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6. じゃあいこっか

 頭の中の導火線に火がついたようだった。

 なにも考えたくなくて、目的もなくただ走り回った

 

 中学でいじめられたこと。

 病気でもうすぐ死ぬこと。

 一人の少女が無意味に死んだこと。

 

 どうして? なんて理由を聞いても誰も答えてくれないだろう……。


 気づけばデパートの廃ビルの屋上に立っていた。

 足を止めることなく一直線にフェンスにかけより、よじのぼっていく。

 この先にはもう道はない。

 

「はい、ストーップ」

 

 案の定、振り向くと中条の姿があった。ここでまた飛び降りようとすれば会えるような気がしていた。

 

「修一君、ダメっていったじゃん。そこから飛び降りるのは」

 

 相変わらず軽くて明るい口調の幽霊だった。

 

「……聞いたよ。おまえが死んだときのことを」

 

「そっかー、なんていうか、胸糞悪い話だったでしょ」

 

 どうしようもない怒りがこみあげてくるが、中条はへらへらと笑みを浮かべているだけだった。

 

「ごめんね~、約束したその日、先に死んじゃうなんて」

 

「オレのことなんでどうでもいいだろ! おまえはもう取り返しがつかないんだぞ。なんで平気なふりしてるんだよ」

 

 やり場のない怒りに拳を握りながら耐えようとするが


―――しょうがなかったんだよ


 そういって少し悲しそうに彼女は微笑む。

 その言葉を聞いた途端力が抜けだらりと腕を落とした。

 

「修一君、ありがとね、わたしのために怒ってくれて。あと、ありがとうついでにその飛び降りやめてくれると助かるな」

 

「なんだよ、オレを死なせるっていう約束はどうしたんだ」

 

「ごめんね、本当はあれはただの口実だったんだ。キミを引きとめるための。わたしこの場所が好きなんだ。昔、前のお父さんがいたころにお母さんと一緒にきたことがあって、デパートがつぶれてもたまにきてたんだ」

 

「そこにボクが現れたってわけか」

 

「うん……、もしも自殺なんてことが起きたら、ここに入れなくなると思って、こっちの都合でとめさせてもらったわけなのですよ。最初見たとき、変な人がきたと思って怖かったんだけどね」

 

「変な人はひどいな。まあいいや。お前の口から、命の大切さなんてことをいわれたら、背中がかゆくなるところだったよ」

 

「というわけで、やめない?」

 

 こちらの表情をうかがうように上目遣いで中条がみつめてくる。

 

「ボクも隠してたことがあるんだけど、最初から死ぬつもりなんてなかったんだ」

 

「え? でも、フェンス越えようとしてたし」

 

「フェンス越しじゃない風景が見たかっただけなんだ。ひとの居る場所だと止められるからここにきたんだけど、まさか人がいるなんておもわなかった」

 

「そっか、じゃあ満足したでしょ。危ないから戻ろうよ」

 

 そうだなとうなずきフェンスから手を離し、中条と向き合う。

 

「あともういっこ隠してたたんだけど、実はさ、ボクの寿命ってあと半年もないんだ……。元々あの約束はなにもしなくても成立してたんだよ」


「あらまあ、じゃあ、病死ってことだね」


 中条は慰めの言葉を口にするわけでもなく、ケラケラと笑っている。ボクらにとってはこれがちょうどいいい距離感なのだろう。


「なあ、中条、死ぬのってどんな感じなんだ?」

 

 ボクの質問にこんな感じといいながら、両手を広げて半透明の姿を見せてくる。


「説明になってないだろ。それじゃ、わからんぞ」


「だよねー、わたしもよくわからない」


 なんだか、今ならなんでも話せそうだった。さびついた心の扉がゆっくりと開いていく

 

「少し昔の話を聞いてもらってもいいかな?」


「うん、いいよ」


 穏やかな顔をする彼女の頭上で、雲がゆっくりとながれていく。

 

「中学の頃、おまえのところの父親にいじめられてたんだ」

 

 彼女の反応はない。ボクもただ聞いてほしかった。はじめの内は過去にうけた恐怖へや怒りを思い出しながら話していたが、終わりのころにはただ淡々と昔のことを墓石のように並べているだけになっていた。


 話し終えると、中条は静かな口調でアイツのことを語りだした。

 

「……うちのお父さんってあんまりお小言とかいわないんだけど、いっこだけくり返し言ってたことがあったんだ。いじめはするなって」

 

「は? アイツが?」

 

「うん、はっきりとはいわかったけど、昔誰かをいじめてたらしくて、そのことをしゃべるときのお父さんってすごくつらそうな顔をしていたんだ」

 

 まさかの事実だった。だけどそれに対する感想は、ふざけんなという言葉が口からついてでるだけだった。

 

「ごめんとはいえないよね……。すごく辛い思いして、もう取り返しがつかないんだから」


 中条はまた悲しそうな顔をしている。それは、自分の死をしょうがなかったといって諦めようとしていたときの表情だった。

 

「ボクはな! そこでしょうがないなんてあきらめるつもりはないからな!」

 

 さっきまで動き回っていた残り火が再び体を熱くする。突然走り出したボクに驚いた顔をしながら中条が追いかけてくる。

 

「ねえ、どこ行くの?」

 

「おまえの家だ。あのくそ野郎に復讐してやる!」

 

「お父さんの自業自得だから止めはしないけど、あんまりひどいことはしないでね」

 

「どうせ、もうすぐ死ぬんだ。特大のをお見舞いしてやるよ!」

 

 息を切らせながら再びアイツの家にやってきた。


 いまだ新築の香りの残る家のチャイムを鳴らす。インターホンごし太い男の声が聞こえ、ボクの名を告げる。

 扉を開けてアイツが姿を現した。

 

「覚えているか? 中学の頃おまえにいじめられていた坂崎修一だ」

 

 汗をかいて荒い息をつくボクを怪訝(けげん)な顔でみていたが、目を見開き体を硬直させた。

 

「ほんとうに、坂崎なのか……。あのときのことは、ほんとうに、」

 

 何かを言おうとするがそんなことさせるつもりはなかった。

 

「あんたの娘の中条莉子からのメッセージだ! もっとお父さんと仲良くしたかっただとさ!」

 

「なんで……そんなことを……知ってるんだ」

 

「おまえには教えねーよ。ばーか。ざまあみろ!」

 

 子供のような罵声を浴びせると、ぽかんとした顔のアイツを置き去りにして走り去っていく。

 風を顔に受けながら息を切らせて走る。

 頬を伝う汗を袖でぬぐう。

 すごくスッキリした気分だった。

 

「ちょっと待ってよ! わたしあんなこと言ってない!」

 

 後から追いかけてくる中条の怒った声が聞こえてくる。

 なんだか無性に笑いたかった。大声で笑いながら走っていると、すれ違ったひとに変な目で見られていた。

 

 

 それから、ボクはいつもどおりの日常を送っていた。

 唯一変わったのは病院に通うようになったことだった。薬の効果によって寿命が加算され、2ヶ月延長された。40%も増量なんてものすごいお得感だ。


 バイトにもいったし、家族とも話すようになった。

 父に『実は父さんが大切にしていたカップを割ったのボクなんだ』と謝ったら、頭をぶっ叩かれた。

 その後、バイトで貯めた金で新しいカップをプレゼントしたら、うつむいて自分の部屋に隠れてしまった。

 部屋から嗚咽する声が聞こえ、ボクは死ぬことを悲しまれているらしい。家族だけでもそういう人間がいてよかったと思えた。


 中条はといえば、ボクの家にいるかあちこちふらふらしている。自分のお墓を見に行ったらしく、墓場で運動会したかったけど他の幽霊には出会えなかったと悔しそうにしていた。

 

 最期は病院のベッドで迎えた。

 意外と苦しむことなく死ぬことができ、眠るように安らかな顔をしているボクの顔を部屋の天井付近から眺めていた。

 

「修一君、心残りはある?」


 あるといえばあるけれど大体のことは済ませた。首をふるボクの手を中条の手がつかんだ。初めて触れた中条の手は、暖かくも冷たくもない不思議な感触だった。


「じゃあいこっか」

 

「どこに?」

 

「さあ、わからないけど、ここじゃないどこかかな。約束したでしょ、修一君を死なせてあげるって」

 

「中条は死神的ななにかなのか?」

 

「うーん、わかんない。ただ、なんとなくこれが役目ってことだけを知ってる」

 

 鎌を持ってるわけでも黒いローブも着込んでいるわけでもないし、まったくソレっぽく見えない。どうやら、こいつは最期の最後までぶれないらしい。


 中条に手を引かれて空へと上っていくと、これまで生きてきた場所が目の前に広がっていく。

 その中には中学校の校舎も見えたし、アイツの家も見えた。中条が轢かれた事故現場の道路には今も車が走っている。


 ボクが死んでも、中条が事故で非業の死を遂げたとしても世間は変わらず廻り続けている。そこに意味なんてなくて、みんなこんなものなのだろうなと思いながら生きていくのだろう。

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