第71話 崩壊の序曲
69話の投稿は?
ええと、四か月前だね。
70話の投稿は?
…二か月前だね。
もひとつ質問いいかな。
72話の投稿はいつだ?
…君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
体の前で手を開いたり握ったりする。
そして体を捻って軽くストレッチをしてみると、数日まともに体を動かさなかっただけにも関わらず固くなった体がパキパキと音を立てる。
ダンの家で静養する事4日、ひたすら体の治癒にだけ体力を使い、ベッドからほとんど出る事もなかったおかげで怪我はみるみる治っていった。あまり気分の良いものではなかったがデュオの血を飲んだ事も少なからず効果があったのは確かだ。傷はまだ痛々しいほどに体に刻み込まれているが、これは己の未熟さが招いた結果として心に刻み込むには丁度いいものになりそうだ。
「年頃の娘さんの体にそんな傷があるのを見るのは嫌なんだけどねぇ」
着替えを持ってきてくれたルーノは悲しげな顔をしながらそう呟いた。
「近頃の若い子は第一印象ばかり気にするからねぇ」
「だ、大丈夫です。そういうのには困ってないので……」
「そうかい? なんだったらうちのデュオでも―――――――」
「母さん、聞こえてるよ」
扉の外からデュオの声が聞こえ、ルーノは口元を抑えて悪戯っぽく笑みを漏らした。
(……血は繋がってないから兄妹でも大丈夫……、って何を考えているんだ!)
ルーノの言葉に想像した光景に顔が真っ赤になってしまう。
我ながら馬鹿な想像をしたというものだ。
「調子が戻りつつあるのなら、町まで買い出しに一緒に行くか?」
デュオが帽子を被って扉から顔を覗かせる。
フランは小さく頷いてルーノから着替えを受け取った。
「あれ、これ女性用……?」
「まさか私のばば臭い服を着させるのは駄目だと思ってね。一着だけ徹夜で作ったのさ」
「そんな、わざわざありがとうございます……」
屋敷で見慣れたものと比べれば決して高価な素材を使っているわけではない。けれども、自分のために作って貰ったのだと思うと自然に頬が緩む。
早速デュオの顔を外に押し出して着替える事にする。
ルーノが作ってくれたのは白のワンピースだ。裏から見れば継ぎ接ぎが目立つが、そこは慣れたものらしく表から見るとまったく分からないほど綺麗に縫い合わされている。
「傷が目立つかと思ったんだけど、大丈夫そうだね。はい、あとこれ、帽子」
手渡されたのは麦わら帽子。
麦わら帽子にワンピースと来れば快活な少女の代名詞のような気がするが、フランが身に着けると少々手足の包帯がミスマッチしてしまう。背中も傷を隠すためかあまり開いておらず、目立たない。一度その場でクルリと回ってみるとふわりと浮き上がったような感覚になる。
(お嬢様が見たら、喜んでくれる、かな……)
そんな事を考える自分を頭の端に追いやり、既に外でフランを待っているデュオを待たせまいと部屋を後にする。
「賑やか……」
ゲオルグという名の町にやって来たフランとデュオの前にはヘラの町とはまた違った賑やかさが広がっていた。
ヘラの町には行商人が多く訪れるため異文化も入り混じった不思議な賑やかさが感じられたが、ここはどこか素朴さも感じさせる。行き交う人々も行商人よりかはこの地に住んでいる人たちの方が多くみられる。ヘラの町だとどうしても大通りは行商人の姿が多くなるから、こういった通りはむしろ新鮮さすらフランは感じる。
「ところで、何を買うの?」
「肉とかだな。保存する分も買うから普段は大八車を持ってくるんだが、今日はフランもいるから切り分けて持って帰ろうと思ってな」
「病み上がりになんてことをさせるの……」
ジト目でデュオを見つめるが、そういうのは感じないのかデュオはケロリとしている。
「なあに、病み上がりだからこそ、運動しないと駄目だろう? ならその運動、有効活用しないとな」
「はあ……」
それ以上何か言う気にもなれず、諦めて辺りを見渡しながらデュオについていく。
賑やかさと長閑な雰囲気が併存しているこの街並みを眺めていると、ヘラの街並みが懐かしく感じられる。いつから会っていないのか、ウルやレティアの学友の事を思い出す。今頃彼女たちも大騒ぎしているのだろうか。ウルの事だから、もしかしたら手勢を連れてフランのことを探しに来るかもしれないなどと考えているとつい苦笑してしまう。彼女ならやりかねないから怖い。
「どうした?」
「ううん、ちょっとね」
「? まあ、いいが……、と、そこの店だ」
デュオが指差した先には「肉屋」と書かれた大きな看板の付いた店があった。
吊られた牛や豚の肉がぶら下がったカウンターの向こう側にスキンヘッドが眩しい男性が立っていた。こちらに気が付くと読んでいた新聞を畳んでカウンターに寄りかかる。
「らっしゃいデュオの兄ちゃん。今日は彼女も一緒かい?」
「惜しい。この子は妹だ。遠くから尋ねてきてくれたから、町の案内でもしようと思ってね」
「へぇ、可愛いじゃないか。それで、今日もいつもの量かい?」
どうやらデュオがここで買う肉の量はもはや決まっているようだ。
店主の言葉にデュオは小さく頷くがその後一言付け加えた。
「今日は大八車がないから、4つに切り分けてほしい」
「妹さんにも持たせるのかい? 量が量だぞ?」
「あ、多分、持てますから……」
傷が開くことはないだろう、と判断してフランが口を開くと、店主が驚いたような表情をする。
とはいえ、本人が大丈夫と言っているため、彼もそれ以上は何も言わずあらかじめ用意されていた肉を慣れた手つきで切り分けて包み直していく。まるでチーズか何かを切っているかのような滑らかな包丁捌きにフランは目を奪われてしまう。
そしてほんの数分で切り分けられた肉が綺麗に包まれてカウンターにドカッと置かれる。1つ20キロは下らないだろうか。
「本当に持てるのかい?」
「はい、これくらいなら……よっと」
片手で1つ持ち、もう片方でもう1つ持つと店主が感心して口笛を吹いた。
「こりゃ驚いた。御見それしたぜ。それじゃお代はいつも通り後日」
「ああ、うちで取れた野菜と一緒に持ってくるよ」
「助かるぜ。うちの子も肉だけで育つような事にならずにすんでるからな。はっはっはっ」
店主は気さくに笑いながら店先まで見送ってくれた。
人の波にこちらの姿が見えなくなるまで手を振ってくれて、危うく反対から来る人とぶつかりそうになったが、済んでのところでデュオが忠告してくれた。
「良い人だね」
「ああ、この世に不幸なんてないんじゃないかって思えるよ、こうしていると」
「そう、だね……」
この世の不幸全てを味わったようなフランとデュオからすると、ここはあまりにも眩しい。
ヘラの町と同じように、ここは希望に満ち満ちているのだ。
「そうだったら、どんなに良かったか……」
そんな世界があったら、とつい考えてしまう。
望んだ所で、今さら何かが変わるわけではないと知りつつも、だ
「これからもずっとこれが続けばいいのに……」
しかし、そうならないという事をフランは理解できてしまう。
おそらく遠からず事態は再び動き出すだろう。そうなればこの平穏な暮らしも夢のまた夢になる。ならあせめて、この平穏が1日でも長く続く事を願わずにはいられない。
「そのためなら、あたしはどんなことでも、耐える……」
「まったく、いつまでこうしておくつもりなのか……」
城にある自分の執務室、そこでクラウスは小さなため息をつきながら独り言を漏らす。
クラウスが執務室に軟禁状態になってからもうだいぶ経つが、未だに誰一人として顔を出さない。取り調べや、最悪処罰のために誰かしらが姿を見せるだろうと高を括っていたのだが、どうも対応に迷っているような空気だ。
王族以外閲覧禁止の書庫への侵入者など、普通ならばその場で斬られてもおかしくない。しかし、この国の政治を支える大臣の1人ともなれば話は別なのだろうか。大臣よりも上の者、つまりは国王に指示を仰いでいるとも考えられる。そうであればこの長時間の放置も納得がいく。
(とはいえ、おかげで読みふける事が出来たわけだが……)
今まさに読み終わった本、書庫から拝借したゲンドリル・ヴェラチュール計画に関する書物の背表紙を撫でながらクラウスは厳しい表情を崩さない。
この本には大仰な名を冠したこの計画の事が事細やかに記載されていた。
先代の国王が最強の兵士を作るために国内各地から優秀な人材を集め、研究させていた事。その中でインペリティア、魔法の使えない子供が集められていた事。インペリティアの子供が内包する膨大な魔力を兵士に移植することで使われずに終わるはずだった魔力を有効活用し、結果強力な魔力を保有する兵士を多数生み出すという目的で集められていたようだが、その目的はいつの間にか別のものに代わり、子供たちが人体実験の対象となっていたという凄惨な事実も記録されている。
そしてそんな折り、研究所で謎の爆発事故が起こり、関係者は全員死亡、または行方不明、当然その中には実験に巻き込まれていた子供たちも含まれていた。結局、その責任者も死亡したと思われ、何が目的だったのかも分からずじまいに終わったと書かれている。これを受けて現国王は計画の永久凍結を指示、そしてこの計画に関する全ての情報はこの本一冊分の情報を残して全て廃棄されたとのことだ。文字通りなかった事になったのだ。
本の最後には走り書きのように「この事実を我々為政者は墓場まで持っていかねばならない」と書かれている。確証はないが、おそらく現国王の字だろう。
(まったく、こういう事を考える者の思考は理解できん)
そんな事を考えていると不意に扉がノックされ、クラウスの返事も待たずに開いた。
「元気そうじゃな。殴られたり蹴られたりはさすがにされておらんか」
「おや、意外な方がいらっしゃいましたな」
扉から姿を現した人物にクラウスは少々驚く。
「ここに来るまで、城中で噂になっておったぞ? ヘラの町にいた儂の耳に届くくらいの大騒ぎを起こしたようじゃな」
現れたのはドランクだった。
「まあ、おかげで探し物は見つかりました」
「見つけて、しまったか……」
応接用のソファに座り、執務机に置かれた本を見てドランクは目を細める。
「できれば、その本は二度と見ることなく死にたかったものじゃ……」
「多少は知ってる、なんてレベルではなかったのですね、先生。陛下から研究所の調査を依頼された軍諜報部の当時の責任者はあなただったのですから」
本のあるページを捲り、そこに張られた手書きのメモのような報告書を指差す。
そこには報告責任者の名前としてドランクの名が記されている。
「あれは酷いものじゃった。諜報部の者ですら耳を塞ぎたくなるような事実ばかり、子供たちが受けた仕打ちは我々が訓練でする拷問の類よりも数段厳しく、凄惨だった……」
「もはやこの計画は過去の遺物ではありません。今現在、厳然とした事実として、これに関係した者が暗躍しているのです。私には、その者から守らねばならない家族がいるのです」
ドランクがここに来たという事は何かしらの用があっての事なのだろう。
クラウスは執務机を回ってドランクの反対側に座ると、彼の目を真っ直ぐに見つめる。
「お願いします。知っている事を話していただきたい」
「まあ、落ち着くのじゃ。儂よりも前に話を聞く相手がいるのじゃからな」
語尾にかけて声を大きくすると、それに合わせたかのように扉が開く。
しかし扉を開けたのは近衛の兵士であり、すぐに引っ込むとこの城の主である人間が姿を現し、クラウスは反射的に腰を上げた。
「陛下……」
「クラウス」
入ってきたのはこの国の王、オーウェン・グラディアラスであった。
王家のみが受け継ぐ天の精霊との契約の証である銀色の目は真っ直ぐクラウスを見据えている。
「これは、陛下自ら私を処罰しに来た、ということでしょうか……」
「理由によってはそれも考えたが、ドランクに聞けばそなたの屋敷にその計画の関係者、いや被害者がいるというではないか」
「先生、フランの事を話した記憶は―――」
「ほっほっほ、儂を誰だと思っておるのじゃ。グローリア学園の校長たるもの教師、生徒の話に耳を傾け、時には情報を得る事もあるのじゃぞ?」
得意げに笑うドランクに対してクラウスはこの老練な人物が未だに第一線で活躍できるだけの体力を持っている事に感嘆してしまう。
「父上が行った事とはいえ、責任は私も受け継がねばならない。故にそなたの力になりたいのだが、あいにく私の知っている事と言えば精々その本に書かれている事ぐらいなのでな……」
「その点についてはご安心くだされ、陛下。後輩を使って調べさせたのじゃが、どうも最近王都周辺に妙なモノが紛れ込んでおってな」
「妙なもの……?」
ドランクはおもむろに一枚の紙を取り出すと机に置いた。
そこにはここ半年に起こった夜盗などによる荷馬車の強奪事件などが書かれていた。荷馬車が運んでいた荷物もリストにされており、幾つかの荷物に線が引かれている。
「辺境の地でしか採掘されない鉱石、希少な獣などを積んだ馬車をピンポイントで狙っている事はそれを見れば子供でも分かる。少しずつではあるが、それだけ回数を重ねれば相当な量が王都周辺に集められていると考えられる。そしてそれらの物資はかつて件の研究所に搬入されていた物のリストの内容と酷似しているのじゃ」
「王都周辺であの計画と同じ事を行っている者がいる、と」
ドランクは無言で頷く。
王の膝元でそのような事が出来るとは考えたくないが、厳然たる事実があってはどうしようもない。オーウェンが小さく唸り声を上げ、短く瞑目した。
「この城も安全ではないかもしれんな……。1人で出来ることではない、支援している者がいるのだろう」
計画を存続するためにはそれこそ研究所が丸々一つ必要になる。
それだけの設備が整った場所を自前で用意できるとは思えない。
もちろんそれを調べる事は重要であり、一刻を争う事なのだが、クラウスにはそれよりもさらに大事な事がある。
「私の家族が既にこの計画の関係者と思われる者に命を狙われているのです。一刻も早く、全容を明らかにする必要があるのです。ですから……」
本を手に取り、一番最初のページを開いてオーウェンに突きつける。
「この計画の責任者、ヴェイン・ハルトマンについて知っている事を教えてください」
フラン、トリア、そして他の子供たちを実験台にして非道な実験を繰り返した張本人。
報告書には「行方不明」と書かれているだけだが、今起こっている事態は彼がかつて行っていた計画の延長線上にある様に思えてならないのだ。彼、もしくは彼に親しかった何者かが意志を継ぎ、研究を続けているのだから、この男について分かる事は全て知っておきたい。
「あの男は稀代の天才だった。若い私でも人間の考える事とは思えない発想をする彼には驚嘆した。だからこそ、あのような研究を平気で行えたとも言えるが……。分かった、私が知り得る限りで話そう。ただし、ここではなく私の部屋で、だ」
人生とは、何とも儚いものだ。
そうは思わないかい?
誰もが未来への希望を胸に抱いて必死に生きている。
にもかかわらず、世界がそれに応える事は酷く稀だ。むしろ世界に裏切られる者の方が多いだろう。私もそうだ。国に裏切られ、追われる身となったが、幸い私には残された力があった。裏切られた者がその力をどう使うかは想像に難くないだろう?
復讐。
それも悪くない。
だが、復讐というものは私が思うに少々スマートではない。誰かに恨まれる事などもう慣れてしまい、売るほど恨みを買っている。今さら誰かに復讐したところで、私の恨みは消えない。殺すだけでは足りないのだ。奴らの持つ一番大切なものを目の前で奪い、壊し、血の涙を流して私の名を呼ぶ。それくらいやらねば意味がない。
しかし、そうなるともはや私にとっての復讐はそれ以上の意味を持つ。
何故か、それは私が恨んでいる相手がこの国の王だからだ。王を殺すとなるとそれはこの国の転覆を意味する。国内は混乱し、内戦に発展するかもしれない。もちろん、私の知らないところで誰が誰を殺そうが知った事ではない。私に迷惑がかかるようなら一考の余地ありだが。
また、国内の混乱は私にとって願ってもないものである。せっかく造った最高傑作も実際に使用しなければ宝の持ち腐れだ。切れ味鋭い剣を手に入れたら、とりあえず試し斬りをしたくなるのは人の性だ。そして私は自分の欲求に真っ直ぐである自負がある。そうでなければこんなことを考える狂人はそうそういない。
失ったものは取り戻す。
私から全てを奪った者には死の鉄槌を。
そして私は私のために私が造りだした力を使う。
「……ふ、ふふふ、はははははは。失う恐ろしさを知るがいい」
見上げた先には無数の映像。
どことも知れぬ風景を映しているその画面の1つが一際大きく拡大されている。そこには地面スレスレを飛ぶように疾走している光景が映っている。細い街道、木々の隙間を縫い、わき目もふらずに真っ直ぐ走り続けている。
「さあ、帰っておいで私の大切な娘よ。一夜の夢は終わった。今から迎えに行くよ」
地平線の上、小高い丘に小さな家がわずかに見えた。
(´・ω・)ノやあ、ハモニカですよ。
さてさて、ようやっと投稿できました。
在庫を増やさないと更新できない貧乏性作者のお通りです。道は開けなくて結構です。
月一くらいで更新したいんですけどね。リアルとの兼ね合いもあるのでこればかりは…、って他所に浮気してるからですね、確実に。
ま、のんびり、焦らず、気長~にやっていきます。
それではまた次回。