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家庭教師、侵入する


 バチッ!


 暗闇に一瞬火花が散って、男がくずおれた。

 へなへなと倒れる門番を、パパ殿が抱える。


「も、ものすごいな。斎迩の君、まさか妖しの技では……」


「あら、とんでもない。ちょっとした小道具ですわ」


 わたしは懐にさっさとスタンガンをしまった。

 パパ殿には、扇に見えているはずである。

 今日は、現代の武器をいろいろ装備してきている。とはいっても、一介の家庭教師。せいぜい、オンライン購入した、スタンガンとかサバイバルゲーム用の拳銃とか手裏剣とかだ。

 あとは武器ではないが、文明の利器も持ってきた。懐中電灯、ライター、ホッカイロ、ねずみ花火とロケット花火、その他諸々。

 わたしは虫よけスプレーを、自分と殿に振りかけた。


「入りましょう。院を探すのも大変ですから」


「あ、ああ。大丈夫、院の御座所の見当はつく。院御所いんのごしょ内裏だいりの造りはほとんど同じだからね」


 気持ちを切り替えたパパ殿は、門番が開けた大門を潜った。

 「内裏の蔵人が、帝から院への親書を届けに来た」と呼ばわって、門を開けさせたのだ。こういうとき、本物の蔵人の青のほうは強い。

 淡い月明かりの庭園を、パパ殿は小川や池を確認しながら、慣れた様子ですり抜けていく。わたしは足元を懐中電灯で照らしつつ、後に続いた。


「あそこだな。たぶん、宴会中だろう」


 ひときわ大きな池に、張り出して造られた月見の間を指差した。

 ほとんどの殿舎が真っ暗ななか、灯りが煌々と輝き、楽の音が響いていて、そこだけ浮き上がっているかのようだ。

 わたし達は、池のほとり、張り出したきざはしの真下に潜り込んだ。高床を支える木の柱はところどころに梁が渡してあるので、そこそこ登りやすそうである。


「わたし、あまり木登りは得意ではないんですよねぇ。大姫様なら、するする上がるでしょうけれど」


 今夜のわたしは、この時代、二度目の男装だ。髪の毛はヘアゴムできっちりポニーテールにし、その上を組紐で結んでいる。


「まったく、あなたは……たいした度胸だな。さて、手筈通りにやるとしても、できるだけ北面の武士を減らしておきたい。任せてよいかな」


「ええ、では、殿はこれとこれを持って、待機してください。大きな音が合図ですからね」


 パパ殿に、懐中電灯とICレコーダーを渡す。

 それから、百均で買ってきたキッチンタイマーのアラームを15分後に設定して、これも渡した。止め方も教える。

 そしてわたしは柱に手を掛け、登り始めた。

 なんとか上の宴会場にたどり着き、手すりを乗り越えて、こっそりと入り込む。できるだけ几帳きちょうの陰に隠れながら、広間の奥に進みたい。

 中を覗き込んで、


 うーーーーーん。


 思わず、唸ってしまった。

 いやまあ、聞いてはいたし、知識としては知っていたけどさ。

 目の当たりにすると、ちょっとビビる。やっぱり現実は、マンガやBL小説のように美しくはいかないのだな~。


 院は、男色家で有名だ。いや、バイで、男女両方に強いのだけれど(皇后も皇子もいたわけだし、女好きとしても有名)、出家してからは男色一辺倒。

 今でこそ院の警護役だが、もともと「北面の武士」とは、院の男色のお相手として、特に見目の良い中下流武士の子息を集めた集団だったのである。


 中下流貴族の子息は、宮中では出世のチャンスはない。蔵人ですらなれるかどうかの瀬戸際で、なれても、せいぜい五位の蔵人が、人生の上がり。そこに、新規の雇用主が現れたのである。しかも、帝よりも権勢のある、院の護衛。あっという間に、高倍率人気就職先になったのだ。

 蔵人と北面の武士とは、武力・呪力(!)・名誉など、何かと張り合っているのだけれど、イケメンという点では、蔵人は全然勝ち目がない。


 どちらがより院好みのイケメンか、北面の武士のフリができそうか。話し合いの結果、男装したわたしが入り込むことになったのだ。あんまり嬉しくない。


 広間の宴は、すでにかなり崩れていた。

 院は、ただ一人の僧形というだけでなく、周りに大勢の男の子を侍らせていたので、すぐに分かった。

 丸々とした60歳のハゲのおっさんが、若い男の子を半裸に剥いてなんだか弄り回している。


 ドン引きしたところで、大音量のアラームが鳴り響いた。


 仕掛けたわたしでさえ、ちょっと驚いたくらい、大きな音だった。当然だけど、この時代には異質な音である。

 ざわめいていた広間は、一瞬で静まり返った。楽の音も止まる。

 みんな固まっていて、護衛役のはずの若者達も、瞬時には動けない。

 その隙をついて、わたしはなるべく院に近づいた。


「何事か。誰か見てまいれ」


 落ち着いて誰何すいかしたのは、さすがの院だった。

 気を取り直して、着物を整えたり武器を構えたりし始めた北面の武士。だいぶ反応が鈍いけど、本来の護衛役としての訓練が足りていないからなのか、キッチンタイマーのとんでもない音のせいか。


「あっ、あれは……」


 一人が震える声で、階の下、池のほとりを指差した。


 松明の火ではあり得ない、丸い灯りがふわふわと彷徨っている。

 パパ殿に、懐中電灯に布を被せるように言っといたけれど、うまい具合に淡い光になっているようだ。


 「苦しい……、熱いよ。いやだ、痛い……」


 秋の夜に、澄んだ子どもの声が流れる。帝の声である。

 お見舞のときの辛そうな様子に、怒りのあまり、つい録音してしまったのだ。いつか犯人に聞かせてやろうと思って。


 「ひ、ひええええええぇぇぇっ」

 「物の怪が!」

 「いや、鬼火じゃっ」

 「た、祟りじゃ、さきの左大弁の祟りじゃあ!」


 あっという間に広間はパニックになった。

 院はといえば、叫んだりうろたえたりはしていないけれど、顔は真っ青だ。

北面の武士は、今上きんじょうの御声など聞く機会はない。この中で、院だけが、あれが本物の帝の声だと分かっているのだ。

 

 パニクったり茫然自失したりしている北面の武士の背後で、わたしは静かに素早く、スタンガンを押し付けまくっていった。

 20人程を音もなく片付けたところで、やっと何人かが気づき、わたしに対峙した。


 「お、おおっ?!」

 「何奴か!」


 いや、君達、遅いよ……。

 それだけ怯えていたのだろうけど。怯えさせたのも、わたしだけどね。


 口を開くと女とバレるので、にやっと笑って、わたしはライターの火を点けた。


「ひいっ」

「妖しの技じゃ!」


 あ、手元に火があるだけで、そうなるのか。

 次々ねずみ花火に点火して、彼らの足元に投げつける。


 しゅばばばばしゅびっ!!!


 転がりまわるねずみ花火に怯え、逃げ惑う北面の武士達。もはや護衛役の用は為していない。


 まあ、慣れないと、けっこう怖いよね、ねずみ花火って。

 煙も出るので、それなりに目隠しになってくれて、わたしには好都合である。

 じりじりと院に近寄っていると、階の手すりをパパ殿が乗り越えてきた。

 気づいた武士のひとりが、パパ殿に斬りかかろうとしたので、とっさに懐の手裏剣を投げる。トイザ○スで買ったものだけど、合成チタン製で、そこそこ重さもある。ガン、と顔にあたって、多少の時間稼ぎにはなった。

 やはり飛び道具も必要だ。

 わたしはサバイバルゲーム用サブマシンガンを構え、とにかく人の固まりに撃ちまくっては怯ませ、ちょいちょいねずみ花火も投げた。

 たとえ玩具おもちゃとはいえ、サブマシンガンを撃ちまくるというのは、なかなかのカ・イ・カ・ン。もちろん良い子は真似をしてはいけません。


 わたしとパパ殿は、院にかなり近づいた場所で、合流できた。周りに聞こえないように、ひそひそ囁く。


「300数えたら、目くらましを始めます。それまでに院を押さえてください」


 頷いたパパ殿は、刀を抜いて、院まで一直線に進んでいく。腐っても蔵人(失礼)、イケメン若人達では相手にならず、さくさく峰打ちされていく。

 わたしは、懐のブツにライターで火を点け、


「いーち、にー、さーん」


と、できるだけ低い声で数えていった。

 またもや周囲の男子達が、「妖術じゃ物の怪じゃ!」と悲鳴を上げながら、戦意喪失して退いていく。

 かなわないとはいえ、パパ殿には太刀を向けるくせに、なぜわたしには無条件降伏なのか。

 だんだん腹が立ってきて、ありったけのねずみ花火を撒き散らした。


 ――妙齢の女子を、物の怪扱いするなよな!


「院、ご背後失礼仕る」


 御座所に座っていた院の背後から、首筋に刃を当てて、パパ殿は呼ばわった。


「北面の者ども! 院の御身を無事返してほしくば、動くな!」


 北面の武士が律儀に固まるなか、院は、パパ殿に刀を向けられて、かえって腹が据わったようだった。


「そなた、宮の蔵人か。見ない顔じゃな。何用で参った」


 フン、と鼻で嗤う。ある意味、すごい根性だ。


「少しの間、お時間を頂きたく。……なぜ、ご自分の血を分けたお孫様に、あのような仕打ちをっ……」


 ぐっと胸が詰まったような声で、言葉を絞り出すパパ殿を見て、院は、少し表情を改めた。


「よかろう。話を聞こう」

「では、お人払いを」


「さんびゃく!」


 二人の声は、わたしの宣言でかき消された。

 同時に、わたしの手の中のブツから、ものすごい勢いで白い煙が噴出す。


 お家のゴキ○リ退治の強い味方、白い煙で害虫もイチコロ、窓もドアの隙間もきちんと目張りしてね、人間は避難してね、の、バ○サンである。


 ブシュワーーーーーーーーーーー!!


「うぎゃあああああっ」

「なんだ、これはっ。目が、目が開けられぬ!」

「痛い痛い、目も鼻も痛い!」

「なんじゃ、この臭いはぁぁっ、耐えられぬ、臭い!」


 この時代、みなさん強めの香を焚いているとはいえ、合成化学薬品の臭いは、刺激が強かろう。ていうか、これは現代人にもキツイ。

 本来なら密室で使用する物だけれど、片面が開けっ放しの大広間である。煙はすぐに拡散するだろう。それでもこの強烈な臭いと、勢いのある煙は、彼らを立往生させられるはずだ。


「さっさと場所を移しましょう。この臭いは殺人的ですから。わざわざ嗅ぐことありません」


 呆然としている院とパパ殿の腕を引っ張って、とにかく広間を出た。


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