メグと五月2
五月さんが誘導する三番テーブルには、灰色の背広を着た頭の禿げた中年ぐらいのおじさんと、その会社の部下か?若い男性が並んで座っていた。
「五月ちゃん来たよ」
嫌らしい笑みを浮かべて、五月さんに声をかける。
ちなみにその部下の若い男性は恐縮そうに顔を俯かせて、苦笑いをしている。
察する所、この嫌らしい上司に無理矢理連れてこられた感じだ。
「ありがとう。坂下さん来てくれて、五月嬉しいわ」
と五月さんの心にもない事を言っているのが私には人目で分かる。
「五月ちゃーん」
と言って坂下の親父は、五月さんに抱きついた。
「あらあら」
何て毎度の事で気にしていないと言った感じで五月さんは対応している。
突っ立っている私は、とりあえず、坂下に無理矢理連れてこられたと思われる、若い部下の所に行こうとしたところ。
「五月ちゃん。このかわいい子、誰?」
「今日から入ったメグちゃんよ」
坂下は私にその嫌らしい目を突きつけ、思わず逸らしそうになったが、何かお客に対して失礼だと思って、トラブルにもなりそうだから、私は最大限の労力を駆使して笑顔を取り繕った。
「川上メグです」
と。
「メグちゃん座って座って」
私はこの坂下って言う人は生理的に受け付けなくて、自然と距離をとろうとして、坂下を挟んで五月さんの隣に座った。
「何やっているのよ。メグちゃん。こっちこっち」
すると五月さんは立ち上がり、私の耳元でささやいた。
「頑張って勇者さん」
皮肉に聞こえるが、五月さんの言うとおり頑張るしかない。
五月さんは、坂下に連れてこられた大人しめの若い部下の所へと行ってしまった。
「めーぐちゃーん」
完全に酔っぱらっていて、抱きついてきて、どさくさに紛れて、おしりや胸なんかを触ったりと一気に心が折れかけた。
「やめてください」
本当だったら、私はこの場で半殺しにしてやりたい気持ちだが、エイちゃんの為だと我慢した。
坂下は抱きつくのはやめてくれたが、私の肩に腕を回して、私の顔をその嫌らしい顔でのぞき込んでくる。
「メグちゃんいくつ?」
「十八です」
十六だが、ここで働くためにあえて嘘を言っておく。
「どうしてここで働いているの?」
「おこずかいを稼ぐため」
適当な事を言っておく。
「じゃあお兄さんがおこずかいを上げちゃう」
「本当に」
それを聞いて心が高揚した。
財布を取り出して、五千円を私に差し出して、私は受け取ろうとすると、
「はい」
と言いながら、私の胸に手を入れて、その五千円札を入れた。
もう嫌だった。
帰りたかった。
私の力でこの坂下を半殺しにして、この場を去りたかった。
でも私にはエイちゃんを守らなくてはいけない。その為には耐えなきゃ。
男性に胸を直でさわられるなんて、思えば初めてのことだ。
彼氏のエイちゃんでさえ、さわったことがないのに。
私は俯き、心が折れそうな気持ちで坂下を殺したい、それか泣き寝入りしたい、そんな弱気な思いが脳裏に駆けめぐる。
泣きたい殺したい。
でも。
「どうしたのメグちゃん」
いかれた坂下が私の俯いた顔をのぞき込むように見る。
やばい泣きたい。殺したい。エイちゃん。
「ありがとう。坂下さん。おこずかい」
「うにゅうにゅ」
坂下は完全に酔っぱらっていて、呂律も回っていないどころか、頭もいかれてしまっている。
「メグちゃんのおっばい。マシュマロみたいで柔らかかったよ」
「そーお」
ここはもういかれた人間の相手をしなくてはいけないと、私の中で順応性が芽生えてきた。
そんなの正直言って芽生えて欲しくなかった。
でも私はエイちゃんの為に。
すると坂下は私の下半身をじっと見つめて、
「メグちゃん。またおこずかい上げようか?」
坂下の陳腐なもくろみが読めた。
今度はパンツの中に手を突っ込むつもりだと。だから私は、
「もうおこずかいは十分にもらいました」
「遠慮しないの」
ズボンの中に手を入れようとしたところ、私は覚悟を決めるしかないと、思ったところ、実際にズボンを脱がされ下着が露わになり、坂下は勢いに乗って、そこで私はもう我慢の限界で坂下をぶちのめしてやろうと思ったところ、後ろから坂下の顔面めがけて、ウイスキーがかけられた。
「何するんだよ」
憤る坂下。
顔を上げると、どうやら五月さんが坂下の顔面にウイスキーをぶちまけたみたいだ。
「メグちゃんばっかりおこずかいずるい。私にもちょうだいよ」
すると坂下は機嫌を取り戻して、
「何だよ。五月ちゃん。嫉妬?」
「新人のメグちゃんばかりずるいと思うよ」
「分かったよ」
すると五月さんは坂下と私の間に座って、私はとっさに脱がされたショートパンツをそそくさにはいた。
気がつけば私はすごく動揺して、呼吸がまともにとれない状況に陥っていた。
とにかく深呼吸して気持ちを落ち着かせて、時計を見る。
私が働いてから、四十五分が経過している。後十五分、こんな調子で奉仕しなくてはいけないのかと気後れしてしまいそうだ。
さっき坂下にパンツの中を手を突っ込まれていたら、私はすべてを壊したいほどの本能が急激にこみ上げて来た。
多分坂下を殺していたかもしれない。
そこで五月さんを見ると、もしかして助けてくれた?気持ちは嬉しいが、そんな初対面でしかもこんないかがわしい所で働いている人に助けられるなんて、あまり良いものではないが、とりあえず五月さんと目があって、目でお礼を示した。
すると五月さんは顎をしゃくって、その方を見ると、坂下が連れてきた若い男性の相手をしろと言いたげな感じで示した。
私は言われたとおり、坂下の部下の所へと行った。
部下なら変な事はしないと思ったが、部下の方に行くと、酔っぱらって出来上がっていた。
それに何かこいつの上司の坂下の面影を感じて不安になった。
とにかく後十五分、エイちゃんの為に頑張ろう。
「お名前は何て言うのきゃな?」
完全に酔っぱらっていて呂律が回っていない。
「川上メグです」
「メグちゃーん」
「やめてください」
と冷静に言う。するとすぐに離れて、
「ごめんなさい」
律儀に謝って来てほっとしたつかの間、
「反省」
と言って私の胸に手を当てて、頭をうなだれている。
本当にふざけている。こいつら本当にキャバクラに来て何がしたいんだと、精神的に滅入りそうだった。
そして一時間が経過して、五月さんと私は席を離れて、また別のキャバ嬢に入れ替わる。
「メグちゃーん。またね」
坂下が私の背後に向けて言い残した。
私と五月さんは控え室に戻り、
「どう?メグさん。あなたのような貞操を大事にしている子にとってはすごく苦痛だと思うけど、それでも彼のために続ける」
「続けます」
と何の迷いもなくそうきっぱりと告げる。
今日の所は研修で一時間でとりあえずその分のお金はもらい、明日から四時間勤務する予定だ。
店を出た時には心が疲弊していて、倒れそうなくらいにめまいがした。
私は意識をしっかりとさせるために、両手で頬をパンと叩いて、「私がエイちゃんを守るんだ」と人知れず呟き、龍平君達との約束の場所まで向かう。
私は五月さんに施されたお化粧を公園の蛇口で必死に落とした。
こんな顔を見られたら、心配されてしまうかもしれないからだ。
目的地に到着した私は、龍平君達は、厳ついバイクにまたがって私の事を待っていた。
「メグ総長待っていたぜ」
龍平君が私に言う。
何だろう。そんな仲間達に声をかけられると先ほどの鬱憤が払拭された感じだ。
「今日は何をするの?もし警察を煽るような行為は私が許さないからね」
「そんな事はしねえよ。とにかく俺の後ろに乗れ」
私は龍平君の言われたとおり、バイクの後ろにまたがって、龍平君の腰に腕をまわし捕まった。
エイちゃんよりもちょっと引き締まった体だななんて何となく思った。
すると龍平君が激しく騒音をかき鳴らして、耳がはちきれそうな程の音だ。
これから暴走族として走るのだろうか?
こんな事、止めた方が良いと思ったが、今日の事の鬱憤がその激しく鳴る騒音を聞いて何かすっきりとした気分にさせる。
だから私はここは龍平君達に任せる事にした。
「総長しっかり捕まっていろよ」
激しい騒音と共にバイクは走る。
すさまじいスピードで激しく風を切り、何か気持ちが良い。
私が本気で走れば、このスピードよりも速く走れるが、こうしてバイクに乗って、走るのはまた別だ。
「行くぜ」
龍平君が叫び、私も「あああああ」と叫ぶ。
世間が迷惑している暴走族の気持ちが分かった気がした。
そうだよね。理解してくれない大人がいるから龍平君達は路頭に迷うんだよね。
私はそんな龍平君達の理解者だなんて奢った考えかもしれないけど、とにかく私と一緒に見つけに行こう。
私は思う。
あれだけためらっていたのに、私は龍平君達の暴走族のチームの総長になってよかったと。
そしてすさまじいスピードでたどり着いた先は、海だった。
夜の海も悪くない。
吹きすさぶ風、そして、激しい風が私のスカートを巻く仕上げ、何か嫌らしい視線を感じて、その方を見てみると、龍平君が私に釘付けだった。
先ほどの坂下ほどの嫌らしい顔ではないが、男はみんなエッチ何だな。
そんな龍平君と目があって、龍平君は、
「わりぃ、そんなつもりじゃない」
私はフフと笑って、龍平君を捕まえて、海辺にたたき込んだ。
「ひどいっすよ。総長。不可抗力なんだから仕方がないじゃないですか」
その通りだと思って、他の仲間達を巻き込んで、服を来たまま海に飛び込んだ。
「これでおあいこね」
「ふざけんなよ」
「ふざけてないよ」
足で海水をすくい上げ、龍平君達にかけた。
私が総長になって何をしに何を探すのかは、それは形あるものではない。
その足で歩き、そして見て、そして燃えるようなときめきに出会い、自分らしく胸を張って生きればいいんじゃないかな。
だからこうして私たちは戯れてる。
とりあえず戻って、龍平君達とはまた週末の土曜日に集まる約束をして、解散となった。
そろそろ夜明けだ。
でも服がびしょびしょで海水だから、何かべとべとして何か臭ってしまう。
エイちゃんにこっそりと毎日外にでていることがばれたら、面倒な事になりそうだから、とにかく帰ったら、着替えて、こっそりとお風呂に入ろうと思う。
手をよく見たら、さっき公園で手で必死に化粧を落とした後が残っていた。
それをじっと見つめると、嫌な事が沸々と頭に浮かんでくる。
あのキャバクラの客の坂下とその同僚の嫌らしい顔。
それに色々と世話になったが、何かあまりつかみ所の見えない五月さん。
明日も行かなくてはいけない事を思うとネガティブな感情に支配されそうになるが、私は自分に鼓舞するように言う。
「エイちゃんを守るためだ。それに私は一人じゃない」
すると何か明日が見えてきた気がした。
お風呂から出て、とりあえず聡美ちゃんの服がおいてあったので、借りることにする。
ピンクのキャミソールに、膝下までのデニムのパンツ。
自分の姿を見て、聡美ちゃんっておしゃれなんだなと感心したりする。
部屋に戻り、時計を見ると午前五時を示している。
何となくエイちゃんの寝顔を見つめて、その頬に軽く口づけをした。
私の事を本気で思ってくれるエイちゃん。
そんな人は世界に二人といないだろう。
私は自分の手のひらを見つめて思う。
エイちゃんが私を守るんじゃないくて、私がエイちゃんを守るのだと。
私は昔の非力で弱虫の私じゃない。
私のこの力はエイちゃんだけでなく、現に龍平君達を更正へと一緒に励んでいる。
エイちゃんは言っているよね。
人は一人生きていけない不安定な生き物だって。
だから私がいてエイちゃんがいる。そして塾のみんな、暴走族の仲間達。
私は仲間のためにこの力を使いたい。
英治メモリーは言っているが、皮肉なことに世界のすべての人が救われる事にない悲しい世界だが、それでも私と知り合い仲間となった人に私はその手をさしのべたい。
それは誰のためであり、何の為になのかは、答えは簡単だ。
私が私であるために。






