表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生人語 ー紫の語りー 紫式部は現世も見て物語を書いていたのかもしれない!?  作者: 岩田 ヒロ
六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/94

わたしの影じゃない

 恋というものは、距離を置いた途端にその距離のぶんだけ心がざわつくものらしい。 離れれば楽になると思いながら、離れてからかえって心が乱れるのだ。まして噂ほど厄介なものはない。 本人の耳に届くころには少し話が盛られて、胸の奥の弱いところを容赦なく突いてくる。


 わたしは千年前からこうした男女の心の揺れを何度も見てきた。 時代は変わっても胸に生まれる影の形は変わらない。


 その影に揺さぶられた女性がここにもいる。


 ***


 彼と距離を置くことにしたのは次の日だった。 胸の奥の黒い影。あれを抱えたまま彼の隣に立つのはもう無理だと思ったから。

「ちょっと会うのやめよう」と言ったとき、彼は反論しなかった。 距離を置けば影も薄れると思っていた。でも、現実は違った。


 数週間後、共通の友人から聞いた。

「ねえ、彼、新しい彼女できたらしいよ」その瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。息が止まるかと思った。 距離を置いたのはわたしなのに。それでも、心は勝手にざわついた。


 誰よ、その子。あのSNSの子?

 黒い影が静かに広がる。

 呪ってしまえ。 そんな言葉がふと頭によぎった。自分でも驚くほど暗い感情だった。


 その夜、スマホが震えた。彼からだった。

「久しぶりに話せないかな」

 どうして今なの。どうして彼女ができたタイミングで。 無視すればいい。でも、指は勝手に動いていた。

「いいよ」

 会いたくないのに、会いたい。 会えば傷つくのに、会わずにいられない。 影はもうわたしの中ではちきれそうだった。


 *


 待ち合わせのカフェに着くと、彼は少し痩せて見えた。

「来てくれてありがとう」

 その声に胸が痛んだ。まだ好きなのだと認めざるを得なかった。


 沈黙のあと、彼は言った。

「実はさ……彼女ができたんだ」知ってるよ。でも、知らないふりをした。

「そう。私たちまだ正式に別れてないのにね」棘のある言い方をした。でも声は落ち着いていたと思う。


 呪ってしまえ。 その子を。わたしから彼を奪った子を。 そんな声が耳元で聞こえた気がした。



「ごめん、もっと早く話せばよかった」何を話せばよかったの。別れ話? もっと前から私以外にも付き合っていた子がいるということ?


 黒い影が口から出そうになったとき、彼が言った。

「でも、うまくいってないんだ」

 彼はコーヒーを見つめた。

「多分、俺が悪いんだと思う」

「え、何のこと」怒りが湧いてきた。


「わからない。彼女はいい子なんだよ。でも……きっと俺がどこかで後ろめたさを感じてる」

「後ろめたさって、何に?」

「お前に対してだと思う」


 わたしは息を呑んだ。そして言った。

「わたしね。あなたの彼女のこと、呪いたいって思ったんだよ」

 彼は驚いた顔をしたが、すぐに首を振った。

「ごめん。俺が悪いんだ。ちゃんとけじめもつけずにいたから。  だから、変に心配というか……変に迷惑かけちゃって」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の黒い影がほどけていくのを感じた。呪いたいなんて思ったのは、わたしの心が歪んでいたからじゃない。 彼の罪悪感の影が映り込んでいただけだった。

「もう、いいよ。わたしは大丈夫だから」彼の目はどこか救われたように見えた。


 カフェを出ると、夕暮れの風が頬を撫でた。 さっきまで胸にあった黒い影は、もうほとんど残っていない。呪いたいと思った自分を責めなくていい。 あれは、わたしの心が壊れかけていたわけじゃない。 彼の罪悪感が、わたしの心に影を落としただけ。影はもう消えつつある。 わたしはわたしの足で前に進める。 そして、彼は彼の場所へ戻っていく。


 それでいい。それが自然だ。わたしは空を見上げた。 薄い雲の向こうで、月が静かに光っていた。わたしも誰も呪わない。 ただ静かに、次の一歩を踏み出す。


 ***


 そもそも、人の心に生まれる影というものは、 自分の内側だけで育つとは限らない。 誰かの罪悪感や未練や曖昧な優しさが、 知らぬ間にこちらの胸に落ちてくることがある。


 光の君も、ある女性と不倫の関係を持った。 彼女は彼の曖昧な優しさに縛られ、 自分でも気づかぬうちに心をすり減らしていった。 光の君が別の女性に心を寄せたとき、 彼女の胸に生まれた影は、彼女自身の嫉妬だけではなかった。 光の君が抱えた「申し訳なさ」や「未練」が、 彼女の心に静かに流れ込み、影を濃くしていったのである。


 人は、自分の影だけで苦しむのではない。 誰かの影を受け取ってしまうこともある。 それは昔も今も変わらない。恋の影の生まれ方は、千年前と少しも違わない。 ただ、影に飲まれず、自分の足で前へ進もうとする若い人々の姿は、 どこか眩しく、頼もしくさえある。


読んで頂き、ありがとうございます。

評価と応援よろしくお願いします!

ほぼ毎日更新しています。フォローして頂けるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ