事態が動く事の閉塞感
ダンジョンを抜けアーネストさんを背負いギルドの扉を開く。
僕らとエレボスの戦い、その件が伝わっていれば少しはギルド内の雰囲気が重いと思っていたのだが、どういう訳かギルドには活気があった。
考えられる要素はまだドットさんやレナさん達がギルドに戻っていない可能性。
ただエレボスと戦闘になった事自体はギルド内で知られている。
秘密の部分はアーネストさん、サイモンさんと僕がエルディオの協力の元、エレボスを倒そうとしていた、そこくらいだ。
今は医師が交代制でギルドにいてくれている。
まずは医務室に行こうと歩いているとあることに気付いた。
普段より人とすれ違い、生活音が多いこと。
そして目の端には空色の少女が歩いているのが見える。
ただ今はアーネストさんを医務室に連れて行くのが先だ。
彼女に話し掛けたいのをぐっと堪え、目的地に駆け込む。
「よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
元々僕自身の気持ちは重くない、アーネストさんは命に別状が無いことは分かってたからだ。
そして医務室から駆け出すと、すぐに彼女を探そうとしたのだが必要なかった。
医務室を出ると、彼女、今まで寝たきりだったクレアさんが待っていてくれた。
起きているのはわかっている、目の前にいても中々声を掛けられなかった。
これは僕がエレボスと戦うそのストレスから見た幻覚なのではないか?
駄目だね、どうしてもシリウスから出てからずっと感じていたがいつも悪い方に考えてしまう。
「ロスト?」
「……」
声が出ない。
本来ならすぐに駆け寄り調子がいいかとか、当たり障りのない事を聞いて自分の感情を相手に悟られないようにするのに。
立ちどまり返答も出来ない僕に対して寧ろクレアさんの方が近づき、右手で手刀を作り頭部に落とす。
ぽん、という軽い音、ただその手刀は金縛りにあったように動かなかった心を解すのには十分だった。
頭を両手で抑え、訴えるような目つきで。
「何をするんですか?」
「また私に隠し事をして無茶してるんでしょ」
そう頬を膨らませるクレアさんの物言いに少しカチンときた。
指で彼女を刺しながら詰め寄る、すると少し怯んだようにクレアさんの足も下がるが気にするもんか。
僕はクレアさんとの距離を一歩ずつ、足を鳴らしながら詰める。
「そもそも意識不明のクレアさん達が悪いんでしょ、どれだけ心配したかって、何をにやけているの?」
「いえ、別に」
頬を両手で抑え背中を向けたクレアさんを疑問に思いながらも。
張り上げていた肩を下ろし、僕はクレアさんに向けて。
「よかった」
それが僕の口から出た紛れもない本心だ。
今はここまで
*
クレアさん達は今から会議をやるようだったがサイモンさんに宿屋で療養を命じられた。
宿屋の店主には悪いが、活気溢れるギルドから人気少ない場所に移動すると体が紛らわせていた心が現れて来るものだ。
「おい、お客さん手紙だよ」
「手紙?」
「おや? 嫌な人物からのもかい、それならこちらで処分しようか?」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
宿に戻り受付のおじさんから鍵を受け取る際に一緒に手紙を渡される。
彼から渡された手紙は黒い便箋に包まれた物で、黒、今の僕はたったそれだけで過剰に反応してしまう。
思わず眉を潜めた所を受付のおじさんに見られていたようで、彼の気遣いに断りを入れ、隠すように右ポケットにしまい込む。
そして2階の自室に入ろうと扉の鍵を開けようとするのだが。
「あれ、入らない」
右手でガキを持ったものの、手が震え中々鍵穴に鍵を入れる事が出来ない。
そして数分間、扉の前での苦戦の後にようやく扉の鍵を開ける事ができ自室に入ることができた。
疲労ゆえ、服を脱ぐのすら億劫だったのでそのまま布団に仰向けで飛び込み、10秒もしない内に眠りにつく。
そして僕は後悔した、この手紙を眠る前に読まなかった事を。
このアンタレスの事件が終わるまでの最後の睡眠がこの眠りになることを。
*
目を覚まし体を起こした僕は部屋についていた時計を見つめる。
時刻は18時、確か寝たのは19時頃だから……ほぼ一日中寝ていた訳だ。
窓の外の景色から日の出かと思っていたがまさか日の入りとは。
ただここまで寝て、今だ眠気が消えぬ事に少々危険を感じながらもその後20分くらい寝ぼけ、頭を揺らしている人形だった僕は受付の人に貰った手紙の事を思い出す。
その黒い手紙を脱ぎ捨てていたジャケットの右ポケットから取り出す。
「黒い手紙か……正直いい予感はしない、って何この格好」
その行動は嫌なことから逃げたいだけなのではないか、心のそこでそう思いなからも、自分の状態、上半身裸の状態にケチを付け、シャツを取り出す。
そういえばダンジョン内でアーネストさんを背負いそれを固定するようの長い何かを作るためににシャツを破き結ぶことで長い布を作っただっけか。
そして身支度を整え、手紙を机に置き椅子に座る、一呼吸置いてから黒い便箋から手紙を取り出した。
恥ずかしい事に手紙を持つだけでも手が震える、そんな中手紙の内容に目を向けた。
拝啓
飽きた、型にはまったのは好きじゃないから気楽に行こうか。
さてロスト・シルヴァフォックスくん、まずはおめでとうと言おうか。
人類の偉業、エレボスの撃退を成したことを心より感謝する。
そして現状はより最悪な方向に行っている事を此処に報告しようと思う。
ま、エレボスの状態だが、暴走した。
元々肉体なんかとうの昔に滅びていた御仁だ。
それに命の危機に陥らせる程のダメージを与えれば当然こうなる。
それにしても以外だった。
確かに君たちに渡した神器はエレボスにダメージを与えられる物だ。
それでもここまで追い詰めるとは、作戦を立案したものとして鼻が高い。
だからこその礼儀として、これ以上僕はアンタレスに関わるつもりはない、目的も果たしたし。
ただこれだけでは礼儀としては足りないと感じるからエレボスがこのままだアンタレスがどうなるのか説明して上げよう。
それはボカーン。
アンタレスはこのままだと跡形もなく消し飛ぶ。
問題はダンジョンを作る際に利用された地脈が大きく関係する。
ダンジョンと地脈の関係性はいうなれば、エネルギーとその利用方。
地脈のエネルギーを使いダンジョンは生成される。
そしてダンジョンも又過剰なエネルギーを持つと地脈側に還元、1度に還元しきれない量が魔物などになる。
ある意味よく出来たシステムだ。
そして今回の問題点、地脈は先程も説明したとおり大きなエネルギーの塊、もしそれに暴走したエレボスが接触すると大爆発を起こす。
エレボス自身彼はああ見えて犠牲を好まない人物だが、今は力が暴走して自由が利かない。
ダンジョンの亜空間をぶち破る形で現在も下に下にと、地脈のある部分に落ちていっている。
いい報告としては、エレボスが地脈と接触するまでには時間がある。
逃げるといい、ただし覚えておけ、この状況でエレボスに立ち向かえるのは君だけだロストシルヴァフォックス。
では僕はこれにて失礼するよ。
又会えることを楽しみにしている英雄の卵よ。
追伸:サイモンには私から伝えておくからゆっくり休んでくれ。
これが手紙の全文だ。
差出人の名前はなかったが恐らくエルディオだろう。
ただそんな事よりも。
「重い、僕にはその責務は重すぎるよ」
目は覚め、体は恐怖を現すように全身震え始める。
椅子から転げ落ち、そして何も入っていない胃から胃液を吐き出す。
これ以上はやめて欲しかった、何かを僕に託すのは。
正直アーネストさんに託された思い、それだけでも背負うには許容量限界ギリギリだ。
それでもやらねばならないのだ。
子供達をこのアンタレスにいる人々を守るには。
今思えば僕はそれほど多くの物を背負える人間ではなかった。
せいぜい父親と母親、兄弟がいたならそれも含まれるか。
一世帯程度の小さな未来の責任を持つくらいがやっとの器だ。
今までは生きる意味を見出すために精一杯背伸びをしてきただけだ。
布団に小さく丸まっていると日の出が近づいてくる。
残念ながら一睡もする事はできなかった、ただその日の出を見ていると声が聞こえてきた。
「倒してくれエレボスを」
日の出がダンジョンから出る際に見えた外の光に似ていたのだろう。
アーネストさんが言っていた言葉が強く思い出される。
だが気付いてしまった、今までは僕とアーネストさんそしてエレボスとの勝負それが突然。
「ふ……ざけるなよ、何がエレボスを倒してくれだよ。アンタの目標だろ、人に託すな。自分で勝手にやれ。僕がいくら人恋しくて他人の言うことをホイホイ聞くからって、どいつもこいつも面倒掛けやがって、自分の事くらい自分でやれよ。まだお前らには時間があるだろう、なら、ならさ、明日を生きるのはお前らなんだからお前達がなんとかしろよ……僕にはここを守るそれほど深い理由はないんだよ、ただ仕事できただけで……なんで見捨てる理由がないんだよ」
ここは僕に優しすぎた。
例えそれが自分自身で掴み取った物だったとしても。
叫んでは周りの人間に気付かれる、しかし泣くだけでは発散できないやりきれなさはを表したのは持っているナイフだ。
無意識に持っていたナイフで布団や枕をズタズタに切り裂く。
普段はやってしまったと反省するがその余裕もない。
ただ目を腫らし、べットの上で座り込み睨み続けるだけだ。
*
震える体を押してギルドに来ていた。
それは今朝の事だ、部屋に閉じこもっていると通信きが震えだした。
ただ呼び出し音が鳴ってもすぐに出る気はない、やってやれるかそんな投げやりな気持ちが心を支配していたからだ。
それでも電話に出たのは今まで何もなかった空間に音が響くそれが今の僕にとって急かされている、そんな印象を与えたからだ。
本当は「知るか」この一言で電話を切るつもりであった。
長話も内容も知りたくない、ただこの急かすような耳障りな音を今すぐ消したかった。
「なんのようだ」
声にドスを利かせ答える。
「お、おうロスト、今日のAM9:00にギルドに来てくれ」
そんな僕にサイモンさんは怒るでもなく、ただ少し驚いたような声で返す。
彼は相変わらず、上の立場を崩さず要件を話しきる。
そんな彼の声を聞いて僕は自分の事が恥ずかしく思い、悔いながら先程の生意気な態度を謝る。
「すいません、気が立っていたようで」
「ま、気が立つ時は誰にでもある、俺は他に連絡する奴がいるから、まだ集合まで3時間は余裕がある。それまでゆっくり休めよ」
「ちょっと待って下さいサイモンさん」
彼はそう言い残すと通信を切ろうとしたがそれを僕が止める。
そこから再び深呼吸を何回かするが、呼吸が落ち着かない、それでも構わず声を出す。
「エルディオの話し本当なんですか?」
「脱獄の話か?」
「いえ」
通信器先で何か舌打ちのような声が聞こえる。
ああ、そうかエルディオは僕に話したエレボスの事を確かにサイモンさんに伝えはした。
だが僕に手紙を残した事まではサイモンさんに教えてはいなかったのか。
「ああ、その様子なら聞いているのか……大丈夫だ。後は俺達に任せろ。お前とアーネストはよくやった。後は俺達大人の仕事だ」
同時に気付いたのはサイモンさんが死ぬ気だということ。
よくよく考えれば、地脈のエネルギーと接触すると爆発するのであれば、逆に地脈のエネルギーを取り出しエレボスに特攻すれば、ダンジョンそのものが駄目になってもアンタレスは助かるかもしれない。
「あのサイモンさん……僕」
覚悟など出来ていない。
ただとっさに口に出してしまった。
誰かが死ぬくらいなら僕に賭けませんかと。
だが最後まで言わせて貰えなかった。
「その答えはお前が今日ギルドに来たかどうかで判断しよう、ただありがとう。お前は優しい子だ」
その一言を残すとサイモンさんは通信を切った。
僕はすぐに服を着替え、ギルドに向かう。
ただこの場に居ては不味いと思った。
探さないといけない、僕の僕だけの立ち向かうための理由がさらに必要だ。
*
ギルドに着き時計に目をやると時刻は6:30だった。
まだ朝早い時刻にも構わず、冒険者、職員問わず動き回っていた。
その光景は戻ってきた活気といえるが僕はその光景に心動かさられる余裕はない。
集合は朝の9:00それまで時間を潰そうとアーネストさんがいるであろう病室に足を運ぶことにした。
いや、本当は人のいる場所にいたくなかった。
そういう意味でも静かな医務室に足を運ぶのは利に適っている。
アーネストさん彼は眠っていた、それは気持ち良さそうに。
何日か前の血色が薄い表情ではない、それだけで顔が綻ぶ。
そんな彼をぼっと見続けていると、ここのギルドに常勤していてくれる主治医であるガモ先生が僕の顔を見に来た。
ガモ先生は白髪に深い皺が顔に出ている老齢な人だ、しかも歩く時に腰を曲げゆっくりとこちらに近づいてくる。
「良い寝顔だろ」
「腹立つくらいにね」
「はは、安心しているのだろ」
僕はその言葉を聞き、深く肩を落としながら溜息を吐く。
正直アーネストさんの言葉を僕は冗談混じりに受け取りたかった、しかしこの寝顔を見ると本気だったのだろう。
最後の咄嗟にでたエレボスを倒せ、その一言。
先生がいなければふざけるなと、ベットから叩き落しただろう。
「ま、託された奴は堪ったものじゃないね。こいつもそんなロクデナシさ」
「え、っとそこまでは」
ガモ先生は持っている杖で眠っているアーネストさんの頬を突く。
少しやり過ぎだと思っていたら、先生が僕に向かって杖を差し出す。
「ほれ、お前もやれ、その権利がお前にもある」
「では、お言葉に甘えて」
杖を両手で受け取り、杖の先端でアーネストの頬を僕も突く。
もちろんこんな事をやって気が晴れる訳では無い、5回ほど突いた頃か、ガモ先生が僕が持っている杖に手を触れた。
「そろそろ杖を返してくれ、仕事に戻らねばならん」
「はい、どうぞ」
杖を受け取り、病室から出ていくガモ先生は背後にいる僕に向かって言葉を残した。
「お前もこんなロクデナシになるなよ、後ろに託すのではない。お前で断ち切れ。後ろにいる者も後ろで大変な思いで別の事をしている」
それだけ言い残しガモ先生はその場を去る。
僕はその言葉を聞き酷い感想を思った。
みんな結局自分勝手だ
そもそも僕が引き継ぐべきものなのだろうか? 僕が始めたものではない、サイモンさんが引き継いでもいいはずだ。
それでも僕が最終的に至った考えは僕が引き継ぐべきだという納得だった。
彼と共にエレボスへ最後まで挑んだ僕だからこそ、引き継ぎ終わらせる、答えは変わらない。
そして時間が過ぎAM9:00。
指定された集合時間が来た。
「ではこれから、アンタレスに潜む災厄、コンラート・ゾマヴィラの確保を目指した作戦を説明する」
それは僕の予想を大きく超える話だった。
そしてその場には冒険者だけではなく、闘技者も混じっている。
「前回の探索は無意味ではなかった、敵の本拠地はダンジョンの中にはあるが、複数のダンジョンの空間を切り取り、我々に感知できないダンジョンを独自に生成していた」
周りの人達が熱気に包まれ取り残される。
話は聞こえるが頭が真っ白になる。
正面のサイモンさんが話している場所、その後ろにクレアさんやグラントさん、リーザさんがいる。
僕を見て捕まえようとでも思ったのだろう、顔は今すぐにでも動きたがっていたが、体はほんの少し足首を動かしただけに留める。
それはそうだ、今サイモンさんが説明をしている。
人に嫌われる行動をできないクレアさんではあの場から動けないだろう。
「その為、エレボスが突如現れた理由はその切り離された空間部分に接触したと考える。昨日隠密に長けた人物による単独調査の結果、その空間の歪みから敵本拠地に入り込める事が判明した。明日、突入作戦を開始する」
僕の知らない所で勝手に事態が動く。
僕の知らない所で勝手に心を整える時間が縮まる。
僕の知らない所で勝手に進退が決まった。
この場を捨てアンタレスから逃げる。
そんな吹っ切れた考えを持つ時間はもうない。
いや、この場に来たからこそ逃げる訳には行かなくなった。
少しの間だが仲間だと言ってくれた冒険者達がここにいる、僕に熱い、そして忘れられない思い出をくれた闘技者達がここにいる。
そしてここに居ないが自分自身で決めた己が生きる理由である子供達がおり、尚且つ触れ合い顔を知り情もある。
今の僕に残されたのは、己の内にある恐怖に向き合う時間だけだ。
僕はこの場にいる彼らが、クレアさんやサイモンさんが死ぬ事を許容できない。
つまり逃げ道はこの胸の内にある温かい思いに封じられた。
だから増やしたかったのだ、己の器を広げるための明日生きたい理由を。
理由は勿論見つける、だが立ち向かうという覚悟は今決まった。
「エレボスは僕が倒す」
その一言で頭が冴える、無理なことはわかっている、覚悟というのも意気込みだけだ。
だがその意気込みが無ければ立ち向かう事はできない。
己の生存確率を上げる僕はサイモンさんの声を背にしてギルドを出た。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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