信じる気持ち
前回までのあらすじ。
五月さんのおかげで、私はキャバクラで働く事をとりあえずは許された。この件について聡美ちゃんや里音にも心配をかけてしまった。このようなトラブルにならないように、私がエイちゃんに内緒で暴走族のリーダーになった事をちゃんと言った方が良いのか、心の葛藤の中、私はこの件を豊川先生に相談に持ちかけ、協力を得た。
豊川先生は責任を取って協力すると言っていた。それは本当にありがたいことだ。
私はぼんやりと頭の中を空っぽにして、エイちゃんの部屋で寝ころびながら考えてしまう。
私にはエイちゃんだけではなく、協力してくれる人がたくさんいる。
これってすごくありがたいことだが、何かみんなに貰ってばかりで申し訳なく思う自分がいる。
それに無償で協力して、何のメリットがあるのかと、昨日、五月さんがエイちゃんに言った事が頭に浮かぶ。
『そんな事も知らないなんて、まだまだ子供ね』
どうせ、私は子供ですよって開き直ってしまいたいところだが、やはり考えてしまう。
じゃあ、私はどうして龍平君達の力になりたいのか?それは意味などないと言っていたが、何かある気がする。
はっきり言って私が龍平君達の力になっても、一円の得にもならない事だ。
でもしてあげたい。
じゃあどうして?
じゃあどうして?そんな私にみんな協力をしてくれるの?
これ以上考えるとおかしくなりそうなので、とりあえず深く深呼吸をして気持ちを整えて、テレビでもつけた。
バラエティー番組が放送されていて、お笑い芸人がつぼにハマる芸を披露して私は爆笑する。
何かすごく気持ちが良い。
なぜこの人達は人を笑わせる事を職業として生きているのか?
色々と考えていると、エイちゃんは帰って来た。
「ただいま」
「おかえり」
「メグ、今日もキャバクラに行くのか?」
「何?心配しているの?私には五月さんがついているから大丈夫よ」
「そうか」
複雑そうな表情をして部屋から出て行ってしまった。
やっぱり心配なんだな。
私は展望台の天辺に立ち、ネオン輝く眠らない街を見下ろしながら、今日の事を整理する。
エイちゃんの私に対する心配。
龍平君達の事。
また、みんなに心配をかけてしまうんじゃないかという懸念。
色々と不安や心配は付き物だけど、私はこの進むべき道を歩み続けていかなければいけない。
私は一人じゃない。人は一人では立ち上がれない。何だろうか?豊川先生や五月さんが無償で行っている事が分かってきた気がする。
「私を必要とする者。私が必要とする者」
人知れず呟き、展望台の天辺から飛び降りて、出勤先であるキャバクラに向かった。
控え室には五月さんしかおらず、とりあえず毅然とした挨拶を言う。
「おはようございます!」
「張り切っているわね」
微笑みをこぼして私に言う。
「今日も坂下さんのお相手よ」
望むところと、全力でキャバ嬢としてのお客に尽くす事に気合いが入る。
そこで外線放送が流れ、
「メグさんに指名です。七番テーブルに向かってください」
「私に指名か」
五月さんと目が合い、気が引き締まり、早速七番テーブルに向かう。
七番テーブルに向かうと、そこにはエイちゃんが座っていた。
「エイちゃん。何をしているの?」
「何って、俺は今日はお客として来たんだよ。文句あるのかよ。俺の事を豊川さんと呼べ」
私はとりあえずエイちゃんの隣に座り、
「エイちゃん。キャバクラで働く事を分かってくれたんじゃないの?」
「ああ、了承したよ。でも俺は今日はお客としてこの店に来たんだよ」
ああ、新たな問題が発生してしまった。困ったことにエイちゃんは私の身を案じてか、私を指名して他のお客に寄せ付けないようにするつもりだ。
「お願いだから帰ってよ」
「何だよ。俺には、お前の体を触れさせてくれないのに、こんな連中にセクハラされて平気なんておかしいだろ」
「別にセクハラされて平気じゃないよ。何いじけているの?」
「ちげーよ!」
そういって未成年なのにお酒に手を出すエイちゃん。
「ちょっとエイちゃん未成年でしょ」
「飲まずにいられるかって言うんだよ。お前キャバ嬢何だろ。ちゃんと俺に奉仕しろよ」
そういってワインを飲み干して、『お酌しろ』と言わんばかりにグラスを私に差し出す。
どうして良いか分からず、とりあえず言われた通り、ワインをお酌する。
エイちゃんは慣れないお酒を一気に飲み干し、せき込むエイちゃん。
本当に困ってしまった。五月さんに助け船を出そうかと考え、席を立とうとすると、エイちゃんが私にからみつき。
「どこ行くんだよメグさんよ。もっと俺に奉仕しろよ」
ベロベロに酔っぱらって胸やお尻やら淫らにさわってきて、すっ飛ばしてやりたいと思ったが、ここはこらえて、
「やめてエイちゃん」
人間であるエイちゃんの力は私にとって、ひ弱なものだが、すっ飛ばすわけにはいかないから、絡みつかれると難儀だ。
とりあえず落ち着いてくれて、未成年であるエイちゃんにお酒を飲ますのは抵抗があるが、キャバ嬢としてお酌して、ワインを注いだ。
またそれを一気に飲み干し、
「メグは俺の生き甲斐だもん」
完全に酔っぱらっていて、まるで小さな子供のように変貌している。そんなエイちゃんに何て言ったら良いのか私は困惑してしまう。
「俺に協力してくれる気持ちは嬉しいけど、何だよそれは?」
「使用がないじゃない。こうしてお金を稼いで私の輸血代にしたいし」
「でも、お前、その格好は何だよ」
今の私の格好は白いヘソ出しトップスに、白いデニムのショートパンツで、かなり際どい格好だ。
「とにかくお前のその純白な体に手を出そうとする奴は俺が許さない!」
「気持ちは嬉しいけど、私はエイちゃんの力になりたいって、それに昨日五月さんにキャバクラも立派な職業だって理解したんでしょ」
「したよ。でもやっぱり腑に落ちないんだよ。お前の気持ちを大事にしたい。でも俺の気持ちも大事にしてくれよ。
どんな事でもお前のその純白な体に触れて良いのは俺だけのはずだ。なのに俺にはその体に触れる事すらお前は許さない」
泣きながらエイちゃんは訴える。
「じゃあ、エイちゃん。そんなに私の体に触れたいなら、帰ったら私を抱いても良いよ」
エイちゃんは私の目を見て少し迷った感じでこういう。
「そういう問題じゃねえよ!」
怒鳴るエイちゃん。
「じゃあどうすれば良いの?」
「とにかくお前の貞操は俺が守る」
「私は大丈夫だよ。それに五月さんがついているし」
「何が大丈夫だよ。恋人をこんなところに働かせて、俺は情けなくて仕方がない」
「そうやって何でも一人で抱え込もうなんて傲慢な事よ」
五月さんが現れて私は安堵の吐息を漏らした。
五月さんはエイちゃんに寄り添って、エイちゃんを抱きしめる。
いくら五月さんでもエイちゃんに抱きつくなんて、嫉妬に狂いそうになったが、五月さんは完全に酔っぱらったエイちゃんを赤子を扱うように妖艶な口調で言う。
「英治ちゃんは覚えているかな」
五月さんの妖艶な口調と色気は人を魅了してしまう魔力のようにエイちゃんは引きつける。
「覚えているって何が?」
「大きくなったら五月お姉ちゃんをお嫁に貰ってあげるって」
私のエイちゃんの知られざる過去。五月さんの話を聞いて、私の中の英治メモリーが発動して、その記憶が頭の中に映像として巡る。
弱虫だったエイちゃん。
いつも学校から帰ってきて、塾で過ごしている五月さんの胸で泣いていた。
エイちゃんは五月さんから勉強やピアノなんかを教えて貰ったりして過ごしていた。
エイちゃんはそんな五月さんに心底惚れ、ある日五月さんに言ったみたいだ。
大きくなったら五月さんをお嫁に貰うからって。
そして五月さんは言った。私は弱虫のお嫁になんかなりたくない。
エイちゃんの初めての失恋だった。
それからエイちゃんは強くなろうと決心したのだ。
だが、五月さんはどこか行方が分からなくなり、二度と塾に戻ることはなかった。
そしてエイちゃんは誓った。
強くなって五月さんをお嫁に貰うと。
そしてエイちゃんは強くなり、時とともにその思いも忘れ、私のような弱虫な女の子と出会い、本当に私を守りたいと本気で思ったみたいだ。
ただ私のような、か弱い女性に出会い、ただ守りたい。ただそれだけが生き甲斐なんだ。
気がついて私は目の前には五月さんの膝を枕にして眠っているエイちゃんだった。
メモリーブラッドでエイちゃんの記憶に気がいって、エイちゃんと五月さんとの話に気が向かず、ほとんど聞いていないが、何を語り合ったかは何となく分かった気がした。
どうやらメモリーブラッドの記憶に深くふけっていると、周りが見えなくなるみたいだ。
エイちゃんがキャバクラで支払う代金は六万円。
それは私が立て替えて出しておいた。
まだ私は仕事があるのでエイちゃんを控え室に寝かせて置いて、私は懸命に仕事を果たした。
エイちゃんの事を五月さんに相談したところ、『やっぱりすぐに納得させるのは無理だったみたいね。それほどメグさんのことを思っている証拠。だから時間をかけてお互いの気持ちに折り合いをつけていきましょう』
帰る時、エイちゃんは起きない。だから私はエイちゃんをおぶって帰ることにした。
そんな私とエイちゃんに同僚に嫌みを言われたりしたが、中には『がんばってね』と励ましてくれたりもした。
エイちゃんをおぶりながら、帰る時、眠っているエイちゃんの顔を見ると、私の母性本能をくすぐっているのか、この上なく愛おしく思ってしまう。
いつも私を命がけで守ろうとしてくれるエイちゃん。
私はそんなエイちゃんに私を捧げても良いと思い始めてきた。
エイちゃんが望むなら、私もそれを望んでいる。
自宅に到着した時、時計は午前四時を示していた。
ベロベロに酔っぱらったエイちゃんも、そろそろ酔いが覚める頃だと思って、エイちゃんをベットに寝かせて、エイちゃんの頬を軽く数回叩いて起こした。
「うーん」
酔いが残っているのか意識がおぼつかない。
「エイちゃん」
「メグ」
私を目にした瞬間に、意識が次第に戻ってきて、そんな私を見て、エイちゃんは大きなため息をついている。
「ため息をつくと幸せが逃げるって言うよ」
「ため息の一つもつきたくなるよ」
この様子だとキャバクラの件は五月さんの言う通り一筋縄ではいかないと私は思った。
だから私は、服を脱ぎ下着姿になった。
その私の姿を見て目を丸くして驚くエイちゃん。
「エイちゃん。夜明けまで、まだ時間はあるよ。エイちゃんに対する私への気持ちは本物だってわかった。それに私を抱かせたからってキャバクラの件を理解しろ何て思ったりしない。
でもエイちゃん。私はエイちゃんが私に命がけで守ってくれるように、私もエイちゃんを命がけで支えたい。
それが私たち恋人同士のお互いの勤めだと私は思っている。
だからエイちゃん。私を抱いて」
真っ暗な部屋の中、エイちゃんの姿がうっすらと見えて、エイちゃんはゆっくりと私の元へと歩み寄ってくる。
私は目を閉じた。
そして私の胸にエイちゃんの手の感触がした。
私はこの上なく怖くなってきた。
私にはその覚悟がまだなかったのだろうか。
でももう後には引けない。
エイちゃんが私を求めるなら・・・・。
だがエイちゃんは、
「俺は明日はまた早いから、少しでも寝ておくよ」
ベットに横になるエイちゃん。
私はすっかり拍子抜けしてしまい。
「ちょっとエイちゃん。私とやりたくないの?したくないの?キャバクラでは私の体に触れさせてくれない事をひどくひがんでいたじゃん」
どうやらエイちゃんは眠ってしまったみたいだ。
私が覚悟をして全力で尽くそうとしたのに、私はすごく恥ずかしく思い、眠っているエイちゃんを締めてやりたい気持ちになったが、とりあえず深呼吸して落ち着いて、朝は無性に眠くなり、服を来て押入の中に入って目を閉じた。
私は正直、今のエイちゃんの気持ちが分からなかった。
あれだけ私を抱きたいと言っていたのに、どうしてしまったのだろうか?
私に魅力がないのかな?私の事、飽きちゃったのかな?それとも五月さんに膝枕されて、五月さんに好意を抱いてしまったのかな?色々とネガティブな事を考えてしまうが、でも今までエイちゃんが私にしてきてくれた事を思うとそれは思い過ごしだと言うことが分かる。
まあ、メモリーブラッドでエイちゃんの気持ちを探れば分かることだが、今は探らないで、エイちゃんを信じた。
それに私とエイちゃんには明日がある。