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家庭教師、傾聴する


 後涼殿こうりょうでんはその名のごとく、帝の居住区域である清涼殿せいりょうでんよりさらに奥まった、プライベートスペースだ。

今上きんじょうの快癒祈祷を終えた大僧正は、今はこの殿舎に局を借りて、寝起きしているらしい。


「今上のお加減はいかがですか。もう床上げはなさったと伺ったのですけれど」


 今上は蜂の毒が抜けたようで、熱も下がり、吐き気や下痢も治まったそうだ。3週間ほど寝付いていたので、体力も筋力も落ちている。ゆっくり日常生活のリハビリをしているらしい。

 体力的にも、暗殺の危険性においても、まだ目を離さない方がいいので、大僧正も蔵人頭くろうどのとうも、後涼殿に詰めている。


「まあ、今上には政務があるわけでもなし。子どもらしく、学んで体を動かして食べて寝ればよい、と拙僧は思うのじゃが、な」


 つまり政務は、院が行っているということだ。

 先ほどの話から察するに、大僧正は、今上の祖父でもある院に、どこか含みがある感じがする。


 「大僧正は、院の、どこが気になってるんですか」


 裏に冷徹な政治家の顔を持っていようとも、わたしにとって大僧正は、パパ殿と並んで、話しやすい貴族のツートップだ。

 蔵人頭くろうどのとうは、今上の護衛に戻った。

 春興殿しゅんこうでんの外で待っていた雨彦は、後涼殿の従者の詰所で待たせてある。

 今は二人きりなので、さらに砕けた口調になってしまった。


「気になっている、か。言い得て妙じゃのぅ。院が、今上に対して罪を犯すなどとは思ってはおらん。ただ……、祖父として孫を可愛がっている、とも、思えんのよ」


「孫に対して愛情がない、ということですか」


「愛情? とは? 愛染明王あいぜんみょうおう(性愛、力を司る)は関係なかろう?」


 ――そうだった。

 この時代の日本には、まだ、「愛」という概念がないのだ。

 「恋情」や「恋慕」は、ある。「恋」は平安貴族の文化の大半を占めている。でもそれは、まさに「恋に恋する」から「メイクラブ」、「別れ」まで、遊戯(ゲーム)であり形式の決まった文化であり、貴族の嗜みなのだ。

 いわゆる「惚れた」という感情はあるし、それを「恋」という単語で、表現もできる。

 でも、それがさらに昇華した「愛情」は、存在しない。

 人間の感情なのだから、この時代の人々だって「愛情」を感じては、いただろう。でもそれを表現する言葉も、風土もなかった。


 ――ああ、だから。

 まだ夫婦愛があるのだから、先師せんし殿の元に戻ったらどうか、とわたしが言ったとき、お方様は、あんなに動揺したのだ。

 自分達の大切な、秘めた感情を、あからさまに言葉で表現されてしまったから。

 たぶん、現代人が考える、何百倍も、恥ずかしくて居たたまれない気持ちだったのだろう。


 ちなみに、日本に「愛(love)」という概念と言葉が入ってきたのは、明治維新だ。

 教師をしていた夏目漱石が、「I love you」を「私はあなたを愛している」と訳した生徒の解答を聞いて、

 「日本男児がそのようなことを口にするか。その文は、『月がとても綺麗ですね』とでも訳せ」

 と教えたのは、ものすごく有名な話だ。

 つまり明治時代でさえ、「愛」とは、恥ずかしくて口にさえできない感情だったのだ。


 「あーと、えーと、そうですね、可愛くて大事で、自分よりも大切な存在、というか」


  しどろもどろで答えたら、大僧正に一蹴された。


 「あり得ぬ。拙僧がうれえておるのは、院は、ただ単に、自分にとってジャマになったら、今上を切り捨てるだろう、ということじゃ」


 「――大僧正がそういう風に感じる何かが、あったんですか」


 まあ、世の中の祖父母、みんながみんな、孫にデレデレというわけでもないだろう。淡白な性格の祖父もいるだろうし、ツンデレお祖父ちゃんなのかもしれないし。

 わたしがつらつら考えていると、大僧正が、息を吐いた。


 「拙僧は、今上がお生まれになった時から先帝に頼まれて、護持僧ごじそうをやっておる。院は、ご自分の身内に見切りを付けたら、素早く対処なさる。拙僧はそれを二度、見た」


 一度目は、先帝が関白かんぱくの意見に左右され、院を排除しようとしたときのこと。

 院は、持てる権力を総動員して、先帝と関白から政治の実権を奪い取り、自分が直接執政する体制を作り上げたそうだ。


 「院対先帝の全面対決になるか、周りは心配しておったが、その前に、先帝が御病で寝付かれたんじゃ。長い祈祷の甲斐もなく亡くなられたが、拙僧は、あれほど可愛がり信頼していた実のお子でさえ、ご自分の意に沿わない行動をされたら、切り捨てるのじゃな、と、背筋が冷える思いじゃった」


 対立が激化する前に先帝が亡くなり、どさくさに紛れて、関白はそのままの地位に残っていた。

 それで、急きょ、今の帝が5歳で帝位に就くことになった。自動的にさきの関白が、摂政せっしょうになってしまう。

 両親ともに早く亡くした幼児を、摂政は完全に取り込んだ。べたべたに甘やかし、今上は親政を行うものだ、院政はおかしい、と吹き込んだ。


 「今上は、摂政に懐いてしもうてのぅ。まあ、仕方がないが、拙僧もうるさい爺じゃから、煙たがられてしもうた。そうしたら、院は、摂政を宇治に蟄居ちっきょ(謹慎、軟禁)させたのじゃ。それはもう、驚くほどの早手回しじゃった」


 え、今上にも、摂政がいたのか。


 「宇治に蟄居、って、罪状はなんですか。理由もなく、そんなことできませんよね」


 「できる。今の院のお力なら、それくらいわけもないことじゃ。一応、『まつりごとわたくしした』、という理由づけはされとった。まあ、あながち間違いでもなし、参議でも反対のしようもなかったわ」


 参議とは、上位貴族による政治の話し合いの場だ。それに参加する貴族の呼び名でもある。

 通常は三位くらいから参加するが、四位しい以上でも、推薦があれば参加できる。参議になって初めて、宮廷人としての出世、と考えられている。


 「そこから、完全に、院が執政されることになった。じゃが、今上への態度が厳しくての……、勉学も武道も、師を付けて鍛えておるが、院が今上を褒めてさしあげたことは、一度もない。叱りつけるか、できない点をあげつらうだけでの。御病のときも、お見舞には何度かいらしたが、心配している様子もなく、政務の一環、という雰囲気じゃった」


 う、う~ん、ダメな親の典型って感じだな。この場合は祖父だけど。

 5歳で両親とも亡くした幼児を帝位に就けたのはともかく、いちばん懐いていた摂政を取り上げたのは、たしかに、私怨も混じっている気がする。

 院政の執政者 vs 今上の摂政 だから、完全に、政争なんだけど。

 政治的権力を掌握するためには、摂政を遠ざけるのがいちばん早道だけれど、なんだか、自分に懐かない孫への嫌がらせ、という印象もある。

 純粋な政争なら、摂政の位を剥奪すればいいだけだ。住まいは平安京のままで、無位無官に落とせばいい。そちらの方が、平安貴族にとっては恥辱の刑である。


 「あの、でも、その摂政も、いまいちな人物だったのですよね」


 「ほんに、口からでまかせの、ろくでもない奴じゃったの」


 大僧正、相変わらず、切れ味がいい。


 「結果的には、その摂政を遠ざけたのは、いいことだったのでは?」


 「そのとおりじゃ。じゃが、それと、院の、今上に対するお気持ち、そなたの言う、愛情か? それは違う問題じゃろ。摂政がいなくなった今こそ、院と今上に親しくなさっていただきたいのに、ほとんど顔もお合わせにならない。おそらく、あの摂政に懐いた今上を、院は二度とお許しにはならないじゃろうよ」


 わたしは、お見舞のときの今上を思い出していた。

 あの子は、朦朧としながら、「病気になったら、お祖父様に叱られる」と言って泣いたのだ。

 

 「拙僧は、左府さふからずっと、相談を受けておっての。左府が、嘆いとった。『3人も息子がいて、どれもまともに育たなかった。それでも自分は、我が子が可愛くて見捨てられない』とな。親の情とは、そういうものでは、ないかのぅ」


 この時代の僧侶は、カウンセラーも勤める。

 多くの貴族達を見て、その悩みを受け止めてきた大僧正だからこそ、院に対して感じた懸念は、おそらく正解なのだろう。

 沈黙が落ちた部屋に、


速足はやあしの蔵人殿、お戻り!」


と呼ばわる声が聞こえた。






「愛」の概念について。

直江兼続の兜の飾り文字も「愛」ですが、やはり「愛宕権現」か「愛染明王」の「愛」で、力の象徴だったそうです。でも、戦国時代には「愛民」「仁愛」という言葉も出てきたので、今の人類愛に近い概念は生まれていたようですね。

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