本能と理性の戦い
どうしてエイちゃんはこんなところにいるのか、不思議でしようがなかった。
エイちゃんは私を威圧的な目で見つめながら立ち上がり、
「お前、何をやっているんだよ」
瞳には怒りをたぎらせている感じだ。
「・・・」
私はそんなエイちゃんに何の返答もする事も出来ずに黙るしかなかった。
「ちょっと来い」
私の手を取り、外へと連れ出されてしまった。
あいにく今は雨が降っている。
「聡美の言った事は本当だったんだな。お前こんなところで何をしているんだよ」
「見れば分かるでしょバイトよ」
「バイトってお前こんないかがわしい場所でか?」
「いかがわしいなんて偏見だよ。これもちゃんとした職業だよ」
「じゃあ、お前何て言う格好をしているんだよ」
「ここのユニフォームだから仕方がないでしょ」
「仕方がない訳ないだろ。どうしてこんなところで働いているんだよ。仕事なら他にあるだろ」
血液の事とは言えなかった。だから私は。
「私最近ブランド物にはまっちゃってさ。それを買う資金が必要なの」
口から出任せを言う。
「だったら俺が買ってやるよ。一万ぐらいあれば足りるだろ」
「そんな安くないよ。私が欲しいブランドはその五十倍はする値段がするもん」
「そんな高い物を持ってどうするんだよ。聡美はすごく心配していたぞ」
「そんな心配いらないよ」
「とにかく帰るぞ」
私の手を強く握ったが、私はそれをはらった。
「私は帰らない。私はここで働いてお金をたくさん稼ぐから。もうエイちゃんは邪魔しないで」
と勢い余って言ってしまっった。
私はキャバクラに戻り、私を引き戻そうとする店長がエイちゃんの前に立ちはだかり、私には近づけなくなった。
エイちゃんの為なのに。私はそんなエイちゃんを欺き、遠ざけてしまった。
私独りぼっちになっちゃった。
涙がこぼれ落ちそうになったが、私は涙を拭いて店内の控え室に戻った。
そこには誰もいなかった。
みんな指名されて、それぞれの持ち場へと行ったのだろう。
一人なら遠慮なく泣けると思って、私はソファーに座って止めどなくあふれ出る涙を拭っていた。
エイちゃんにあんな事を言ってしまった。
エイちゃんは私の事を心配してきたのに。
「雨と涙でせっかくあたしが施した化粧が台無しね」
と声が聞こえて振り向くと五月さんの姿があった。
私は涙なんて見せるものじゃないと思って、とっさにそっぽを向いた。
「私見ていたよ。一部始終、あなたと彼のやりとりを」
「みっともないところを見せてすいません」
と謝っておく。
「とにかく彼の気持ちも考えてかえって上げたらどうなの勇者さん」
私はカチンと来て、
「五月さんに何が分かるんですか!」
「分かるわけないでしょ。何せ事情も知らないし」
「・・・」
確かにそうだと思って私は言い返せなかった。
「まあ、あなたとはまだ数日間の間柄だけど、あなたのその事情を私に話してみない」
「話したってどうにもなりませんよ」
「どうにもならないかもしれないけど、話すだけで気持ちが楽になって、物事が良い方向へと向かうことだってあるわよ」
「・・・」
私は話さない方が良いと思って黙っていた。
「まあ、私は無理に話せ何て邪道な事はしないわ。その気になったらいつでも話なら聞いてあげられるから」
私は泣いている。
五月さんはソファーに足を組んで座って優雅にたばこを吸っている。
まるで五月さんは私が事情を話すのを待っているかのように思える。
でも私は人を見たら泥棒と思えっていう考えが心の中に強く根付いていて、簡単に知らない人に気持ちを打ち明けてはいけないと私は言い聞かせる。
でももう私にはもう頼るところはなくなった。
エイちゃんにあんな事を言っちゃったんだから。
このまま私が帰らずに、エイちゃんが持ってきた輸血バンクの血を吸わずに、このままのさばったら私は理性は本能にりょうがされ、本当の吸血鬼になり、私は人間ではなくなる。
そう考えると一人になる事の恐ろしさに心が染まり、私は藁をもすがる思いで私は五月さんに事情を話してしまった。
「信じられない話だけど、あなたは嘘を言う女じゃないことは分かるよ。だから信じるよ」
信じるって言ったけど、いまいち信じていないみたいな感じなので念には念を入れて、控え室におかれてあるパイプ椅子をとり、グニャグニャにへし折り私の力を見せつけた。
五月さんは目を丸くして、加えていたたばこをぽろりと落として、唖然としていた。
「これが私の力です。まだこれぐらいは序の口ですけど」
五月さんは笑って、
「正直、半信半疑だったけど、本当のようね。私は夢を見ているんじゃないかな?」
まだ信じていないのかと言うように少々威圧的な視線を送ると、
「冗談よ。とにかくメグさん、あなた面白いよ。多分今のところはメグさんと彼との間には、互いに気持ちの整理のついていない状態だから、一日もすれば修復されると思うわ。
とりあえず今日のところは仕事が終わったら、私のうちで一日だけ面倒を見て上げる」
五月さんの目を見て、この人は本当に優しい人だと感じた。
仕事が終わり、五月さんの自宅へと行った。
「少し散らかっているけど、適当に座っていて」
辺りを見て、ぜんぜん散らかっていない。
「何か食べたい物・・・・ってそういえばあなた吸血鬼何だっけ。それと日の光に弱いんだったね。眠いなら窮屈かもしれないけど、押入の中をおすすめするわ」
そう私は朝は無性に眠くなる。
事情を話して、それを考慮してくれるなんて至れり尽くせりで本当に申し訳なく思うが、私はもう眠くて我慢できなくて、
「では」
と押入の中に入っていった。
真っ暗な押入の中、吸い込まれる睡魔の中、私は考えてしまう。
エイちゃんにあんな事を言ってしまった。
でも五月さんは私とエイちゃんとの間を修復するには一日ぐらい時間が必要と言って、安心して良いみたいだ。
でももし今度エイちゃんに会ったら、どんな顔をすればいいのか?それとエイちゃんが私に愛想を尽かしたら・・・もう私は生きていけなくなる。
私はエイちゃんの為だからと言ってキャバクラで働くことはいけないことだったのか?私は間違っていることをしているのか?誰か教えて欲しい。
目が覚めると真っ暗な箱の中、そういえば私は五月さんの家の押入の中で眠っていたんだっけ。
襖を開けると、パソコンの画面に向かって作業をしている。
その後ろ姿は何か豊川先生を面影を感じた。
「あら、起きたのね」
「おはようございます」
「もう夜だけど、あなたにとっては朝みたいな感覚なのね」
微笑ましく笑った事に何か五月さんといると私は安心する。
それにすごくお腹がすく。
目の前にいる五月さんの血を思い切り吸いたい衝動に駆られたが、エイちゃんとの約束を守るために、こらえた。
でも私の本能をどこまで抑えられるか不安になり、昨日はあんな別れ方をしちゃったけど、私にはエイちゃんが必要な事を改めて気づかされる。
本当に私はエイちゃんなしでは生きていけない。
五月さんがおいしそう。
ダメだ。私にこんなに優しくしてくれた五月さんにひどいことをしたくない。
五月さんが私に振り向き、私の顔を見て恐ろしい物を目の当たりにした顔をしている。
本能と理性が私の中で戦っている。
その心の葛藤が私の表情におぞましく出てしまっているのだろう。
でも五月さんはその目を閉じて穏やかに微笑み、
「そういえばメグさんは血を吸うんだよね。私ので良かったら吸って良いよ」
と腕を差し出す。
「どうしてそこまで私に優しくしてくれるの?」
「うーん」
言葉に迷っている感じだ。
私は今まで気安く優しくされ、痛い目に遭ってきた。
そのような奴らの優しさは自分の慢心を満たすだけで、それを拒まれたら、その相手を非難して蔑ろにする。
だから私は五月さんの目をじっと見つめ、その答えを待った。
「分からない。分からないけど、何かあなたみたいな人を何かほおっておけないんだよね」
その答えはエイちゃんと出会ったときと答えが同じだった。
何が同じかというと、『ほおっておけない』と言う言葉。
それは偽善に等しい同情の言葉と同じなのかもしれない。
エイちゃんの時も同情から始まり、そしてエイちゃんと私は互いになくてはならない存在になっていった。
自分でも分かるが腕を差し出している五月さんにじりじりと近づき、自分でも分かるがすごく興奮していて体全体が熱く、血液を欲している。
もう偽善でも同情でも何でも良い。
遠慮なく五月さんの腕にかみつこうとした時、エイちゃんの約束を思い出し、私は自分の頭を思い切り殴り、理性を呼び戻した。
それから私は止まらず理性を保つために、何度も何度も自分の頭や顔などを殴り、本能を抑えた。
「やめなさい」
と五月さんの一喝が響き、その言葉は聴覚だけではなく心にも響いた感じだ。
その証拠に私は理性を取り戻すために自分を痛めつける手が止まった。
五月さんはちょっと怒気のこもった表情をして、少し悲しみを帯びている感じだ。
「自分を傷つける事は大切な誰かを傷つける事と一緒なのよ。だからそんな事をしちゃダメ。たとえ理性を呼び起こすためとはいえ」
五月さんのお説教と理性を取り戻す為に自分を痛めつけたことにより、私の本能はとりあえず抑えられた。
でもいつまで持つか、分からない。
そんな不安に染まった私を五月さんは後ろから抱きしめてくれた。
「キャバクラに来る女性は自分のプライドを捨ててくるような人ばかりだったけど、あなたを一目見たときから分かった。
あなたの目はすごくすんでいて、誰かを守ろうとする。そんな優しい目をしていた。
あなたに優しくする理由だけど、あなたの事が人として好きだから優しくしたんだって気がついたよ。
それともう一つ。
あなたの日頃の行いが良いからだと私は思うよ」
「かいかぶらないでください」
「あなたは一人じゃない。あなたはあるべきところに帰るべきだわ」
五月さんの言葉は嘘を言っているようには感じられなかった。
それに本当の優しさを感じ、涙が止まらない。
「今日辺り店に行けば彼は来ると思うよ」
五月さんは私から離れて、
「ちょっとしゃべり過ぎちゃったわね」
「・・・」
「血が吸いたくなったらいつでも私の血を吸って良いからね」
と言ったが、私は首を振った。
五月さんは穏やかに微笑み、パソコンの作業に入った。
私は気になって画面を見てみると、メール文章に何か打っている。
内容を見てみると、その相手に励ましの内容だった。
そこで私は同じ事をする人の名前を思わず口にした。
「豊川先生と同じ事をするんだ」
小さく呟くと、五月さんは私に振り向いて、驚いた目をして、
「メグさん。今何て言ったの?」
「いや別に気にする事じゃないと思いますけど」
いったい何をそんなに驚いているのかと言うと五月さんは、
「あなた豊川先生を知っているの?」
「豊川先生が何か?」
「豊川先生は私の恩師よ」
それで五月さんは私の味方だと百パーセント確信できた。
私と五月さんは豊川先生の話で盛り上がった。
五月さんはエイちゃんを小さいときから知っていたが、キャバクラに来た時はあまりにも大人びていて気がつかなかったらしい。
聡美ちゃんは元気とか。
聡美ちゃんやエイちゃんの小さい頃の話とか。
豊川先生の話題に五月さんはその瞳を輝かせ語っていたが、次第に何か表情が曇り始めていった。
その表情を見たとき私は思ったが、豊川先生に何か蟠りがあるのだと感じたが、そのようなことはむやみに触れない方が良いと思ってあえて聞かなかった。
時間になり、キャバクラに行く時間だ。
五月さんはエイちゃんなら来ると確信していたが、私は不安だった。
来たらどんな顔をすれば良いのかとか、キャバクラをやめさせられたら、エイちゃんは私のために悪者になってしまうとか。
でも私はエイちゃんなしでは生きていけない。
気持ちが複雑すぎて本当におかしくなりそうだ。
キャバクラに到着すると、入り口の前でエイちゃんは立っていた。
どんな顔をして行けば良いのか、迷って後込みしていると、五月さんに手を引かれて、
「英治君」
エイちゃんは気がつき、
「五月さん。それにメグ」