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家庭教師、感動する

 本当に、とうの少は楽しそうだ。

 そして、またいきなり、話題が変わった。この話の飛び方は、現代のおばさんと同じである。


州浜すはまだけではありません。大姫様のお姿やお振舞いを見ていれば、どれほど成長されたか、一目瞭然。お見事なご指導です、斎迩の君。あなたは、真実、薬師如来やくしにょらいのお使いなのですか」


 油断させておいて、ヤな話題を振ってくるあたりも、おばさん成分が多い。

 考えてみれば、宮廷の最高権力者、左大臣の関係者なのだ。帝の病気にまつわる噂は、当然耳に入っているだろう。薬師如来云々は、大僧正が、人払いした清涼殿せいりょうでんの中で一度しか言っていないのに、情報収集力が高すぎる。

 むしろ、初めて聞いた大姫や、大輔たいふの君達の方が、驚いていた。


「や、薬師如来の、お使い……。斎迩の君が?」


 お邸の人々は、混乱している。

 パパ殿と内裏だいりには呼ばれたので、それなりの特技があるとは思っただろうけれど、普段のわたしの行動を見ていれば、そりゃ、神様のお使いには、とても見えないだろう。


 わたしはきっぱり、歌を詠んだ。


 ――天竺てんじくにありといふなる天神川 なき名とりては苦しかりけり


 元歌は、古今和歌集の壬生忠岑みぶのただみねだ。最初の五七五を、大きくカスタマイズした。

 この歌は、地名と川の名前はどうでもいい。ポイントは「いふなる」と「なき名」だ。

 身に覚えのない、事実無根の噂で、苦しい思いをしています、という意味である。

 壬生忠岑は恋の歌の名人だ。実はこの歌は、帝の御前で、身に覚えのない恋の噂を立てられて困っている、というシーンで詠まれた。藤の少ならば、その背景まで、知っているだろう。


「ご自分は只人ただびとだと仰るのね?」


 ――あたらしき時代ときよに老ひて生きんとす 山に落ちたる栗のごとくに


 あくまで、歌で返す。

 只の人に決まっているではないか。

 わたしは結婚もしていないし、子どももいない。家庭教師をした子ども達の成長の手助けになれば、と思って、この仕事を続けている。たぶん、このまま、ずっと。

 これは現代歌人の巨匠、斉藤茂吉さいとうもきちの歌だ。

 自分の気持ちを言われたように思えて、どこも書き換えなかった。茂吉さん、ごめんなさい。


 はっと気づくと、周囲はすすり泣きのオンパレードになっていた。

 焦って藤の少を見ると、いちばん泣きまくっている。涙を拭くのに、扇を床に置いているほどだ。


 ――いや、ここはおばさんパワーで、場をなんとかする立場でしょー!


 老い、という単語がヒットしてしまったのだろうか。

 焦りと同時に、罪悪感が湧き上がってくる。

 思いっきり盗作なのに、こんなに感動されてしまって、返す返すも、斉藤茂吉に申し訳ない。


 それにしても、平安貴族の、感動の沸点が低すぎやしないか。現代で、「わたし、年取ってもひとりで仕事がんばるんだ~」と言って、感動して泣かれるとは、思えない。

 斉藤茂吉のこの歌を読んだとき、むしろわたしは、聖書の「ひと粒の麦もし死なずば」のくだりを思い出した。次世代を育てるために、自分を使うのだ。

 

 わたしと、唯一泣いていない大姫は、ぐすぐすいう泣き声が落ち着くまで、所在なく待っていた。

 大姫は11歳。この年齢の子どもに、老いは遠い。ある程度年上の人の年など、区別がつかない。大姫には、みんなの泣きポイントが、まったく分からなかっただろう。

 2人で、妙な居心地の悪さにもじもじしていると、だんだん笑いがこみ上げてくる。目でガマンし合っていたが、大姫は、耐えきれず、吹き出してしまった。


「みんな、そんなに泣いておかしいわ。斎迩の君はちっともお年寄りじゃないし、ステキなお歌だったじゃない」


 それで、ふっと呪縛が解けた。

 なんとなく、全員が顔を見合わせて、笑う。

 

「大姫様は、いい姫君でいらっしゃる」


 しみじみと言った藤の少に、大輔の君が、これ以上ないくらいのドヤ顔で、「もちろんですとも!」と胸を張った。

 当代一の貴婦人を育てた乳母殿から、お墨付きをいただいたのだ。もうこれで、どんな女房にも、大姫をバカにさせはしないだろう。

 ひたすら大姫に献身的だった大輔の君が、報われた瞬間だ。

 撫子なでしこの君も、控えめながらも、嬉しそうだった。新しい勤め先を、元の同僚達からバカにされたり心配されたりしていたのだ。ちょっと、見返した気持ちだろう。


 その後、大姫のたっての希望で、投扇とうせんをした。

 予想どおりだが、藤の少は強かった。キャリアが違う。でも、大輔の君とは、後々まで語り草になるような名勝負を繰り広げた。

 わたしが大したプレイヤーでないことは、当家ではバレていたが、藤の少達には、ものすごく驚かれた。


「まあ、……本当に、斎迩の君は、只人だったのですね」


と納得されたのは、結果的にはよかったけれど、複雑な気分である。


 予定の時間を大幅に過ぎて、夕暮れが近くなった。藤の少達が、慌てて帰り支度を始める。

 最後に、大姫とわたしから、お方様へ、お土産の歌を詠む。さようならの挨拶のようなものだ。

 大姫は、古今のお気に入り、素性そせい法師の歌の、季節を書き換えた。

 

 ――見てのみや人に語らむ栗も笑み をかしかるらむと家づとにせむ


 「栗が笑ったのを、自分が見ただけでは足りなくて人にも話したくて、家にお土産にしますね」という歌だ。

 元は春の歌で、桜の枝をお土産にするという内容だった。「づと」が、土産という意味である。

 明るく楽しい雰囲気がよく出ている、いい歌だ。

 大姫は、短い間に、歌のカスタマイズもかなり巧くなった。


 わたしは、200年ほど未来の歌集からピックアップして、カスタマイズした。


 ――をく露にかれもはてなで蟋蟀こおろぎの いかで松葉のすえになくらむ


 大輔の君から厳命されて準備していた中に、虫の歌も、露の歌もあったのだ。これでもかと、大姫の州浜の風景を詠んで、宣伝しまくり、お茶会はお開きとなった。




 翌朝、驚異的なスピードで、先師せんしの方からお礼の文が届いた。

 礼状、というより、模試の結果分析のような内容で、評価は、ほぼ満点。

 減点部分は、部屋の室礼しつらいについて、ススキが多かったこと。

 主客の衣装がすすきなら、部屋じゅうにススキを飾っていると、メインのお客様の衣装が埋没しかねない。

 今回は、薄という華やかなかさねだったからよかったが、もっと淡い色の着物だと、部屋の飾りの方が目立ってしまうので、気をつけること、とあった。

 そんなもん、どうやって気をつけるのかと思ったら、室礼も2パターン用意しておいて、主客が到着したときに衣装を見て、入れ替えるのだそうだ。


 ――やっぱり、セレブのおもてなし、超!超!めんどくさい!!


 大姫への、お方様の返歌は、超絶技巧だった。


 ――栗食めばまして偲はゆ …さぬ 


 で、いったん切れて、ベージュ色の薄様うすよう(薄い和紙)の、下の方に流れるように、


 ――憶良おくらの思ひぞ 言の葉もなき


と書いてあり、くずで作ったしずくがひとつ、くっつけられていた。


「う、うわ~」


「これは、さすが……、先師のお方様」


 読んだ全員が、マサに、「ぐうの音も出ない」完璧な返歌である。


 元歌は、万葉集の山上憶良やまのうえのおくら。現代でも中学校で習う、「子等(こらを思う歌一首」だ。

 「憶良らは今はまからむ 子泣くらむ」から始まる、有名な歌である。長歌なのでやたら長いが、「瓜を食べても栗を食べても、子どものことを思い出す。(中略)子どもを思うと安眠もできない」という一節がある。

 先師の方は、その歌と、州浜すはまの栗を抜き出して、


「栗を食べると、あなたのことが思い出されて、眠れません。……子を思う気持ちで、もう、言葉もありません」


と言っているのだ。ご丁寧に、葛で作った涙の跡付きだ。

 大姫が、州浜に万葉集の歌を付けたことも、きちんと受けての、返歌である。


 そして、この文は、非公式ながら、お方様が大姫の親代わりになる、という宣言でもあった。

 邸じゅうが、喜びに沸きかえった。

 大輔の君と、本殿の家宰さんが、嬉し泣きにくれたのは、いうまでもない。

 このときばかりは、わたしも、じんわり瞳が潤んだ。






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