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第三十一話【みんなで聞こう森の声】

 テミスさんの家は村のはずれにあった。


 その家もテミスさんの人柄が現れてるというか、風変わりな見た目をしている。

 木造のログハウスなんだけど、家の中から木が一本屋根を突き抜けるように生えていて、赤い染料でよく分からない模様が外壁に描かれている。

 庭には祭壇のようなものと、火のついたロウソクが数本。火をつけたばかりなのかな?


 テミスさんは家の中に居るみたいで、何かのささやき声が聞こえてきた。

 それはまるで呪文のようで、なんて言ってるのか分からなかったけれど……。

 必死に何かを伝えようとしているような、そんな感じがひしひしと伝わってきた。


「テミスさんのお家はここみたいね」

「そうだねリエッタさん、さっそく行ってみよう」


 わたしは意を決して玄関の扉をノックする。

 ささやき声は止まり、のしのしとこちらに歩いてくる音が聞こえてきて、すぐに扉が開かれる。


「誰だ? 俺は今、村を代表して森の声と会話していた所なのに」


 少し不機嫌そうな様子のテミスさん。

 顔の装飾のせいか、コワモテの顔がより一層怖く感じる。

 わたしは少し緊張しながらテミスさんに話しかけた。


「邪魔してすみません、少しお話を聞きたくて……」

「ふん、誰かと思えば村長の所に居たよそ者か。俺は村の連中みたいに優しくはない、話すなら他のオークと話すんだな」

「魔女についてテミスさんの意見が聞きたいんです、どうか話してもらえないでしょうか?」

「……ふむ」


 テミスさんは少し考えたあと、やや納得いかない様子で呟いた。


「まさか、まともに俺の話を聞いてくれるのがよそ者だけとは……実に嘆かわしい」

「……えっと、それじゃあ」

「お前らに話して何か変わればいいのだが……まあいい、中に入れ、茶を出そう」


 ……多分、話してくれるのかな?

 わたしたちはテミスさんに案内されて、家の中へと入った。


 外も風変わりだったけれど、中はもっと風変わりだった。

 木製の人形、ロウソクが何本も添えられてる祭壇、変な匂いのするお香。

 壁に飾られてる木製の大きなお面が、まるでわたしたちを監視しているかのように不気味に見える。


 わたしとソラは少し緊張した面持ちで、リエッタさんは警戒した様子で。

 レティシアちゃんは──。


「まあー、変わったお家ですわぁ」

「あまり物に触るなよ、森の神は繊細なんだ」


 ……うん、こんな状況でものんびりしてる。ちょっと見習いたい。


 わたしたちは囲炉裏を囲むように座らせられ、緑色の液体が入った陶器のコップを目の前に置かれた。


「えっと、テミスさん、これは?」

「森の神からの恵みだ、残さず飲むんだ」


 ……ええと、ちょっと匂いを確かめ──青臭っ。

 これお茶っていうか、雑草の煮汁とかなんじゃ……。


「……頂きます」


 リエッタさんが行った……!

 丁寧に陶器のコップを持ち、くいっと一口。

 だ、大丈夫かな……? ドキドキしながらリエッタさんを見守る。


「これはその……ずいぶんと個性的なオークティーですね……」

「俺が考えた配合だ。クセがあるが森の声と会話が出来るようになる」


 オークティー……確かオーク族が飲む伝統的な緑色のお茶だけど……。

 これ、絶対に余計な物入ってるよね? お茶好きのリエッタさんが苦笑いしてるよ?


「……僕はいらない」

「駄目だ、飲まないと話をしてやらん」

「な、なんでだ……ええいくそっ!」


 あっ、ソラが一気に飲んで……むせながら慌てて外に走ってった。

 ……相当おいしくないみたい。うえぇ、飲まなきゃ駄目なのこれ?


「どうした、桃色のハーピー。飲めないと話はしないぞ」

「うっ……い、いただきます」


 うん、どうしても飲まないといけないみたい。

 わたしは我慢しながらそれを口に入れた。


 ……苦っ! あー苦い! しかもちょっとドロっとしてて舌に絡みつく!

 なにこの、えっ、うわ、よく分かんないけど甘みが後から来た!

 まるで溶け残った砂糖が後から来たような、うぇぇぇ……っ!


「まあ、変わった味ですわぁ」

「ほう、どうやら兎の獣人は森に好かれているらしい」


 えっ、これ飲めるのレティシアちゃん!?

 っていうか、好かれてるとか関係あるの……!?

 うっぷ……ちょっと酸っぱいものが上ってくる感覚……やだこれ気持ち悪っ。


「ローブの小僧はどうやら受け入れてもらえなかったようだな……まあいい、そのうち戻ってこれるだろう、森は寛容だからな」


 どうしよう、言ってる意味がさっぱり分かんないよう……!

 わたしは涙目になりながらなんとかテミスさん特製オークティーを飲み干すと、震える手でコップを置いた。


「ご、ごちそうさまでした……」


 ……なるべく味を思い出さないようにしよう、ソラみたいになりたくないし。


「……うむ、どうやら森はお前たちを歓迎したようだ。じきにお前たちも見えてくるだろう」


 さっきから言ってることがさっぱり分かんないけど、優しい笑みを見せてくれたテミスさん。

 多分話を聞いてくれる……のかな?


「あの、テミスさん、魔女に関してなんですが……」

「うむ、俺の意見が聞きたいと言っていたな? 何度も言うが、あれは森の怒りが生んだ祟りだ」

「祟り、ですか?」

「そうだ、ある日森は俺に深い悲しみと怒りを伝えて来た。そしてあるビジョンを見せて来たのだ……それは面白半分に鹿を狩るこの村のハンターの姿だった」


 テミスさんは怒りに震えた様子で拳を握りしめる。


「そのハンターは鹿の首を取ると、なんと手を合わせもせずに帰ってしまったのだ! 森に導かれるままビジョンが見えた場所に行くと、確かに首のない鹿の死体があった。これは現実に起きたことだと悟った俺は村長にそれを伝えたのだが、相手にされず……そして数日後、あの魔女が現れたのだ」

「えっとその、森はその魔女についてなんと?」

「詳しくは話してくれなかったが、森は俺に怒りのビジョンを示した。俺はこれを森の祟りだと考え、今すぐハンターの狩りを規制すべきだと訴えたのだが……後はお前たちが見た通りだ」


 テミスさんは残念そうにうつむいて、悲しい声で言葉を続ける。


「我々は古来より森と共に生きてきた。森の恵み無しでは我々は生きていけないというのに、現代のオークたちはそれを疎かにしている。非常に嘆かわしい事だ……このまま森の怒りが収まらなかったら、仮に魔女が居なくなったとしても事態が良くなる事は無い、むしろ悪くなる一方だろう。そうすれば、我々はもうここには住めなくなってしまう」


 なるほど、テミスさんなりにユク村を心配していたんだね。

 森の声とかビジョンとかはその、よく分からないけど……。

 でも、このままじゃいけないって言いたいのはよく分かったよ。


「ゴホッ……テミスとやら、アレに何を入れたんだ……!」


 あ、ソラが戻ってきた。

 なんかフラフラしてるけど……大丈夫かな。


「おお、戻ったか小僧。どうだ気分は」

「最っ悪だ! 死ぬほど不味いし、アレを飲んでから"変な笑い声"まで聞こえるんだ!」

「ふむ、それは意外だ……まさかお前が一番早く森に迎えられるとはな」


 えっ何? ソラ幻聴聞こえてるの?

 それに迎えられたって──。


『くすくすくす……』


 ……わ、わたしも幻聴聞こえてきた!?

 やばいよ、全部飲んじゃったよ!? 危ない薬じゃないよねこれ!?


「これは……ハルちゃんも聞こえるかしら?」

「えっ、リエッタさんも聞こえる?」

「うん、子供の笑い声のような……」


 するとソラが驚いた様子で手をぶんぶんと振り回し始める。


「わああっ!? なんだお前ら、ちょ、やめろぉ!」


 今度は幻覚、なのかな……って、幻覚!?


「あ、あのテミスさん! あのお茶に何入れたんですか!?」

「言っただろう、森と会話出来るようになると……ミワクキノコ、ケラケラ草、そしてゲンカクチョウの鱗粉だ」

「ちょ、全部毒物じゃないですかぁ!?」

「安心しろ、死ぬことはない」

「そう言う問題じゃないですよ!?」


 うーわー! 最悪だよこの人! ちょっとでも可哀想だと思ったわたしが馬鹿だった!

 今すぐ吐き出し……いや、もう幻聴聞こえてる時点で遅いかぁハハハ……。


「……! これは……」

「わぁ、すごい光景ですねー」


 リエッタさんもレティシアちゃんも何か見え始めちゃったし、わたしもじきに変なものが……!


『変なものじゃないやい!』


 あ、うんごめん……って、えっ、これって……。


「リエッタさん、まさか同じものが見えてる?」

「ハルちゃんも見えたのね……ええ、まさしくこれは──」


 わたしたちが見たもの、それは──。


『その通り、"妖精"だバカヤロー!』


 そう、あのおとぎ話の存在だと言われていた妖精が、まさしく目の前に現れたのである!

 それも一匹や二匹ではない、十匹……いやそれ以上の妖精が、この部屋の中にひしめいているのだ。

 これがテミスさんの言う森の声の正体……! まさか妖精だったなんて!

 わたしはこの光景を、唖然と見つめることしか出来なかった。

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