勇者さん
夜目覚めて、時計を見ると、十九時半を回っていた。
最近みんなと顔を合わせる機会がないので、一階の塾へと降りていく。
勉強室には、東大を目指している型破りな高齢者の徳川さんが勉強していた。
お話ぐらいは出来ないかと考えたが、勉強の邪魔になるのでやめておいた。
娯楽室を見てみると、聡美ちゃんと里音が何やら話し合っている。
何の話をしているのだろうと中に入る。
「あら、メグちゃん」
「メグ」
二人は私を見て、何か驚いている感じだ。
「私の顔に何かついている」
「いや、メグちゃん。何かりりしく見えるんだけどね」
「あたしもそう思った」
なぜそう見えたのかは分からず、とりあえず、
「二人とも何をしているの?」
「いや、学校の部活であたしと聡美で脚本を書くことになったんだよ」
「すごい。それで二人で話し合っていたの?」
「二人でアイディアを出し合ったんだが、どうもうまくまとまらなくてな」
「そうなんだ」
何か私がここにいると邪魔になりそうだし、私には面白い話ではないから、
「じゃあ」
言って部屋から出ていこうとしたところ、里音に、
「メグ、何かあったのか?」
と聞かれて、私は話して良いことなのか悪いことなのかとまどう。そんな私を見て里音は、
「何かあったんだな。まあ別に、無理に言わなくて良いけど、もし何か困ったことがあったら、あたしでよければ、相談にも乗るし、出来る限りの事はあたしはするつもりだぞ」
「その時は私も協力するよ」
そんな二人に私の言いたい事は一言であり、それは「ありがとう」と言う感謝の言葉だ。
そして部屋を出て、二人の優しさに私の中で何かとてつもないパワーが溢れくる感じがした。
里音と聡美ちゃんの気持ちだけで良い。
事情は話せないけど、とにかく私は一人じゃない。
エイちゃんを守るためにキャバクラで働いていることは誰にも内緒だが、私は一人じゃない。
そんなみんなのために私はこの神様から授かったこの力を使いこなせるようにしたい。
パソコン室を垣間見ると、豊川先生はパソコンで作業している。
きっと引きこもりや、その他の人たちにメールやラインでエールを送っているのだろう。
そんな豊川先生に一応朗報がある事を思い出して、パソコン室に入っていった。
私が入ると、豊川先生は振り向き、興味津々なまなざしで私を見た。
「メグちゃん。会いたかったよ。その後の暴走族の子達の件はどうなったの?」
「何とか、まとめる事は出来たよ」
「そう」
豊川先生は嬉しそうに私を見る。続けて、
「それとどうしたの?メグちゃん」
「何がですか?」
「何か心配事がありそうな顔をしているからさ」
里音にも聞かれたことだ。
私は心配事を抱えると、すぐに顔や態度に現れてしまう癖があるみたいだ。
キャバクラの事を話そうとしたが、
「別に何でもありませんよ」
「そう。それとメグちゃん、以前よりも何かりりしくなったね」
里音にも言われたことだった。
パソコン室から出て、キャバクラの件はやっぱり誰にも相談することは出来ない。
今日の夜中に行く事はすごく不安だよ。でもエイちゃんを守らなくてはいけない。
部屋に戻ろうとすると、後ろから里音に呼び止められた。
「メグ」
里音の目を見ると、それは私を見透かすときの目だと言うことがわかり、
「どうしたの里音」
「目が泳いでいるけど、やっぱり何か隠しているね。さらにその心配事は私たちには言えない何かなのね」
鋭い。でも私はこんな事をしゃべっても仕方がないと思って、
「大丈夫だよ」
「じゃあ、どうして目をそらすのよ」
里音に追いつめられてしまった。
里音は私の事を妹のようにかわいがってくれた。あの時はそんな里音に甘えたけど、今思うとそんな甘えた自分が嫌になったりする。
私はそんなに守られるほどの弱い人間じゃない。
「とにかく心配しないで」
と部屋に戻り、里音は心配そうに、
「メグ」
と呼びかけたが、私は無視して部屋に戻り、椅子に座って机に突っ伏した。
そうだよ。もう私は昔の私じゃない。キャバクラで働くことはすごく不安だけど、私は強い。何かあったら・・・それで何かあって私の力が暴走したら・・・・人間も吸血鬼も一人では生きていけない。
でももう考えたって仕方がない。私は一人じゃないけど、これからは守られる側ではなく守る側の人間に私はなっていきたい。
そしてエイちゃんは帰ってきた。
「ただいまメグ」
「うん」
にっこりと笑ってエイちゃんに言う。
「お前何か、表情が大人びた感じになったな」
「そう」
「さては何かに没頭しているんだな。とにかく何に没頭しているかは分からないけど、とにかく無理だけはするなよ」
「うん」
そして夜。
輸血バンクの血液を吸って、私は何か元気が出てくる。
私は正真正銘の吸血鬼だ。
そんな人間のようで人間じゃない自分が不安に思ったりもしたことがあったが、今ではそんな自分を私は誇って良いとさえ思っている。
メモリーブラッドでエイちゃんの記憶を探ると、
『私が生き生きとしていきる姿を見て、何かやる気が出てくる。メグの為にすることは俺が俺であり続けることだ。だからメグ、少し手を汚してしまうことになるが、輸血バンクをただで大量に医者のバカ息子からせしめる事が出来た。
メグが笑ってくれるなら、俺はどんな事をしてでもするよ』
エイちゃんの気持ちは嬉しい。
でも私は私の事でエイちゃんを悪者になんかさせたくない。
だから私はどうしても多額のお金が必要だ。
私が勤務するキャバクラの前で、私は入るのも後込みしてしまうので大きく深呼吸して、中に入った。
とりあえず店長らしき厳つい男の前で、「おはようございます」と挨拶をする。すると店長はギラリと光るような威圧的な視線を向けつつも、私に「はい。おはよう」と挨拶をくれて少し安心した。
更衣室に入ると、五月さんと、二人の女性がいた。
五月さんは足を組んで黙っていて、後の二人は楽しそうに語り合っている。
「おはようございます」
初対面の二人は私に挨拶をくれたが、五月さんは私を一瞥して、視線を鏡に戻してしまった。
「新人さん」
ネームプレートを見て、明菜と言う茶髪のストレートに艶やかな赤色のチャイナ服に身を包んだ女性が私に聞く。
「はい」
「ふーん。かわいい子ね」
ネームプレートを見て、明日香と言う二十代ぐらいの際どい白いハイレグを来た女性が言う。
「・・・」
「あなたも、もしかしてお小遣い稼ぎで働きにきたの」
明菜さんが言う。
「はい」
「自意識過剰も良い所ね。純情そうに見えて、案外お金の為なら何でもやるタイプ?」
「いえ」
ひどいことを言うなと思いつつ、流しておく。
「まあ、アフターでどんどん相手からむさぼりとれるんじゃない」
ケラケラと笑う明日香さん。
「アフターって何ですか?」
すると明菜さんが、嫌らしい口調で、
「ママに聞いてごらん」
と言って、意地悪を言っているみたいだが、あまりにも稚拙で、気にとめることはしなかった。
そこで外線が入り、
「明日香さん明菜さん、六番テーブルのお客様から指定です」
「「はーい」」
とやる気のなさそうな返事をしながら、控え室からフロアーへと出て行った。
行く前はあれだけ後込みしていたのに、いざ来れば、あまり気に病むことはなかった。
五月さんの方を見ると私には何も言ってこなかった。
だから私は昨日と同じ服に着替えて待機していた。
「慣れちゃったみたいだね。勇者さん」
いきなり声をかけられたと思って、ちょっとドキッとしたが、別に気にすることなく、
「はい」
と返事をしておいた。
「それとあの子達が言っていたアフターには気をつけた方が良いわ」
アフターって何ですかと聞きたいところだが、また『ママに聞いてごらん』とでも言われたら嫌だから黙っていた。
「アフターって言うのは、お客さんと一緒に店を出て遊びに行くことよ。それで気前の良いお客さんならお金をたくさん貢いでくれる人もいるけど、中には連れて行かれて、いざいったら、こわーいおにーさん達が待ち伏せていて、あらぬ事をされてしまうこともあるからね」
一瞬ぞっとしたが、店の中ならセクハラをされるのは我慢するけど、もし店の外で何かあった場合は、私には力がある。
そこで外線のアナウンスが流れる。
「五月さんメグさん。三番テーブルにお客様がお待ちです」
五月さんは立ち上がり、
「さて行きますか」
「はい」
五月さんの後に付いていき、昨日と同じ三番テーブルに足を運ぶと、同じく坂下とその部下を肉眼で確認したところ、一瞬顔をしかめそうになったが、最大限の気力を駆使して笑顔を取り繕った。
「来たよ。五月ちゃーん。メグちゃーん」
「いらっしゃいませ。ご氏名ありがとうございます」
と五月さんは恭しくお辞儀をして、私も同じように見よう見まねでやった。
すると今日は私は坂下の部下の相手をすることになった。
「三田様、ビールをおつぎしましょうか?」
「頼むよメグちゃーん」
昨日は謙虚そうな感じの部下も、類に交われば赤くなると英治メモリーは言っている。
そう思うと、セクハラまがいのことを言われて、気にしなくなった私も何か人生の悪い方向へと行っているんじゃないかと自分自身心配になってくる。
でも私はエイちゃんを守らなくてはいけない。
三田はいきなり私の膝の上に頭を乗せて、びっくりしたが、とりあえず落ち着いて、
「どうしたのですか三田様」
「耳掻き耳掻き」
「耳掻き?」
こんなところで耳掻きをしろと言っているのかと思って、五月さんを見ると、五月さんは大声で、
「メグさんに綿棒を一つ持ってきて上げて」
「はい」
店長が言う。
そして待つこと二分、店長が綿棒を持って私はそれを受け取って、
「じゃあ、三田様行きますよ」
「お願いしまーす」
完全に酔っぱらっている。
しかも私の膝の上ですりすりと甘えてくる三田を見て腹ただしく思って、綿棒で鼓膜をぶち抜いてやりたい気持ちを抑えつつ、言われたとおり、綿棒で三田の耳掃除をした。
以前エイちゃんにやってあげた事があるが、その時は幸せを感じつつやっていたが、いざこうして他の人の耳掃除なんて、汚くて出来ないし、耳の穴も私は見たくもない。
でも私は我慢して、以前エイちゃんにやって「メグ、気持ちいいよ」とほめられた事を思い出しやる。
「気持ちいいよメグちゃん」
「ありがとうございます」
こんな連中にご奉仕するのは嫌だが、お金のためだ。
それに私は三田の耳を掃除しながら辺りを見てみると、ほとんどの人が背広もしくは作業着に身を包み仕事帰りだ。
キャバ嬢のみんなもお客に対して、楽しそうに盛り上げている感じだ。
お客に来る連中を悪く見ていたが、この人達も昼間は仕事していたんだろう。
そのストレスをここで解消させているんじゃないかと思えてきた。
隣で坂下がグチっている。奥さんにも子供にも逃げられ、独りぼっちで寂しいのだと。
だからここに癒されに来るんだと。
それに給料もここのキャバクラに大半つぎ込んで癒されることを生き甲斐として生きているみたいだ。
ここに来る人たちはみんな孤独な人なんだな。
男性にとって女性とこうして接して、過ごす事は楽しいことなのだろう。
そこで気持ちは改まる。
今こうして坂下の部下の三田の耳掃除をしているが、本気で楽しんで癒されて帰って行けばいいと思ってやった。
「メグちゃーん。最近降られちゃってさ」
「女性なら星の数ほどいるし、三田様はまだ若いから、これから先、素敵な人に巡り会えると思いますよ」
すると三田は私の膝元から起きあがり、
「本当に?」
私の目をマジマジと見つめ、
「はい」
本当に私はそう思って言う。
「メグちゃんが彼女だったらな」
と抱きついてきて、私は嫌々ながら引き離して、
「三田さんには私よりも素敵な人がいますから大丈夫ですよ」
と言っておく。
「そうかな?」
そこで私はコップにワインを注いで、
「とにかく飲んでください。私はそんな三田さんの味方ですから」
と言って、ワインを注いだグラスを三田に差し出した。
三田はそれを一気に飲み干して、
「そうだよな。これからだよな」
「そうですよ。これからですよ」
「じゃあ、メグちゃん。良かったら一緒にデゥエットを歌おうよ」
いきなり言われて私は困惑したが、とりあえず、ここは寂しい男性が癒しを求めて来る場所だとわきまえ、私は歌って上げた。
三田はノリノリで歌っていて、私もそれにあわせるように歌った。
ここで働くのはエイちゃんの力になりたくて渋々ながら働いたが、こうしてキャバクラに来るお客の事情を知って、いかがわしいと思っていたキャバ嬢も悪くないと思えて来た。
仕事も楽しめて、それにエイちゃんの力になれる。
これほどの喜びはないんじゃないかと思えて、何か人生が楽しく思えて、真っ暗だった未来に明るい兆しが見えてきた気がした。




