーイは構わず放った。


 響き渡る轟音、飛び散る魔物達。僕は魔法の威力の軽減は出来るがこの威力の魔法をそう何度もは受けられない。仕返しも兼ねてせいぜい怯えさせてやろう。広場に生まれた爆発、その煙の中から何事もなかったかのように立ち上がりゆっくりとルーイに向かって歩き出す。


 もう1つ大きな問題がある。それはさっきエクスポーションを使った際の事だ。肉体の傷、その治りが悪い事だ。考えられる理由は1つ、レガリアから端を発する魔素中毒症状だ。傷の回復とそこが衝突した結果、体の外の怪我こそ直ったが、体の内部の細部が激しい動きをする毎に悲鳴を上げる。後の事を考えるのならば出来るだけ魔物を倒したくない。レガリアのレベルはすでに危険域なのだから。


 ルーイを仕留めるアタックは体力的に仕掛けれて後1回。今回ルーイの放つ魔法攻撃は捨てる。すでに魔物達が僕を取り囲み、手足を狙い、その場から逃げ道を完全に塞いでいる。


「はは、これで終わりだ」

(ああ、これで終わりさ。お前の攻撃を受けるのは)


 放たれるルーイの火球、辺りを一面を焦がし大きな火柱をその場に生むが。そこは魔法の同調で防ぐ。とはいえ少し髪が焦げてしまったが。


 ルーイに突撃前、周囲の魔物に向けてナイフを投げる。ただのナイフの投擲ではない。最近練習していた技、およそ1400℃に熱したナイフを敵に投擲する。これの問題点は火傷を防ぐ為に手袋をすればナイフを温める時間が遅くなり、とっさに投げる事の多い投げナイフの使い勝手を劣悪にする。逆に素手で使うとなると、熱したナイフの熱さが指を焼く。


 この技の有効な点は1つ、相手が戦闘中に受ける情報を増やしてくれる事だ。戦闘中痛さに耐えれる理由、目で武器の形を理解し、痛みの種類を予想し、心の準備が出来るからだ。投げナイフという一瞬で掴み投擲される物体に熱さという予想できない新しい痛みを仕込む。これを予想することは不可能だろう。これもあくまで一瞬で掴み投げるから意味がある。流石に魔法で炙っている所を見せてしまえば効果は半減するだろうね。


 そしてこういう予想外は人間より魔物に利く。しかも投げたナイフは全て魔物の眼球を狙い投擲している。     

 着弾は確認しないくても分かる、悲鳴を上げその場にのたうち回る魔物達。


「よし時間は稼げるな」


 そしてルーイに向かって突撃を開始する。僕が距離を詰める際ルーイは魔法を細かく連続で放つ事によって時間稼ぎを狙っているがそこは全て同調を使い、魔法をすり抜ける事で時間のロスなく切り抜ける。そして剣の間合いに入ってすぐに同調から修羅に切り替える。ルーイの自動障壁は攻撃1回1回に障壁を張り直すタイプ。突破する方法は1つ。少々脳筋だが自動障壁の処理が間に合わなくなる程の攻撃をするだけだ。


 修羅を使い、弾かれる事前提で剣を振るう。打ち壊すより障壁が剣を弾くその反動を利用し手早く腕を引くことを意識、次の一振りを出来るだけ早く、剣を弾かれる事も一連の動作に組み込み円を描くように連撃を行う。そしてもう一つ、出来るだけ処理能力を使わせる為にルーイの左右両端を狙う。理論場は行けるはずだ。僅かにルーイの自動障壁、その核である首に付けられた宝石付近は他の位置より自動障壁の発生が早い。こんな簡単に障壁の出、その発生が変わるのならそこに付け入る好きがあると考えたのだ。


(勝負を仕掛けるのは修羅の連続限界時間である5秒丁度)


 そして5秒後、ルーイの自動障壁の核である首元の宝石目掛けて突きを放つ。剣を挟むように現れる左右の障壁、剣を縦に振っては障壁に阻まれただろうが今僕は突きを放っている。障壁は発生したが、世界を見守る神が一瞬瞬きをする、それほど小さな刹那の遅れ、その不完全さを掴んだ突きが障壁を貫きルーイの首元、その宝石を打ち砕く。


「くっそ、もうやっていられるか」


 ルーイはこの場から逃げるために無詠唱で転移魔法を使おうとする。だがこちらにも切り札がある。


「なんで」


 ルイン対抗魔術でルーイの転移魔法を無効化、それと同時に僕は深く最後の攻防の為に息を吸った。己を守る手段がなくなったルーイなら、この最後の一息を体に入れれば確実に仕留められる。


 まだクロードは理解ができた。だがこのルーイという男、僕は嫌いだ。汚い手段で他人の生活を踏み荒らし、部下すらも簡単に実験の道具にする。狂うなら自分一人で狂え。


 最後の一息といってもルーイが一歩後ろに飛び着地する、この僅かな時間でそれも終えた。もう1度後ろに飛び距離を作りながら転移魔法を使おうとしても遅い。


「ふっっっ」


 息を放ち、最後の修羅を放つ。筋肉の疲労から2秒持てば良いほうだろう。


「は、覚えておけよガキ」


 僕の踏み込みからの一刀がルーイの首を薄く切り裂く。生き延びた事に喜んだのだろうか? それとも今度は転移魔法が成功したから上機嫌なのか。ともかく。


「あ」


 僕はそんな気の抜けた声を上げてしまう。いけない集中しすぎた。この広場にはどれだけの視線が集中しているのだろうか? 最低でも村人、つまり子供が見ている。こんなグロテスクな光景を見させるわけにはいかない。


 クロードは後ろに一歩跳ねるが、それと同時に首がズレ始めた。体は後ろに動いている筈なのに首だけ体に着いてこないで前方に取り残される。いや、着地した直後体中のあちこちが崩れ出す。


「忘れ物だ」


 体が崩れつつも転移魔法を発動させるルーイに忘れ物である分断された首を投げ返した。それが丁度ルーイに接触した直後、彼の姿はネリネ村から消える、彼が転移魔法で何処に飛んだかは知らないが、もし人のいる所に転移していたらその目撃者には謝ろう。なにせ生きた人間のバラバラ死体など見たらこれからさき間違いなく寝付きは悪くなってしまうのだから。



「やったか」


 腰を付け少し休んでいると空からグリフォンのフェンが現れた。


「どうして来たのさ、封印は?」

「なにさっき転移魔法の余波を感じたからな、これはお前が戦いに勝ったと確信したので飛んできた。それに俺が必要だと思ってな」

「本当によく利く鼻をお持ちで」


 そう言って僕が見たのは王都の方向だ。確かに天に浮かぶ要塞も気になるがそれ以上に今は王都だ。王都は妙な雲が上空を覆い昼間の筈なのに薄暗い。天の要塞も確かに気になるがあの方角は邪神教の本拠点があった場所と一致する。つまり本部長に対策を投げてもなんとかしてくれる筈だ。それなら今は明らかに戦力が足りない王都に向かうべきだ。


 だがその前に親子の再開くらいあっても良いだろう。


「お父さん」

「お前ウィンディか」


 人間の姿になったウィンディさんは魔力言語で父と会話をしていた。それにしても魔物の勇者とか、この世界のメガミサマはどんだけ心が広いんですかね。


「私1度お父さんに会いたくてここまで来たの」

「……そうか、ありがとう、大きくなったな」

「うん」


 フェンに人間の姿でウィンディさんは抱きつく。先祖代々のグリフォンの使命か。それは子と母を捨て旅立たねばならない程の物なのか疑問に思うが。それぞれ守りたい物は違うから野暮な事は突っ込まない。とにかくよかったね二人共。出来ればその使命を終わらせて上げたいけど僕は神じゃない……今度調べに来るかな、何かわかるかも知れないし。


 そんな感動の光景を横目に見つつ、外れていた骨を元あった場所に戻し強引に骨折を治す。思ったよりルーイに苦戦をしてしまった。目立った外傷はないが体の中はボロボロ、最後の無理もよくなかった。一息入れたとはいえ、限界まで修羅を使った直後の連続使用、言うなれば無茶をしたのだ。正直全身打撲で意識を保つだけでも精一杯。それでも行かねばならない。心の中で気合を3度入れ、ようやく立ち上がることができた。


「お父さんは封印を守らないと行けないし、私が王都まで」

「いや、俺が行く。王都は今おかしい、それに行って帰って来るだけだ」


 そうウェインディさんを羽で撫でながらフェンはこちらに向きながらそういった。


「ありがとうございます」

「ああ、行こうか」


 そして僕はフェンに乗って王都に向かう。手を振る村の人々とウィンディさん、彼らの姿はすぐに小さくなり、数分フェンの背中に乗っていたがどうしても避けられない眠気が襲ってくる。フェンの背中に乗っている時の体の固定は従魔であるモグがやってくれている。だからこのまま寝ても良いのだが。


「寝ろよ」

「フェン?」

「娘でも王都に送るだけならよかったんだ。でも俺が今回名乗り出たのは少しでもお前を休ませるためだ」


 確かにウィンディさんに比べればフェイの方が体は一回り以上大きいし、毛並みも立派だ。


「ではお言葉に甘えて」


 そして体をフェンに完全に任せ、一眠りする。これから始まる本当の意味で大変な戦いに向けて最後の休息を取った。


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