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Node11.3:素顔の司令官

日米合同チーム『PENTAGRAM STARLIGHT(五連星)』が結成された直後の、JVBL本部。アンドレ、シルキー、ウォッチャーという強力な援軍を得て、フルリンクの戦術会議が熱を帯びる中、会議室の自動ドアが静かにスライドした。


「――チームの公式登録、および中東リーグへのエントリーが完了した」

聞き慣れた、低く冷徹な声。しかし、その声の主が室内に入ってきた瞬間、会議室は凍りついたような沈黙に包まれた。そこに立っていたのは、いつも画面越しに、深いフードと漆黒のマスクで顔を隠して現れる『X』……。のはずだったが、現れたのは仕立ての良いスーツを着こなしてはいるが、どこか冴えない、だが眼光だけは鋭い中年男性だった。


「……Huh? Who are you?(誰だ、このおっさんは?)」

アメリカから来たシルキーが怪訝そうに眉をひそめ、アンドレも丸眼鏡の奥で目を白黒させている。

その男は自分の姿に対する周囲の反応に一瞬だけ戸惑うような仕草を見せたが、すぐに無表情に戻り、手元のタブレットを操作し始めた。


「エントリーに伴い、アル=ナジール共和国政府から『PENTAGRAM STARLIGHT』一同へ、開幕記念式典への招待状が届いている。主賓扱いだ。渡航費、滞在費はすべて先方が負担する」

淡々と業務連絡を続ける男。そのあまりに堂々とした「関係者面」に、美月が不審者を見るような目で口を開きかけた、その時だ。

ずっと男の顔を凝視していた遥が、椅子の脚を鳴らして立ち上がり、男のそばまで無言で歩み寄った。

そして、周囲に聞こえないような小声で、しかし確実に彼に届くトーンで耳打ちした。

「……お父さん。マスク被んなくていいの?」

「…………」

――ピキリ、と大樹の指先が目に見えて止まった。

彼はまるで油切れの機械のような動作でギギギ……と首を回し、至近距離にある娘の顔をまじまじと見つめた。


「っ!?……遥。お前、今、なんて言った」

「だから、いつも被っている『Xの覆面』被んなくていいの?」


大樹は、前の会議が長引き、慌てたこともあり、マスクをし忘れ登場してしまった事に気づいた。

JVBL屈指のエンジニアとして、あるいは冷徹なプレイヤー『X』として築き上げてきた完璧なプライドが、足元から音を立てて崩れていくのを感じた。

そして、なにより大樹を、動揺させたのは、遥が、「X」の正体を大樹と知っていたことだ。


「……遥。いつからだ。いつから、気づいていた……?」

「えっ、結構前からだけど。前にお父さん、WVBLの本部にイーグルさんと素顔のままで入っていくの、見かけちゃったし。この前も私が、Xの素性を聞こうとしたとき、Xの右の眉毛が上がってた。あれ、お父さんが、隠し事をしていたり、何かごまかそうとするときの癖だよ……。」


エンジニアとして完璧な匿名性を維持していたはずの男が、娘の鋭すぎる観察眼という、最も身近でアナログな要因の前に完全な無防備を晒した瞬間だった。

数々のサイバー攻撃を退けてきた『X』の仮面が崩壊し、そこにはただの、娘に隠し事がバレてうろたえる「不器用な父親」だけが取り残されていた。

その光景を見ていたメンバーの間に、爆発的な衝撃が走る。

「えええええっ!?お父さん!?遥、今お父さんって言ったの!?」

美月がモデルとしての優雅さをかなぐり捨てて絶叫した。

「Xが、遥さんの……お父様?ということは、JVBLのシステム構築などすべて……?」

優太も眼鏡を指で押し上げることさえ忘れ、口を開けて固まっている。

そこへ、会議室のドアが再び勢いよく開いた。

「おーい、遥!宿題のプリント忘れてるぞー!それと今日、スーパーの特売日だから帰りに卵買ってきてくれ……って、お前の“かぁちゃん”が言ってたぞ………………。なんだ?遥の“とぉちゃん”が、なんでこんなところにいるんだ?」

のんきに現れた翔太が、不思議そうに大樹の顔を覗き込む。


「翔太君、遥のお父さんのこと、知ってるの?」

美月がすがりつくように聞くと、翔太はあっけらかんと答えた。

「そりゃあな。ガキの頃、遥の家に遊びに行くと、いつもジャージ姿でゴロゴロしながらテレビ見てたぜ。……で、その遥の“とぉちゃん”がなんでここに?」


「翔太君、落ち着いて。……その『ゴロゴロしてたお父さん』が、「X」だったのよ」

翔太は、スポーツドリンクのボトルを口に運ぼうとした姿勢のまま石化した。


「………………」静寂。


「は、はあああ!?X!?あの、画面の中でいつも恥ずかしげもなく、中二病全開なセリフ吐きまくってた黒ずくめの“おっちゃん”が、遥んちの、あのだらけた“おっちゃん”!?マジかよ、嘘だろ!ギャップで脳が爆発するわ!!」

翔太が腹を抱えて笑い転げ絶叫、無冠の王者Player_Xの威厳は、特売のチラシと共に、再起不能なまでに粉砕された。


「私の正体は、今の議論の本質ではないッ!卵の話も、今は忘れるろ!!」

大樹は話をごまかすように激しく咳払いをしたが、真っ赤になった耳まではごまかせなかった。

(いや、いや、もう無理だって……威厳、ゼロだよ……)

遥は心の中で、天を仰いでつぶやいた。


大樹はもう一度、今度はより一層強く咳払いをし、開き直るように話を強行した。

「話を戻すぞ。アル=ナジールからの招待だ。これは明らかに罠だが、同時に絶好のチャンスでもある。現地に潜入すれば、最新版HARMONIAの物理的な性能の限界を見極められるかもしれない。……どうする」


開き直りが功を奏したのか、一転してシリアスな空気が戻る。アル=ナジールは、一度は死闘を繰り広げた敵地だ。システムの中心部に飛び込むことは、再び自ら監視の目の中に身を投じることになり、逆に観察分析される対象となることを意味する。


「行くしかないわね」

美月が毅然とした態度で言った。

「最新のシステムを肌で感じなきゃ、本当の意味で勝つことはできないわ。それに……主賓として招待されたのなら、あちらも建前上、すぐには手出しできないはずよ」

アンドレとシルキーも顔を見合わせ、力強く頷く。

「僕らも、あの巨大な壁の裏側に何があるのか、自分の目で見極めたい」


そんな中、一人だけ別の意味で目を輝かせている男がいた。

「……ってことは、“お父さん”。アル=ナジールへの飛行機はファーストクラスっすか?ホテルは五つ星だよな?メシももちろん、公費で食い放題だよな!?」

「……ああ、そうだ。招待枠だ、すべて先方が賄う」

「っしゃあ!タダで豪華中東旅行じゃねえか!遥、美味いもん食いまくってやろうぜ!」

翔太のあまりの単純さに、重苦しかった空気は一気に弛緩した。しかし、そのお調子者の瞳の奥に、かつての激闘で見せた「野生の鋭さ」が宿っているのを、遥は見逃さなかった。彼もまた、浮かれているフリをして自分たちを鼓舞しているのか?


「……みんな、ありがとう」

遥は改めて、集まった仲間、そして素顔を晒した父を見つめた。

かつての戦いは、絶望を振り払うためのものだった。だが、今度の戦いは違う。管理された世界の裏側にある真実を知り、それでもなお自由を示すための参戦だ。


「よし、行こう。アル=ナジールへ。……私たちのバスケが、どこまで通用するか試してやるんだから!」

遥の力強い宣言に、JVBL本部の空気が一つにまとまった。五つの異なる星が、砂漠の夜空に輝くために。日米合同チーム『PENTAGRAM STARLIGHT』は、決戦の地、アル=ナジールへと旅立つ準備を整えたのだった。



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