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家庭教師、協力する


 確信する。

 パパ殿は、出世させたらアカン人だ。この人が上司になったら、めんどうなこと全部、部下に丸投げする。

 わたしとは、まぁ、相性がいいのか、そこまでモメないけれど、報・連・相がダメダメで、企画力も政治力もなくて、面倒事は部下に丸投げって、どんだけ使えない上司なのか。

 ただ、救いは、人好きがする点だ。

それに、パパ殿は、失敗しても部下に責任を押し付けたり、逆に部下の功績を横取りしたりはしない、と思う。

 反面教師的に、部下が、勝手にしっかり成長するかもしれない。そういう、不思議なリーダーシップの持ち主だ。


「参考までに、殿様、どういう方法を考えられたんです」


「ん~、院御所いんのごしょに行って、直接院にお訊きしようかな、と」


「それ、計画でもなんでもないですよね」


「そうかい? まぁ、まず、院と直接ご対面なんて、許されないし。僕は、蔵人だからさ、内裏だいりでは、もっと院に近づけないんだ。北面が付いているからね」


「ほくめん?」


「そう、北面の武士」


おお、日本史だぁ。

 北面の武士は、まさに、白河院が設置した、院の護衛隊である。帝の蔵人と滝口たきぐちと、同じ役割だ。

 武士、という呼び名だが、後世のいわゆる「武士」とは定義が違う。

当時の貴族が文武両道の訓練を受けていたのに対し、北面は、主に武力と呪力に特化したSPで、一代限りの雇われ人である。

いちおう貴族の子弟だが、中下級貴族の二男以下が多い。また、能力があれば、平民からもメンバーに加えられた。

 ある意味で、白河院は、身分制度を越えた実力主義の萌芽を作ったのだ。

 

「蔵人も滝口も、さらに北面もいる内裏で、院と二人きりになるのは無理でしょう。それなら、院御所の方が、まだしも可能性がありそうな……」


 って、わたしが計画を練ってどうするよ!

 わくわく期待の目で見ているパパ殿に、びしっと指を突きつける。


「殿様! わたしは、まだ協力するとは言ってませんからね!」


「ええ~? どうしたら協力してくれるのさ?」

 

「ふたつ、条件があります」


「なになに? 僕で聞けることなら、いいとも」


 なんてお気楽な中年なんだ。

 わたしはため息を飲みこみつつ、人差し指を立てた。


「ひとつは、殿様の代で、そのハタ迷惑な口伝くでんとやらは、封印してください」


「え~? いいじゃないか、誰が困るわけでなし。人助けだよ、斎迩の君」


「いや、たった今! わたしが! 絶賛困ってるんです! とにかく今後、子孫に、妙な師のことは伝えないでくださいね!」


「……分かったよ」


 パパ殿は、しぶしぶながら、案外すなおに応じた。

 ぼそっと「もう手遅れだけどね~」とかなんとか不穏なことを呟いていたが。


「ふたつ目。殿様は、左府さふ殿の三男、醍醐だいご寺の座主ざす、勝覚も主犯格だと、確信を持っていましたよね。その根拠はなんですか?」


 院に対しては、疑いの範囲だ。だからパパ殿は、それを確認しようとしている。だが、勝覚については、何の証拠もあがっていないのに、ノータイムで有罪の扱いだった。

 現代でも、永久の変について、醍醐寺の座主は、犯罪者として捕縛されていない。

 

 へらへらしていたパパ殿の顔が、しゃを下したように無表情になった。


「幼い頃から知っているからね……、強いて言えば、僕のカン?」


 あああ、芸術家気質のパパ殿は、センスの人だった。しかもこの人、壊滅的に説明が下手だし。


「幼い頃から、左府殿の長男は神童、二男は乱暴者、三男は慈悲の人、と評されていたけれど、僕は、勝覚殿がいちばん苦手だった。いや、苦手というより、怖かったな。いつも貼り付けたみたいな笑顔で、何を考えているのか、さっぱり分からなくて」


 たとえばさ、と、パパ殿は続けた。

 左府の邸で、鯉が死んでいたら、それは二男・仁覚の仕業だ。だが、家人達が争ったとか女房が盗みを働いたとかいう事件の裏には、勝覚が絡んでいた、と思われる。

 パパ殿が子どもの頃、左府の邸に遊びに行ったら、女房達が一人の家人を奪い合って、刃傷沙汰を起こしたことがあった。2人とも自分こそが、家人の一の女性だと信じていた。どちらの女房にも、勝覚がそう告げたのだ。

 そこまでの騒ぎになっても、当事者達も周囲も、誰も勝覚を疑わなかった。


「なんだろう、勝覚殿は、人の心をつかんで意のままにするのが、楽しいんだ。――僕は、2人の女房が小刀で切り付け合っている場面を、勝覚殿が興奮して眺めている顔を、見てしまった。それで、分かったんだよ、いつものお顔は、作り物だって。

 仁覚殿は、出世したい、カネが欲しい、イライラして動物を殺す、と、欲にしろ感情にしろ、分かりやすい。それをガマンする術を知らない人だ。だが勝覚殿は違う。あの人には、世間一般の欲は、たぶんほとんどない。でも、ただ、自分の楽しみのためだけに、人の心を操る。そしてその至上の喜びを、1人だけで味わって、他人の理解を必要としない」


 いい例が、千手丸だ、と苦しそうに言う。


「千手丸は、この期に及んでも、勝覚殿を仏の化身のように敬っている。彼を庇って、自分が処罰されるのがこの世のためだと、心底信じているんだ」


 パパ殿の顔は白く、能面のようだった。


「左府殿も、いつか気づかれたのだろうな。勝覚殿は、出家されて、人心掌握の手法に磨きをかけたようだね」


「それで左府殿は、3人も息子がいて、誰もまともに育たなかった、と仰ったんですか……」


 わたしは大僧正の話を思い出したが、パパ殿はそれを聞いて激高した。


「それは違う! なんていうか、種類が違うよ! だいたい、まともって何だい? 左府殿から見れば、僕だって、まともじゃないさ。でも、先師せんし殿は、ちょっと心が弱られただけじゃないか」


 たしかに、今の話を聞いてしまえば、先師殿の引きこもりだの、朝廷で出世できないだの、人間くさくて、まっとうだと思える。

 気を静めて、パパ殿は言葉を紡いだ。


「勝覚殿は、分かりやすい損得では動かない。だから、無欲に見える。彼の関与を実証するのは難しい。おそらく、本人が証言したように、誘ったのは兄の仁覚殿だと思う。勝覚殿は、おもしろいから、乗っただけじゃないかな……。ただ勝覚殿は、失敗することを見越していたか、その場合の逃げ道を用意していたと思う」


「それが、千手丸ですね」


「僕はそう思っている。だいたい、あの左大弁さだいべんを誘い入れたのも、考えが足りなすぎる。仁覚は、自分が誘ったと言っているけれど、勝覚殿に誘導されたんじゃないか」


「あの、って。殿様、左大弁のことも知っていたんですか」


 パパ殿にしてはめずらしく、片頬をゆがめて、嗤った。


「いちおう、あれも親戚だからね。ヤツは3年前かな、蔵人にもいたし。まったくヤル気なかったけどね。高位の貴族なのを鼻にかけて、今上きんじょうにお仕えする心なんて、まるでなかった。たまにああいう、考え違いのボンボンはいるよ」


 ――たしかに、パパ殿の意見は、証拠がない。けれど、幼い頃から知っている親戚の見立てだ。

 しかも、それが当たっているのなら、永久の変は、主犯の一人が罰せられないまま、終わったことになる。完全犯罪だ。


「納得してもらえたかな」というパパ殿の質問に、わたしが頷いたら、


「よかった。それが、院にお会いしてお訊きしたいこととも、つながるんだ」


 パパ殿も、院がすべての計画を立てたとまでは思っていない。

 自白の整合性もあるし、仁覚が立案したのは確かだろう。ただ、自分達の計画には、相当高位の貴族の後ろ盾がある、と主張しているらしい。

 

今上きんじょう暗殺計画を、事前に院がご存じで、それを了承されたとしたら……。僕は、その疑念を、晴らしたいんだよ」


「でも。もしも本当に、院が計画を後見していたとしたら、殿様はどうなさるんですか? まさか院を捕縛はできないでしょう」


 現代でいえば事後共犯か従犯だが、この時代の律令りつりょう制度はそこまで厳密ではない。ぶっちゃけ、貴族のための刑法で、身分ありきで変幻自在なのだ。

 院を逮捕できる者など、存在しない。

 わたしの質問に、パパ殿は、


「そちらの方が、いっそう重大だ。今上は生きていらっしゃるんだよ。一度あったことが、もう一度ないとは言えないだろう。本当に院がそういうお考えならば、僕は、意地でも今上の御身を守り抜く。そのための気構えも覚悟も、知っていると知らないとでは、大違いだ」


 きりっと言い切ったパパ殿は、なかなか格好良かった。


「あわよくば、勝覚殿と院が密談されたとか、証言が得られるかもしれない。少なくとも、僕が知っている、という事実だけで、今後の抑止力にはなるだろう。できれば、二度と、そんな考えは起こしていただきたくないけどね」


 先師の方に頼まれたとき、わたしはこの件に自分から突っこむと、覚悟を決めた。

 パパ殿はそれ以上の重い覚悟で、院を問い詰めようと思っているのだ。


「……なんか悔しいですけど、納得しました。協力しますよ。

 殿様の目的は、まずは院がどれくらい関与していたかを確認すること。関与が確認できたら、院にお灸を据えて、今後の行動を自重していただく。あとは、できれば、勝覚殿の関与も、確認する、と。こんな感じでいいですか?」


「おお、やはり斎迩の君だなぁ。というか、院にお灸を据える、なんて物騒なこと言えるのは、あなたくらいのものだよ。で、そのお灸の方法を、ぜひ、斎迩の君に、任せたいんだよね」


 人を、拷問担当みたいに言わないでほしい。

 まあ、でも。

 現代で準備すれば、なんとかなる、かも?


「いつ決行しますか」


望月もちづき(満月)が過ぎたばかりで、もう少し月が細るのを待ちたいが、時がない。もうすぐ、仁覚と千手丸の処罰が決定される陣議じんぎなんだ」


 わたしは、後涼殿こうろうでんでの、警察関係のお歴々との会議を思い出した。みんな好意的だったけれど、結局はすべてが院の采配次第、という印象だった。


「わたし、先師の方にもお約束しちゃいましたし、殿様がいなくなると大姫様がおかわいそうですから、院に、できるだけ連座の罪を減らしていただきたいんです」


「ああ、斎迩の君は、最初からそう言っていたものね。ではそれも、目標のひとつにしよう。僕だって、院を責めて、とばっちりで連座にされたら、イヤだしさ」


 白河院といえば、「天下てんか三不如意さんふにょい」で有名だ。


「賀茂川の水、双六すごろくさい山法師やまぼうし


 院が、自分の思いどおりにならないものを嘆いた言葉である。

 山法師とは、比叡山ひえいざん延暦えんりゃく寺の僧兵のこと。強訴ごうそを繰り返し、近隣の人や物を略奪したが、治外法権の比叡山に籠られて、誰も手出しできなかった。この状態は、織田信長の比叡山焼き討ちまで続くことになる。

 でも、この僧兵はともかく、暴れ川として名高い賀茂川の氾濫や、サイコロの目なんか、思いどおりになるわけがない。

 この言葉は、むしろ、白河院には、この3つ以外のこの世のすべてが意のままになる、という意味だ。

 この時代の人々、公卿くぎょう達の畏れぶりを見ても、院のやりたい放題が分かる。


 その院に、こちらの言うことを聞かせる。

 少しだけ、楽しくなった。

 武者震い、っていうのかな。

 その後、わたしとパパ殿は、細かい計画を詰めた。

 決行は、4日後に決まった。



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