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家庭教師、おもてなしする 2

 直接話しかけられたタイミングで、大姫の前の御簾みすを上げた。

 後ろのおきの女房が、思わず驚きの声を洩らす。

 とうしょうは、満足そうに、笑みを深くした。大きく、頷く。


「やはり。なんて、おかわいらしい。私もお方様も、予想しておりましたよ。これほどお美しければ、裳着もぎを迎えられたら、求婚者が引きも切らないでしょうね」


 今日の大姫は、眉も剃り、お歯黒をして、化粧もばっちりだ。綿の油はさすがに間に合わなかったので、わたしが現代で買った綿オイルを提供した。

 平安基準では、大姫はびっくりの美少女に変身したらしい。


 「落栗おちぐり」の十二単じゅうにひとえは、ベージュのうちぎの上に濃いえんじ色の袿を重ねた配色だ。一見すると地味だが、絹の地模様が縫い込まれていて、豪華に見える。

 濃いえんじ色は、現代でもはかまに使われることが多い。もともとは、未婚女性の色であり、祝儀の色でもある。

 大姫の子どもらしさと、成長のお祝いを示す意味でも、ナイスなセレクションだ。

 ちなみにわたしは、ベージュのシルクのワンピースに、えんじ色のジャケットを着ている。無地なので、主人の大姫の「落栗」よりは少し格下のコーディネート、というふうに見えているようだ。


 その後、お土産が続々と運ばれてきた。

 今日出されたおやつは、必ずテイクアウト分も用意する。慢性栄養不足な時代なので、貴族は隙あらばおやつを食べる。そのとき、従者ずさ家人けにん達にも、同じものを提供するのが、主人の義務なのだ。

 ウィ○ーインゼリーは、今上きんじょうに献上した薬だ、という説明書も付けて、多めに包んだ。

 あとは、布地の山、珍しい本などだ。本は、権大納言ごんだいなごん家の方が豊富だろうから、大姫が模写した昆虫図鑑をプレゼントすることになった。


 そして最後に、もうひとつの州浜すはまだ。

 これは、大輔たいふの君達、オトナ女子の発表会である。

 

 広い塗り盆の真ん中だけに最低限の土を盛り、一輪だけ菊を立てた。周囲にいくつか、くずで作った白露を散らす。

 盆の色は、黒。白土。鮮やかな紫色の菊花。

 この州浜は、持ち帰りのお土産ではない。この場でだけ、見て楽しんでもらうものだ。

 付けた歌は、大輔の君の手蹟で、


 ――秋をおきて時こそありけれ菊の花 うつろふからに色のまされば

 

 古今和歌集の、紀貫之きのつらゆきの歌だ。

 ド直球、正統派の州浜と歌である。

 このときのために、大輔の君だけが、「移菊うつりぎく」のかさねを着ていたのだ。緑の袿の上に、濃紫の袿を重ねる取り合わせで、着こなすにはかなりのセンスが要る。


 この時期に、美しい菊を探すのは、たいへんなことらしい。

 野菊ならともかく、すでに菊は、栽培品種だ。移菊の宴には、貴族達は、各自選りすぐりの自信作を持ち寄るのである。

 平安時代には花屋もないし、誰かに分けてもらう余裕もないし、どうするのかと思っていたら、実は、パパ殿は、菊の栽培もやっていた。しかも、かなりの腕前で、宴のために高位の貴族に頼まれることも多いそうだ。

 基本的に、女性のサロンに、男性はノータッチである。

 しかし、大姫の初めての社交、しかも相手は先師の方の乳母、ということで、パパ殿は、腕と審美眼によりをかけて、自作の菊のなかで、最高の一本を提供してくれた。


 ――パパ殿、意外と多趣味で、趣味人? ていうか、蜂飼ってるのだけが、おかしいのかー。


 てなことを考えていたが、ここまでは、ある程度流れが決まっている。

 お約束のやり取りが終わって、フリータイムになってからが、大姫やわたしの正念場なのだ。

 御簾を上げ、大姫が、直接会話に加わる。

 今までの流れに関係がなかったわたしも、これから本格的に参戦する。

 つまり、藤の少から、品定めされるのだ。

 大姫の師であるわたしは、最低でも、栗とススキと紅葉と菊と秋の月、できれば虫で、歌を詠め、と言われた。全然、「最低でも」、という量ではない。

 州浜にかじりついている大姫を引きはがしてメイクを試したり、歌の添削をしたりしつつ、現代に帰ってから、わたしもせっせとカンニング、もとい、準備していたのである。

 もちろん、わたしに和歌なんか、詠めるわけがない。

 「こんな話題が出そう」という想定問答集を作り、その場に合いそうな和歌をひたすら探してきたのだ。わたしのスマホは、今日も扇の裏でカンペメモとして活躍している。


「短期間で、よくお勉強なさいましたね、大姫様。お方様もお悦びになることでしょう」


 意外なことに、藤の少は、普通に話しかけてきた。たいてい、お茶会のフリータイム場は、雅びな歌の応酬から始まるのだが。

 大姫が反応に困っていると、くすっと、いたずらっぽく笑って、


「お方様からも言われています。大姫様をあまり困らせないように、と。私も、大姫様とは、直接ざっくばらんにお話した方がおもしろそうだと、思いましたしね」


 おおっ、やった! と思ったのも一瞬、藤の少は、


 ――風吹けば落つるもみぢ葉水きよみ 散らぬ影さへ底に見へつつ


 軽く、歌を投げてきた。

 「風に吹き散らされなかった紅葉さえ、池の水が澄んでいるので、水面に映って、散っているように見えますね」くらいの意味だ。「底」は、この場合、池の底ではなく、水面である。


 しかし、先日、お方様が大姫を「風」に喩えたのを考えると、少し解釈が難しい。

 美しい紅葉の情景なので、全体としては、大姫の州浜やおもてなしは評価された、と取っていい。

 問題は、紅葉を散らさなかった「風」を誉めているのか、がんばって散らなかった「紅葉」や「澄んだ水面」=わたしや周囲の女房達のおかげね、というイヤミなのか。

 和歌のめんどうくさいところは、何通りもの解釈ができてしまうところだ。

 ちら、と大姫を見ると、ちゃんと2通りの解釈を理解しているようだ。どう答えればいいか、迷っている。


 緊張感が漂うなか、藤の少が、ころころと笑い出した。古参女房とは思えない、遠慮のない開けっぴろげな笑い方だ。形ばかり扇を当てているが、もはや無くてもいいんじゃないだろうか。


「そんなに警戒しなくても。ちゃんと、誉めたんですよ。本当に、きちんとお勉強なさったのね、大姫様。この歌の出典が分かりますか」


「古今和歌集の凡河内躬恒おおしこうちのみつねですね」


 毒気を抜かれて大姫が答えると、藤の少は、満足そうに頷いた。


 ――そうか。藤の少は、わざとそのまま、暗唱したんだ。


 藤の少ほどの女房なら、元の歌をカスタマイズして、もっと意味を分かりやすくするなど、簡単だ。

 大姫のために、易しいバージョンで、どれくらい勉強が進んでいるか、確認したのだろう。


「こんな美しいお歌を、イヤミなどに使いませんよ、もったいない。それに、本当に素晴らしい紅葉の州浜でした」


 安心した大姫が、ぱっと笑顔になった。

 もう、大丈夫だ。

 大姫がリラックスしたこともよかったけれど、大姫の満開の笑顔に、魅了されない人はほとんどいない。

 もはやかわいい孫(曾孫か?)を見守る瞳の藤の少に、わたしも安心した。


 それはともかく、わたしはわたしで、点数を稼いでおかねばならない。


 ――なれかねてつなさえ引けぬ風の子も 手玉にとれる庭の落栗おちぐり


 これ、元歌は江戸時代の歌人のものである。

 ええ、思いっきりズルですとも。

 それが何か?

 家庭教師としての面目を保つためです。開き直ります。

 元歌は、「つな引き歩く猫の子」だ。

 

 「手綱が取れない風の子=大姫も、栗さえあれば手玉に取れますわ」と落としておいて、すかさず次の歌を詠む。

 

 ――春霞かすみてにしかりがねは 今ぞ鳴くなる秋霧の上に


 こちらは古今和歌集の詠み人知らず、そのままだ。

 この時代にすでに存在している歌なので、そのまま暗唱しても問題ない。

 この歌では、かりがね=雁が、春には去ったが、秋には戻ってきて鳴いている。

 つまり、雁=大姫が、春とは違って成長した、と言ったのだ。

 周りの人には、わたしのオリジナルの歌で大姫を茶化しておいて、古今で、大姫の変身ぶりを称えた、と聞こえるだろう。

 藤の少は、洒落が分かるおばさまのようなので、少しふざけてみた。

 この歌を見たとき、大姫との初対面で「野良猫を慣らすみたいだな」と思ったことが、鮮やかに浮かんだのだ。


 藤の少の目が細くなった。微笑んだように見えるが、扇で隠れているので、はっきりとしない。

 予想外だったのは、おきの女房達だけでなく、大輔の君や他の女房達まで、一斉にため息をついたことだ。若狭わかさから素直な賞賛のまなざしを向けられて、焦る。


 ――まずいよ、これで和歌の名人とか勘違いされちゃったら!


 この当時の和歌の「名人」には2通りある。

 ひたすら勉強して、その場に応じた歌を思い出す秀才タイプと、即興でみごとな歌を詠んでみせる天才タイプだ。

 

 ――このお茶会が終わったら、どんだけガリ勉したか、せめてこのお邸の女房には、言いふらそーっと。


「この白露は、とても独創的ね。どなたかに教わったのかしら」


「はい。斎迩の君に教わりました」


「斎迩の君が、白露の作り方を考えられたの?」


 葛を露に見立てるのは、上生菓子じょうなまがしの手法だ。全然オリジナリティなど、ない。大姫のメイクのために、手元に大量に葛があったので、思いついたのだ。


「ええ。秋は露、という和歌の約束と、五行説では、秋は白、ということを、ついでにお教えできるかと思いまして。葛を溶いて、白露らしく飾られたのは、大姫様です」


 必死で栗と紅葉の州浜を作っていた大姫を見て、微笑ましかった。わたしだけでなく、対屋たいのやの全員が、応援していたのだ。

 大姫の努力とセンスが、正しく伝わらないのではないかと、ハラハラする。


「州浜の設計は、大姫様がすべて、一人でなさいました。コオロギを磨いたのも(誰もやりたがらなかったせいもあるが)、紅葉と松葉を集めたのも、大量の栗を加工したのも、大姫様おひとりです」


 つい、セリフに力が入ってしまった。マナー違反だが、横で大きく、大輔の君も頷いている。


「ふふ。大丈夫、分かりますよ。このまま今上きんじょうに献上してもいいほどの出来栄えですが、この感覚は子どものものです。大人が口出ししたら、……コオロギは、出てこないでしょうね」


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