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嘘吐き寓話  作者: 葉月羽音
第三幕
9/25

9:嘘吐き少女は森を彷徨う

 街道を越え、鬱蒼と生い茂る新緑の葉っぱが広がる森の前に少女は立っていました。言い伝えでは、この森の中の何処かに願いを叶えてくれる魔女がいるのです。

 ゴクリ、と唾を飲み込んだ少女は迷うことなく森の中へと足を踏み入れました。しかし、すぐに森の薄暗さに足を竦めてしまいます。

 街で体験した夜よりも深い闇は、まるで今にも少女を丸のみしてしまいそうなほど先が見えない暗さでした。

 少女は恐怖から涙をうっすら浮かべます。逃げ出したいと心の底から思いますけれど、首を横に振ってその気持ちを強く否定しました。

「駄目駄目、ここで逃げちゃったら、きっと魔女さんは私のお願い、叶えてくれないわ」

 手の甲で涙を無理矢理拭い、少女は震える足で森の奥へと進んで行きました。不安を抑え込むように右手で胸元を強く握りしめ、視線を彷徨わせながら歩き続けました。

 時折がさり、と左右上下のどこかの茂みが揺れる時があります。少女はその度に心臓がぴょんと跳ねる感覚を覚えますが、揺れた茂みからは何かが出てくる事は無く、ホッと胸を撫で下ろしていました。

 進む内に森の空気に慣れたのか、足の震えは徐々に納まり、今では自然な動作で歩く事が出来ています。

 少女の右手も力が抜けて、今では眼の前を遮る草や枝の葉を退かす為に動かしていました。

 少しずつ生まれた余裕が、少女の恐怖を溶かしていったのです。少女はそれに気付いていませんでした。気付かないまま、森の奥へ、奥へ、と足を運び続けています。

「魔女さん、いらっしゃいませんか?」

 森の中に住んでいるだろう動物達を驚かせないように、そして、狼や熊といった凶暴な動物に遭遇しないように、と小さな声で魔女へと呼びかけます。

 しかし魔女はその姿を少女の前に現す事はありませんでした。少女はがっくりと肩を落とし、また前に向かって足を進めていくのです。

 奥へ、奥へ、もっと奥へ。何処に居るのか解らない魔女を求めて少女は進み続けます。その足を止めるという考えがないと言わんばかりに。

「魔女さん、いらっしゃいませんか?」

 二度目の呼び掛け。結果はご覧のとおり、少女の眼の前にも、右にも、左にも、背後にも、魔女の姿はありません。

 少女はまたもやがっくりと肩を落とし、無意識に止まっていた足を動かそうとします。けれど、少女の足は動きません。疲れが酷く溜まっていたのです。

「もう少し、頑張って」

 少女は自分の足の疲れを解す様に撫でてやりながら一歩一歩、また歩み始めました。最初の頃よりも速度は一段と落ち込んでいますが、立ち止まるよりはいいと少女は思います。

 立ち止まって、歩けなくなって、前に進めなくなってしまうことが、少女にとって一番恐い事でした。

 帰る家を無くし、縋れるような相手もいない。助けを求めようにも少女自身が紡いできた嘘の所為で、誰もが少女の声に耳を傾けてくれません。それどころか少女に声を掛けて手を差し伸べてくれるような人自体がいないのです。

 こればかりは少女の行いの結果なのですから、周りに文句は言えません。少女自身、それが解っていましたので、あの家にもう帰れないのだと悟った瞬間に街から出て行ったのです。

 嘘を吐き続けた少女は、ようやっと嘘が人を傷つける行いになるのだと気付きました。しかし、気付くのが遅すぎて、もう取り返しのつかない所まで来てしまっています。

 口癖のように紡いできた嘘は、少女の日課となって少女の中から消えません。きっとこの森の中で誰かに出会うことがあったのなら、少女は平然と同じ過ちを犯すでしょう。

 嘘を吐かずに生きていくことが、少女には出来ないのです。そして、嘘を吐いて傷つけて来た人達にちゃんと「ごめんなさい」を言う機会も、もう無くなってしまったのです。

「魔女さん、いらっしゃいませんか?」

 少女は魔女へと呼びかけます。しかしその声に答えてくれる声は無く、少女はまた、肩を落としながら森の奥深くへと足を進めていくのでした。

 森の中を彷徨う少女は気付きません。少女が森の中へと足を踏み入れた瞬間から、一つの視線が少女を追いかけている事に。その視線の持ち主こそが、森の中に住まう魔女であると言うことに。

 少女は気付かないまま、疲れきって足を動かす事が出来なくなるまで、森の中を彷徨い続けました。

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