脱出
今後について活動報告に上げました。
見ていただけるとありがたいです。
ある意味ここが僕一人で良かった。
アーネストさんは意識を失っている、ならこの絶望的な状況を目にする必要はない。
光の柱を闇で上書きする形でエレボスは目の前に現れた。
剣を掴み僕は立ち上がる。
どれだけ絶望的な力の差があっても諦めない。
それはアーネストさんの背中が僕に与えてくれた勇気、そのバトンは確かに受け取ったから。
エレボスに向かって駆け出そうとした時エレボスが静止を促した。
「待て」
「何、今更?」
「お前達の勝ちだ、そして逃げてくれ」
「え?」
「お前たちは強かった、作戦も完璧だ。そしてあの一撃は俺の命に届きえた。悪いがここから俺は戦いをすることができない」
「だから何を言って?」
疑問は次に起こった現象で上書きされた。
エレボスの体から膨大な闇が溢れ出す、それは簡単にこの場所を呑み込む。
それはまるで暴走、制御が効かなくなった闇のせいで目の前が真っ黒に染まる。
もちろんエレボスから目を切ることは本来は許されない、だが今はアーネストさんだ。
エルディオは言っていた、僕には闇の耐性があると。
しかしアーネストさんは闇への耐性はない、今までの攻撃は闇に強い耐性を持つ盾のおかげで防げていたに過ぎない。
今回は仕切り直すしかない。
アーネストさんを背負い直し探知魔法で周囲を把握する。
安心できる要素はエレボスがすでにこの場にいなかった事。
彼が立っていた場所には大きな穴が空いており、闇もそこから流れてきている。
悪い報告は……。
「地震? 違うダンジョンが崩壊する」
やはり問題はエレボス。
先程の光の柱の攻撃を受けた後エレボスの存在が膨張した。
あれはダンジョンの中に存在してはいけない、それほどの密度の力を持った人物。
だから本来有りえないダンジョンの核を破壊せずにダンジョンが崩壊するという事態が起きた。
今ならダンジョン透過装置の働きを阻害する結界も壊れている、そう考えダンジョンの透過装置を目にするが、駄目だ。
この崩壊しかけの空間のせいでダンジョンの座標を測る方の計測器が正しい反応を示していない。
ダンジョン透過装置を使う場合の注意点の1つに座標が安定しない時には使用しない事が上げられる。
残る方法としては。
「ダンジョンの歪か」
幸運な事にダンジョンの歪はこの部屋の中にある。
ダンジョンの歪み、それはダンジョン内で激しい戦闘が起きた際に稀に生まれる現象。
言ってしまえばダンジョンが修復しきれていない傷、見たいな物だ。
中に入ると他のダンジョンに確実に移動することが可能、ただし入ったものは全員廃人になるレベルの恐怖体験をするらしい。
確実に脱出に失敗する方法か確実にこのダンジョンから脱出できるが廃人確定な方法。
僕が選んだのは後者。
理由は1つ、今ならアーネストさんが気絶しているためその廃人確定の恐怖体験をしないですむ。
一人でも確実に生かせるのなら僕はそちらを選ぶ。
「さて行くか」
底の見えぬ穴が広がっている。
入ったら廃人確定と言われているが希望は捨てない。
こう見えても僕は年齢以上に苦難を味わってきた身だ、だから大丈夫、王都にもアンタレスにも大切で又明日も会いたい人がいっぱいいる。
「だから死んでたまるか」
そしてダンジョンの歪みに僕はアーネストさんを背負って飛び込んだ。
*
ダンジョンの歪み、その中は水のような場所だった。
1分ほどの浮遊感の後、その液体のような空間に飛び込んだ。
そこにいたのは数十メートルを超える怪物達だ、その怪物達も体が崩れまともな生物の形をしていない。
ただそこで生まれたのが命を背負っているという強い使命感。
アーネストさんの命は今僕の行動が握っている。
怪物達はこの空間の異物である僕をすでに認識している。
彼らの体から細い触手がこちらに向かって伸びてくる。
本来なら拒絶をするべきなのだろうが、体が動かない、目が離せない、満足に呼吸ができない、そして何よりそれら全てがこの空間において必要なかった。
落ち着いて状況を見れば彼らが伸ばす触手は震えていた。
まるで赤子を始めて抱く父親のように僕らとの接し方が怪物達はわからないようだった。
害意はない、だから受け入れる事にした。
数十を超える触手は僕を絡み取り、そしてこの空間から追い出すように下へと僕らを押し出す。
彼らの触手を触れている中でふと感じた事を口に出す。
「痛くない? 大丈夫?」
何故か僕には彼らの言葉が何となくわかった。
全身の痛みを訴える彼らの悲鳴が、不条理に嘆く怒りが僕には聞こえた。
易い同情、でも僕の言葉を聞いた時怪物達の中に明確な動揺が生まれ、それと同時に嬉しそうな感情が伝わってくる。
先程までよりも優しく大切そうに僕を触手で包み込むとそのままこの空間から追い出した。
夢のような不思議な空間だった。
だがそう呑気な思考のままでいられない。
先程までの水の中のような空間とは違い、今は落下している。
宙を蹴り落下速度を落とす。
ただあの空間から出て僕は少し気を失っていたようで、宙を蹴っても中々減速しない。
地面が真下に迫る中、すまない、そう心の中で謝ってから剣をダンジョンの壁に突き立てた。
火花が散り、剣が悲鳴を上げる。
僕一人ならこんな事は死んでもやらないし、必要ない。
ただ背中にはアーネストさんがいる。
確かに剣を突き立てた事によってスピードは落ちた、しかし地面はもうすぐそこだ。
そして僕らは大きな音を立て地面と衝突した。
「はぁ、体痛い」
地面と衝突した際にアーネストさんの盾を下敷きにしたのが良かったのだろう。
何とか僕等は崩壊するダンジョンから安全に脱出することができあ。
*
「動け、動けって、あれ?」
ダンジョン透過防止の結界から抜けることに成功したため、透過装置を使い安全なダンジョンに移動すれば安全にダンジョンから出られるはずそう僕は考えていた。
しかし手の中にあるダンジョン透過装置は動かない。
軽く振ったり、叩いたりするが変わらずだ。
原因を確認する為に他の装置も確認すると全て危機が故障していた。
詳しい事を調べるために探知魔法を使い機会の中を調べると2つの装置その全ての回路が焼ききれていた。
「あの空間が原因か」
先程の怪物達がいた空間が透過装置に過大な負担を強いたのだろう。
ダンジョン透過装置をバックの中にしまい今度はアーネストさんに目を向ける。
軽く探知魔法で調べた範囲でも骨折、内臓の損傷も考えるとアーネストさんの回復をこのダンジョンで待つ事はできない。
少しでも早くダンジョンを脱出し彼を医者に見せなくてはならない。
正直生き残る為に彼を見捨てるといった選択肢はある。
だがこの傷は僕らを守るために彼が負った傷だ。
僕が責任を感じる必要はないが、だからこそ彼を見捨てる事は人道に反する。
それに一緒に帰らないとエレボスに一泡吹かせた祝杯が上げられない。
「よし、やるか」
シャツを脱ぎ、破り結ぶことで一本の長い布を作る。
1度アーネストさんの背負い方を変える。
右肩にアーネストさんの重心を乗せ、右手で足を掴む、いわゆるファイヤーマンズキャリーという背負い方だ
一応落ちないように布でアーネストさんの体と僕の体を固定する。
ファイヤーマンズキャリーという方法の利点は足の自由が効く事、そして片腕が自由に動く事である。
魔物と戦い団ダンジョンを踏破する、核を壊す必要がないため、最奥のダンジョンコアの抵抗を受けなくて良い分気楽だが、それでも道中魔物と戦わなくてはならない。
「それにしても、ミスったかな?」
現在の状況を考え、僕はそう呟いた。
ダンジョンの歪から別のダンジョンに移動する際には1つ特徴がある、それは前にいたダンジョンよりも深い座標にあるダンジョンに移動するという事だ。
座標が深くなればダンジョン内の魔素の濃度が上がる、つまるとこ現れる魔物が強くなる事を表している。
「それでも、あの場にいるよりはましか」
ダンジョンが崩落を始め、出入り口であった扉は瓦礫で封じられていた。
崩壊するかどうかはこの際置いておくとして、脱出口が事実上、歪かエレボスが落ちていった竪穴、それならば歪みを選ぶほうが合理的だ。
そう己を納得させ、ダンジョンの奥に進む。
そしてダンジョンの奥まで意外にあっさりと進むことはできた。
道中あったことと言えば、オークの集団相手に奇襲を決めた事と落ちていた鉱石を利用して即席の毒を作り彼らの食事の中に混入させ毒殺したりなど、それほど厄介な相手はいなかった。
そしてダンジョンの最深部直前で背負っているアーネストさんに反応があった。
「ここは?」
アーネストさんが目を覚ましたようだ。
一度彼を支えている紐を解きアーネストさん、ゆっくりと地面に下ろす。
そして上半身を起き上がらせたアーネストさんは周囲を確認し、安心するかのように深く息を吐いた。
「生き残ったか」
「うん、何とかね」
アーネストさんは己の体を確認するために動かした。
腕を足を動かす毎に眉を寄せ、痛みに耐え続けながら己の体を確認する。
「動くのは無理そうだ」
「だろうね」
「だが運が良かった」
「運がいい?」
「ああ、ここは修練のダンジョン、脱出は難しくはない、ただ」
「ただ?」
難しくはないなら問題はない。
そのまま一気にダンジョンを突破すれば上に戻れる、それなのに何故か彼は嫌そうな顔をしていた。
何か引っかかる物言いのアーネストさんに僕は首を傾げる。
「ボスが少し厄介だが」
「厄介……」
「試練を受ける者の最も苦手な敵を出す、それがここ修練のダンジョンだ。俺がこのギルドに入ったばかりの頃先輩連中が新人の伸びた鼻をへし折るためによく使っていた場所だ」
そして目を細め僕を見つめた。
ああ、彼が戦った苦手の相手というのは恐らく僕のような小手先の道具を使いまくる厄介な相手だったに違いない。
*
扉を開け試練には僕一人で挑む。
アーネストさん曰く試練にはインターバルがあり1度受けると10時間は使用不可らしい。
試練に打ち勝てさえすれば扉の外にいるアーネストさんも安全に上に戻れるわけだ。
彼が一緒に入らない理由はアーネストさんも一緒に試練を行ったと判定されないようにするためだ。
だから僕自身1つの勝利条件が追加された。
それは出来るだけ素早くこの試練を突破すること。
アーネストさんは今戦う事が出来ない、僕が試練を受けている最中魔物に襲われたらそのまま殺されてしまう。
ただアーネストさんは。
「大丈夫だ焦らずやれ、私もほらレガリアがあるから魔法は使えるし、時間稼ぎ位はできる」
そう言っていたがやはり無駄な時間は掛けられない。
修練のダンジョン、そこから現れた僕の最も苦手な敵は拳士だ。
「正解だ」
思わず呟く。
拳士は距離を詰め、拳を突き出す。
隙がなく、素早い、まるで一部のモーションが切り抜かれたように目の前に現れる拳。
こちらの態勢を崩す意味合いの当たる事が想定されていない攻撃、しかしそれを顔面で受けてしまった。
「ああ、やりずらい」
予想はしていたがこんな経験は始めただ。
間合いが測れない。
僕は今まで相手が持つ武器を中心に間合いを計っていた。
相手が武器を使わない拳というだけで、相手の間合いを測る目安を失いどう躱していいかわからない。
「っく」
せいぜい出来るのは拳を額で受けるなどの当たりどころの調整くらいなもの。
そして間合いの把握が出来ないという事は、簡単に懐に入られる事を意味する。
腹に脛、顎、芯こそ外しているが勝てるビジョンが何一つわかない。
ああ、本当に相性が最悪だ。
このままでは嬲り殺しになる。
間合いの管理、それを補助する手段は確かにこの手にはある。
例えば探知魔法、そしてそこから派生したオーラの結界術。
結界術に関しては今うまく気功術が使えないため使用はできない。
探知魔法に関しては高負荷モードでもなければ近接戦闘には向かない。
そして今後の事を考えると今魔道具である鈴を壊してでも高負荷モードを使うメリットがあるとは思えない。
なら近距離を捨て中距離の戦闘をすればいいが、生憎中距離をこなせるような道具はない。
投げれそうな物もナイフが一本あるにはあるがそれを決め手とするにはいかんせん心もとない。
拳士に斬りかかるがそれを半身ずれる事で躱され、その直後腹部に拳を突き立てられる。
地面に転げ回るものの、すぐに立ち上がるが拳士は追撃をしようとしてこない。
いったいこの試練を作ったダンジョンはどこまで見えているのだ。
僕がアーネストさんの事で時間に余裕がないと知っているかのように拳士は受けの姿勢をどこまでも崩さない。
「落ち着け、落ち着いてる、隙は必ずある、俺の重視する点は何だ? 人は何故武器を使う、よしそれでいけるな」
案外答えは手の中にあるものだ。
焦っていた、だから武器の声が聞こえなかった。
そして聞こえさえすればどうにでもなる。
目の前の拳士は何も持っていない。
拳に付けるはずのプロテクターも膝に付ける膝当ても、そう何も。
こちらの利は武器があること、道具があること。
修練せずに相手を殺す為の道具があること。
こちらのとった策は簡単だ。
ゆっくり骸骨の拳士の元に歩みを進める。
決して急がず、背を伸ばしてゆっくりと、どんなタイミングでも自分に出せる最高の一振りが出せるように。
今回の策で重要なのは命を捨てた気で挑むこと。
戦い、特に命の取り合いでは時に命をあえて捨てる覚悟をする事こそが道を開く事がある。
頭の中は隙透り、ただ何の感情もなく拳士へと近づく。
そして僕の剣の間合い、さらに足を進めれば拳士の間合いにたどり着く、だからこそもう一歩。
それこそ取っ組み合いの喧嘩でもなければこのような間合いにならないだろう。
流石に拳士も焦ったように僕の腹部目掛けて拳を振るうが、それを受けても一歩たりとも後退はない。
威力も十分、小さなスペースでも体の力を拳に届ける力量はある、ただ心構えがなっていないかった。
そして
「もう間合いは関係ないな」
剣を振り下ろす。
拳士の肩から脇腹に剣が通り抜ける見事な一刀両断。
僕の作戦は簡単だ。
一撃、一撃ならクリーンヒットでも耐えられる。
だからそれを耐え武器という人を殺す為に作られた存在で確実に仕留める。
まさしく武器の有無が勝負を分けた。
*
「もう少しだ」
ダンジョンの踏破後はてっきり転移で上まで行くと思っていたが違うらしい。
長い登り坂を上がり、そしてようやく光に手が届く。
たかが数時間、陽の光を見ていないだけなのにどうしてこんなに懐かしく感じるのだろう。
「ありがとう、ロスト」
「僕もありがとう、アーネストさん、きっと一人だった帰ってこられなかった」
「なぁロスト、私からも一つお願いがあるんだ……エレボスを倒してくれ」
「ちょ、ひとりじゃ」
その一言を述べた後、アーネストさんは目を閉じた。
背中から感じる彼の呼吸音からして命に別状はない。
僕が所持している物は剣が1つに腰のベルトに付けられた道具袋が各種、そして背中に背負っているアーネストさんと彼の背中に付けられている盾。
しかしその盾は元の面積の半分以下の大きさになっている。
それが表すことはもう役目を終えたという事。
本当は嫌だとエレボスと一人で戦うのは無理だと、この場で泣け叫びたい。
例えそれが昔求めていた自分にしか出来ない事であっても。
「わかったよ、それが出来るのはもう僕だけだから」
どうして虚勢を張れたか、その答えはアーネストさんの背中だ。
神器をエレボスに投擲する直前、地面に伏し立てぬ僕が見た光景。
今まで見たこともない強大なエレボスが生み出した闇の一撃、それを受け止める大きな背中と大きな盾。
それを思い出すと今度は僕の番だと心の底から力が溢れてくる。
顔の色素が抜けたアーネストさんが渡したバトンを別の人間が受け取る、その日作るためにも僕はエレボスに勝たねばならない。
拙い文ですが読んで頂きありがとうございました。
また読みに来てくだされば大変うれしいです。
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