オミオツケさんはデートをする
レンレンは、後悔していた。
レンレンたちが住む市の中心地とも言える港町の駅前は休日であることを差し引いても賑わい混んでいた。
見渡す限りの人人人。
カップルから家族連れ、大道芸にストリートミュージシャン、時期ハズレの選挙活動等、人の荒波に酔いそうになる。
レンレンは、いつもの学生服を脱ぎ捨て、母親に付き添って衣料量販店で購入した黒字のアーガイル柄のポロシャツと膝の破れたヴィンテージっぽいデニムを着てやってきたのだが……。
後悔した。
こんなに後悔したのは人生で初めてかもしれない。
レンレンは、短く切った髪に手を当てて自分の浅はかさを呪う。
「どうしたの?」
オミオツケさんが不思議そうに首を傾げてレンレンを見上げ、スマホで時間を確認する。
「私……時間通りに来たよね?」
オミオツケさんは、レンレンの態度に不安げな顔をする。
「大丈夫です……」
レンレンは、少し低い声で言う。
「まったく時間通りですから」
「それじゃあ、なんでそんな絶望って顔してるの?」
オミオツケさんは、レンレンの青ざめ、苦悩している顔を覗き込む。
レンレンは、慌てて顔を反らす。
「私、何かした?」
「違います!」
レンレンは、慌てて否定する。
「じゃあ……何?」
オミオツケさんは、不満そうに頬を膨らませる。
「それは……」
レンレンは、言いかけたもののそれをどう口にすればいいか分からなかった。
一体、どう言えばいいのだ?
オミオツケさんが可愛すぎて目を合わすことが出来ないだなんてことを。
黒く、長いロングヘアを織り込むように結って三つ編みに、元々和的で綺麗な顔立ちなのに今日は薄い化粧を施して肌は輝き、目元は潤い、唇は艶めいていた。小柄な身体には季節らしいレースの水色のブラウスに長めの薄い花の刺繍の描かれた白いスカートを履いている。肩から下げた白地のポシェットも品がいい。
レンレンは、女性のファッションや化粧なんてとんと疎い。姉か妹でもいれば意識も出来たのだろうが一人っ子なのでそんな目利きなんて持ち合わせていない。
しかし、そんなレンレンでも思う。
可愛い。
可愛すぎて目を合わせられない。
だからこそ後悔した。
こんな男友達と出かける程度のお洒落しかしてこなかったことを……。
彼女と一緒にいるにはあまりにも不相応な自分を。
「……生まれてきてごめんなさい……」
レンレンは、嘆くように小さく呟く。
オミオツケさんは、何を言ってるか分からず眉どころか顔中を顰める。
「ねえ、早く行かない?」
そう言って駅から少し離れた所に建つ大型のショッピングモールに目を向ける。
数年前に駅前に出来た円注のホテルのようなショッピングモールは老若男女に人気の衣料品ブランドだけでなく、フランチャイズから海外で人気のレストランやファーストフード、雑貨から幼児向けのアトラクションまで箱詰めするように揃えられている。その中でも人気なのが映画館で最新の映像設備はもちろんのこと、空調、空間、座席、映画の種類やフード、ドリンクに至るまで拘りに拘り抜いており、度々朝の情報番組やネットにも登場しており、映画に合わせたイベントなども企画している。
そして現在、映画館で実施しているイベントが……。
「楽しみだね、エガオが笑う時のコラボカフェ!」
オミオツケさんは、興奮して言う。
映画館では現在、二人の大好きなラノベ小説、エガオが笑う時の世界観を再現したコラボカフェがフードコートの一角で開催しており、映画を見た人限定で入ることが出来るようになっている。
「フレンチトーストは絶対に食べたいよね!」
オミオツケさんは、冷めた目を輝かせて言う。
フレンチトーストは、物語の主人公であるエガオが後に彼女の想い人になるキッチン馬車の店主カゲロウが初めて振る舞った料理。"こんな美味しいもの食べたことない"と泣きながら言わせた一品。それを忠実に再現したもので当然、一番人気ですぐに売り切れること必死のものだ。
当然、作品のファンであるレンレンも同じ想いなのだと思ったが……。
「俺は……アップルティーがいいですかね」
レンレンは、申し訳なさそうに眉を下に落としながら言う。
アップルティーもエガオの大好物の一つで物語の中核を成すメニューの一つではあるが……。
「フレンチトースト嫌い?」
オミオツケさんは、悲しそうに上目遣いでレンレンを見る。
悲しそうに潤んだ冷めた目にレンレンは頬を赤らめて視線を反らす。
「そう言う訳はないんですが……」
レンレンは、左の頬を人差し指で掻く。
「甘いものがそんな得意じゃないので……」
得意じゃない?
その言葉にオミオツケさんはムッと眉を顰める。
得意じゃないのにあの子からクッキーを受け取ったの?
オミオツケさんの心に小さな怒りが沸いた。
レンレンも彼女の微かな変化に気づき、困ったように頬を引き攣らせる。
「と……とりあえず行きませんか?上映時間も近いし、飲み物も買えなくなっちゃいますよ」
飲み物という言葉にオミオツケさんは、はっとする。
そうだ。今回の飲み物はエガオの鎧型のホルダーと大鉈のストローになった限定品だった。
「急ごう!レンレン君!」
オミオツケさんは、普段の彼女のらしからぬ大股で映画館のあるショッピングモールに向かって歩き出す。
しかし、その姿もまた可愛らしいくレンレンはほっこりとすると同時に話題を変えられたことにほっとしながらその後ろを付いていった。
二人は、映画館の中に入ると塩とキャラメルのハーフのポップコーンとお目当ての限定のエガオドリンクホルダーを手に入れて気分揚々に映画館の中に入り、そしてとある現実に気づいた。と、言うよりも何故気づかなかったのだろう?
席が隣同士と言うことに。
二人は限定ドリンクホルダーを手に入れた喜びなんて吹き飛ばして緊張に背筋を針金のように伸ばした。手に汗が溢れ、映画館の薄明かりでも分かるくらいに顔が真っ赤になる。
映画館の中はエガオが笑う時の劇中歌が流れ、観客の気持ちを高めようとしているが、二人の気持ちはまるで違う方向に高まっていっていた。
(どうしよう……)
(どうしよう……)
二人は、同じように考え、同じように悩み、同じようにお互いをチラチラと見た。
「レ……レンレン君……」
オミオツケさんは、恐る恐る口を開く。
「は……はいっ」
「えっと……飲み物……コーヒーにしたんだ」
そう口にしてから"なんたる語彙力の無さ"と嘆く。どこのお見合いだ、と思わず自分に突っ込んでしまう。
「はっはい……」
しかし、レンレンも緊張していつものように朗らかに笑って返せない。
「アップルティーか……と思ったよ」
「それは……カフェの楽しみにしようかと……。オミオツケさんはハチミツレモンティーなんですね」
「うんっ……やっぱりエガオにちなんで……」
エガオが笑う時のエピソードに蜂蜜を取りに行く件りがあり、そのことを思い出して買ったのだが……。
「私もコラボカフェで頼めば良かったかな……」
「いや、気分高めるのにはいいのでは……」
「ポップコーン食べる?」
「はいっ」
「塩でいいの?キャラメルは?」
「甘いの苦手なので……」
「……」
「……」
段々と会話が萎んでいき、いつしか沈黙が訪れる。
何か話したいのに……言葉が出ない。
オミオツケさんは、きゅっとスカートの端を握って焦るも結局、言葉が見つからないまま劇場は暗転し、新作映画の宣伝が始まる。
好きなゲームの実写化であったり、人気ドラマの映画化であったり、海外の3Dアニメーションであったりと興味を唆られる内容ばかりであったがどれも頭に入らない。
意識は全て隣に座るレンレンにいってしまう。
(どうしちゃったんだろう……私……?)
この数日間、絶対におかしい。
こんなこと今までなかったのに……。
彼と自分はみそ汁だけの関係のはずなのに……。
オミオツケさんは、自問を繰り返しながらも答えは出ず、映画の本編がスタートした。
映画が始まった途端、オミオツケさんは自問していたことをすっかりと忘れた。
そのくらい映画は面白かった。
文字の中だけであったキャラクターが命を持って動き出し、世界観を浮き彫りにしながら進んでいく。ストーリーも繊細で小説だけでは、見えてこなかった部分がはっきりと伝わり、臨場感が増していく。
その中には原作にはないオリジナルのエピソードも交えられているが決してストーリーを壊すことなく、新たな刺激となって見る側を楽しませてくれた。
オミオツケさんは、興奮し、汗ばんだ手を握りしめる。
その手がぎゅっと握りしめられる。
オミオツケさんは、驚いて現実の世界に引き戻される。
オミオツケさんの手の上に大きな手が被さっていた。
レンレンの手だ。
レンレンは、目を大きく輝かせて映画を見ている。
スクリーンの中でキャラたちが立ち回るたびに小さな声を上げ、オミオツケさんの手に置いた手に力を入れる。
恐らく無意識だ。
映画の世界に入り込んでオミオツケさんの手を握っていることに気づいてすらいない。
逆にオミオツケさんはレンレンの固く温かい手の感触を意識し過ぎて映画を見るどころではない。この間のみそ汁の特訓の時と違い、目は開いてるし、どかそうと思えばどかせる。なのに何故か心がそれをしようとしない。
むしろ……。
レンレンの目がこちらを向いた。
オミオツケさんの冷めた目から送られる視線にようやく現実に戻ってくる。
そして自分の手がオミオツケさんの手を握ってることに気づき、驚いて声をあげそうになるのを、オミオツケさんが慌てて逆の手でレンレンは口を押さえる。
オミオツケさんの手の感覚が唇に触れ、レンレンの頬が赤くなる。
オミオツケさんの冷めた目が熱に浮かされる。
その時だ。
周りの観客たちから小さな悲鳴が上がる。
オミオツケさんとレンレンの目がスクリーンに向く。
主人公であるエガオと彼女の想い人であるカゲロウの向かい合った二人の顔が大きなスクリーンに映し出されている。
カゲロウは、キョトンっとした顔で、エガオは整いすぎるくらい整った顔を赤く染めて。
(えっ?何このシーン?)
こんな場面はエガオが笑う時にはない。
少なくても今回、映画化された部分の原作にはない。
つまりこれは……。
(映画版のオリジナル……)
二人は、じっとお互いを見つめ合う。
言葉はない。
映像と、そこから醸し出される雰囲気と、優しく、心の奥の琴線を熱くさせるような挿入歌が流れるだけ。
挿入歌を歌ってるのはエガオの声優。
そして歌の歌詞が耳から頭を撫でるように伝わってくる。
"これが愛だと貴方が教えてくれた……"
エガオとカゲロウの顔がゆっくりと近づき、お互いの唇が触れ合う。
観客から悲鳴のような歓声が上がる。
オミオツケさんも思わず息を飲む。
レンレンも思わず声をあげそうになったのか、彼の口を押さえる手のひらが唇で擽られる。
オミオツケさんは、くすぐったくて思わずレンレンの唇から手を離す。
レンレンの穏やかな目がオミオツケさんを見る。
オミオツケさんの熱に濡れた冷めた目でレンレンを見る。
二人は何も言わない。
愛を語らう挿入歌と観客たちの冷めやらぬ歓声と悲鳴が劇場を波のように広がる。
どちらかかは分からない。
ただ、気が付いたら二人の顔はゆっくりと近づいていった。
スクリーンのエガオとカゲロウのように。
二人の視線が合わさる。
互い互いの顔しか見えなくなる。
"これが愛だと貴方が教えてくれた……"
あのフレーズが再び流れる。
挿入歌と歓声と悲鳴に合わせて心臓が鳴り響く。
そして……二人の唇が重なり合う。
ゆっくりと、優しく、互いを確かめ合うように。
挿入歌が終わりを迎える。
歓声と悲鳴が潮のように引いていく。
スクリーンのエガオとカゲロウは、唇を離し、再びストーリーの中に入っていく。
それでも二人の、オミオツケさんとレンレンの唇が離れることはなかった。




