第6話 エピローグ
雲ってしまいそうな心とは裏腹に、陽が昇り始めた朝空は美しい。
そんな朝焼けに目を細めながら、俺は宿へと帰路につく。
宿に戻ってきた俺は、この事実を国中に伝えるべく、事件の詳細を記した文書を新聞記者ユリウス・ヤルセナルへと送るために、文書を作成する。
勿論、俺のありとあらゆる人脈を駆使して、有力者達にも同文を送りつけてやる。
彼らは俺の味方であり、この国の在り方に疑問を抱く者達だ。
彼らが王家の失態を知れば、喜んで食いつくだろう。
そうなれば、この事件を権力で有耶無耶に握り潰すことなど不可能となる。
第四王子もユセル・マンセラーも一巻の終わりだ。
この手紙は遅くとも夕方までには各地に届けられ、明日の朝には国中に最低のクソ王子と、前代未聞のビッチ令嬢、ユセル・マンセラーの名が轟くことになる。
お前達のこの国での居場所を奪ってくれるわ!
精霊師である俺が本気を出せば、手紙を数百キロ離れた者に届けるなど造作もない。
闇の翼をはためかせる闇カラスに運ばせればいいだけのことだ。
それから俺は夜が来るまで一眠りし、待ちに待った夜が来る。
誰もがスヤスヤと眠りにつく街は静まり返り、静寂が運んできた夜風が怒りに火照った俺の頬を優しく撫でる。
そんな俺は現在、街の中央にそびえ立つ大聖堂の頂上に佇んでいる。街を俯瞰する俺の肩にはメアもいる。
「メア、この街の者達すべてに真実を伝える。勿論、キャサリン自らの手でだ。それと……」
「わかってますよ。第四王子とユセル・マンセラーには呪いをお掛けになるのでしょ? 嘗て、バン様が何者かによってかけられた呪いと同様の、眠りにつく度に精神を貪る悪夢を……」
俺が言葉を言い終わるよりも先に、メアがわかっていると月夜に瞳を輝かせる。
ナイトメア――それは悪夢を食べる闇の精霊なのだが、ナイトメアにはもう一つの特徴がある。それが、他者に夢を見させるというものだ。
さらに、夢喰いという呪いを他者に施すことが可能だ。
これこそが、俺が眠れなくなった原因でもある。
一度この呪いをかけられれば、呪いをかけた術者にしか解くことは不可能。
この場合、メアでなければ解除は不可能となる。
よって、俺にかけられた呪いを解除することもかなわない。
しかし、呪いを解くことはできずとも、一時の間、呪いを無効化することは可能だ。
夢をナイトメアに食べてもらえばいいのだから。だから俺は彼女を召喚して、契約を結んだのだ。
しかし、第四王子とユセル・マンセラーの二人が、ナイトメアを召喚などできるわけもない。
できたとしても、喚び出したナイトメアと契約できるかが問題だ。
つまり彼らは一生、この地獄からは抜け出せない。何の罪もない少女を死に追いやった罪は、きっちり受けてもらう。
彼らは何れ、衰弱して死ぬことになるだろう。
人を殺せば己も殺される……まっ、俺が言うなと言うところだが……まさにブーメランだ。
「ではやりますよ、バン様!」
「ああ、頼む」
頷いた俺を一瞥したメアが鳴く。
月明かりに照らされた夜をまとう街に、美しい歌声が響き渡れば、それは夢を誘う魔性の歌声となる。
誰もが夢の中でキャサリンに出会っている頃だろう。
◆
レレナ・ファルドは夢を見ていた。
それは三ヶ月振りに再開した友の夢。
「キャサリン!」
真っ白な部屋に突如現れたキャサリンに、レレナの瞳が涙を溜め込む。
次の瞬間、それは堰を切ったように勢いよく流れ落ちた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣き崩れるレレナに、キャサリンは優しく微笑み、そっと歩み寄る。
彼女の元で膝を折ると、優しくレレナを包み込んだ。
「ううん、私の方こそごめんなさい。あなたを酷く傷つけてしまったわ」
「そんなことはないっ! 私は、私はキャサリンにいつも助けて貰っていたのに、あなたを助けることができなかった!」
「それは違うわ。私はいつだってあなたに救われていた。あなたが私の友達になってくれた、それだけで私は救われていたのよ」
「キャサリン……」
「例え遠く離れていても、私達はずっと友達……親友よ! ずっと大好きよ、レレナ」
「キャザリ゛ン……わたじも、ずっとだいずぎよ!!」
夢の中でいつまでも抱き合う二人。
それは幻のようなものだったのかもしれない。
だけど、それでもレレナの思いと、キャサリンの思いはきっと互いに伝わっただろう。
何より、互いにずっと伝えられなかった、大好きという一言が伝えられた。それだけで、救われることもあるのだろう。
あると、信じたい。
そして、眠りにつく人々は皆、同様の夢を見ていた。
ユセル・マンセラーがキャサリン・タトナーを陥れるために、ビッチな行為を第四王子と交わす夢。
その後、骨抜きになった第四王子がキャサリンに冷たく接して、ユセルがそっと彼女に彼を寝取ったと囁く瞬間。
あの日の一部始終を、誰もが目にしていた。
そんな二人は悪夢にうなされて、ベッドの片隅でブルブルと震えている。
翌朝、怯えきったユセルが街に繰り出せば、何処からともなく「ビッチ令嬢だ!」と嘲笑いの声が聞こえてくる。
どうして第四王子との夜伽が知られているのかわからないユセルは戸惑いを隠せない。
しかし、彼女は目にしてしまう。
風に煽られて飛ばされてきた新聞に、彼女と第四王子の顔写真がデカデカと掲載され、そこにはビッチ令嬢の文字。
公爵令嬢を死に追いやった最低王子とビッチ令嬢の真実、と題されたそれは、瞬く間に国中を駆け巡った。
言うまでもなく、彼女は家族から絶縁され、平民以下の奴隷未満に成り果てた。
一方、第四王子は王家の恥と兄弟達に罵られた挙げ句、世間体を気にした国王陛下から王籍離脱を言い渡されたと言う。
「これにて一件落着ですね、バン様」
「ああ、だけど……この世を去ってしまったキャサリンを救うことはできない。もっと早く、彼女に出会えていれば……」
帰省のために列車に乗り込み、窓から流れる街を眺めながら、俺は小さく嘆息した。
本当に酷く後味の悪い事件だった。
しかし、気持ちを切り替えよう。
新たな不思議が俺を待っているのだから、過去に縛られていても仕方がない。
「さてと、次はどんな不思議に出会えるのだろう」
俺の……バン・レガシーの事件簿は続く。
小さな相棒と共に、次なる不思議を追い求めて。
ほら、また何処かから……不思議の便りが寄せられる。
俺の不思議な事件はこれからも続くだろう。
そこに、摩訶不思議がある限り。
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【悪役王子~破滅を回避するため誠実に生きようと思います。】
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