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家庭教師、落涙する


 ――はぁ。


 わたしは何重もの意味で、ため息をついた。


 千手丸との面会が終わり、書類仕事に四苦八苦しているパパ殿の目を盗んで、ふらふらと散策した。

 目的の部署で、目的の人々から、もくろみどおりの話が聞けた。

 その後、まったく進まない報告書を投げ出したパパ殿と連れ立って、大僧正の元に来たのだ。報告書作成を丸投げされた近衛士このえじの方、申し訳ない。

 大僧正は、鳥羽帝が快癒してからも、後涼殿こうろうでんの一室に住んでいる。


「どうした、そなたらしくもない。ため息なんぞ、つくガラか」


「いや、行尊ぎょうそん様のなかのわたしって、どんなヤツなんですか……、そりゃあ、多少は自己嫌悪にもなりますよ。あんなキレイな瞳でお礼なんか言われちゃったら」


「そなたがヒトデナシなのは、とっくに分かっとる……なんせ、薬師如来のお使いじゃからの。ヒトなわけなかろう。で、首尾はどうじゃった」


 にやりと笑う大僧正の、鉄のハートがわたしも欲しい。

 懐から、ICレコーダーを取り出す。2人には扇に見えているはずだ。


「ばっちりです」


 千手丸の「伝言」を、再生する。涙をこらえた千手丸の声が、切々と響いた。


「もちろん、ちゃんと、醍醐だいご寺の座主ざす様に伝えますよ。しっかりとね」


「どうもよく分からないのだが、これを伝えてやることに、何の意味があるのだ」


 いまだに首を捻っているパパ殿に、大僧正とわたしは苦笑する。


「この伝言は、掛け値なし、千手丸の心からの言葉です。でも、後ろ暗いことがある人が聞いたら、どう取るでしょうね? 自分が罪を押し付けた相手から、これだけ言われて、裏があるかも、とか、疑心暗鬼になったりしませんか?」


「は? いや、千手丸の言ったことは、そのままの意味であろう」


「それは、おぬしに裏表がないからじゃ。疚しいことがある者がこれを聞いて、まっすぐに受け取れるものかのぅ。少なくとも、脅しと聞くだろうよ」


 そう。

 千手丸は、本気で、座主が宗教界のトップに立つことを願っていた。かなりムリヤリ左大弁さだいべんの死に触れたのも、左大弁が殺されたこと、自分と座主が左大弁の死んだときにはアリバイがあること、を伝えたかったのだろう。

 でも、聞き手の受け取り方によれば、座主の宗教界での栄光は自分の犠牲のもとに成り立っているのだと、いつ座主も殺されてもおかしくないのだと、聞こえなくもない。

 母親の世話を頼む、という伝言すら、脅迫のように受け取るだろう。


 勝覚には、無私の忠誠、という千手丸が理解できない。

 もちろん、捨て駒にするために、長い時間をかけて、自分を崇拝するように洗脳してきただろう。

 でも洗脳は、命の危機の前には、解けてしまうかもしれない。そして自分が配流はいるになったのだから、勝覚も共に、という発想をするかもしれない。

 実際、実の兄である仁覚はそうした。人間として、そっちの心情の方が理解しやすい。

 千住丸が捕縛されてから、一切の情報は伏せられている。取調べがどのように進んでいるのか、勝覚は、常にその不安を持っているはずだ。

 そこに、これを聞かせる。

 これが取調官にバレないように工夫した呪いの言葉なのか、本心なのか、勝覚は計りかねるはずだ。


「ほんっと、勝覚って、サイテーなヤツですね」


 正直なところ、やり終わって、ここまでイヤな気持ちになるとは思っていなかった。

 現代の刑法でいえば、千手丸には情状酌量の余地がありまくる。なんせ、育ての親兼上司、生殺与奪者から、長年にわたって洗脳を受けてきたのだ。

 とはいえ、千手丸の知能は高い。弑逆しいぎゃくという大罪を、理解したうえで手伝った。蜂を盗んだこともだが、呪詛を実際に行ったのも、千手丸だ。

 わたしは、アナフィラキシーショックに陥った鳥羽帝の状態を見ている。蜂の毒に詳しい人があの暗殺方法を選んだ、というだけで、やっぱり、許せない。

 

 それでも、わたしは、必死で座主を庇おうとする千手丸を見てしまった。

 座主に、感謝と崇拝だけを捧げている千手丸を。

 涙をこらえながらお礼の言葉を述べる千手丸を。

 母親のことさえ抜け落ちて、座主だけを求めている千手丸を。


 そう、わたしは、アナフィラキシーの症状も初めてだったが、洗脳された狂信者も、初めて見たのだ。


 ――勝覚だけが生きる理由だと、あんなに無邪気に。


 澄みきった瞳で熱に浮かされたように座主を称える千手丸を前にして、背筋がそそけ立つ気分だった。

 千手丸に罪がないとは言わない。が、最高刑を受けるほどの罪だったのか。

 いちばん悪いヤツは、平然と富と名誉を享受しているのに。


「ひどいよ……」


 パパ殿と大僧正がオロオロしているのが見えたけれど、わたしは構わず、泣いた。







「……落ち着いたかの」


 大僧正が、穏やかに訊いてくる。

 

「もう、大丈夫です。ご心配おかけして、すみません」


 ひとしきり泣いて、少し恥ずかしかったが、すっきりした。


「気持ちは分かる。僕も、勝覚殿の絡む事件には、子ども心にも居たたまれない気持ちになったものだ。……勝覚殿は、周囲すべての心に、傷を付ける」


「じゃからして、不肖、拙僧らが座主に天誅をくれてやるのよ。のう?」


 不敵に笑う大僧正に、わたしもなんとか笑みを返す。


「ええ。このICレ……、言霊ことだまを閉じ込める技は、他の道具にも移せるんです。勝覚殿が触っても違和感のない物に、この言霊を移して、千手丸の言葉を、何度も聞かせてやりましょう」


 メッセージを録音して、触ると再生できるオモチャなら、いくらでもある。問題は、この時代に持ち込んで、いちばん違和感がないのはどれかだ。


 わたしは犬のぬいぐるみ型再生機を見せた。


「犬じゃな」

「……犬の人形だな」

「寺で犬とか飼いますか?」

「いや、犬は飼うが、座主の私室に、犬の人形なんかあったら、気色悪いだけじゃ」

 却下。


「これは?」

「うーむ。短めじゃが、しゃくに見える、かのぅ」

「笏って、神職がよく持っていますよね!」

「いや? 坊主は使わんぞ」

 笏は、40cmくらいの細長い板だ。いちいの木や象牙でできている。現代では神職が持つけれど、この当時は、貴族の持ち物だったらしい。

 却下。


「これだったら?」

「なんじゃ、そら」

「うーん、勾玉に見えないこともない、かな」

「小さすぎるじゃろ。勾玉にしたら歪じゃし、色も悪い」

「うん。これが何か以前に、たぶん、すぐ捨てられると思うよ」

 却下。


「これはどうですか」

「ほぉ、れい(持ち手が付いたベル。法具)じゃな。それはよい」


 見せたのは、梨型のメタリックな再生機だった。……これが、れいに見えるのか。

 好都合なことに、デザインに凝っていないぶん、録音できる時間が長い。少し早いピッチで再生すれば、千手丸の言葉が全部入りそうだ。

 声を入れ終わったら、再生ボタンだけを残して、他のボタンはテープで固定する。

 れいは、必ず両手を添えて側面を持ちあげるらしいので、いつかは必ず、勝覚本人が、再生ボタンを押すだろう。

 でもわたしは、そんな偶然を待っているつもりはない。


「大僧正。殿様。この計画を全部知らせたうえで、醍醐寺に送りこみたい者がいるのですが」


 ひき麿といなご麿だ。というか、メインはいなご麿である。

 

「以前、ひき麿を三宮さんぐう院の相撲すまい士に推挙していただきましたけど、なんとか醍醐寺の方に入れられませんか。ひき麿は、どこでも相撲の鍛錬をすると思います。いなご麿は、付き人兼寺男、という触れ込みで」


 この手のオモチャの難点は、電池が切れたら終わり、ということだ。しかもあまり保たない。今回わたしが使う再生機は、再生回数限度が30回だ。2日に一度聞かせても、2カ月強で終わってしまう。

 その程度で、許すわけがない。

 どうしても、座主の側にいて、電池を替えたり再生のタイミングを計ったりする仲間が必要だ。

 いなご麿は、頭の回転も速いし、運動神経もいい。

 彼にだけ目的を話しておいて、寺男の仕事をする傍ら、ちょいちょい再生してもらう。


「いなご麿は、賢くてすばっしこい子です。うまくやってくれると思います」


 鳥羽帝の声を聞いたときの、白河院や北面ほくめんの武士達の怯えようを思い出したのか、パパ殿は目を丸くした。


「斎迩の君、これを、2日に一度、何か月も聞かせるつもりかい。それは……、怖いなあ」

 

「本来なら、仁覚と同じく配流はいるになって当然の人ですよ。これでも生ぬるいくらいです」


 もちろん、さらに計画はある。

 いなご麿が話を引き受けてくれたら、まあ、彼はおもしろがってくれそうな気がしているけれど、もう一つ、再生を頼むつもりだ。

 さっき大僧正に、歪な勾玉みたいだと言われた、小さな再生機。本当は、楕円形のキーホルダータイプだ。握りこめるほど小さくて、再生時間も短いけれど、これに、今上きんじょうのうめき声を入れる。

 もちろん、いなご麿が、機械にも、寺の生活にも慣れてからだ。万が一にもいなご麿が疑われてはならない。

 でも、手のひらサイズの再生機なら、いつでもどこでも、今上の、あの幼子の痛みに浮かされる声を、勝覚の周りに漂わせることができる。


 楽しげだった大僧正が、顔をしかめた。


「うおおぅ。そなた、えげつなさに磨きがかかっとらんか。いかな勝覚といえども、これでは気の病になるじゃろ」


「うん、これ、相当怖いからね。院だって……」


 パパ殿が、はっと口を噤む。

 ホント、パパ殿、発言には用心してください。


「本来なら、もう少し捜査が続くはずじゃが、内裏だいりでももう解決ムードでの。それに肝心の院が、これ以上の犯人探しに弱腰であられる……、なぜかのう、速足はやあし?」


 ちろん、と大僧正に睨まれて、パパ殿は慌ててそっぽを向いた。

 こんな、引っ掛けにもならないカマに、そんなバレバレな反応しないでください、頼むから。


「ま、妻夫めおとになる前から、院を脅し奉るなんぞと大それたことを協力してやってのけるとは、末永く頼もしいのぅ」


「妻夫になんか、なりませんからっ!」


「んあ~、共犯者は、身内に囲いこんでおいた方が、互いの身のためじゃぞ?」


「共犯者ってなんですか! 何もしてませんってば!」


 暗黒街のボスみたいな発言だな、この坊主!


「ま、よいよい。そんじゃ、そのいなご麿とかいう下男と相撲すまい士を、三宮さんぐう院からの推薦、という形で醍醐寺に移すことにしようかの。今なら、三宮院は人や予算を減らされた、という言い訳ができようて」


 大僧正や神祇じんぎ官からの書状だと、万が一にも勝覚が疑いを抱くかもしれない。

 そこで、三宮院の執事から、予算が減ってどうにも困っているので、弟君の醍醐寺で引き取ってほしい、という依頼の文を出させる、という。

 大僧正とわたしの一連の悪巧みを、びっくり顔で素直に聞いているパパ殿を見ると、大僧正がこの計画に参加してくれてよかった、と、しみじみ思った。





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