10:気分屋な魔女の心は絆されて
どれだけ森の中を彷徨ったのか、少女には分かりません。いつ自分が森の中に入ったのかは覚えているのですが、今日がいつなのかが分からないのです。
薄暗い森の中に光はあまり差し込まず、昼だろうと夜だろうとその場の暗さにあまり差がないのです。
また、疲れ切った身体を休めながら少し回復したら歩き、疲れたら休み、回復したらまた歩き、の繰り返しをしていた少女なので、昼夜逆転したりしなかったりの差も激しかったのも要因の一つでしょう。
ぐぅ、と少女のお腹が鳴ります。この森の中に入りこんでから少女はまともな食事を取っていません。身一つで街を出てきましたから、食糧など持っている筈も無く、ポケットを探ってようやっと見つけたキャンディ三個が少女のお腹の支えでした。
しかしそれもこの前休憩した時に最後の一個を食べて無くなってしまったので、食べる物はもうありません。
森の中に生えている果物や草花はどれが食べられて、どれが食べてはいけないのかの区別が付きませんから、少女は手を伸ばせずにいます。
「お腹、空いた……」
ポツリと零れた声は悲壮感漂うものでした。こんな時、帰るお家があれば、迎えてくれる家族がいれば、きっと沢山ご飯を食べられるのに――少女はそこまで考えてから首を横に振りました。
力ないゆっくりとした動作から、少女にはもう殆ど体力も気力も残っていない事が分かります。
それでも少女は魔女を探す事を諦めません。空腹を訴えるお腹を諌めながら、休んでも疲れが取れなくなった足を引きずる様にして少女は森の中を歩き出しました。
しかし、運悪く踏み出した一歩が土の上に盛り上がっていた大きな木の根に引っかかってしまい、少女は盛大に転げてしまいました。
「キャッ!!」
小さな悲鳴が少女の口から飛び出します。力の抜け切った身体では上手く受け身を取る事が出来ず、少女は顔面から思い切り地面へと叩きつけられる形になってしまいました。
「い、痛い……」
強く打ちつけた顔からじんわりと滲むように広がる痛みに少女の瞳には涙が自然と広がります。
歯を食いしばって涙を零さないようにする少女でしたが――ほろり――一歩遅かったようで、涙が一粒、頬を伝いました。
戦慄く唇をギュッと噛みしめて、せめて声だけは、と少女は嗚咽を噛み殺しました。その間にもほろり、ほろり、涙は幾筋にもなって頬を伝い落ちていきます。
苦しくて、辛くて、痛くて――少女は耐えきれないと言わんばかりに泣きました。
転んでしまった事で自覚しながらも見て見ぬフリを続けた身体の疲れや極限の空腹が限界を訴え、何より、一向に見つからない魔女の姿を追い求める気力が完全に潰れてしまったのです。
少女の身体と心はもうボロボロでした。一人で立ち上がる事が出来ないくらいに、疲れ切ってしまいました。
噛みしめていた唇はいつの間にか開かれ、大きな泣き声を上げています。少女はわんわん泣いて、泣いて、泣いて――泣き疲れて、そのまま眠ってしまいました。
「おやおや、こんな所で眠ってしまったら危ないんだけどねぇ」
少女の頭上から声がポツリと落ちてきます。そして次の瞬間、少女の傍に魔女が立っていました。
倒れたままの少女の後頭部をジィ、と見つめる魔女でしたが、少女が森の中に入ったその瞬間から、少女の姿を見つめていたのです。
この森には魔女の結界が一面に張られています。結界の役目は魔女と森に住まう動物達といった住人以外の存在が入りこんだ時に魔女に知らせる事です。
魔女はその結界に触れて森の中に入った少女をずっと観察していました。彷徨いながら自分を呼ぶ声を耳にしていましたけれど、魔女は基本気分屋ですから、呼ばれただけでは姿を現しません。
そうしている間に少女はこの森を出ていくだろうと思っていたのですが、少女は森を出ていくどころか奥へ奥へを突き進んでいくではありませんか。その姿に流石に驚いて、魔女は暫し少女に同行していたのです。
勿論少女に気付かれるような真似は一切せず、遠くから見守るだけ。そして少女に手を出さないように、とお願いしたり危ない方へ進んでしまいそうな時には魔力を使って少女を安全な場所まで引き戻したりと色々と世話を焼いてあげていました。
何故自分がここまでするのか、魔女は不思議でなりませんでした。しかし、よくよく考えると分かることなのです。
少女がどれだけ苦しくとも、辛くとも、諦める事をせず自分を求める姿に魔女はいつの間にか心を絆されていたという事実に。
「これも乗り掛かった船、というべきなのかな?」
そう言った魔女の眼差しはとても優しく、普段人間を見つめる視線とは一切違ったものでした。




