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家庭教師、遠足する


 院御所いんのごしょへの襲撃、もとい、突撃訪問の2日後、神無月かんなづき22日。


「永久の変」の正式な判決が下された。

 仁覚は伊豆へ。

 千手丸は佐渡へ、配流はいる


「本当なら死罪に相当する重罪だが、今上きんじょうのお命に別状がないことで、罪一等減じられた。……と、いう建前だけど。斎迩の君が、さんっざん脅したせいだよね、これ」


「いや、そこ、わたし一人のせいみたいに言わないでくださいよ……」


 おやつを食べながらにこにこ報告するパパ殿に、わたしはムダと知りつつ、抗弁する。


 実際のところ、平安時代くらいまでは、あまり極刑はなかった。重くても、配流。その下が出家。もちろん死刑も存在はしたが、その場合も服毒など、穏やかな処刑が多かった。

 広場で見せしめも兼ねて打ち首とか、はりつけ獄門ごくもんとかの公開処刑は、すべて武士の世になってからできた極刑である。応仁の乱で人心が乱れ、戦国時代になってから、恐怖で人を支配するために、残酷な公開処刑がポピュラーになったのだ。


 そもそも平安時代までは、天変地異から犯罪まで、すべて帝の責任にされていた。重罪が発生することイコール、今上の徳が足りないせい、と考えられていたので、その犯罪者をさらに死なせる、という発想自体が薄いのだ。

 そのため、天災が起きても逆にめでたい事があっても、すぐに恩赦が発布された。流罪先は遠いので、身支度をしていたら恩赦が出て、行かなくて済んだ、という逸話もあるほどだ。

 だが今回は、場合が違う。

 それだけ重罪ということもあるが、この2人に平安京に戻ってきてもらいたくない人間がいる以上、彼らが恩赦の対象になることはないだろう。

 この時代では、かなり重い部類の刑である。


「とにかく、連座が適用されなくて、本当によかったです。殿様が、院をさんっざんいぢめたせいですよね! 殿様が!」


 わたしも負けずに強調しておく。

 それにしても。


「翌々日が陣議じんぎって、すごいタイミングでしたねぇ。間に合ってよかったです」


「いやいや、僕だって、そんな危ない賭けはしないよ。おおよその予定は聞いていたからね」


「えっ、誰にですか」


 陣議は、超少数の閣議兼最高裁のようなものだ。蔵人頭くろうどのとうや大僧正でさえも、事前に予定を知っているはずがない。


「兄上から。陣議のメンバーだからね」


 パパ殿のお兄様、ということは、北家ほっけ中御門なかみかど家の総領である。

 藤原宗忠。この1113年の時点では51歳、二位のごん中納言ちゅうなごんらしい。


「はわゎぁ~。中御門宗忠といえば、中……」


 うきうきしながら言いかけて、すんでのところで、口を閉じた。危ない。

 藤原宗忠は、源氏の内紛や平家の台頭を記録した『中右記ちゅうゆうき』の著者だ。また、摂関家の政争や院政への批判も、当時の最高位の貴族の立場で、客観的事実と感想を書いている。超一級の歴史的資料だ。

 でも、『中右記』がいつ書かれたか、はっきりしていない。仮に今書いていても、自分が政治の中枢にいるときに、院政批判の書物を、表に出すはずがない。


「へえ、斎迩の君、ウチの兄を知ってるの?」


「あ、っあ~、ち、直接には存じあげないのですが、やっぱり琵琶とか琴の名手ですよね。さすがご兄弟ですね! あと、催馬楽さいばらがお上手とか、……あ、あれ? たしか、院、の……」


 パパ殿が肩をすくめた。


「古いこと、よく知ってるね。そ。昔は、院の念友ねんゆうだったらしい。まあ、兄と僕は14歳も離れているから、その頃のことはよく知らないんだけど」


 念友とは、男色のお相手だ。臣下としてのお勤め、というよりは、もう少しステディ感がある。おホモだち、というか、ボーイズラブ? いや、身分違いだから、ラブはないだろうけれど。

 パパ殿のお兄さんは、かつては白河院の念友で、いかにも高位貴族の嫡男らしく、順調に出世している。そんな人でさえも、『中右記』では、院政を批判しているのか。


「殿様が内裏だいりの政治情勢に詳しいのは、お兄様の存在もあったんですね。わたしは、ベテランの蔵人だから、いろいろ情報が入るんだと思ってました」


 にっこりまとめると、パパ殿にまじまじと見つめられた。


「な、なんですか?」


「いや……、ははっ、そう、斎迩の君なら、それ、本心だよね。……ふふっ、ベテランの蔵人って、誉め言葉じゃないときも、多いからさ」


 ああ、そうか。

 宗忠もそうだが、高位貴族であるほど、3~4年で異動し、昇進する。同じ部署で同じ仕事をするのは、中下級貴族だ。

 そう考えると、「ひとつの業務に精通している」ベテラン、は、高位貴族にとっては決して良いことではないのだ。

 一緒に働いている中下級貴族の蔵人仲間はともかく、パパ殿は、腰掛け程度でいなくなる高位貴族の蔵人達からは、軽んじられるかもしれない。だいたいが出仕したてで、最初に蔵人に配属されて、出世争いにギラギラしている若い子達が多いだろうから。


「殿様は、確信犯的ベテラン蔵人なんですから、周りのヤジなんか気にすることないですよ。わたしはどんな業種であれ、ベテランって、価値あることだと思いますし」


「そうだね。僕も別に、気にしちゃいないよ。でも、ありがとう。……そんな優しい斎迩の君に、お願いがあるんだけど」


 意外にもマジメな顔でお礼を言われて、一瞬驚いたが、またもや「パパ殿のお願い」で、身構える。この人のお願いって、無茶ブリのレベルなんだよねぇ。


「そんな警戒しないでよ。行尊ぎょうそん殿が、斎迩の君に会いたいんだって。直々に頼まれちゃってさ」


 仁覚の処罰が決定したため、三宮さんぐう院の今後の人事や運営を決めなければならない。その説明に、大僧正が出向くらしい。そこでわたしと会いたい、ということだった。


「はぁ。大僧正がわたしに何の御用か分かりませんが、それくらいなら別に……。むしろ、大姫様の授業はよろしいのでしょうか」


「うん、そこに大姫も、連れて行ってやってほしいんだ。なんか、斎迩の君とお出かけする約束があるんだって? 大僧正が訪ねる三宮院なら、これ以上ないほど安全だからね」


 厳密にはそんな約束はしていないのだけれど、大姫とお出かけデートしようとは考えていた。しばらく詰め込み教育が続いていたので、ご褒美も兼ねて、遠足に行くのもいいかもしれない。


「行尊殿も、大姫に会いたいと言っておられるし。あ、それで、先師せんしのお方も同行したいんだって。もしできれば、先師殿も連れてきたいらしいよ」


「後半さらっと、めんどくさいことブッこんできましたね……それ、もはや遠足じゃないですよ」


「いや、あくまで、大姫の物見遊山で。斎迩の君は、それに参加するだけさ。――大姫は、ものすごく楽しみにしているので、よろしく頼むね」


「って、もう大姫様に言っちゃってるんですか。それ、わたしに選択肢、ないですよね!」


 そんなわけで、わたしは大姫のお守をしつつ、三宮院まで遠足に赴くことになった。


 三宮院は現存していない。というよりも、その時代ごとに、いくつもの三宮院が存在した、というほうが正確だ。

 三宮とは、皇后・皇太后・たい皇太后のことで、三宮院は、最高位の女性皇族が建立した寺、くらいの意味である。

 そのため、座主ざす、いわゆる寺のトップという職階が存在しない。高位の僧侶が、あくまで「三宮の代理人」として、運営を任される。

 この当時の寺院は独立勢力で、かなりの政治力を有していたのだけれど、三宮院は皇族と直結している。予算も後宮から配分され、自分達で稼ぐ必要がない。

 この寺に派遣された阿闍梨あじゃり仁覚が、次は帝の護持僧ごじそう、という野心を抱きやすい場所でもあっただろう。

 後宮の女性でも、自分が建立した寺には参ることが許されていたため、三宮院は、平安京のかなり近くに建てられている。

 

 神無月かんなづき吉日。

 陰暦では10月だが、現代ではとっくに12月だ。

 木枯らしが吹くなか、お出かけに興奮している厚着の大姫と、大輔たいふの君、撫子なでしこの君と共に、わたしは牛車で三宮院に向かった。

 牛車の周りは、警護の家人けにん達と一緒に、ボーイズが囲んでいる。四人揃うのは久しぶりとかで、こちらも楽しそうだ。


「大姫様、先師の方の前で、けら男達と親しく口をきいてはなりませんよ。よろしいですか」


 心配性の大輔の君がこまごまと注意するが、大姫は上の空だった。

 いくら近いとはいえ、都を出れば草っ原と森林だらけだし、とたんに道も悪くなる。大姫にとっては、すべてが初めて見る景色だろう。


 こぢんまりした寺と聞いていたが、三宮院の敷地は、芝の増上寺よりも広かった。増上寺のような大伽藍はないが、充分、大寺院である。優美な寺門といい、全体的に女性的な印象だ。

 方丈ほうじょう(住職の居住スペース)では、大僧正が待っていた。初めて来ただろうに、もう何年も自分の部屋のようにくつろいでいる。


「おお、そなたが大姫か。赤子のときに会うたきりじゃが、いや、速足はやあしが自慢するだけはある。美しい姫に育たれたの」


 今日も大姫は、ばっちり平安メイクで、美少女モードである。きちんと成人女性の外出着で、女笠も被り、ベールを垂らしている。ついでに猫も被って、大僧正に挨拶していた。


「もう少し早ければ、ここは紅葉がみごとだったんじゃがの。冷えたであろう。ともかく庫裏くりから温かい白湯でももらおうかの」


 大僧正は、まるで孫と物見遊山にでも来たかのようだが、周りの雰囲気とまるでそぐわない。

 三宮院の僧侶達は、身分の上下なく、みんな怯えた顔をしているし、大僧正の周囲を固める警護の数も尋常ではない。

 今も、緊張しまくった小坊主が、お白湯とおやつを、ちょっ速で運んできた。

 警護役はピリピリしているし、ウチから連れてきた家人や女房達は委縮してしまって、どうにも居たたまれない空気である。

 ノンキな顔で飲み食いしているのは、大僧正と大姫だけだ。

 大姫には、一連の事件の決着を、ざっと説明しておいた。そのうえで、三宮院でくつろげるのだから、たいした度胸である。


「大僧正。本日は、先師の殿とお方様もいらっしゃると伺っていたのですが」


 仕方がないので、わたしから話の接ぎ穂を作る。本気で寒いし、お白湯はありがたい。


「うむ。本当は、左府さふが来たがったのじゃが、そりゃムリじゃろ。自宅謹慎の身じゃしな。それで先師殿を名代にして、お方様をさらにその名代、とするつもりだったようじゃが……」


 まだ来んのう、ムリかもしれん、と呟いた。


「先師の殿のお具合が、あまりよくないのでしょうか」


「ああ、悪かった。そういう意味じゃのうてな」


 先師のお方は、先師殿に復縁を迫り、また一緒に暮らしたい、と申し出たらしい。連座は回避できたのだから、先師殿さえ生きる気になれば、お方様を離縁する理由はなくなったのだ。

 が、一度離縁した身だとか、自分は世を捨てたからとか、先師殿がいろいろ理由をつけて、渋っているのだそうだ。

 今回も、もう他人なのだから、お方様を自分の名代にするのは筋が通らない、と主張して、ひとりゴネているらしい。


「左府が認めたというのにな。ほんに、ムダなところに依怙地で不器用なヤツじゃて」


 そう言うと、大僧正はにやっと笑って、


「本当は、あの2人の意見も聞いてみたかったのじゃが。まあ、肝心の大姫が到着したでの、まずは大姫に聞きたい」


「え。わたくしですか?」


 大姫が、首をこてんと横にする。

 大僧正は、楽しげに言い放った。


「そなた、ここにおる斎迩の君が、義理の母親になるのは、どう思うかの」


 その場にいた全員の顔に、クエスチョンマークが浮かんだ。少し眉を寄せて固まっている大姫に、行尊殿がたたみかける。


「速足の蔵人と、斎迩の君をめあわせるのに、大姫は賛同するか?」


 娶せる、って、……結婚?!

 わたしと、パパ殿が?!

 なに言ってくれちゃってんの、このじーさんっ!!



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