最終準備
最後の準備とは少々言い過ぎか、やり残し心残り、その当たりが適当だろう。
僕はその為にアンタレス西側の市場で食い物にはならない、瘴気を大量に発している魔物肉を持って教会に向かった。
まぁ、教会に魔物肉を持っていく必要はなかった。
その生臭さにクラリスさんとターニャさんは一瞬顔を顰めたが、まぁ僕が来たことを歓迎はしてくれた。
「クラリスさんお願いします。ギルドの作戦に協力して下さい」
頭を床に擦り付けながら頼み込むが、クラリスさんは興味なさげに長椅子の上で横になっている。
ただ彼女自身興味がないと言うよりは少し不貞腐れているようで、寝転がっているもの僕から顔を背けるためだ。
「昨日の夜にギルドの人も頼みに来たけど断った、理由はわかる?」
「いえ」
残念ながら全く検討もつかない。
クラリスさんがギルドの協力を断った理由は戦いたくないからか?
だが理由を求めると言うことは、僕に何かを訴えていると言うこと。
(まさかね)
クラリスさんはエレボスの現状を知っているのではないか?
だから彼女は僕の方、エレボスとの対決を手伝おうとしてくれている。
実際どうなのだろうか? クラリスさんとエレボスの相性は。
神器の攻撃はエレボスには有効だった、それと同じ属性を扱う事ができるクラリスさんなら……いや、エルディオの手紙では僕以外に今エレボスと戦える者はいないと書いてあった。
アイツの発言全てを信じるわけじゃないが、あの手紙の中に嘘があるとは思っていない。
エレボスとの戦いで最も必要な力は攻撃力じゃない、防御力、正確には闇への耐性だ。
クラリスさんにそれを埋める手段は確かにあるだろう、結界による闇への対策、ただそれがどれほど役に立つだろうか?
正直結界などでの防衛策は今回使い物にならない気がする。
エレボスの攻撃は今まで以上に苛烈になるはず、それを受け続ける事はきっと不可能。
なら答えは決まっている。
もしクラリスさんに頼むならコンラートの捕縛作戦に協力してもらおう。
彼女は寝転がっていた姿勢をただし起き上がると、優しげな表情を崩さずにため息を吐く。
「本当にギルドの作戦でいいの?」
予想は出来ていた。
それでも僕の心臓は一瞬跳ねてしまった。
「一緒に手伝ってくれと言ってくれれば行くよ」
彼女の温かい言葉、それは先程までの僕が最も欲しかった言葉だ。
あまりに強大な存在に1人で挑む。
その恐怖を忘れるには1人でなくなることだ。
これほど人の好意に甘えたくなった事はない、だからこそ断りたかった。
ここで天邪鬼な部分が口に出る。
隠している事を言い当てられ気まずかったのか僕は嘘をついてしまった。
「そんな作戦ないんだけど」
「その目の下の隈は? その震えている手は? 少し白くなった肌は?」
「そんなはずは」
指摘された箇所を目にする。
まずは手だが震えてはいなかった。
隈は目を瞑り、今朝、顔を洗った際に鏡で見た姿を思い出すが特になかったと思う。
肌は流石に思い出せない、ただ生気が少し抜けてた印象はあったかもしれない。
「全部嘘」
「なんでそんな嘘をつくのさ」
してやったりと、ニヤつくクラリスさんに立ち上がり抗議をするが、むしろその反応が見たかったと、腹を抱えて笑い出した。
歯を食いしばり悔しがる僕を見てクラリスさんは何故こんな事をしたかの理由を話す。
「昔ターニャに同じ嘘をつかれたからね」
「よし今度僕も誰かに同じ嘘をつこう」
そんな覚悟を心に秘め、この話は流そうとした時、クラリスさんは再び真面目な顔をした。
「そんな下らない嘘をつくからだよ、ねぇロスト、私の助けは必要ない?」
クラリスさんの助けは勿論欲しい。
彼女の昔の話を聞いて、彼女が僕なんかとは比べ物にならないほど強いことはわかっている。
だけど僕が彼女のにして欲しい助けはそこではないかも知れない。
「クラリスさん、恐怖に打ち勝つ理由てどうやって作ればいいかな?」
ある意味クラリスさんにはそういった経験はないのかもしれない。
だって彼女は強いから。
彼女自身ここにいるのは恐怖から逃げたからではない、使い潰されたからだ。
本当の事を言うと教会に来たのはクラリスさんにこの事を聞くためだった。
1度折れても、又立ち直ろうとしているクラリスさんだから折れ掛けている僕に必要な答えを知っている気がした。
「私は難しい事は言えない、ただ自分が明日からしたいことを考えるといいかもしれない」
「したいこと?」
「そう、私は今決めている事はね一週間の内4日は休むこと」
「いつも休んでない?」
「失礼な、これでも魔物退治とかちょこちょこやってるんだよ夜とかに」
クラリスさんが夜に魔物退治をしている理由は人に見られないようにするためだろう。
人を助けたいとはクラリスさんは今も思っている。
でも全てを押し付けられるのはごめんだから距離を取りつつ人助けをするのだろう。
今度はきっと上手くいく、義務感から抜け出した彼女なら。
それにしても僕がしたいことか。
「今すぐは無理だけど……産みの親にあってみたい。多分母親は死んでそうだけど、なら父親だけだも」
「たしかアーウィンっていう名前だっけ?」
「うん、産みの親より育ての親とは言うけど、僕にとって結局血の繋がりは憧れだから。そのためには1度大陸中部に戻らないとね、はぁ〜〜そう思うと少し憂鬱だ」
クラリスさんは手を口元に持っていき考え始めていた。
そして鋭い目つきでを僕に向け、あることを聞いてきた。
「前から疑問に思ってたんだけど、ロストって大陸中部出身であってる?」
「うん、で4歳ごろにシリウスに一人来たかな?」
「どうやってアトラディア王国に来たの? ここアトラディア王国はアンビリュウム山脈と迷いの森に囲まれているせいで、属国のレムレイア公国以外は専用の船でしか他国と行き来できない。どうやって4歳の男子が一人で、しかもシリウスのような他国と何処にも繋がっていない土地に現れたの?」
僕の答えは簡素な物だ。
「さぁ?」
「さぁって!!」
「だってわからないし。元々家出のつもりで街を飛び出した事は覚えてるけど、気付いたらシリウスにいたし」
「そうですか……、キツイ言い方をして失礼しました、ただ」
クラリスさんの眼力は今だ弱まらない。
その理由もわかってる。
「心配している人もいるって話でしょ。わかってるよ。でも、僕はあの街にいたくなかった。感謝と哀れみそれが前提の関係で生きていきたくなかった。そう考えると僕はここにいて良かったとはっきり言える。師匠に出会えて、色んな人とも知り合えた、最初から僕は我儘だね」
口調は荒立てずにそういった。
それに僕の中ですでに消化し終えていた物だ、だから突かれても痛くはない。
たった1つ見方を変えるだけで、たった1つやりたいことを見つけるだけだ心が軽くなる。
明日生きたいと思える。
これも積み重ねなだけだろう。
その積み重ねも今の僕だから自然と受け入れられる。
「ありがとうクラリスさん。僕頑張るからさ、コンラートの方をお願いしてもいいですか?」
笑みは自然と出た。
教会に来るまでとても笑えるような気分ではなかった。
どんよりとして、それでも立ち向かわないといけない義務感で動いていた。
そうか……クラリスさんに相談しにきた本当の理由は僕が義務感でエレボスと戦おうとしていたから、そんな歪んだ形で動きたくなかったから、それを防ぐためにここに来たのだろう。
「わかった、協力する。本当に憎らしいほど眩しいよそれと死んだら何も残らないそれだけは覚えておいてね、最速で終わらせてそっちに行きますから」
クラリスさんは立ち上がり胸を強く叩く。
ただ僕の表情は固い、一瞬ニコリ笑って、小さくため息を吐く。
彼女が任せろと言ってくれている、だけど本当はクラリスさんにお願いをしたくなかった。
僕は彼女の過去を知っている、だから重荷をまた背負せてしまうのではないかと考えていた。
戦いになれば多くの人が彼女を頼るだろう、感謝もするし今回1度切りなら、クラリスさんの事を凄い人だった、そう称えるだろう。
だけどそれは彼女が過去傷ついた環境と同じ。
頼り続けられる時間その場に留まらなかっただけ、クラリスさんの辛い過去をなぞるような経験を再びさせるだけなのではないかと。
そんな考えも彼女の笑顔で吹き飛んでしまった。
もしかしたら相手への信頼や信用はそういうものではないのかもしれない。
寄り掛かるのではなく、共に戦うそれが正しいあり方で。
「君が一緒だから私は一人じゃない」
それを肯定するかのように彼女は笑みを浮かべ続ける。
「頼もしいです。よろしくお願いします」
「よろしい」
そしてクラリスさんは長椅子に再び寝転がると、すぐに寝てしまった。
「変わらないな」
落ち着いた心、生まれた余裕。
そんな時だからこそ、ひらめきは降りてくる。
エレボスへの対策とはまた違うが、僕はエレボスを殺すことのみが事件を解決する方法だと思っていた。
もしかするとその必要はないのかもしれない。
ただ暴走している状態を正常に戻せさえすれば、危険を犯すことなく安全に解決ができる。
「方法はわからないけどね」
ただ楽観的、そんな面持ちで次の用事に取りかかれる。
それだけで今は十分だ。
*
そして僕は最後のやり残しを果たしに来た。
その人物は最近孤児院に出入りしているようだ。
「あ、師匠こんちは」
「なんで最近孤児院に出入りてるんですかミリアムさんは、孤児達に魅了ばらまいてないですよね」
僕の少し気の荒立った返しに、彼女はあっけらかんとしていた。
寧ろ子どもたちを抱きしめ隠れ、僕に向かって指を差す。
「みんな見て、お兄さんが悪魔に取り憑かれて怖い顔してるぞ、みんなで取り戻せ」
「「「おお〜〜」」」
「ちょっと!!」
子共達に突撃命令をするミリアムさん、抵抗が出来ずそのままされるがままに体を揺すられる。
いつのまにか子供達の中に先ほどまでいなかったレクトとフリードが混じっていたが、これが僕が取り戻せたものなら、鼻が高いというものだ。
そんな子供達にもみくちゃにされること30分、ようやくミリアムさんと二人きりになれた。
「で、師匠聞いて下さい」
「先程の僕の質問と関係することなら」
ミリアムさんは生まれながらに強い魅了効果が体の動作の節々に現れる。
ただ今までの行動を見る限りではある程度自分で制御が出来ている。
だから可愛い女の子が目の前にいたな程度で周囲の反応が抑えられているわけだ。
僕が少々厳しい態度をミリアムさんに取った訳、そんな魅了をばら撒く危険物を子供達の近くに置いておきたくない、それだけの理由だ。
冷たい態度を取られながらも何故かミリアムさんは胸を張っている。
異様にテンションが高い彼女を不審に思い話しの続きを聞いてみる。
「はい、関係します」
「聖剣の能力が使用出来るようになったとか?」
「お、そうです。よくわかりましたね」
ベンチに座るとミリアムさんは目を輝かせながら聖剣を鞘から抜き、両手で掲げるように僕に見せびらかしてくる。
ミリアムさんを一度落ち着かせてから、聖剣を受け取りその刃に目を向ける。
確かに教えた手入れをしっかりとし、どこか聖剣も自身の姿に誇りを取り戻し掛けている。
そして剣の状態を確認すれば訴えてくる、ミリアムさんとより深い信頼関係を築けたと。
ほぼ惚気に近いその内容にお腹がいっぱいになりながらも、聖剣の根本的な問題点を確認していると、隣から聞き捨てならない話が聞こえてきた。
「私が孤児院に来ているのは、風の聖剣の効果の1つ状態異常無効の練習にきているからなんでーー痛い、何するんですか師匠」
状態異常の練習台?
その一節を聞いた瞬間、手が出ていた。
立ち上がると拳を握りミリアムさんの頭部に拳骨を落とす。
「子供を練習台にするんじゃない、それと師匠はやめて」
さらっと恐ろしい事を口にしたミリアムさんから目を逸らし再び剣を見つめる。
やはり色んな部位が限界に来ていた。
持ち手と剣のつなぎ目もそうだが刃もだ。
持ち手とつなぎ目は腕が良い鍛冶師なら誰でも修理は出来るが問題は刃の部分だ。
いや正確には刃に入り込んだ歪んだ聖力のせいだろう。
まったく長年手入れをしないからこうなるのだ。
元々ミリアムさんが聖剣の能力をうまく使えないのは剣の問題だ。
それを騙し、まぁ今後の事を考えるのなら無駄にはならないが、ミリアムさんが悪い見たいな事を言った責任は果たさねばならない。
今回は僕が聖剣の修理を受け持とう、聖剣と関わるなんて本来なら死ぬほど嫌なんだけど、ミリアムさんを騙したことの罪悪感は一応覚えている。
それにギルドのコンラートの捕縛を確実な者にするならミリアムさんにも手伝って欲しい。
「ねぇ、ミリアムさん、僕にこの剣を預けて見ない?」
「師匠にですか? いいですけど時間は?」
「およそ10時間ほど」
「ならお願いします」
ミリアムさんは一切の迷いなくそう言い切り、僕に聖剣の鞘を渡してきた。
彼女とはそれほど長い時間付き合っていない、今日で会ったのは4回目、自身の文字通り宝物で命綱である聖剣をなんお躊躇もなく僕に手渡す。
「もう少し、慎重になったほうがいいんじゃ」
「師匠は私を陥れますか?」
「しないけど」
「なら大丈夫です」
彼女の言葉には疑念はないし、強い思い入れもない。
どこまでも気安く、そして当たり前のように、僕を信じるのだ。
始めて見たものを親と思い込む小鳥だってもう少し親を疑うような目を送るだろうに。
そんな目を送られたら、応えないといけなくなるじゃないか。
聖剣を鞘にしまうと、確認も兼ねてギルドの依頼が来たかの話しを振ってみる。
「ありがとう、でギルドから話は来た?」
「はい、来ました、私は受けようと思います」
「だと思った。無理しないでね」
こんな単純な会話でもミリアムさんが少しでも危険を侵さないで済むように聖剣を修復せねばという思いが湧き出て来る。
とっくにミリアムさんも僕にとって大切な友人だという事を実感するとともに自分のチョロさに呆れる。
「師匠もギルドの冒険者何ですから、その場にいるでしょうに変な言い方ですね」
「さてと、聖剣は借りてくよ」
僕はコンラートの確保の事件には関与しない、だがそれを伝える気はない。
ミリアムさんへの返答としては肯定も否定もしない。
その変わった僕の態度に頭を傾げるミリアムさんを置いて僕は立ち上がり前もって話しを通してある旧市街に向かおうと歩き出す。
最後にミリアムさんにいい忘れた事はないかと頭を捻り、思い付く。
「次からは師匠呼びはなしで」
「わかりました師匠」
「駄目だこりゃ」
もう手遅れだったか。
背中越しに手を振り僕はそのまま歩いて孤児院を出る。
「ああ、本当に嫌だ。少し歩けば守りたいものがすぐに目につく。最初からこうすれば良かったんだ」
宿屋で籠もってた時はこの世の終わりみたいに感じていた。
でも今の心持ちは軽くはない、ただやるべき事を真っ直ぐ見つめられる。
「守り切ってみせる」
宣言するように自然と声に出ていた。
*
聖剣の修復、それは難しい作業ではないが時間が必要な作業だ。
自己修復能力を持っている聖剣がなぜ機能不全に陥るのか?
問題は魔物を切った時に剣に付着した肉、しいては瘴気と聖力だ。
剣に付着した肉片はたしかに浄化されるが、肉片を取り除かない限り瘴気を浄化した後の濁った聖力はその場に留まり続ける。
料理で表すなら揚げ物と油の関係。
揚げ物を揚げ続けると油が汚くなってくる、そのまま同じ油を使い続けると揚げ物の仕上がりも次第に悪くなり始め、衣がベタつき始める。
それを防ぐために油をこまめに交換したりするものだ。
聖力も同じ、瘴気を浄化した聖力は汚れ効果が落ちる、それをそのまま手入れもせずに使い続ければ刃先に染み込み、聖剣の中にある聖力のを汚染し始める。
この悪循環が続けばいずれは聖剣も機能不全に陥る。
まさか神様も刃先が折れても放っておけば聖剣が治るからと言って、勇者達が一切手入れをしないとは思っても見なかっただろう。
鍛冶師として他の聖剣もこの有り様なら悲しすぎて泣けてくるが、気分としてはザマァ見ろといいたくなる。
手入れもしない、研ぎも覚えないし、目利きもなってない、そんな馬鹿に過ぎた物を与えるからこうなるんだと女神の前で笑ってやりたい気分だ。
ただ今は僕の大切な友人の為に全力を尽くす。
僕は瘴気を発している魔物の肉を大きな鍋に入れ、さらにそこへ水を追加する。
木べらで樽の中身をかき回しながら魔法で鍋の中の温度を調整する。
魔物肉を水に溶かす、水分が飛んだら肉と水を入れる、これの繰り返し。
これを20と少しやると高密度な魔物スープが出来る。
ちなみにこれを外でやろうものなら魔物が死ぬほど大量に集まってくるので注意だ。
そしてこの瘴気溢れるスープの中に聖剣を突っ込み、木べらの代わりとして掻き回す。
後は5分毎に聖剣を取り出し、きめ細かいタオルで拭き取るこれだけだ。
こちらも20と少し行うと完成。
この方法で何を行っているかだが、聖剣の正常化だ。
濁った聖力を魔物スープの中にある濃い瘴気で完全に使い尽くさせる。
刃を砕く方法もあるがそれではコンラートの作戦に間に合わないしミリアムさんに合わせる顔がない。
まずは刃先に染み込んだ濁った聖力を取り除く、次に聖剣の性質上瘴気の濃い環境であればあるほど能力を発揮する。
もちろん能力の限界はあるが、この聖剣の活性状態は本来聖力を垂れ流す性質がある。
ただ現在刃に凝り固まった濁った聖力ののせいで中にある聖力が外に出てこない、ではその凝り固まった濁った聖力が弱まれば? 答えは聖剣が正常に動き出す。
もともと聖剣の機能不全は聖剣内部で新しい聖力を生み出せずに起こる現象だ。
栓のしまった物に延々何かを詰め続ける行為だ。
他に吐き出す場所があればいいが、それがなかったらいずれ器そのものが破裂する。
確かに手間は掛かる、しかし短時間かつ限られた施設ならこれが最も確実性が高い方法だ。
最後に刀身に油を掛け火を付け表面に付着した魔物肉を完全に焼く。
ついでだ、刃先を研ぎ直し、整えた聖剣の持ち手の部品を組み立てる。
僕は急いで教会にいるミリアムさんに剣を届ける為に向かった。
何故教会か? 子供達がいる場所で剣を振らせたら危ないでしょ。
それに教会だったらミリアムさんのせいに出来るし。
「凄い、凄い、力が溢れるし、何か剣の先から何かがでる」
生まれ変わった聖剣を振りながら彼女は飛び上がり燥いでいた。
そう燥ぎすぎていた。
聖剣は振る度に刃先から風の刃が飛ばし教会や孤児院付近の木を何本も斬り落としていく。
その間僕は孤児院の方向に飛ばないように気を配っていた。
何度か孤児院の方向に飛ぶこともあったがそこは全て斬り落とし防ぐ。
ミリアムさんを止めなかった理由は彼女の気持ちを汲んでだ。
ターニャさんから聞いて話だがミリアムさんは教会内で優秀だが余裕のない人物として、少し問題児扱いされていた。
家族の事もあるだろうが、それに関連して聖剣をうまく使えない、それが心の凝りとして余裕を奪っていた。
友人の新しい門出、それを祝わない人間がどこにいる。
まぁ、責任は取らせるが。
そして落ち着いたミリアムさんの手を掴み、彼女が斬り落とした木を指差す。
「ね、ミリアムさんあれはどうするの?」
「あれですか?……あ」
「謝りに行こうか」
「はい」
ミリアムさんを連れて教会と孤児院の関係者に謝りに行った。
ただし同罪故に共に謝った。
ターニャさんは事情も知っているため今回だけは笑って許してくれた。
ただ問題なのはもう一人の絡んできた人物だ。
「全くこんな子供がいないと謝りに来れないとはね」
「……」
そんなクラリスさんの大人げない煽りをミリアムさんは顔を赤くして耐えていた。
まぁ今回ばかりはこちらが悪いからしょうがないだろう。
そして僕のやり残しは終わった。
宿屋に帰った僕は布団に入る。
しかし眠れるわけがない、再び一人になると恐怖から体が震え始める。
ただ今までとは違う。
悲観などしない、明日僕は生きて返ってくる。
これからも先生きていく為に。
だから歯を食いしばって泣くのだ、今日ここに恐怖を置いていくために。
時間は朝の3時、僕は身支度を終えエレボスがいるであろうダンジョンに向かった。
剣を布で巻き、鞘をベットの上に置いて部屋に出る。
鞘を部屋に置く、それは僕の覚悟の現れ、部屋の外に一歩でも出た戦場だと。
鞘という武器をしまう道具、牙を隠す口。
助けはない、それでも絶対に成功さえなければいけない負けられない戦いだという意思表示。
宿屋を出て、歩きながらサイモンさんに連絡を入れる。
「これから行ってくるよ」
「ああ、頼む。悪いが場所は……」
「大丈夫自分で探すから。サイモンさんもそっちの方はよろしくね」
「あれだけ凄い助っ人をくれたんだ、大丈夫だ」
「油断しないでよね、それから、それから。ありがとう、ここはいいギルドだね」
「そういう事は帰ってきてから言ってくれ……死ぬなよ」
「うん、やりたいこともあるし、やらなければいけない事もあるだから、帰ってくるよ、通信終了」
そしてまだ暗い道の中で真っ直ぐダンジョンに向かって歩みだした。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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