家庭教師、情報提供する
牛車と並走しながら、検非違使の隊長は矢継ぎ早に指示を出した。
まずは内裏に、わたしの尋問の連絡。
もともと内親王家から内裏へ、別の検非違使クンが報告に向かっているはずなので、それの後追いという形で、わたしの件も知らせていた。
そして、令子内親王のお邸へは、自分と同格の別の隊長を向かわせるよう、依頼。
内親王家では、不気味な投げ文を受けて、女主人はもとより、邸じゅうが怯えているらしい。出家した内親王の邸は、ほとんど女性ばかりだそうだ。怖くなって当然である。
わたしの方も、土壇場で付けられたいなご麿に、先師の方への伝言を頼む。
わたし達以外の誰かが、同じ内容の投げ文をしたこと。
予想よりも早くなってしまったが、近衛府に投げ文の件を報告すること。
これで千手丸は捕縛の対象になってしまったので、もう醍醐寺に行く必要はないこと。この局面で、お方様が千手丸に会いに行ったら、痛くもない腹を探られることになる。
全力疾走する牛車というのはべらぼうに乗りにくくて、そんななかで懐紙に走り書きした手紙はぐちゃぐちゃになってしまった。緊迫感が伝わっていいか、と前向きに捉えることにする。
内裏に着いたとき、わたしは軽く牛車酔いになっていた。
もう一人付いて来てくれていた雨彦が、わたしを支えてくれた。けれど、小柄な雨彦だと、二人してすっ転びそうになる。
「うぅ、雨彦、にも、お願いがある、んだけど……。殿様とけら男も、内裏にいるはずなの。探して、連れてきて……」
しっかり頷いて、雨彦はわたしを隊長に預けると、走っていった。
「大丈夫ですか、女房殿。近衛府長官や蔵人頭、大僧正にまでお話を通すとなると、準備に時間がかかります。少しお休みになっては……」
「そんな暇はない。寝ながらで結構なので、お話を伺おう」
「そなたが持参した薬も、まだあるぞ。飲めば気分もよくなるじゃろ。なにせ薬師如来のお薬じゃからの、ほっほ」
検非違使の詰所だというのに、蔵人頭と大僧正が並んで待っていた。
隊長は驚きすぎて、思わずわたしから手を放し、片膝をついて頭を下げた。いきなり支えをなくしたわたしは、倒れそうになる。
「そ、それでは、あなたが、今上に薬をもたらした薬師如来のお使いなのですか?! こんな普通の女房だったとは……っ、もっと、こう、神々しく光輝くお姿かと……、あ、いえっ、先ほどは疑ってしまい、ご無礼いたしました!」
ショックを受けまくっている隊長に、わたしも力が抜けて、へたり込む。
――むしろ今がいちばん失礼だと思うけど、もう、いいです。
わたしは、板戸に寝かせられ、検非違使4人にお神輿のように担がれて、二度目の参内を果たした。
といっても、わたしが担ぎ込まれたのは春興殿。武器や武具の管理場所で、内裏の東、いちばん端っこの殿舎だ。
「ここが、武官がうろうろしとっても、いちばん自然じゃからの。ま、僧侶がいるのは、ちと微妙なのじゃが。何ぞ拙僧に聞きたいことがあるらしいの」
大僧正からウィダーイン○リーをもらい、2パック飲んだら、少し落ち着いた。
この時代は、一日二食が普通だ。
昨日からこの時代にいて、動き回っているわりに、昼食を抜いている。今朝も早くから外出して、もう昼過ぎ、そういえば今日は何も食べていない。
――え、もしかして、腹減りだっただけか、わたし……。
この時代の食事は、はっきり言って粗食だ。
貴族でさえも、白米はご馳走。おかずも基本、野草と干し魚で、料理方法も蒸すか焼くか。品数も少ない。
それでも、稗か粟が口に入れば上等、普通は木の実、という一般庶民よりは、豪華な食事なのである。
この時代の人々は、そんなご飯を夜明けと夕方に二回食べるだけで、一日じゅう肉体労働をしているのだ。
ガテン系にも程がある。
2日昼食を抜いただけで、牛車に酔うほど空腹になるわたしとは、大違いだ。
こういう時、現代人ってひ弱だなぁと、実感する。
ウィ○ーインゼリーのおかげで、本当に助かった。
「ありがとうございます。だいぶ元気になりました。あの……、大僧正は、左府殿のご子息をご存じですか」
大僧正の頬が、ぴくりと動いた。
「ほお。それで、拙僧をご指名か。なるほど、本当に貴重な情報をもたらしてくれるようじゃな」
大僧正はそう言って、周りにいる人を紹介した。
蔵人頭は知っているとして、その隣のもう少し年かさの貴族は、予想どおり、近衛府長官だった。近衛府には左と右の2つがあり、同席しているのは右近衛府の大将。6衛府の中で最高位である。
そして、検非違使別当と、先ほどの隊長。
別当は、検非違使のトップだ。
隊長は、実働部隊の責任者で、兵衛督が出向しているのだそうだ。
要するに、警察関係、警備部門のそうそうたる顔ぶれが揃っているということである。
わたしは、まだ少しふらふらしている頭を支えながら、板戸の上に起き上がった。このメンバーに見下ろされて、寝ながらしゃべる勇気はない。
「まずは、こちらの文を読んでください。念のため申し上げておきますが、先師の殿とお方様がこれを内裏に届け出ることを了承してくださったのは、ご自分達は呪詛とはなんの関係もないからこそです」
全員が文を回し読みする間、わたしはゆっくり話し始めた。
お方様は、昨日、先師の殿から文をもらったこと。
今朝、急にお方様から助けを求める文が来たこと。
三か月前、すぐ下の弟である阿闍梨の訪問を受けた後、先師の殿の気鬱の病がひどくなったこと。
醍醐寺の座主は、先師の殿のいちばん下の弟であること。
「ちなみに、お方様は、今上の呪詛の件だけで驚いていらして、今上のご病気の、本当の理由はまったくご存じありませんでした。もちろん、わたしも話しませんでしたし」
そう言って、報告を締めくくった。
沈黙が落ちる。
誰の顔も、まったく表情が読めなくて、先師の殿に罪があると考えているのかどうか、分からない。
「この文を内裏に届けるように説得したのは、そなたじゃろ」
「はい。疚しいことがないなら、逆に届け出た方がいい、と言っただけですが」
「ということは、先師殿もお方様も、そしてあなたも、今回の投げ文とは関係がない、と?」
蔵人頭が、確かめるように聞いてくる。尋問というよりは、他のメンバーに聞かせるためのようだ。
「そうです! お方様は、指示どおりに投げ文をした方がいいのでは、と迷っていらっしゃいましたが、とにかく怪しい行動は避けた方がいい、と」
「臣が思いますに、時間のつじつまも、合いません。臣が速足の蔵人殿のお邸に着いたと同時に、この方々も、権大納言家から戻られました。投げ文があったのは、それよりも一刻は前です。先師の方様がこの方と会談されている、真っ最中です」
隊長がうってかわって緊張しまくりながらも、口添えしてくれた。
一刻前というと、大姫が乱入してきたころである。
あの騒ぎのなか、お方様が別の人間に命じて、こっそり投げ文をしに行かせたとは考えられない。
それにしても内親王家では、投げ文を見てから2時間もパニクってたのか。
文を読んだだけの大輔の君の怯えかたや、撫子の君やお方様の動顛ぶりを思い出すと、やはりこの時代、呪詛が恐怖を煽るモノだということが、よく分かった。
それは、とりもなおさず、呪詛に効力があると信じられていたということ。
暗殺も呪詛も、同じ力を持っていると考えられているのだ。
なんとしても今上を弑す、という強い意志を感じて、わたしは身震いした。




