家庭教師、買い物する
調べものは、現代に限る。
パパ殿の話を聞いてから、わたしは現代であれこれ調査していた。
ひとつは、相変わらず、年代・時代の特定。
もうひとつは、蜂に刺された場合の治療の仕方だ。
結論から言えば、どちらも何の成果も上がらなかった。
時代の特定については、もとから期待はしていなかった。
今上は公式には、御病ということになっている。
幼くして病死した、というだけなら、そういう帝はたくさんいる。いすぎて、年代が特定できないのだ。
おそらく、本当は暗殺だったとしても、病死扱いにされるだろう。10歳で暗殺された帝の情報なんて、後の歴史に残るわけがない。とにかく、正史には、そんな帝は存在しなかった。
蜂の毒については、現代の医学知識で、治療方法がないか探したのだけれど、無理だった。
というか、最先端すぎて、反対に、中世には利用できないのである。
パパ殿の話だと、今上は、蜂に刺されて、アナフィラキシーショックを起こしたと考えられる。
重篤な場合はほぼ即死だが、今上は、二週間経っても、頑張っている。命に別状がないとすると、たぶんレベル2くらいだろう。
アナフィラキシーショックの症状が出たら、現代では、アドレナリン自己注射製剤という注射を打つらしい。アレルギー体質の人のために、携帯用もあって、保険外だけれども、オンラインで1万円ちょっとで購入できる。
――これ、今上に注射すれば、治るんじゃない?!
と、勇み立ったのも、束の間。
刺されて30分以内に打たないといけないそうなのだ。
この際、そこは無視して、打たないよりは打った方がマシかも、と思ったら、はっきり、
「30分以内に注射できなければ却って害になるので、打ってはいけない」
と注記してあった。
生兵法はケガの元、というか、生命の危機だよ……。
せっかく現代人の知識を生かせれば、と思ったのに、まったく役に立たなかった。
かなり、がっかりである。
一回、蜂に刺されただけでは、アナフィラキシーにはならない。一度目で体内に抗体ができて、二度目以降刺されたときに、発症するのである。
パパ殿や八助みたいに、何度刺されても大丈夫な人は、その抗体が作られない体質らしい。
でも、そうすると。
今上は、短時間に何度も蜂に刺されたことになる。
だから、雀蜂だったのだ。
蜜蜂は、一度毒針で刺すと、自分も死んでしまう。雀蜂は、何度でも敵を刺すことができるのだ。
雀蜂の毒針の痛みは、激烈だと、書いてあった。
どれほど、怖かったことだろう。
10歳の少年にそういうモノをけしかけるなんて、許せない。
特に解決案もなく、ただ怒りだけを抱えて、わたしは憤然と、玄関を出た。
屋敷の門前で、八助さんが待っていた。
「おお、斎迩の君。先ほどから、お殿様と姫様がお待ちですじゃな」
「モンタージュ、あ、いえ、似顔絵ができたのですね」
「うんだな。それもあるが、お殿様が、お話があると」
話しながら、八助さんも付いてくる。といっても、八助さんは、屋敷内に上がれない。庭伝いで東の対屋に回ってくるのだ。
面倒なので、わたしも、同じルートをたどる。局には、庭から上がればいいだろう。
「大姫様、盗人の似姿絵が出来上がられたとか……」
庭から話しかけると、女房達がざわっとした。珍しく、大姫まで目を丸くしている。
しまった。
怒りと、気が急いていたせいで、うっかりした。
庭から出入りするって、下男下女だよ。女房でもしないのに、淑女教育に雇われた家庭教師がやっちゃダメだよ!
「斎迩の君~!」
案の定、大輔の君のお小言が炸裂する。
申し訳ない。すみません。弁解のしようもございません。
「ま、今回は見逃せ、大輔の君。それだけ斎迩の君も、急いでくださったのだ」
パパ殿の取り成しで、しぶしぶ矛を収めたけれど、大輔の君の目を見れば、とても許されてはいない。
しばらく、淑女ぶりっ子に集中しようっと。
パパ殿、大姫、わたしと大輔の君で、月見の露台に出た。大輔の君にざっと状況を話したことを、パパ殿には了承を取っている。
「大姫の似姿絵を見たぞ。よく描けておった。父はちらっと見た程度だが、逃げた盗人の特徴がよく出ていた」
さっそく、蔵人頭にも検非違使にも、届けたそうだ。
今のところ、彼らの罪状は、料地への不法侵入と窃盗である。
八助さんが捕えた泥棒は、逃げたもう一人に雇われただけだった。
刑を軽くすることを条件に、大姫の絵を見せたところ、とてもよく似ていると証言したそうだ。
都の、西の市で、声をかけられて、雇われた。その時は、それなりにいい身なりだったそうだが、決して貴族ではなかったと言う。とはいえ、身分を隠すために変装していたのかもしれない。
大姫は、殿に褒められて、嬉しそうだった。が、すぐに眉を曇らせて、問いかける。
「今上陛下のご様子は、いかがなのでしょうか」
「うむ。良くはない。それでな、大輔の君から、若狭に聞いてみてほしいことがあるのだ」
「若狭に? ですか」
パパ殿の進言と、今上の症状から、内裏の主治医達も、蜂の毒に侵されたという方針で治療しているらしい。
もう、生命の危機はない。
この時代の医学では、あとは、蜂の毒が体から抜けるのを、ひたすら養生して待つしかない。問題は、今上の体力である。
「蜂の毒を体内から出すには、冷やすこと。滋養を取ること。なのだが、今は、長月も半ば。ちょうど内裏に、氷がなくなる時期でな」
内裏には氷室がある。冬に各地から氷が運び込まれ、保存される。夏に削り氷(かき氷)を食べるのは、皇族でもトップクラスの特権である。
二月のお水取りの儀式の清水も、若狭から送られてくる。若狭は、京都への物資供給源、豊かな土地なのだ。
各地の守護や受領に、氷を提出するように申し付けているが、今上の御病は、大っぴらには広められない。
パパ殿は、女房の若狭の実家から、氷を手に入れたいと思っているのだった。
「かしこまりました。若狭に話してみますが、かの地もまだ雪には遠いはず。氷が手に入りますかどうか」
「分かっておる。ただ……、今上のお苦しみがあまりにも……、臣にも何かできることはないかと、居ても立ってもおられぬのだ」
そうだ。
これじゃないのか。
わたしに、現代人として、手助けできることがあるじゃないか!
わたしは、がばっと立ち上がった。
「斎迩の君! また、あなたはっ」
「見逃してください、大輔の君! 殿様、わたしが、氷と滋養のつく物を、調達して参ります!」
御前失礼!
叫んで、わたしは部屋から飛び出し、そのまま庭を走って、門を出た。
後ろで、パパ殿と大姫の笑い声、大輔の君の言葉にならない怒りの叫びが聞こえたけれど、気にしない。
現代に帰ったわたしは、本物の氷と保冷剤をかき集めた。小さめのクーラーバッグに詰め込む。
さらに、ウィ○ーインゼリーと経口保水液を、買いに走る。
アナフィラキシーでは、下痢がひどい。それが二週間以上も続いていれば、今上は、脱水症状も起こしかけているかもしれない。
いちばん馴染みがありそうなのは、グレープ味だろうけれど、高熱の子どもの口に入るだろうか。アナフィラキシーの症状では、吐き気もひどい。何が口に合うか分からないので、まだ存在しないはずの、レモン味やグレープフルーツ味も、カゴに入れていく。
ドラッグストアの棚を買い占める勢いで、突撃し、山のような保冷剤と共に、わたしはお邸にとんぼ返りした。
一日に四回のタイムリープは、初経験だった。
「殿様、氷と滋養のある薬です。どうぞ、今上にご献上ください」
「おお、氷がこれほどたくさん……! この包みに入っているのが、滋養の薬か?」
慌てて持ってきたけれど、パパ殿が手に持っている包みを見ると、革袋に変わっていた。
そうだ、わたしがタイムリープすると、服装も持ち物も、その世界に合わせて調節される。
わたしが持ってきたクーラーボックスは、竹で編まれた葛籠になっていた。氷はそのままだけど、保冷剤は、冷たい麻袋だ。経口保水液は竹筒に、ウィダー○ンゼリーは革袋に詰まっている。
「はい。体から失われた水分と、栄養を補給するものです」
なんだか、くらくらする。膝をついて座っているのに、部屋が揺れているようだ。
タイムリープのやりすぎだろうか。めまいが起きたのは、初めてだ。
「斎迩の君、大丈夫なの。お具合がよろしくないようよ」
「うむむむ……。斎迩の君の気持はありがたいが……」
大姫が心配して近づいてきたとき、パパ殿が唸り声を出した。
顔を上げると、パパ殿も心配そうな顔をしている。
まずい、冷や汗も出てきた。
「大丈夫か。あのな、僕達は斎迩の君を信頼しているが、このように見たこともない物を、薬として、今上に献上など、許されるかどうか……。安全かどうか、効き目なども、毒身役や医師の方々が確認してから使うことになろう。その間、これらの氷が保つか……」
帝の口に入るものを、厳重にチェックするのは、当然だ。
そもそも今だって、暗殺未遂事件のまっただ中なのである。警戒も最高レベルのはずだ。
「かまいません。いくらでも、お毒見なさってください。できれば氷だけは、早めに使っていただきたいですけど。おそらく、この葛籠に入れておけば、かなり冷たさが保つはずです」
見た目は葛籠でも、クーラーボックスである。9月中旬でも、多少は冷たさも保つだろう。中身は保冷剤の山なのだ。
「あ、でも、これは本当に滋養がありますよ。一つ、よろしいですか」
わたしは、葛籠から、一つ革袋を取り出した。
一気に、ウィ○ーインゼリーを飲む。
とりあえず、品物の説明をしてから、わたしの意識はブラックアウトした。




