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エピローグ ~その後の大姫~


 大姫たちにおいとましてから、半年近くが経った。

 朝晩が寒くなったなーと思ったら、早くも木枯らし一号の予想が出ている。


 わたしはあれから、並行して4人の生徒さんの家庭教師を続けている。忙しいしレベルもバラバラだけれど、それぞれにやりがいがある。

 それでも、やっぱりあの案件は特別だった。

 ときどき懐かしく思い出す。


 そんなとき、一通の手紙が届いた。


 住所、宛名は正しくわたし宛。切手も貼られている。

 差出人は名前だけ。

 蜜子。


「えっ、大姫?!」


 前回の家庭教師要請はスマホにメールが来た。


「メールじゃなくて手紙って……。急ぎじゃないってこと?」


 急いで封を開くと、便箋と、折りたたんだ大きな紙が入っていた。


「斎迩の君、お元気ですか。わたくしは23歳になりました」


 そんな書き出しで、大姫とお邸の人達の近況が綴られていた。


「23?! はやっ、もう6年経ったんだ~」


「まずは、斎迩の君がお暇されてからすぐのこと。わたくしが若御前わかごぜとして今上きんじょうにお目通りしたことはあっという間に都中の噂になりました。おかげで求婚者が突然ひとりもいなくなって、毎日が平穏になりました」


 大姫らしい言い草で、笑ってしまう。

 そりゃあ、帝の想い人に言い寄る度胸のある貴族はいないだろう。下手すれば、一族そろって左遷である。


 その後も何度か鳥羽帝と茶飲み話をしに、内裏だいりを訪ねたとあった。

 はじめはいちいち白拍子の格好をしていたが、そのうち面倒になって、普通に十二単じゅうにひとえを付けた正装で参内していたらしい。


 ――いや、それって、周りは、入内じゅだい間近だと思ってたんじゃないかなあ……。


 たぶん周りはやきもきしていたんだろうけれど、大姫は屈託なく、けら男、もとい秋津と仲良し夫婦だと惚気のろけている。


「あれから、斎迩の君の予言かねごとのとおりに世の中は進みました」


 鳥羽帝が退位させられ、出家したこと。

 崇徳帝が即位し、白河院の権勢はとどまるところを知らず、誰も何の異論も唱えられないこと。

 だけど鳥羽帝が退位する直前に、パパ殿に従三位じゅさんみの官位を授け、参議に加えてくれたこと。

 自分の意志が通らなかった鳥羽帝の最後の感謝の証をパパ殿は謹んで受けたこと。

 ほとんどの貴族が感動し、白河院も反対できなかったこと。

 とはいえ、崇徳帝の御世みよは、実質、すべての執務が白河院の院御所いんのごしょで行われるので、参議といってもやることがなく、パパ殿は多くの公卿くぎょうに笛や筝、和歌や菊の育て方を教えていること。

 大姫も管楽の手ほどきを手伝っていること。

 世の中が物騒になって貴族が貧乏になるときに備えて、綿花の生産に力を入れていること。綿布を織るところまで一元管理して、秋津と任三郎が主導で一大綿織物産業の準備を着々と進めていること。


「すごい。公家くげのプライベートブランドかぁ」


 家宰さんと秋津は、わたしの経済&経営本を役立ててくれているらしい。農産物は天候や災害に大きく影響を受けるので、労務管理、リスク管理もがんばってほしいと思う。


「――それから、わたくしと秋津の姫が生まれました。勝手ながら、斎迩の君のお名前を一部ちょうだいいたしました」


 折りたたまれた紙には、大姫と秋津と、生まれたばかりの赤ちゃんの肖像画が描かれていた。

 右上に、美しい文字。

 「香奈」


 ――わたしの、桂南かなみから……。


「もちろん、みなは大姫と呼んでいます。お父様にも家宰にも名前の由来は話していません。姫が、斎迩の君のように、相手に必要なものを察し、躊躇なく与えられる、賢く優しい女人に育つよう、願っています」


 床に落ちた肖像画を、しゃがんで、そっと撫でる。


「大姫……。あいかわらず、絵、うまいなあ」


 秋津は自信に満ちた頼りがいのある男性になった。

 大姫はなんて美しく、幸せな女性になったことか。自画像だから遠慮しているのだろう。本物の大姫は、もっともっと幸せに光り輝いていると思う。

 そして香奈姫の小ささ、かわいらしさ。

 まだ目が開いていない顔。おくるみに埋もれた小さな足。ぷくぷくの手。ちょろんと跳ねた髪の毛。


「斎迩の君が名付け親です。今どの空の下にいらしても、わたくし達は家族です。

 ――十二年前のあの夏の日、わたくし達の元に現れてくださって、本当にありがとうございました」


 大姫の手紙の最後の文面は何度もリフレインし、わたしの心の奥の宝物になった。





これで、このお話は完結です。

楽しく書くことができました。

ご一緒いただいた皆さま、ありがとうございました!

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