家庭教師は不在中 @醍醐寺 1
しばらく間が空いてしまいました。
変わらずご愛顧いただけると、嬉しいです!
俺はいなご麿。絶賛潜入捜査中の、すご腕工作員だ。
潜入先は、醍醐寺。ターゲットは座主の勝覚。
敬愛する速足のお殿様と、一目置いている斎迩の君から、この計画に抜擢された。
それだけでもヤル気充分ってもんなのに、この寺の座主は、極悪非道冷酷無比人面獣心の悪徳坊主らしい。
そんな極悪人を成敗するのが、この俺! なのだ!
「って意気込んでたよなぁ……。――はぁぁぁぁ」
飯炊きの火を吹きながら、ため息をごまかす。
寺で、俺はすぐに重宝されるようになった。もともと、人にも場にもすぐ馴染むし、仕事も早い。加えて、叱られない程度に、噂話を仕入れるのも大の得意だ。
ひき麿はマジメな相撲士で、自分のことは自分でするし、鍛錬中にジャマされるのを嫌うので、俺はわりとヒマ、という設定なのだ。ほとんど事実である。
俺は翌日から庫裏や方丈、薬庫など、あちこちに顔を出し、一気に大量の僧侶・小坊主・寺男と知り合いになった。
そして、どうにも困ってしまったのだ。
座主の評判が、べらぼうにいいのである。というか、いまだに、悪く言うヤツに会ったことがない。
速足のお殿様も大姫様も、けっこう陰口を叩かれていた。俺にとってはすばらしい主人だが、ふたりとも紛うことなき変人だ。風変わりな命令を嫌う下男下女や、世間の評判を気にする女房には、評判が悪かった。
まあ、使用人なんてモンは主人の悪口を言うものだ。それがウサ晴らしになるし、使用人どうしの仲を深めるきっかけにもなる。
なのにこの寺のヤツらときたら、座主の話となると、上から下まで目を輝かせ、言葉を尽くして褒め称える。
手始めに軽く話を振っただけで、座主様のすばらしさを熱弁されて、ドン引きした。
俺としてはネタを引き出す会話テクを駆使するつもりだったのに、あいづちさえろくに打てないほど、全員、座主様賛美が止まらない。
これが僧侶連中だけなら分かる。どこで座主が聞いているか分からないからどんな時でもおべっかを使っておくとか、深読みできないこともない。
だが、普段座主と接する機会が少ない寺男寺女までもが褒め、感謝しているのだ。
曰く、ちょっとした端下仕事をやっても気づいて、お礼を言ってくれる。
曰く、湯殿を立てると、必ずねぎらいの言葉をかけてくれる。
曰く、家族が病になったのを、どこからか素早く聞きつけて、休暇を許され、お見舞を渡された。
曰く、身分が上の僧侶から嫌がらせをされて、決死の覚悟で座主様に訴えたら、きちんと処罰してくれた。
「――ってさ、すげぇいい主人じゃね? どう思うよ?」
夜、ひき麿に聞いてみた。
いちおう付き人なので、ひき麿の鍛錬が終わったら俺が風呂や食事の世話をして、同じ部屋に戻る。俺達が素の幼馴染に戻れる時間で、情報交換の場でもあった。念のため、盗み聞きを用心して、ひそひそしゃべる。
「うん~、本当にみんな、座主様のことを褒めるよねぇ」
「だろ? どこが極悪非道の悪徳坊主なんだ?」
「えぇ~? 斎迩の君、極悪非道なんて言ってたっけ~? あ、いなご麿には詳しく説明したのかぁ」
「い、いや、そこまでは……」
正確には、お殿様がこの夏からずっと関わってこられた事件の主犯ではないか、という疑いだけだ。捕まった寺男が、座主を庇い続けている、と聞いた。
正直、政治向きの話はどうでもいい。
俺を選んでくれたってことが嬉しくて、だいぶ、相当、悪役っぷりを盛ってしまったのだ。
「……そうか。寺男が、座主の罪を被ったって聞いて、下っ端の使用人を酷く扱う主人だって、勝手に思っちゃったんだ、俺」
「あ~、うん~、いなご麿、そういうのがいちばん、キライだもんねぇ」
俺とひき麿は孤児で、速足の殿様の邸に引き取られた。
ひき麿は流行り病で家族を亡くしたのだが、俺はそもそも家族を知らない。
市を回る物売り兼旅芸人の一座に拾われたらしいが、そこの座長が乱暴なヤツで、俺はいつも腹っ減らしで生傷が絶えなかった。そんな生活をしていれば、何事にも要領が良くなる。
西の市で、いつものように座長にこっぴどく殴られ蹴られていたとき、お殿様が通りかかって、俺を買い取ってくれた。以前に俺が使いっ走りをしているところを見て、足の速さを見込んだそうだ。
まあ、お邸に引き取られてすぐに、お転婆な大姫様の虫遊び担当だと分かったのだが。お上品な女房達では、相手ができなかったのだ。
それまでの生活と比べると極楽のような待遇だったし、大姫様も殿様も慣れればいい主人だ。大姫様とも、けら男、ひき麿、雨彦とも親しくなれて、あのお邸は俺にとって大切な場所だ。
でも、俺は……。
「……てみたらどうかなぁ。って、ひき麿、聞いてる~?」
「お、うおっ?! あぁ、ごめん、何だって?」
「もぉ~。だからさ、明日、座主様がお目通りくださるらしいから、自分で確かめてみたら~、って」
「え、明日?! なんだよ、俺は聞いてねーぞ」
「執事様がオイラに言いに来たんだよぉ。いなご麿が見つからないから~って、わざわざ、鍛錬場まで~」
「へー。ああ、俺、今日は飯炊きとか風呂焚きとかあちこち手伝ってたからな。執事様に探させちゃったのか。てか、ここの使用人って、みんなマメだよなぁ」
「うん~、他の相撲士も下男さん達も、優しいよぉ。座主様がお忙しいから、急に決まったけどすまないって、執事さんもすごく丁寧で~。今日中に知らせるように、座主様から命じられたんだって~」
「あー、ここの人達って、そういうところあるよな。座主様に褒められたい一心、ていうか」
「なんかさぁ、誰がいちばん座主様に褒められるか、って競争してるみたいだよね~。相撲士でもないのにねぇ~」
「それな! 俺、それでドン引きしたんだわ~、って」
そうなのだ。
寺のみんなの言葉が嘘だとは、とても思えない。きっと座主はいい主人なのだろう。少なくとも彼らにとっては。
それでも俺は、なぜか馴染めない。
とはいえ、たかが俺の居心地の悪さで、あれほど慕われている座主を極悪人と決めつけるのも、どうかと思う。
すご腕の潜入工作員だって、迷うのだ。
「おまえはさ、この寺の雰囲気、気持ち悪くねぇ?」
この違和感をぴったり表す言葉が見つからなくて、あえて軽く質問を振ってみる。返ってきたのは無言だった。
横を見ると、ひき麿は爆睡していた。
「っんだよ……って、疲れてんだよな。すっげぇマジメに鍛錬してるもんなあ」
下男の仕事を手伝っている俺は、お邸にいたころと同じような生活だが、ひき麿は生まれて初めての、相撲の鍛錬漬けの毎日なのだ。
ひき麿は、もともとが器用な性格ではない。雨彦ほど極端ではないが、人見知りする方だし、話し方がゆっくりなので初対面で侮られがちだ。
おまけに、この醍醐寺には「宮家推薦の有望な若手相撲士」という触れ込みで来ている。元からいる先輩力士達との人間関係も、気を遣うだろう。
だが俺は、大して心配はしていない。
ひき麿の人を見る目は確かだ。
ひき麿が「優しい」と言うなら、周りの相撲士も下男も、本当に優しいのだ。
そして、マジメでトボケた空気のコイツが、先輩達からかわいがられているおかげで、俺の信用度まで高い。
まさに、斎迩の君の読みどおりだ。
明日の初顔合わせで、俺は俺で、なにがしか座主のことを見極めてやる。ひき麿の意見とも、すり合わせてみよう。
目標が定まると、すっきりした気分になった。
気持ちよさそうに寝ているひき麿の横で、俺もすぐに眠りに落ちた。




