弟子と師
アンタレスから帰ってきて半月、その間色々あった。
というよりは周りに起き僕は取り残された。
現に今王都にはクレアさんもいなければルシアさんもいない。
シズカさんは相変わらずどこほっつき歩いているかもわからない。
それもその筈、彼らは皆本部長の依頼でアトラディア王国中を飛び回っている。
何があったか? それは王都に帰ってきて直後に本部長室に呼ばれた出来事までまで遡る。
僕とクレアさんはアンタレスでの依頼その報告の為にギルドの本部長室までやってきていた。
「今回の件ご苦労だった……厄介事も連れてきたが」
「まぁまぁ本部長。今の所は大人しいですし、それにアンタレスでの事件はかなり大規模だったらしいのでそこは寛容に」
ギルド秘書のエヴァさんが本部長を嗜める。
そこを問題点にする気も本部長もなかったらしく、1度の咳払いの元こちらを見る。
「今回の依頼お前たちに任せてよかった、クレアは勿論ロストお前もだ」
先程までの固い表情を緩めて本部長は僕らにそういった。
クレアさんは少し照れくさそうにしていたが、僕は口を開けぽかんとしていた。
本部長は僕の事を嫌っていると思ったから真正面から褒められるとは微塵も思っていなかった。
「ロスト、流石に失礼ですよ」
クレアさんは僕だけに聞こえる声で話し掛けながら軽く肘でつつく。
しかしそれに反応したのは離れた位置にいるエヴァさんだった。
「いいんですよ。クレアちゃん本部長の撒いたタネですから」
「地獄耳め」
今度はボソリと本部長が呟くが、その直後一瞬顔が引き攣る。
こちらからは何も見えないが、恐らくエヴァさんが本部長を蹴り上げたのだろう。
そこまでの時間を有し僕の意識はようやく現実世界に戻ってきた。
まぁ、今までが今までだ、本部長の発言に裏を感じ取ってしまう。
そう例えば。
「次の依頼は僕1人とか?」
自然と頭に浮かんだ推論を口にしてしまう。
だがその推論は本来有りえないものだ。
僕は特殊ランク冒険者、監督役の冒険者がいなければ活動できない。
だが捻じ曲げられる人物は目の前にいる、そうアトラディア王国の冒険者ギルドのトップが。
「よくわかったな。まぁでもこれは信頼の証だとでも思ってくれ」
「本当に?」
疑念の根はやはり深いものでついつい聞き返してしまう。
流石の本部長も少し憤りを言葉に乗せながら肯定の言葉を発する。
「本当だ。嫉妬もあって最初の扱いが酷かった事も謝る。だからこれ以上話の腰をおらないでくれ、頼む」
「あ、はい」
後半少し泣きそうになっていたがそこは誰も口にしない優しさを持っている……一人を除いて。
「ふふ、私の言った通りの結果になったじゃないですか。 ん? ん?」
本部長の肩に手を起き顔を近づけ煽るエヴァさんに対して裏拳で顔面を殴り黙らせる。
空中で半回転し、床に倒れ伏すエヴァさんを見て。
「えっと」
「無視でいいですよ」
助けに行こうとするクレアさんを笑顔で本部長は止め、話しを始める。
流石に逆らえる雰囲気ではないのでクレアさんは視線だけをエヴァさんに送り込みつつその場で次の依頼その内容を待つ。
「クレアとブルースはある人達との共同の作戦に参加して貰います」
「共同作戦? ロストは?」
「参加しない。というより今回こいつはは別枠の依頼だ。理由としてはその合同作戦が国絡みになるため特殊ランク冒険者を参加させるわけにはいかない」
二人の会話を聞いていたが今回の本部長が話した作戦、国絡みと言いつつ主導は国、もっと踏み込むなら王家だ。
国の安定のため王族派には頑張って欲しいが、ギルドにまで人員を出せとはよっぽど王族派の人材は乏しいと見える。
他組織主導の作戦において僕のような形式的には問題児、それを連れて行く事はない。
実力云々はこの際置いておくとして主導組織との関係の悪化を招くからだ。
エルヴィンさんとのノルディス商会の件とアンタレスでの共同作戦において僕の参加に何もケチが付けられなかった理由の大半が闘技場での実績、もう一つは共同作戦の主導側にいたこと。
他組織に構成員を出向させる場合明確な上下がない限りは経歴で選ばれる。
経歴が役に立たないという話もよく聞くだろうが、結局の所個人ではなく大勢の人の中で駒としてしか接しない組織の上層部からしたら、経歴で人を測るのが一番効率的なのだ。
そして経歴でしか見ないからこそ、経歴が疎かな人間を送り込んだ場合、上層部は自分達が軽んじられていると勝手に思い込む。
今回僕が一人で依頼を行うという事の背景はこんな所だろう。
「実はお前たちがアンタレスに行っている間事態が動いたんだ、これを見ろ」
本部長は机の引き出しからある一枚の新聞を取り出し手渡す。
それを僕が受取り広げる、それを横からクレアさんが覗き口にする。
「えっと、アイリーン率いる冒険者パーティーがアトラディア王国内に潜む邪神教の支部を壊滅させた。この記事が何か?」
「その支部を破壊した時運良く掴んだんだ。邪神教のアトラディア王国内の本拠点の位置を」
本部長の発言に息を呑むクレアさんとは違い僕はアイリーン、その名前に興味を惹かれていた。
(アイリーン、レティシアを王都の本部に誘った……普通に考えると彼女はアイリーンのパーティーに所属しているはず)
否応なしに意識する幼馴染の名前。
だが昔ほど追いつかなければという脅迫観念はない。
多分アンタレスでのエレボスとの戦闘が原因だろう。
強さを追い求める、それは終わらないマラソン。
戦いを命の輝きだと熱中出来ればいいいが、今の僕はそんな気分にはならない。
戦いとはあくまで何かを守るための手段の1つ。
普段からの鍛錬も怠らない、それは大前提だが僕は僕として生きる。
これからはレティシアに過剰に振り回されずに歩んでいく。
そうは言いつつ一応だが意識はする。
しょうがないじゃん、気になるものは気になるのだから。
そして本部長は次にはクレアさんに書類を渡す。
ただ僕はその書類に目を通さない、恐らく機密の内容だ。
「でだ、クレアとブルースの二人は今回の邪神教の本拠地攻略に参加して欲しいんだ」
「あ、あのロストはやっぱり」
「やめてくれその問答はすでに10時間別の人物とやった後なんだ」
突如頭を抱えだした本部長に首を傾げる僕とクレアさん。
誰かがすでに問題を起こしたらしいが一体誰が?
そもそも何故僕の事で?
考えられる人物はレティシアだが彼女は我儘を言う人物ではない。
本部長の発作も5分経てば一応は回復した。
そしてここからが現在のギルド本部の現状の説明になる。
「ここ王都にある本部は人手不足なんだ。王都とは国の中心部、いうなれば警備が一番行き届いた場所だ。勿論辺境伯などの例外はあるが普通の都市に比べればそれこそ堅牢と言える。だから王都にあるギルド本部はどちらかというと街中の依頼が中心で本来優秀な者を地方から引き抜いく必要はない。では何故引き抜き優秀な者を手元に置くか。それは他支部の問題を解決するための人材を集め、適切な配分で割り当てるため。ここ本部だけは市民のためではなくギルドという組織を回すために存在している。そして現在本部が人手不足な理由はある依頼を国王から命じられているからだ、それは王国内に存在する邪神教の支部の壊滅。こちらはギルド主導の作戦として領主と協力し動いている」
「なるほどつまり面倒事を押し付けられたと」
僕がそういうと本部長は肩をぐったりと落としながら首を振り肯定した。
本部長が文句を言いたくなる理由もわかる。
今回の王国から出た依頼は酷いものだ。
邪神教の本拠点の美味しい所は我々が貰う、ギルドはその残飯処理をしてくれ。
これは本部長も怒っていい仕打ちだが、ギルドという組織はあくまで国に置かせて貰っている立場だ、突っぱねる事も出来るが今後の関係を考えれば泥を被る事も必要。
「国の連中が本拠点にこちらの人員を受け入れる事で雑用を押し付けた釣り合いを取っていると考えていなければいいけど」
「ロスト、理解が早いな、お前の事が好きになりそうだ」
心労故に本部長の精神がおかしな方向に行き始めている。
何? ギルドという組織は上の人間程苦しむ仕組みなの? アンタレスでも見た光景に心の中でそんな風に思い始めていた。
一旦話しを戻し己の中で情報を整理し見えてきたこと、僕はこれから邪神教の支部壊滅のお手伝いをするという流れか?
支部の壊滅、正直一人でやるのはしんどい。
でも王都の他の連中とは反りが合わない。
どちらにしても大変そうでついついため息を吐き出した。
「安心してくれ、一応内のギルド最上位のパーティー2組で足りる予定だ。そもそも邪神教の支部の壊滅作戦はお前たちがアンタレスで行動し始めた頃にはすでに開始している。そもそもアイリーン達含めてその3組が作戦中に当たりを引いたんだだからな。ロストに頼みたいことは複数の村を周りとある封印術の発見、及び調査だ」
そういえば僕は王都のギルドに来てからずっと不思議に思っていた。
このアトラディア王国内で冒険者をしていれば誰もが知っている有名なパーティーの人達を誰1人見かけないと。
「でお前が巡る村の資料は後日送る。クレアは急ぎ準備を。ロスト話せて良かったよ」
そういうとギルド長は椅子から立ち上がり、外行きの上着を着始める。
その姿を見て1つ確信を得た僕はあるお願いをすることにした。
「あの本部長、もしかし本部長も邪神教本拠点の攻略に参加するんですよね?」
「ああ、メンバーだが、アイリーン達のパーティーとクレアにブルース、後お前の知り合いのルシアもそこに入る。後アシストにエヴァも。シズカを呼び出そうと思ったがアイツ連絡がつかなくてな……なんだよ」
本部長の手を掴み、頭を下げながら1つの事をお願いする。
大変申し訳無く、手間が増えるのもわかっているそれでも。
「お願いです、資料は自宅への郵送でお願いします」
流石に助けてくれる人がいない本部の中に通うのはまっぴらごめんだ。
だから切実に切実に頼んだ。
本部長の手を掴んだ時にこっそりお金を忍ばせた。
まぁ本部長という役職がらお金は持っているだろうし賄賂の内容がよくなかったのだろう。
その後本部長に首根っこを捕まれ説教されたのは言うまでもない。
*
そういう訳で僕は王都に待機している。
むしろ濃かったのはここからだ。
場所はファトゥス流の道場、レグルス先生と奥義である修羅の最終的な詰めを行なっていた。
「甘い、何もかも」
確かにレグルス先生の攻撃を見れば自分がアンタレスで使っていた奥義がどれほど矮小だったか理解が出来る。
レグルス先生の上段からの振りを受け止めた筈が次の瞬間両方の脇腹に衝撃が奔る、空気を口から吐き出し堪らず膝を突く。
「はぁはぁ」
「どうしたこれで終わりか?」
床に膝を着けている僕の目先に木剣が突き立てられた。
今までの修行も厳しかったがここ最近が今までで一番だ。
ただそれにも理由がある。
レグルス先生に話したのだ、今度の依頼は一人だと。
すると彼は僕に聞いてきた。
「お前はどうしたい?」
「どうしたいって?」
頭を軽く掻きながらレグルス先生は人を殺しそうな目で僕を見た。
「他人に守られたいのか? 死んでも依頼を達したいのか? それとも誰かを守りたいのか? どうしたい?」
シリウスを出てから何度その問いを己の中でしただろうか。
自分と向き合う続け理解した、僕は欲張りだという事に。
「依頼も達成したいし、誰かを守りたい。そのうえで自分が決めたようにやりたい」
レグルス先生は呆れたように顔を崩し、だが誇らしそうに口角を上げる。
「それでこそ俺の弟子だ」
「弟子? どうして今さら」
シズカから聞いていたレグルス先生は弟子を取らないと。
彼女も理由は知らないと言っていたが。
レグルス先生の返答は中々帰ってこなかった。
その代わりの彼の行動は僕に木剣を手渡すこと、僕は剣を受け取ると同時に前に出る。
互いに剣を打ち合う、しかしレグルス先生の勢いは弱い。
もっと剣士らしく言うなれば剣に迷いが出ている。
理由は確かに聞きたが押すばかりでは意味はない、だからここはほんの少し話を変えよう。
「どうして僕を弟子にしたいと思ったのさ」
「アンタレスで行なっていた闘技者の試合を見たからだ」
「え、僕の試合は企業連が個人売上を少しでも減らすために殆ど映像には残ってないはずだけど」
「仮にも教え子が出る試合だ、目くらいは通そうと思って闘技場関係者の知り合いに王都にまで届けさせた」
剣こそ互いに打ち合っているが真剣勝負ではない。
心の内を吐き出すために固い殻である体を解すための作業。
「流石に酷くない?」
「いいんだ。俺もお前も他人恩返しをさせない奴だ。むしろ雑用を頼んだ奴は喜んでたよ。ロスト、お前も気をつけとけよ」
「それは無理な相談だね。僕が恩を積み上げる理由は惜しまれるためだから」
やはりレグルス先生の顔は色は優れない。
しかしそれを吹き飛ばすように強引に笑みを作り腹から声を出す。
「はははは、他の奴には悪いがお前が俺に感じている恩はあることをで帳消しだからな。そこは安心してくれ」
「いや、レグルス先生には返しきれない恩があるし」
「いずれわかるさ、いずれな……そうだったな俺がお前を弟子に選んだ理由だな。ある日とある友人が未来を教えてくれたんだ」
「未来……なんてオカルトな」
「そう言うなよ。そこでのお前の話しを聞いてな弟子にすることにした」
僕は足を止め1度レグルス先生から距離を取る。
流石に話が飛躍しすぎだと思ったからだ。
未来、それを聞いて僕にどんな関係があるのだろうか、例えば僕が成り上がり大金持ちになるとか? そのためのコネ売? 流石にないか。
「これでも俺はお前に感謝している。こんな偏屈なジジイの元で1度も逃げずに俺の技をその身に落とし込んでくれた。ありがとう」
「いや、どうも」
ついつい頭を下げてしまう僕に優しげな微笑みう浮かべるレグルス先生。
そして剣を再び強く握りしめ、僕に向かって斬りかかる。
「だからこそ、今のままのお前だとこの先の未来生き残れるかわからない。これでも俺はお前の事を今この世に生きている生物の中で2番目に大切だと思っている。だからお前が自分らしく意思を通すために俺はお前を強くする。少しでも責任を持って強くしたいそう思ったからお前を弟子にすると俺は決めた」
鍔迫り合いの後僕は後方に吹き飛ばされる。
浮遊時間は3秒にも満たない、しかし足が着く前にはレグルス先生の姿はすでに前方にはない。
正面を見ていたがどんな動きで後ろに回り込んだかわからない。
瞬きの間に僕の背後に陣取りそして剣を構え、脇腹目掛けて強く剣を薙いだ。
空中で出来ることは木剣の勢いを殺すために宙を蹴り自分から飛ぶことくらいだ。
転げ回り床に着地すると同時に最低限の動きで体に加わった勢いを殺し前を向く。
まだ戦いは終わっていない、すぐにレグルス先生が来る。
しかし前を向いたと同時、眉間にピッタリとレグルス先生の木剣その先端が触れる。
「まずは修羅を完成させる。次は金剛、やるぞ馬鹿弟子」
負けた事は確かに悔しいが顔には出さない、今の心の中心はそれとはまた別、僕はただ嬉しくて深い笑みを浮かべていた。
そういえば始めてだった、どこまでも僕の鍛錬に付き合ってくれる人は。
シリウスでは元冒険者の職員ダンさんという人物に扱かれていたが、それでも「今日はもう無理だ、明日、明日な」と1度足りとも彼は僕の全てを受け止めきってはくれなかった。
ここは何処までも僕を突き詰めていい場所でそして何処までも付き合ってくれる人がいる場所なのだと。
レグルス先生の顔をまた曇らせたくないから言わないが、恐らく彼に僕が恩を返しきる日はない。
ならせめて少しでも成長した姿で恩返しがしたい。
だからその気合も込めて。
「はい、レグルス師匠」
こうして僕らの関係は少し変わった。
今までとは違う所は修行の内容が変わったこと位だ。
「こひゅ、こひゅ」
後デメテルに厄介になる回数が増えた位だ。
僕は一日に大体一回は内臓をやる。
その度にスカーレットさんを呼びエクスポーションで体を治す。
「いい加減にしろレグルス、流石に最近の修行は度が過ぎてるぞ」
「部外者は黙っててもらおうか」
「何が部外者だ、私がいなければこのの子は何度死んでると」
そして毎回二人は啀み合う。
止めはするが、いつも少し時間をおいてからだ。
ポーションが傷を治している時間僕はいつも考える、何が悪かったのかと。
確かに気功術事態まだまだ未熟だ、だがそこで考えるのを終わらせては明日の成長はない。
元々僕には戦闘の才能はない。
確かに色々小細工は使うが、それは元々考えていた手札を使っているだけ。
では何故レグルス先生に成長が早いと言われていたか? それは探知魔法が理由だ。
他人より優れた情報収集能力から生まれる第2の目。
普通の人は自分の動きを外から見る事は出来ない。
鏡という選択肢はあるがあくまで擬似的。
365°新鮮な情報を見ながら自分や相手を見ることは出来ない。
上達とは自分より上の者から真似る事により始まる。
僕の上達が早い理由は他の人より見る能力に長けているから。
探知魔法は鍛錬にも輝く魔法。
普通の人は他人の動きを見るにしても必ず見えない面が生まれてくる。
正面を見てれば背面、左側面を見てれば右側面、僕なら死角を作らず365°舐めるように見ることが出来る。
僕の鍛錬の最も重要な事は見ること。
自分の動きに問題はないか? 他人の動きは自分とどう違うか。
今回の課題は決まったな。
「すいません、スカーレットさん。でも僕の望んできることなので」
「やるぞ、ロスト。次だ」
「はい」
「無理するなよ」
立ち上がる僕にスカーレットさんは諦めつつそう声を掛けてから道場を出ていった。
少し前から気になっていたが何故彼女は僕を見ながら別の人を思い浮かべているのだろうか?
もしかしたら彼女は僕の両親について知っているのではないか?
だがそんな疑問を早々切り捨て、アンタレスで覚えたオーラの結界術と探知魔法を使い己の感覚を全開に間する。
どんな変化も見逃さない。
何が足りないか、それを必ず見つけ出してやる。




