まったく別の、偽証
「それでは、そなたは、醍醐寺の座主、勝覚殿は、まったく事件と関係がない、と言うのだな」
これで何度目であろうか。
目の前の取調官は、何人も換わったが、誰もが穏やかな物腰と口ぶりだった。
今さらながら、高位の貴族の全員が、左大弁のようではないのだと、知る。いや、むしろあのバカは、宮中でも、バカで使えないヤツだったのではなかろうか。
だが、さしも丁寧な彼らも、だんだん焦れてきていた。
どうしても我の口から、座主様も暗殺に加担していたと、言わせたいらしい。
――愚かな。そのようなこと、口が裂けてもこの身が滅びても、言うわけがなかろう。
我は、心の中だけで、冷笑する。
表情に出してはならない。取調官は、あのバカとは比べものにならないほど優秀だ。
「はい。我は、三宮院の阿闍梨様から、左大弁殿に引き合されました」
「そなたは、醍醐寺でも特に目を掛けられ、座主を慕っておったようだな。なのに、座主にひとことの断りもなく、座主の兄と共謀したのか」
当然、訊かれると想定していたことだ。落ち着いて答える。
「阿闍梨様は、仏教界の頂点を目指しておられました。実の弟君でも、警戒されておられたのです。決して漏らしてはならないと、口止めされました」
あの仁覚殿の言いそうなことだ。自分でしゃべっていて、本当にあったことのように思えてくる。
「醍醐寺の者はみな、口を揃えて言うておったぞ。そなたの座主への忠誠は、本物だと。仁覚が仏教界の頂点に立ったら、座主はどうなる。そなたは、それでよかったのか」
「お調べになったかもしれませんが……、我は、父なし子です。が、父は、下級貴族だったそうです。母は行くあてもなかったところを、醍醐寺で下働きとして雇われました。だから、この年になっても、元服もせず、得度(出家)もしていないのです。でも、我は、出世したかった。阿闍梨様は、ご自分が帝の護持僧になられたら、我を蔵人として召し抱えると、お約束くださいました。……あなた方には、お分かりにならないでしょう。生まれながらに宮中に出仕する道の、開かれている方々には」
本心も混ぜる。それが、嘘のバレないコツだ。
話したことはほとんが真実だ。蔵人を約束してくださったのが、阿闍梨様ではなく、座主様だというだけだ。
わざと、だんだん声を荒げ、大きくしていく。最後は、はっと気づいた顔を装って、俯いた。
我の予想どおり、取調官は、バツの悪そうな顔をした。
富める者、恵まれた者は、自らの有利性ゆえに、引け目を感じることが多い。我は貧しき立場から彼らを見て、それに気づいていた。
――甘い。持ちたる物も持たざる物も、己の一部よ。それを生かさずして、なんとする。
我は何も持たない。だからこそ、持たないことそのものを武器に使う。
失うものがない、ということは、人を強くするのだ。
取調官が、軽くため息をついた。
扉が開き、別の取調官が入ってくる。今度の男は、青の袍ではない。蔵人ではなく、おそらく近衛士だろう。
「交代しよう」
「頼みます。臣もここにいて、聞いています」
蔵人は席を譲り、壁にもたれて立った。
「そなたと同じ日に、三宮院の阿闍梨も捕縛した。別の部屋で取り調べておる。というか、今まで、臣が調べていたのだ。それで、確認したくてな」
新しい取調官は、少し年かさだ。穏やかに訊いてくる。
「仁覚は、最初に弟を計画に加えた、と言っておる。醍醐寺の座主、勝覚と2人で細かい計画を練った、と」
やはり、な。
あの阿闍梨様が、座主様をかばうわけがない。いや、むしろ、死なばもろとも、積極的に弟も引きずり込もうとするだろう。そういう方だ。
我は、薄く笑った。
「驚きました」
「なに? どういうことだ」
「阿闍梨様は、本当に座主様を恐れておいでなのですね。ご自分が失敗した今、次に仏教界の頂点に立たれる可能性が一番高いのは、座主様でしょう。それだけは、どうしても、おイヤなご様子でしたから」
近衛士も、壁の蔵人も、虚を突かれた顔をした。
「濡れ衣を着せて、共に陥とそうと考えている、と?」
我は答えなかった。
一種の賭けでは、ある。
我は、阿闍梨の人となりを知っている。仁覚の性格なら、いかにもやりそうな手段だ。だが、それが分かる公卿は、どれほどいるのだろうか。
取調官の2人は、顔を見合わせた。
あり得る、と考えているのが、手に取るように見えた。
……どこにいても、人徳のないお方よな。
我はぼんやりと、阿闍梨と左大弁の傲慢さを思い出していた。
それにしても、不思議だ。
どう考えても、左大弁の失敗から、我と阿闍梨の足がついたはずなのに、左大弁の話がまったく聞こえてこない。一緒に捕縛されていなければ、つじつまが合わないのだが。
「あの……、少しお尋ねしたいのですが」
「なんだ? そなたは尋問にも素直に協力してくれておる。内容によっては、答えてもよいぞ」
「左大弁殿も、我と同じ日に捕縛されたのですか」
呪詛の件はともかく、蜂を盗んで使ったことを、我が話す前から、彼らは知っていた。ということは、左大弁の口から洩れたとしか、考えられない。
だが、2人は、またもや顔を見合わせた。
少し迷ったあと、近衛士が口を開く。
「知っておると思っておった。随分、都で噂だからな。左大弁、いや、前の左大弁は亡くなった。蜂に刺されてな。天罰というものかもしれんな」
「そんな、そんな、ばかなっ!」
「ん? 左大弁が死んだことが、か? 四条の川原に、死体で転がっていたのだ。都雀どもが、祟りじゃと、今も、それは騒々しいぞ」
我は呆然としていた。
そんなことは、あり得ない。
左大弁は殺されたのだ。――いったい、いつ? 誰に?
「いつ、いつ、左大弁殿は、亡くなったのです」
「神無月に入った日の朝、発見された」
「えっ、しかし、その前日に……っ」
「そのとおり。前の左大弁は、醍醐寺にねじ込んで来たな」
やはり、あの時点で、左大弁には監視が付いていたのだ。今さらそこには驚かないが、その晩、我も座主様も、寺を出てなどいない。2人で夜どおし話し、共にいたのだ。
左大弁は、阿闍梨に呪詛返しの術を断られた、と嘆いていた。すぐその夜に、阿闍梨が考えを変えて、面会するとも思えない。阿闍梨の方も、目立たぬよう、心がけていたはずだ。
あのバカだけが、あんなに派手に動き回っていたのだ。
祟りだなんだと言っているが、宮中では、左大弁は、口封じに殺されたと考えているのだろう。見せしめに、蜂を使って。
だがそれは間違いだ。
――誰が左大弁を殺したのか。
我らの計画を知っている者の犯行だ。そしてそれを、内裏の近衛府や蔵人に任せようとは、考えていない者。
左大弁は、殺された。
阿闍梨と我は、捕縛されている。
次に、危険なのは。
「どうした、急に顔色が悪いぞ」
――座主様も、危ない。
「左大弁殿が蜂に刺されて亡くなったなど、あり得ないのです」
我の声の調子が変わったことに気づき、取調官が姿勢を改めた。
「なぜ、そう言い切れる?」
「皆様は、我や、阿闍梨様の手の者が、左大弁殿を討ったとお考えかもしれませんが、違います。我らならば、そのような、その手だけは、使いませぬ。――左大弁殿は、蜂の毒が効かない体だったのです。我も同じです。我ら2人は、この体質が理由で選ばれたのです」
――なんとしても、座主様だけはお守りせねばならない。




