計画たてる?それとも、行き当たりばったりで行く?
旅というものは、人の心をほどく力を持つと、わたしは昔から思っていた。日々の暮らしの中では見えない心の襞が、旅路の風に触れると、ふと形を変えることがある。
今日の二人もまた、旅に導かれ、旅に育まれた縁をたどりながら、日常へと歩みを重ねてゆく。計画と偶然、そのどちらも抱きしめながら旅に出る。
***
旅というものは、出会いを運んでくるだけじゃない。その後の人生の歩き方まで、そっと形づくってしまうことがある。
僕と彼女は、まさにその例だ。五年前の金沢の旅で出会い、気づけば結婚していた。だから、旅は僕たちにとってただの非日常ではなく、人生の根っこみたいなものになっている。
結婚して分かったことがある。僕は旅の計画をきちんと立てるタイプだということだ。
何時に家を出て、昼までに車で移動し、有名な蕎麦屋でお昼を食べる。午後は町を散歩し、予約した旅館に入り、温泉に浸かり、宿の夕食を食べる。翌朝は宿の朝食を食べ、少し離れた海までドライブして、予約した海鮮丼屋で昼食をとり、夕方には家に帰る。
こんなふうに、僕の旅は一本の線のように整っている。迷いがなく、予定があり、結論がある。旅というより、物語の台本に近いのかもしれない。
ところが彼女は、まったく違う。
彼女は行き当たりばったりの旅が好きだ。
たまたま見つけた店のご飯が美味しかったりすると、
「これが旅の醍醐味だよね」と嬉しそうに笑う。
ドライブも、目的地より道のりを楽しむ。
「この道、なんか良くない?」
「ちょっと寄り道してみようよ」
そんなふうに、風の向くまま走ることに喜びを感じる。
僕は彼女の求めているものを理解しているつもりだ。
「この店、有名だから絶対美味しいはず」と思って調べて行っても、彼女はその手前の、名前も知らない小さな食堂に心を奪われたりする。彼女の意見を尊重することが多いが、外すことが多い。
僕はそれを少し悔しく思いながら、同時に羨ましくも思う。彼女は旅の中で、偶然を見つけるのが好きだ。僕は旅の中で、準備した安心を実行するのが好きだ。どちらが正しいわけでもない。ただ、旅の歩き方が違うだけだ。
ある旅の帰り道、車の中で彼女が言った。
「ねぇ、あなたの旅って、ゴールが分かってる感じがするんだよね」
「ゴール?」
「うん。全部予定があって、全部その通りに進んで、全部その通りに終わる。それはそれで安心なんだけど、旅ってもっと、何が起きるか分からないほうが楽しくない?」
僕は少し考えてから答えた。
「でも、外したら嫌じゃない?せっかくの旅で、失敗したくないし」
彼女は笑った。
「失敗しても、それが旅じゃない?美味しくないご飯も、雨の散歩も、全部あとで思い出になるよ。あなたは旅を成功させようとするけど、私は旅を味わいたいの」
その言葉は、妙に胸に残った。
僕は旅を「成功」させようとしていた。彼女は旅を「体験」しようとしていた。その違いは、思っていたより大きかった。それでも僕たちは、どちらか一方に合わせることはしなかった。
僕は計画を立てる。彼女はその計画を、必ずどこかで変更する。
「この道、ちょっと気になるから曲がってみない?」
「この店、なんか良さそうだから入ってみようよ」
「ねぇ、予定より早く着いたから、海まで行っちゃわない?」
僕はそのたびに少し戸惑い、少し悔しくなり、少し笑ってしまう。彼女は僕の計画を壊すのではなく、旅に風を入れているのだ。
そして気づけば、僕たちの旅はいつも、
計画と偶然が半分ずつ混ざったものになっていた。
それが心地よかった。
ある旅館の夜、温泉から戻った彼女が言った。
「ねぇ、私たちの人生も、こんな感じで歩いていくのかもね」
「こんな感じ?」
「うん。あなたが道を作って、私がちょっと曲げて、またあなたが整えて、また私が寄り道して。その繰り返しで、どこかに辿り着くんじゃないかな」
僕は湯上がりの体をタオルで拭きながら、
その言葉をゆっくり噛みしめた。
旅のかたちは、人生のかたちに似ている。
予定通りに進む日もあれば、思いつきで曲がる日もある。どちらも必要で、どちらも大事だ。
僕たちは、旅で出会った。旅で心を寄せ合った。旅で恋を育て、旅で結婚した。だからきっと、僕たちの人生という旅も、計画と偶然が半分ずつ混ざったまま進んでいくのだろう。
次の旅の計画を立てながら、僕はふと思う。彼女が突然、「ここ寄ってみない?」と言うだろう。僕は少し悩んで、少し笑って、結局ハンドルを切るだろう。その瞬間が、僕はけっこう好きだ。
旅は続く。人生も続く。どちらも、予定通りにはいかない。でも、予定通りじゃないからこそ、僕たちは一緒に歩いていけるのかもしれない。今日もまた、次の旅の地図を広げながら、僕は静かに計画をたてる。きっと彼女が想定外の思いつきで計画を変えてしまうのだろうなと思いながら。
***
そもそも、旅の縁というものは、時に人の心を深く揺らす。都の暮らしに慣れた者ほど、旅先の風に触れたとき、思いがけぬ自分と出会うことがある。
光の君が須磨・明石へと下った折も、まさにそうだった。都では計画に満ち、すべてを整え、思い通りに進めることを常とした光の君が、荒ぶる海の音に包まれた明石では、思い通りにならぬ自然の気まぐれに心をほどかれ、そこで出会った明石の君の、風のように自由な心ばえに触れたのだ。
明石の君は、先の見えぬ日々を恐れず、
「今日という日がどこへ流れてゆくのか」を受け入れる人だった。光の君が都で積み上げてきた計画の美しさとは、まるで異なる歩み。
けれどその違いこそが、光の君の心に静かな光を落としたのでしょう。
旅は終われば日常に戻るもの。しかし、旅で出会った思い出は、日常の中で形を変えながら息をし続ける。この物語の二人もまた、光の君と明石の君のように、計画と偶然を半分ずつ抱きしめながら、人生という旅路を歩んでゆくのだろうとわたしは思う。
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