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Node11.1:砂漠の新星

同じくHARMONIA・ショックから一年。仮想空間V.B.Lバーチャル・バスケットボール・リーグも、かつてない激変の波に洗われていた。

もはやそれは単なる「ゲーム」の枠組みを逸脱し、各国が構築しようとしているメタバースの、人類にとっての「実験場」へと変貌を遂げていた。


遥たちが死守した「精神の自由」という気高き理想と、大衆が切望する「システムによる快適な恩恵」――その二つの巨大な磁場の間で、人々は新たな生存戦略としての均衡点を模索し始めていた。


新生V.B.Lにおいて最も大きな変化は、AIアシストの導入だった。

かつてアル=ナジールが極秘裏に行っていた、ナノマシンによる直接的な神経介入や群衆操作システムは国際法で厳格に禁じられた。しかし、その一方で「プレイヤーのポテンシャルを極限まで引き出すためのアシスト」としてのAI利用は、条件付きで公式に認められたのだ。

視界には常にAIによる最適パスコースが薄青いラインで投影され、シュート成功率はコンマ数桁までリアルタイムで算出される。プレイヤーは「何をするか」を考える必要がなくなり、「システムが示す選択肢から、どれを最速で実行するか」という、反射神経の機械的な競い合いに没入していた。


アシストに対するレギュレーションとしては、AIの干渉システムの採用は、プレイヤーの任意で行われ、採用においてもシステムはプレイヤーの精神に不可逆な変容を与えないこと。そして、各アバターに割り振られた「総パラメータ」の枠を超えた、物理法則を無視する超人的挙動はペナルティ対象となる。

片やメンタルパラメータ・システムは、存続され「個人の意志がプレイの主導権を握り、各パラメーターに影響を及ぼす」という危ういバランスを担保するための監視装置として再定義された。

その新時代の象徴として、砂漠の熱砂の上に産声を上げたのが、世界中が固唾を呑んで見守る「中東リーグ(Middle East League)」である。


このリーグが従来のV.B.Lと決定的に一線を画すのは、それまでの「1on1」や「3×3」といった個の武勇に頼る形式ではなく、リアルなバスケットボールと同じ**5×5(フルリンク)**を全面的に採用した点だった。

コート上の情報量は幾何級数的に跳ね上がり、10人のアバターが織りなす連動、戦術、そして膨大な演算処理がリアルタイムで激突する。

この高負荷な環境を遅延なく維持できるのは、皮肉にも、世界で唯一無二の超並列演算能力を誇る「HARMONIA」を基幹システムに据えたアル=ナジールのサーバー群だけだった。


「これこそが、人類が到達すべきスポーツの終着点だ」

中東リーグのプロモーション映像に踊るその言葉は、”HARMONIA”に魅了された国々の熱狂を煽り、世界を一層、レッドブロック(管理側)へと誘っていた。


「……結局、僕たちはこの巨大な知性から、一歩も外へは出られないのかもしれないね」

JVBLのアナリストルーム。薄暗い部屋の中で、優太はモニターに映し出される中東リーグのデモンストレーション映像を、複雑な色を宿した瞳で見つめていた。

画面には、広大な砂丘の只中にそびえ立つ、巨大なクリスタルのようなデータセンターと神殿が融合したような異容を放つ最新鋭スタジアムが映し出されている。

そこは、数万人の導入数を誇るパブリックビューイング会場となっており、映し出されているのは、リアルスケールでプレイするV.B.Lプレイヤーアバターのホログラム。「HARMONIA・エディション」と銘打たれたシステムが、かつてないほど滑らかで、それでいて暴力的なまでに力強いプレイを再現していた。


「アル=ナジールはこのリーグを、HARMONIAの安全性を世界に誇示するための、最高級のショールームに作り変えたのよ」

美月が腕を組み、厳しい表情で言葉を重ねる。

「見て、『私たちのシステムはこれほどまでに公平で、熱狂的で、そして美しい』……。自由という名の混乱に疲れた国々にとって、これほど魅力的なプロパガンダはないわ」

その言葉を証明するように、中東リーグのコートではアル=ナジールの代表チームが絶対的な王者として君臨していた。

彼らのプレイは、AIのアシストと個人の魂が高度な次元で融和し、もはやどこまでが「演算」で、どこからが「意志」なのか、神のみぞ知る領域に達している。かつての動乱で傷ついたはずのアル=ナジールの国民は、このリーグの成功を「国家の誇り」として熱狂的に支持していた。

スタジアムを埋め尽くす白装束の観客たち。ネットワークの向こう側で熱狂する数億の視線。そこにあるのは、完璧に管理された平和がもたらす、汚れなき「幸福な熱狂」だった。


◇ ◇ ◇


キュッ、というバッシュが床を噛む鋭い音が、放課後の体育館に反響する。重たいボールが弾むたび、空気の粒子が震える。遥は滴る汗を拭うことさえ忘れ、自分より頭一つ分以上も大きいセンターの選手の前に立ちはだかっていた。巨大な壁のような長い腕が、彼女の視界を遮る。以前の彼女なら、この絶望的な体格差に気圧され、立ち尽くしていただろう。

だが、今の遥の魂は、バーチャルの極限状態で磨き上げられていた。「視線のフェイント」で相手の重心をわずかに浮か浮かせ、コンマ数秒の遅延を突く。V.B.Lで学んだ「重心移動の極意」をリアルの筋肉に流し込み、一瞬の隙を見逃さず、重力から解き放たれたような速度で懐へ潜り込む。


「……っ、ここだ!」

鋭い低空ドライブで抜き去り、放たれたシュートは鮮やかな放物線を描いてリングに吸い込まれた。

「ナイスシュート!」

仲間からの歓声が飛ぶ。


現実のコートは、依然として残酷だ。体格、筋力、届かない指先。しかし、死線を越えたV.B.Lでの経験は、彼女の身体に「技術と知略で物理限界を突破する術」を刻み込んでいた。

(身体の大きさは変えられない。でも、このコートを支配する『感覚』だけは、AIにだって渡さない……!)

練習の後、ベンチで荒い息を吐きながら、遥はバッグからタブレットを取り出した。

画面の中で躍動するのは、かつての宿敵――アミールが率いるチームの最新ハイライトだ。

そこにはあの激闘の時にも感じた、冷徹なまでの最適解があった。しかし、今の彼の動きからは、形容しがたい違和感も伝わってくる。以前の機械的な正確さと似てはいるがどこか違う、「意志」の揺らぎは微塵もなく、さらに深化した「システムとの同化」がもたらす超然とした静けさなのか。遥は画面の中の彼から目を離せなかった。


「……5×5〈フルリンク〉。ついに、リアルでやっているバスケと同じになるんだ」

遥は無意識のうちに、膝の上で拳を強く握りしめた。これまでの戦いは、個人のスキルが勝敗を分ける「限定的な戦場」だった。しかし、5×5への拡張は、仲間との連動、多層的な戦術、そして戦場全体を俯瞰する高い知性を要求する。それは彼女が今、この蒸し暑い体育館で泥臭く追い求めている、バスケットボールの真髄そのものだ。

現実のコートで体格差に抗う「折れない心」を、バーチャルの最高の舞台で、よりスケールの大きな戦術として結晶させてみたい。

システムに管理された「正解」ではなく、泥臭く、それでいて洗練された「人間の連動」によって生まれる奇跡。その可能性を思うだけで、胸の鼓動が激しく高鳴った。


HARMONIAという巨大な檻が、ふたたび「効率」と「管理」の名の下に世界を覆おうとしている。システムの影がどこまでも追いかけてくることへの不安は消えない。けれど、それ以上に遥の胸を焦がしていたのは、純粋なアスリートとしての熱い渇望だった。


(バーチャルのコートなら、今の私が持てる全てを、100パーセントの形で解き放てる。あの広大なステージで、5人でパスを回し、全員の意志が一つに溶け合うあの至高の瞬間を味わえるなら……)

「システムがどう動こうと、そこで流れる汗と熱だけは……誰にも汚させたくない」

画面の中で、静かにこちらを見据えるアミールの瞳。遥は無言で挑戦状を叩きつけるようにタブレットを閉じた。彼女の瞳には、かつてないほど強く、そして澄んだ、自由への意志が宿っていた。



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