家庭教師、もやもやする
「左大弁の遺体は、四条の川原に放置されていました。ああ、速足の蔵人殿の家人が見つけたので、ご存知なのも当然ですね」
うっ、その話題には、できれば触れたくない、と思っていたら、案の定、隊長が口をはさんできた。
「ああ、最初に発見したのは、あの八助ですが、その後こちらのお方が、ご遺体を検められていましたよ」
わたしの方に、手を向ける。
全員が目を剥いた。
「なっ……、女人が、あのようなモノを検分するとは……っ」
「ほお、さすが、速足の蔵人殿ご推挙のお方ですな。肝が据わっておられる」
「そなた……、ほんに、どこにでも首を突っ込んどるのぅ……」
「いやいや、堂に入った検証ぶりで、臣は感心致しました。たしか、左大弁があの場所で死んだのではない、と最初に仰ったのは、このお方です」
――隊長。頼むから、もう喋らないで。
そんなに堂々と、検死なんかできたわけがない。口元さえきちんと見られなかったほど、ヘタレだったのに。
そんなわたしに構わず、蔵人頭が報告を続ける。
「左大弁、――もう前の、と呼ぶべきですが――は、中務省の文官です」
名前は、藤原高大。官位は従四位上。24歳。
左府殿の弟の孫にあたり、たいして近い親戚でもないが、その弟が亡くなっているので、元服も出仕のときも、左府殿が援助した。
その関係で、左府殿よりも、特に、二男の仁覚と親しく付き合っていたらしい。個人的に会っていたし、三宮院にも頻繁に参詣していたそうだ。
「人望はないですね。仕事はサボりがち、能力もないわりに、すぐに左府殿の名前を出しては威張り散らしていたようです」
「ふむ、虎の威を借るタイプか」
そんな出来の悪い、遠い親戚の面倒まで見なくちゃいけないなんて、出世するのもたいへんである。
「肝心の経歴ですが、たしかに3年前に、蔵人の経験があります。体格的にも能力的にも、武官向きではなかったので、一年の除目ですぐに中務省に異動したのですが」
「中務省でも、使えなくて困っていたようだがな」
みなさん、容赦がない。
死者にムチ打たない、という文化は、まだないのかしら。
「今のところ、前の左大弁と醍醐寺とのつながりは、まったく見つかっていません。最後に醍醐寺に駆け込んだのが、唯一の例外です」
「三宮院の仁覚に見捨てられて、焦って醍醐寺の座主に頼ったのではないか?」
「単に、兄への取り成しを頼んだだけなのか、醍醐寺の座主も、今上暗殺計画に加担していたかどうか」
「ええ、どこで千手丸と知り合ったかも、不明です」
「そこら辺りは、速足の調査待ちじゃな。その結果次第で、明らかになるじゃろうて」
あ、そうだ、パパ殿!
「邸の者も探していたのですが、殿様はどちらにいらっしゃるのですか?」
「遺体が左大弁と判明した時点で、藤原高大の邸に、調査に行ってもらっている。表向きは被害者だが、実際は、大逆犯の重要容疑者だ。事情を知っている者にしか、捜査を頼めない。それで、極秘に進めていたのだ」
右近衛府長官が、答えてくれた。
6衛府のトップから、直々に極秘捜査の命令。
大輔の君が聞いたら、涙を流して喜びそうだ。撫子の君も、また自慢するかもしれない。
あくまで、結果が出せたら、だけど。
「あの……、それで結局、左大弁殿の、死因はなんだったのでしょうか」
大事な情報が欠けてるよ、と質問したら、全員に怪訝な顔をされてしまった。
「もちろん、蜂に刺されたのですよ。死体を検分されたのですから、ご存知かと思っていましたが」
「八助もそのように言っておったが」
蔵人頭と検非違使の隊長から重ねて言われて、混乱した。
――あれ? 腕の傷はダミーで、本当は毒殺、というのは、わたしの考えすぎ?
実は本当に、やたらめったら蜂に刺されまくって、アナフィラキシーショックが死因だったのだろうか。
というか、八助さんは、いつ考えを変えたのだろう。
「なんじゃ、そなた、本当にしっかり検死したのじゃろうな?」
「え、いえ、しっかり見たからこそ、あれが蜂の傷か、疑問に思ったのですけれど……」
「「「そうなのか?!」」」
おっさん達にユニゾンで叫ばれて、怯む。
わたしにしても、それほど自信があるわけではない。というか、だからこそ、意見を聞いてみたかったのだけれど。
仕方がないので、川原で感じた違和感を、説明した。
八助さんの意見もかなり混じっていたが、本人が証言していないのだから、わたしが言うしかない。
「む……、腕の傷が多すぎるのが、かえって違和感とは……、言われてみれば、顔も足も剥き出しだったのに、まったく刺されていなかった」
「たしかにあの遺体は、喉は腫れていませんでした。唇と口内は腫れ上がっていましたが」
「そんな細かいところまで検分なさっていたとは、さすがですな!」
いや、だから、それは八助さんの意見なんだよね。わたしはきちんと見てすらいないんだし……、なんだか罪悪感が半端ない。
「でも、わたしは蜂に詳しいわけでもないですし、それで、殿様の意見を聞いてみたいと思っていたのです」
「ああ、それで探しとったのか。じゃが、速足は、左大弁の遺体を見ておらんぞ。すぐに邸のほうに、調査に送られたからの」
「そうなんですか。でも疑問点は、今みなさんにお話しできたので、よかったです」
わたしが言うと、蔵人頭が硬い顔で、首を振った。
「いえ、もしあの傷が偽物だとすると、なぜそのような傷を付けたか、という疑問は、当然です。まさか、我々に蜂の傷を連想させて、左大弁と今上暗殺未遂を結び付けさせようという意図なのでしょうか」
「つまり、実は左大弁は、犯人ではない、と?」
「それはなかろう。我々は、むしろ、あぶり出し作戦の方から、左大弁の胡乱な行動を怪しんでいた。そろそろ事情聴取を行おうかと考えていたら、死んでいたのだ」
「それって、口封じですよねぇ」
あえて強めの単語を使ったのだけれど、今回はみんな冷静だった。警察部門のプロばかりである。当然、その可能性は考えていただろう。
「そうかもしれぬが、左大弁に命令した者の候補も、すでに挙がっている。うやむやにはせぬ」
「そう考えると、本日、あなたがもたらしてくれた情報は、とても貴重でした」
「いえ! 結局、別の人が投げ文をして、内裏にも、同じ情報は伝わりましたよね。あれ、そういえば、投げ文にはなんて書いてあったのですか?」
右近衛府長官と検非違使別当は、目を見交わした。
大僧正が口を出す。
「教えてやってもよかろうて。腕の傷が蜂の跡ではないかもしれぬなど、そなたらは考えもしなかったのじゃろ? この者には隠さずに話しておくと、また、突拍子もないことに気づくやもしれんぞ」
蔵人頭が頷く。
「ええ。投げ文の全文は、こうです」
――今上に呪詛あり。犯人は醍醐寺寺男、千手丸。首謀者は三宮院阿闍梨、仁覚
!!
先師の殿が考えた文面と、違う!
「首謀者が三宮院阿闍梨、仁覚だと、書いてあったのですか?」
「ええ。ですから、あなたから、左府殿の息子について話があると伺ったときは、驚きましたよ。おかげで、確信が深まったのですが」
わたしの情報提供が、捜査の役に立ったのなら、なによりだ。自分から事件に関わろうと決心した、甲斐があったというものである。
でも、わたしは、なんだかもやもやしていた。
いろいろな情報が繋がったようで、微妙に違うところも多い。
なぜ、八助さんが意見を変えたのか。
なぜ、投げ文の文面が違うのか。
どれも小さな誤差だけれど、不自然だ。すっと納得できない部分が多い。
「速足はいったん、内裏に報告に戻るはずじゃ。速足が戻るのを待って、我らと話を聞くか?」
大僧正の申し出に、わたしは少し、迷った。
大姫も心配だ。早く邸に戻った方がいいかとも、思う。
でも大姫本人が、一人にして考えさせてほしいと言っていたし、パパ殿の意見も聞きたい。
「ええ、ぜひ、お願いします」
「そうか。では、場所を移すとするかの。さすがに春興殿に女人や坊主が長居しとるのは、目立つじゃろ」




