メグと豊川先生2
夜エイちゃんが眠っていることを良い事に、私は、そのエイちゃんの手を握り、心を読んだ。
『メグは俺しか守れる者はいない』
エイちゃんの気持ちを聞いて、その手を離して、そこで本当に約束を破ったことに対する罪悪感が私の頭の中にどっと押し寄せるように来て、胸が痛んだ。
夜はやはり、目が冴える。
私はそっと部屋を出て、一階に降りると、パソコン室の部屋から明かりが漏れている。
ゆっくりとのぞき込むと、豊川先生がパソコンで引きこもりの生徒達にメールでエールを送っているのか、そのほかにもあるんだと思うけど、豊川先生は寝る間も惜しんで事に当たっている。
夜はやはり目が冴えて眠れない。
豊川先生とお話相手でもしてくれないかなと思ったが、邪魔になりそうだし、二階に戻ろうとした時、足下が不安定になり私は大きな音を立てて倒れてしまった。
痛くはないが、豊川先生がパソコン室から出てきて、
「どうしたのメグちゃん」
罰が悪い感じで私は「いや別に」
ただ眠れないことを理由に、豊川先生は快く私の話し相手になってくれた。
豊川先生は作業をいったん止めて、コーヒーを入れてくれた。
「ありがとう」
とお礼を言って豊川先生の優しさに心がほっこりとした。でも私は血液以外は受け付けないんだよね。
「フフ」
と穏やかに笑っている。
何か話題はないかと考え巡らしていると、つきあっている息子のエイちゃんの事で話してみることにする。
私は今日エイちゃんの約束を破ってしまって、エイちゃんに叱られて、エイちゃんに対する罪悪感を感じている事を話した。
もちろん血を吸ったこと、吸血鬼に関することは伏せてある。言っても仕方がないことだと思ったからだ。
「なるほど、エイジに叱られたか」
穏やかな笑顔で私に言う。
話していて何だろう。罪悪感に感じていた気持ちが少し和らいだ感じだ。続けて先生は、
「エイジが叱るのはメグちゃんを大事にしたいと言う気持ちだよ。エイジは大切なメグちゃん、それに、ここにいる塾の仲間におざなりに対応はしない。あいつはいつもマジで真剣に人と向き合い、特にメグちゃんに対しては本気で優しく接すると僕は思うんだよね」
豊川先生の言っていることはエイちゃんの心を読んで分かっているが、こうして改めてエイちゃんの父親である豊川先生に言われると、私の中で不思議と理解が深まり、胸が熱くなる感じだ。
「僕はねえ、エイジのような息子を持って誇りに思っているんだけどね。これは僕が言ったなんて言わないでね。これは僕とメグちゃんだけの秘密と言うことで」
「はい」
返事をして、そのエイちゃんの彼女であることに私も誇りに思ったりもする。
時計は午前一時を示している。
「そろそろやらなくちゃ」
と言ってパソコンの前に座って、悩み多き人にメールでエールを送る作業を続ける。
もう少し豊川先生と話したい気持ちだった。
私がいたら作業の邪魔になるかもしれないけど、ただその背中を見つめているだけでも何か安心してしまう。
でも豊川先生は雰囲気的に私がここにいて拒むような感じはしなかった。
むしろ、私の相談に乗って上げると言ったような雰囲気に私はお言葉に甘える事にする。
「あのー」
「ん?」
「私の友達で暴走族の人がいて、その人は過去にひどい目に遭ったみたいなんだ」
「ふんふん」
とキーボードを打ちながら私の話を聞いている様子だ。続けて私は、
「それでその人、夜徘徊して何の罪もない人に対して傷つけたりして、警察にお世話になったみたいなんだ。
それで私思ったんだけど、その知り合いの事が気になって私も、エイちゃんや塾のみんなと出会っていなければ、その人と同じ事をしていたんじゃないかなって」
「なるほど」
「それでその暴走族の人に対して、どうにか出来ないかなって」
「まあ、とにかくその暴走族の人たちはまだ若いんだし、ほおっておいてうんざりさせるほど、やらせておくしかないかもね」
豊川先生の話を聞いて、感情的になり、
「ほおっておくって、このままじゃあ、もしかしたら取り返しのつかないことになったらどうするんですか?」
豊川先生に相談に乗ってもらっているのに感情的になったことに私は自重して、
「ごめんなさい」
と謝った。
「じゃあ、メグちゃん。その友達良かったら、僕に紹介してくれないかな」
何て言われて気持ちがあたふたとして、
「って言うか、その人友達じゃなくて、ただ事情を聞いて、何かほおっておけない気がして・・・それで」
豊川先生は肩で息を吸って、
「じゃあ、メグちゃんがその暴走族の人の理解者になってあげればいいじゃん」
「私が理解者?」
思いも寄らない豊川先生の提案に戸惑った。
「そう。そこまでその暴走族の人の事を理解しているなら、理解者になって、正しい道にエスコートして上げれば良いじゃない」
「って言うか、その暴走族の友達とは、ちょっとした諍いがあって、今ちょっと会うのは気まずいんだ」
「だったら、どんな諍いか分からないけど、そのお互いの蟠りを解消させてから距離を縮めて行けば良いと思うよ」
「どうやって」
豊川先生は手を止めて、振り向いて真摯な瞳を私に突きつけ、
「何事も一歩一歩だよ」
と。
それは知っているが、改めて聞かされると、なるほどと納得する。
「一歩一歩」
私が呟くと。
「そう。何事も自分の出来るところから一歩一歩進むことが大事」
「ありがとう。豊川先生」
「はーい」
と穏やかな返事にも心がほっこりする。
午前二時を回り、豊川先生は「今日はこれぐらいかな」と言って部屋に戻り私に、「メグちゃんも程々にね」と何か意味深な事を言っていたが、気にせず流しておいた。
私は昨日と同じように、とある町の展望台の天辺に登り、きらめくネオンが輝く町を見下ろした。
パトカーのサイレンの音が後をたたない。
夜は不法な者達が徘徊して、犯罪に手を染める者が後を絶たないことを物語っている。
この町のどこかに私の気持ちと共感できたリーゼントがいるのだろうか?
また彼はこの町のどこかで、その心を黒く染める犯罪に手を出しているのだろう。
はっきり言って私には関係のないことだ。
世の中の人間がすべて救われないのと同じように、リーゼントもその一人なのだろう。
でも私は、せめて私のこの気持ちを共感できたリーゼントに正しい方向へと誘って上げたいと思っている。
エイちゃんのメモリーからすると、人は誰でも理解者なしでは生きていけない不安定な生き物。
あのリーゼントに豊川先生のような穏やかに笑ってくれる人が一人入れば、心を黒く染めたりはしなかった。
夜空を見上げてそろそろ日が昇る時間だ。
明日の夜に、リーゼントに会い、一歩ずつ距離を縮めて、何とかしてあげたい。
部屋に戻るとエイちゃんは眠りについていた。
昨日と同じように、テレビをつけてニュースを見ると、あの展望台から響いたパトカーの音はその報道されていた事件だったのかもしれない。
少年達がバイクで追跡してきたパトカーを鉄パイプや足でたたきつけたという。その少年達は逃走し身元の確認を急いでいると言っている。
昨日も今日も事件が報道され私が展望台から見下ろした町は危険な町だったんだな。
私とエイちゃんがあの時、夜の若者達のメッカと言われているが実はとんでもないことを身を持って知った。
そして私は自分の手のひらを見つめて思った。
この力、誰かのために役に立てたい。
それは自分自身の慢心を満たす為なのか?それとも・・・。
分からないけど、私は役に立てたい。
そして私が眠くなったと同時に、エイちゃんが体を起こして、その眠りから目覚めた。
昨日の事でちょっとお互いに気まずかったが、
「おはようエイちゃん」
と笑顔で挨拶すると、エイちゃんは改まって「おはよう」と挨拶をくれて昨日の一件でお互いの蟠りが解消された気がした。
エイちゃんの記憶は言っている。
恋人同士の喧嘩はお互いの理解の更新みたいなものだと。
でも私は吸血鬼で血を吸わなくては生きていけない。私はエイちゃんがいないと生きていけない迷惑な存在なんじゃないかとネガティブな事を考えるが、とにかく杞憂しないで今出来る事を必死にやっていれば良い。
今私に出来る事。
それは寝ることである。
おやすみ。
夜、私は目覚める、時計を見ると午後十九時半を示している。
夜になると頭と目が冴えてくる。
私は本当に吸血鬼なんだなと改めて自覚する。
ノックの音が転がり、
「メグちゃん入るよ」
中に入ってきたのは聡美ちゃんだった。
「おはよう聡美ちゃん」
夜なのにおはようなんて、ちょっとおかしい気もするが、聡美ちゃんはそんなのも気にせず、何か重大な事を決意したような、そんな顔をして私は見る。
私はそんな聡美ちゃんに何か圧倒されて、その場で正座してしまう。
「メグちゃん」
「はい」
びくっと肩が思わず跳ね上がってしまう。
そして私に腕を差し出して、その滑らかな腕を見つめると涎がこぼれ落ちそうな程のおいしそうな血を本能が求めたが、そこで昨日のエイちゃんとの約束を思い出し、私はその腕から目をそらした。
でも聡美ちゃんは困ったことに、
「私の血を吸ってよ。私、お兄ちゃんにばれて大目玉を食らっても良い。私はメグちゃんには本気で生きていて欲しいもん。メグちゃんの力になりたいもん」
「聡美ちゃん」
聡美ちゃんの気持ちを聞いて嬉しさで涙がこぼれ落ちそうな感じだった。でも、
「ダメだよ。聡美ちゃん。やっぱりエイちゃんとの約束は破れないよ」
すると聡美ちゃんは私の目を真摯に見つめて、
「じゃあ、お兄ちゃんの血を吸い続けてお兄ちゃんが死んでも良いの?」
「言い訳ないでしょ」
感情的な発言で大声で言ってしまった。
「だったら」
腕を差し出す聡美ちゃん。
私の中で激しい葛藤が起こりそうな時、エイちゃんが帰ってきた。
「ただいまって、お前等二人何をしているんだ」
そこで聡美ちゃんの兄であるエイちゃんに改めて話があると言った感じで向き合って、
「お兄ちゃん。メグちゃんに私の血を私は分けたい」
「何だよ。そんな事か。なら心配入らないぞ」
鞄から、輸血バンクに使う血液を二つ取り出した。
「さすがに毎日俺だけの血をすわせ続けたら、俺も生きていないことくらい分からない程バカじゃないよ」
と得意げに言う。
「さすがお兄ちゃん。それよりもこれどうしたの?」
「医学部の先輩に分けてもらったんだよ」
「すごい」
と聡美ちゃんはホッと胸をなで下ろして、
「私安心したよ。これでメグちゃんは何とかなるね」
「だろ」
「安心したらお腹好いたよ。私は一階でみんなと料理を作っているから、お兄ちゃんもメグちゃんも良かったら・・・あっ、メグちゃんは私たちが食べる料理はうけつけないんだっただね。でもみんなもメグちゃんに会いたがっているから気が向いたら来てね」
と安堵して部屋から出ていった。
「ほらメグ、お腹好いただろ。早速吸えよ」
この輸血バンクを見つめて、私は何か腑に落ちないと言うか、疑問に思ってしまう。
エイちゃんは学校での友達に医学部の人はいない。
ここでエイちゃんの心を探ってみようと思ったが、エイちゃんは鋭いので、私の能力に気づかれてしまうかも。
別にばれても構わないのだが、私も頑固で一度秘密にすると言ったら、節操を持つ。
「ほら、どうした早く吸いなって」
輸血バンクの赤い赤い血を見つめていると本能が激しく欲しているため、もはや疑っている余裕もなく、私は吸った。
すごくおいしい。
でもこの血を吸ったら、訳の分からない人の心情が私の記憶に入ってくることがちょっと気持ち悪いと思った。
でも私は吸い出したら止まらない。
でも輸血バンクは一つ二百シーシーで二つしかないので、残りの一つは明日吸うことにした。
この輸血バンクを入手した方法に何か裏がありそうで怖い。
だから後でエイちゃんが眠っている時にでも、肌で感じてその心を読もうと思う。