折り合い
キャバクラの同僚である五月さんはかつてエイちゃんの父親である豊川先生の生徒であり、エイちゃんの事を子供の頃から知っていた。
そんなエイちゃんと私が恋人同士にすごい偶然だ。
エイちゃんに会うのが気まずい私は、五月さんにつれられ、キャバクラに行くと、エイちゃんは私はともかく、数年ぶりの五月さんとの再会に驚いた反応を示した。
「大きくなって、りりしくなったね。あんな弱虫なガキんちょが、いっちょ前に恋人のために命張れるぐらいに強くなっちゃって」
「五月さんこそ、あんな真面目な人が、こんないかがわしいところで働いているなんて」
「それは偏見よ。キャバクラだって立派な職業よ」
「ところでメグ、心配したんだぞ」
私はエイちゃんにどんな顔をすればいいのか分からず、五月さんの背後に隠れていた。
「とにかく帰るぞ」
私の手を引き私はそれを拒むように振り払った。
「メグ、これ以上俺を困らせるなよ」
「英治君、自分の気持ちを押しつけるところは変わっていないね。メグさんの気持ちも考えて、ここは話し合いましょう」
私たちは話し合う事になり、近くの喫茶店に入った。
店内は薄暗くぼろくて、でもコーヒーの仄かに香る匂いは嫌ではなかった。
早速座って、私は五月さんと並んで座り、エイちゃんと面と向かった。
「とにかくメグ」
エイちゃんは鞄から輸血バンクを一つ取り出して、私に差し出した。
それを見た時、本能が吸えと言っているような気がして、すかさず吸ってしまおうと思ったが、私の理性が呼び止める。
「吸えないよ」
「どうしてだよ。まさかお前、五月さんの血を吸ったんじゃないだろうな」
テーブルを思い切り叩いて怒鳴り散らすエイちゃん。
私はそれに圧倒されて、吸っていないと言う本当の事さえ口にさえ出せずにいた。
「英治君、メグさんは私の血を吸ってはいないよ」
「内緒にしろと言いくるめたんだろう」
「そういう決め付けは百害あって一理もないよ」
と言うことで五月さんは私が吸っていない事を、私に代わって話してくれた。
五月さんの話を聞いて信じてくれたエイちゃんは。
「悪かったよメグ」
「私の方こそ心配かけてごめんなさい!」
「とにかく話は分かったから帰るぞ!」
立ち上がり私の手を引いたところ。
「待ちなさい英治君!まだメグさんの気持ちもちゃんと聞いていないじゃない!」
「もう話は終わっている。あんないかがわしいキャバクラでメグに働かせるなんてほおっておけるかよ。輸血バンクの事は心配するな。仕事がしたいなら別のところを探せばいいだろう!」
「英治君」
呆れるように言う五月さんの言葉を遮って、私は自分の気持ちをちゃんと伝えられるようにしなくてはいけないと思って、私はエイちゃんの目を見て伝える。
「私はエイちゃんの力になりたい。知っているよ、輸血バンクは高額で買い取っているんでしょ」
「だから医者の御曹司から分けて貰っているって」
「嘘よ」
「どうしてそんな事が分かるんだ!」
私は言葉に迷った。ここでメモリーブラッドの事がばれてしまう。だから私は、ばれないように少し戸惑いながら、
「目、目を見れば分かるもん」
するとエイちゃんの目が泳いだ。
「英治君、恋人に嘘はいけないと思うよ。
あなた達の話を聞いて分かったけど、御曹司にただで血液を分けて貰っている何て英治君の不振な挙動を見て、おかしいと思ったのよ。それで英治君はその御曹司から高額で譲って貰うために、きっとあなたは無理をしたんでしょうね。それに気づいたメグさんは傷ついて、あなたに内緒で夜中に高額のキャバクラで働いたのよ。
メグさんも内緒で、まあ、いかがわしいかな?キャバクラで働いた事も悪いけど、原因はあなたよ英治君」
しばしの沈黙。
「仕方がないんだよ。そうしなきゃメグが、メグが・・・・」
全身を震わせながら悔しそうに絞り出す声で言う。
五月さんは息をつき、穏やかな顔つきで、
「英治君。本当に強くなったね。
恋人をここまで愛せる人はなかなかいないよ。
本当にお父さんそっくり。
とにかくお金には協力できないけど、メグさんと英治君の気持ちに折り合いをつける為に話し合いましょう。
英治君の一方的な考え方ではこの先メグさんとはギクシャクした関係になってしまうわ」
五月さんはそう言って、エイちゃんはとりあえず落ち着いてくれた。
エイちゃんは洗いざらい話してくれた。
医者の御曹司から弱みを握り、血液をせしめていたことも。
それで私のために、夜中近くまで無理をして働いていたことも。
でも、みんな私の為なんだって。私の為にエイちゃんは無理をした。
エイちゃんの言っている事は嘘偽りがないことをメモリーブラッドで確認している。
メモリーブラッドで確認しなくても嘘じゃないことは分かる。
「メグ、俺はお前を守る事が生き甲斐なんだよ。もう俺はお前を亡くしたくない!!」
五月さんが穏やかに微笑みながら、『あなたの気持ちは?』と聞いているかのような目で私を見る。
「私は守られてるだけの存在になりたくない」
私は真摯にエイちゃんの目を見つめて、その思いを告げる。
意表を突かれたように黙り込むエイちゃん。
「英治君、これがメグさんの気持ちだよ」
「俺がして来た事はメグにとって重荷だったのか?」
「まあ、重荷もあったと思うけど、英治君がメグさんの気持ちを聞いてあげなかった事もあるよ」
深刻な顔になるエイちゃん。
「そんな顔しないの。私もキャバクラの先輩としてメグさんの面倒を見て上げても良いわ」
「あんないかがわしい・・・」
「いかがわしいって偏見よ。キャバクラも立派な職業よ。お客さんは日頃の仕事のストレスを解消しに私たちに癒しを求めに来るのよ。
確かに中にはお金のためにお客をたぶらかす女の子もいたり、ただ高額だからと言って、遊ぶお金欲しさに働いている人もいる。
でもメグさんのように英治君の為に気持ちをすりへしてまで、つくす人もいるのよ」
五月さんの説教に反論すら出来ないエイちゃん。
しばしの沈黙。
「でも五月さんに面倒を見て貰う理由なんてどこにもない」
「あるわよ」
「どこに」
「私の本業はキャバ嬢だけど、兼業で、あなたとお父さんと同じように、部屋から出られない子や路頭に迷っている人にメールでエールを送る、心理カウンセラーでもある。
それにあなたのお父さんがいなければ、私もこうして自分自身の幸せをつかむ事が出来なかった。
あなたのお父さんの恩義もあるし、英治君のメグさんを守りたいという気持ちと、メグさんの純粋な気持ちは嫌いじゃない。だから私にとってメグさんの面倒を見ることは私にもメグさんにもメリットはあるわ!」
「メグにはメリットがあっても五月さんにあるの?」
「たった今話したばかりじゃない。人の話はちゃんと聞きなさい」
黙り混むエイちゃん。
「まあ、分からないはともかく、これはメグさんの気持ちを聞いてからにしようか」
五月さんは私の目を見て、『どうする』と言う決断を向けてきて、私は即座に五月さんの手を握る。
「メグさんは私に賛同したようだけど」
エイちゃんは納得してその目を閉じ、
「分かりました。でもメグに何かあったら心配です」
「そんなに私の事が信じられない?」
言葉に迷って視線を泳がせたことに、エイちゃんの気持ちが揺れているのが分かった。
「私の事は信じられなくてもメグさんは信じてあげられないかな?」
私は五月さんの手をしっかりと握りしめながらエイちゃんの目を見た。
「とりあえず、今日はちゃんと時間には帰ってくるんだぞ」
そういってコーヒー代を払って出て行った。
エイちゃんの反応からすると、何か複雑な気持ちだが、私に対する思いは変わったりはしていないのは分かった。
「まあ、あの様子だと、気持ちの整理がまだつかない状態みたいだね」
「私、五月さんがいれば安心です」
すると五月さんは私の腕を引き離して、
「協力はするけど、安心するのは良くないよ。もしかしたら、英治君はあなたの甘えたところも心配の一つの要因と思っているかもしれないからね」
心にぐさりと来る厳しい言葉を心に受け、泣きそうになったけど、五月さんは本当に優しい人だと言う事が改めて分かった。
「言っておくけど、私は厳しいからね」
鋭い視線を私に向け、私は気持ちが引き締まり、
「はい!」
毅然と返事をする。
五月さんのもと、今日もキャバ嬢として働くことになった。
五月さんは厳しい。でも本当に優しい。
お客の前ではとにかく笑顔を絶やさない。セクハラされる事もあるけど、何とか受け流して、心折れそうな時でも私は負けない。エイちゃんの為にも私自身の為にも。五月さんがついている。
仕事が終わり、
「五月さん。お疲れ様です。昨日今日お世話になりました。また明日よろしくお願いします」
五月さんは目を閉じしらけた感じだ。
冷たく感じたけど、これが五月さんの優しさなんだと実感した。
すごく気が引き締まる。
そろそろ夜明けが近づいている。
いざ帰る時、きっとエイちゃんもみんなも心配していたと思うと何か後ろめたい。
でも帰らなくてはいけない。
帰るところはエイちゃんの自宅しかないんだから。
エイちゃんの家の前まで来て、聡美ちゃんとエイちゃんが心配そうな顔をして待っている。
すごく帰りづらい。
でも私は勇気を振り絞って、帰ることに。
「ただいま」
と私はぼそっと二人に目も合わせられずに言う。
すると聡美ちゃんが唇をへの字に曲げて、怒った様子で私に近づいて、私の頬を思い切り叩いた。
「どれだけ心配したと思っているのよ」
私に悲痛の思いで怒鳴り、叩かれた頬の痛みは感じられないが、その痛みは心に響いた。
「ごめんなさい」
そして聡美ちゃんは私を抱きしめた。
こんなにも私を思ってくれている人がいる。だから私は死んではいけない。みんなの前から忽然と消えてはいけない。
今回の件は、私がキャバクラで働き、みんなに心配をかけてしまった。でも発端はエイちゃんが医者の御曹司から弱みを握り、血液を分けて貰った事を知って、それを何とかしたかったのだ。
誰にせいにすれば良いのか訳が分からなくなるけど、私がみんなに心配をかけてしまった事はこれは私が悪い。
明日里音にも謝っておかないといけない。
エイちゃんはキャバクラの件は許してくれた。
でも複雑な何かが私たちの間にある気がする。
まあそれは置いとくとして、夜中にこっそり出て行って、以前私たちに危害を加えた暴走族のリーダーになった事とかちゃんと話した方が良いのだろうか。
話して置かないと、またトラブルになってエイちゃん達に迷惑をかけてしまうかもしれない。
でも話したらびっくりするだろうし、きっとエイちゃんは龍平君達の事を許さないだろう。
そんなエイちゃんにどう説明して、分かり合ってくれるかが問題だ。
私は龍平君達の暴走族のリーダーになり、見捨てる訳にはいかない。
でもまたトラブルが起こりそうで何か杞憂してしまう。
夜起きて、龍平君達の事をエイちゃん達に話すべきかどうか、心は迷っていて、うまく決断が出せない。
この気持ちのまま野放しにすると何か嫌な予感がするので、私はこんな時に豊川先生の事が思い浮かんで、相談する事に決めた。
豊川先生はいつものようにパソコンで作業をしている。そんな後ろ姿に私は声をかけ、事情を説明した。
「なるほどね。それは英治を納得させるには一筋縄ではいかないね」
「このままエイちゃん達に黙っていたら、また心配をかけてしまうんじゃないかって心配で、それに暴走族のリーダーとなった私は龍平君達をほおって置く訳にはいかないし、私どうしたら良いのか」
「じゃあ、こうしよう」
名案が思い浮かんだようだ。
「この件に関しては僕が責任を持って対処するよ」
「そんな責任って、豊川先生にそこまでする義理はないですよ」
「義理ならあるよ。僕がメグちゃんにそうしたい。メグちゃんのやっている事は誰かの為であり、僕はその力になりたいだけ。それが僕のいきる喜びでもあるんだ」
そこで五月さんの言葉を思い出す。無償のメリットの力。




